第九章ー10
――違う。
いや、と綾乃は首を振り、冷静に分析する。
黒江の動きは悪くない。
悪くない――どころではない。
ずっと、一緒に特訓してきたからこそ分かる。
黒江の『見切り』は明らかに成長していた。
樋春に指摘され続けていた『見極め』の精度。
それが、各段に跳ね上がっていた。
迫りくる氷の槍を完璧に見極め、当たらないと判断したものは見向きもしていない。紙一重で避け切っている。
龍海との戦いでなにかを掴んだのか、へとへとのはずの黒江は、今まで見てきた中でも最高の動きができている。
――負けているのは、私だ。
透香が追い詰めきれずにいるのは、黒江の『見極め』があるおかげと言って良い。黒江が、ぎりぎりのタイミングでありながらも、透香の攻撃をきちんと『見て』いるから詰め切れないのだ。
比べて、自分はどうか。
客観的に見れば、全く練習をしていない技をいきなり実行できているのだから、十分凄いのだろうが、それでは足りない。
どうやって透香を追い詰め、倒すのか、考えなければいけないのは後方にいる綾乃だった。
透香は、一人で全てやっている。
自分にはできないと、甘えることはできなかった。
黒江が、繋いでくれているのだ。
投げ出すわけにはいかない。
――けど、正直、合わせるので精一杯っ!
歯噛みする。
いくら綾乃の対応力が高いと言っても、キレが増した黒江の動きはついて行くのがやっとだった。
現時点でも、透香の攻撃を予測し、黒江の動向を注視し、鉄球を出現させ、操作するという離れ業をやっている。これ以上、さらに頭を回転させて、透香を追い詰めるなど、無茶もいいところだった。
「いってぇ!」
「キャハ! そろそろ終わらせるよ!」
そんなことを考えている間にも、状況は悪化していく。
透香の攻撃が黒江をとらえ出した。
まだ、直撃というほどではないけれど、黒江の腕や顔に氷が命中し始める。
一刻の猶予もない。
――どうする! どうする!?
綾乃はがしゃがしゃと髪の毛をかき回す。
あの時、樋春が死んだ時も、同じような状況だった。
黒江だけが行動していて、自分は『対応』するのに精一杯だった。
結果だけを見れば、黒江の判断ミスなのだろうけど、それは結果論だ。
あの時、冷静に周囲を見ていたと言えば聞こえは良いが、見えていただけで、綾乃は『判断』していなかった。黒江が動いたことを受けて、それからようやく、どうすれば良いのかを決めて、動いたのだ。
茜は、綾乃のことを樋春と同じ判断だったと褒めたけれど、本当は、褒められるようなことじゃない。
真に褒められるとすれば、真っ先に動いた黒江か、自身の命も顧みずに黒江を助けようとした樋春なのだ。
黒江が動く前に状況を整理し、判断できなかった時点で、綾乃の『対応力』はその程度だったということだ。
綾乃は、黒江を見つめる。
自分の提案を受け入れ、予想以上の成果を見せてくれている〝先輩〟を、見つめる。
もう、繰り返したくなかった。
樋春が死んだ時、綾乃は、ミスはしていなかったかもしれない。
でも、もっと良い方法があったはずで、もっと、できることがあったはずだ。
もう、切り替えたりしない。
その必要はない。
経験した全てを、自分の糧として、前へ進め。
それが成長で、それが、樋春に報いることだ。
『すまない。任せた』
樋春は、確かにそう言っていた。
謝る必要なんてないのに。
任せられる器じゃないのに。
それでも、樋春は自分に託したのだ。
人より少しだけ器用で、少しだけ周りを見る能力に長けていて、でも、黒江や博也のように、確たる強さがない自分に――
樋春は最後に、〝芯〟をくれた。
――やろう!
無理でもいい。
無茶でもいい。
そんなことは知ったことではない。
今やらなければ、同じことの繰り返しだ。
なにより、
――樋春さんに、怒られる!




