第九章ー11
「……!」
全ての神経を、全ての力を、目の前の光景に集中させる。
現在、縦横無尽に駆け回っているのは透香の方だ。
黒江は完全に主導権を握られ、透香の攻撃に合わせて逃げ回るしかなくなっている。このまま、黒江の補助に回っているだけでは状況は変わらない。
打開するには、綾乃が動きを変える必要がある。
まず、やるべきは。
「クロ! 変えるよ!」
黒江に一声かけて。
「灰球、雹連!」
黒江を追う透香の進行方向目の前へ、鉄球を降らせる。
リスクがあるのは承知の上だった。
意識をそちらに傾ける以上、黒江の補助が一瞬、疎かになってしまう。黒江の足場作りが遅れれば、逃げ足が落ちることになる。
そんなことは分かっていた。
――でも、今のクロなら!
綾乃は賭けた。
黒江の『見極め』が上達した今、僅かな時間なら、なんとかなると信じた。
周囲には何十個もの足場が既に設置されているのだ。綾乃の補助がなくても、ほんの数秒程度なら、避け切れるはずだった。
「っと! 危なっ!」
黒江は、綾乃の期待に応えてくれる。
変える、というたった一言で意図を理解し、黒江は自分の力で切り抜けた。
その間に、綾乃は透香への攻撃に転じる。
黒江ほどではなくても、透香は相当なスピードを出していた。
あわよくば、自ら雹連へ突っ込んでくれるかも、と期待したが、透香の状況判断速度も恐ろしく早い。
ほとんど直角に氷牙狼を操り、さらに上空へと退避する。
――けど、止まった!
綾乃が攻撃を仕掛けたことで、黒江への攻撃がストップする。
透香の視線は完全に上空へと向いている。
「クロ、行って!」
「分かってる!」
綾乃はすぐさま黒江の補助に入る。
攻守交替だ。
さっきは方向転換の僅かな隙に反撃を許したが、二度はさせない。
未だ、速度においてはこちらが勝っているのだ。
無理な方向転換をせず、逃げる透香に食らい付けば、少なくとも反撃の心配はない。
問題は、ここからどうするか。
突破口を見つけなければならない。
奥の手である灰球×身体強化の合わせ技を使っても、透香の状況判断力と、氷による守備力は綻びを見せていない。
黒江が食らいついている今、綾乃が考えるしかなかった。
例えば、綾乃も攻撃に参加するのはどうだろうか。
否である。
黒江との合わせ技があるからこそ、透香を守備に追い込んでいるのだ。ここでそのバランスを崩したら、透香にとっては好機でしかないだろう。
綾乃が負傷、もしくは死亡したら、空中戦を挑まれている時点で勝ち目がなくなる。
例えば、あえて反撃させて、そこを突くというのはどうだろうか。
否である。
ここから、一度でも透香に攻撃の機会を作らせたら、もはや立て直せるか分からない。
仮に上手くいったとして、透香に一撃を与えられても、それで透香を確実に倒せる保障がない。
そもそも、一撃を与えられる状況にするには、どうすれば良いのか、策が組み立てられない。
例えば……。
例えば……。
綾乃はいくつもいくつも、案を出しては消していく。
しかし、そのどれもが決定打に欠け、根拠が薄く、実行したところで思い通りになるとは思えなかった。
何でも良かった。
なにか、なにかないのかと、綾乃はこれまでの透香の言動を思い出していく。
樋春や龍海とどんな会話をしていたか。
戦いの中でどんな行動、どんな攻撃、どんな守備をしていたか。
自分たちにとって、有利になりそうなことはないのか。
――なんでも、なんでもいいのに!
気持ちばかりが焦る。
ドクンドクンと心臓が脈打つ。
黒江の補助をしながら考えなければならない、というのも、原因の一つだった。
「……っ!」
頭が痛くなる。
太陽に照らされ、目がチカチカしてくる。
普段だったら、もっと簡単に、もっと楽に、なにか見つけられそうなのに、なかなか思い浮かばなかった。
綾乃は額に爪を立てる。
本当に、なんでも良かった。
ここで何も浮かばないなら、なんのためにここまでやってきたのか。なんのために、今、黒江が頑張っているのか、分からなくなる。
――樋春さんなら……樋春さんなら、どうする!?
思い浮かぶ顔は、〝絶対強者〟金牧樋春。
もし、彼女が同じ立場なら、どうしていたか。
もし、樋春がここにいたのなら、どんな手を打ってくれるのか。
透香の弱点をどこと見定め、攻撃するか――
『ボクは、勝つためには確率が大切だと思っている。リスクを背負ってでも前に出なければならない場面は、確かに存在する。その時、その選択で勝てるかどうか、確率を考えるんだ。……その点、君のそれは、無茶苦茶だった。だから、計り切れなかった』
樋春を思い出し、浮かんだ言葉は、透香のものだった。
体育館で、樋春が追い詰めた時、透香はそんなことを言っていた。
確率を追い求める透香は、樋春の捨て身の攻撃に対し、上手く対応できなかった、と。




