第九章ー6
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虹沢透香の判断は冷静だった。
彼女が得意とする麻雀においても、『押し引き』は強さを語る上で外せない要素だ。
百パーセント危険な場面で無理に押したり、逆に、押して良い場面で中途半端に引いたりすることは、弱さの象徴とも言える。
絶対強者たる彼女は、その辺りの判断も一流だった。
――問題は筑梨茜の動きかな~?
透香は、龍海が倒された時点で、即座に撤退を意識していた。
第一目的は、龍海の救出である。
殺された、とはこれっぽちも思っていなかった。
身体強化能力を甘く見るわけではない。
むしろ、あの龍海を倒した能だ。
高く評価している。
透香が信じているのは、龍海の方だ。
二年以上もの間、数々の修羅場を潜り抜け、共に生き抜くと誓い合った龍海が、勢いだけの攻撃で殺されるわけがなかった。
もちろん、なんの成果も得られないまま撤退することに対して、何も思わないわけではない。
最強候補の一角と称される透香にとって、〝天誅〟金牧樋春の弟子とはいえ、無名の一年生相手に撤退するなど、屈辱以外のなにものでもない。
ただ、現状においては、リスクの方が大きいと判断した。
苦戦を強いられているのは、彼らの『伸びしろ』が異様に高かったことに起因している。
戦闘開始当初は、確実に勝てる力量差だったのに対し、どういうわけか、今では龍海を倒してしまうほどに成長している。
戦う中で成長する人間は山ほどいるが、ここまでくると、もはやどこまで伸びるのか、予測困難だった。
龍海が倒れた今、さらに予想外の事態が舞い込んできたら、対処できるかどうか、透香にも分からなかった。
「氷華鉄槌」
地上で、なにやらごちゃごちゃと二人で話し合っている間に、透香は逃げの一手を用意する。
彼らが虫の息であることに変わりはない。
殺せるタイミングがあるなら逃さないが、最優先は自分の命だ。
――まずは、龍海の状態確認。それから……。
透香は考えることをやめない。
どれほど格下の相手であろうと、足元をすくわれることはある。
この一戦だけでも、十分すぎるほど理解した。
麻雀においても、最善を取り続けても負けることはある。
ならば、どうするか。
――被害を最小限に抑えて、撤退するのが最良だね。
透香は、目の前に出現させた数メートルに及ぶ、巨大な氷華を落下させる。
地面にぶつけ、視界不良を引き起こすことで、まず、龍海への視線を逸らさせる。
あわよくば、少しでもダメージを与えられれば、と踏んでいた。
「さて、どうするかな~?」
氷華鉄槌は、透香の持つ技の中でも威力が高い。
樋春の大仏を簡単に押し潰すだけの破壊力がある。
ここまで戦い抜いた彼らが直撃を受けることもないだろう。
どう動くのか注視していると、
「お? ああ、なるほどね」
もう驚かなかった。
鉄球を活用し、二人そろって上空へ避難していた。
氷華鉄槌を避けると同時に、こちらとの距離を詰め、攻撃に転じるつもりだろうか。
「ま、そんなことはさせないけどね」
地表に激突した氷華は、あちこち砕け、氷の欠片が周囲に舞っている。
透香は、それを利用する。
視認できる範囲のそれらを再集束させ、氷の槍を作る。
そして、今、ようやく上空へ避難したばかりの彼らへ、再集束させたそれらを真下からぶつけてやった。
「っ!」
「うお!?」
鉄球に乗っているのだから、真下からぶつけても鉄球に命中するだけだが、威嚇としては十分だ。
そこまで考えていなかったのか、彼らは鉄球の上でバランスを崩しかける。




