第九章ー3
「ええ、お友達の最期くらい、見届けますか?」
ハッとする。
龍海の言葉に、飛びかけていた意識が戻る。
頭を引っ張り上げられ、強制的に前を向かされて。
目に入って来たのは――
「バイバイ、樋春の後輩ちゃん」
首を締めあげられ、宙づりにされている綾乃の姿だった。
透香の獣じみた気持ちの悪い笑顔が目に付く。
龍海にボコボコにされている間に、透香と綾乃の決着も着いたようだった。
透香の方も、念の入れ方が半端ではない。
自身の背後と上方に、十センチ以上はあるかという分厚い氷を配置し、死角からの反撃を潰している。
綾乃は必死に手足をばたつかせ、やけくそと言わんばかりに灰球を飛ばしているが、氷に阻まれ、透香には届かない。
「こちらも終わりにしましょう」
ドン、と顔面から地面に叩きつけられる。
頭を抑えつけられ、喉が地面に押し付けられる。
呼吸ができなかった。
――綾乃……っ!
黒江は、綾乃がいる方向へ手を伸ばす。
自分のことはどうでも良かった。
残されている力はもうほとんどない。
ここから勝てるとも思わない。
でも、自分より先に、綾乃を死なせたくはなかった。
自己満足かもしれない。
なんとか助けたとしても、すぐに殺されるだけかもしれない。
――それでも、だとしてもっ!!
なにか、なにかないのか。
「お疲れ様でした。次に会うのは地獄ですかね」
龍海がなにか言っている。
綾乃も、次第に抵抗力が弱まっていっているのが分かる。
これで終わりなのか。
本当に、このまま終わってしまって良いのか。
歯を食いしばり、腕に力を込める。
――……くそっ!
動かない。
力が入っていないのか、龍海に抑えつけられているのか、それすらも感覚がぼやけ、曖昧になっていく。
なんでもいい。
なんでもいいから、活路はないのか。
生きたいと願っていた少女を、助ける方法はないのか。
――……っ。
と、黒江の手に、なにかが触れた。
綾乃の鉄球だった。
透香の氷に弾かれ、こちらまで転がって来たのか、手を伸ばせば届く距離に、綾乃の鉄球があった。
『米粉パン、いる?』
霞んでいく意識の中で、声が、聞こえた気がした。
――そうだっ!
朦朧とした意識の中で。
策なんて言えるほどのものではなかったけれど。
最後にあがいてみようと思えるくらいの、イメージが湧いてきた。
「ぉんのおおおおおっ!」
力を振り絞る。
龍海とて、片腕を失っている。
両手両足に渾身の力を入れて立ち上がれば、起き上がるくらいはできるはずだ。
――頑張れ、自分!!
「この期に及んで、まだあがきますか!」
ぐぐぐ、と龍海がさらに力を込め、押し込んでくる。
こうなれば、もはや意地の勝負だ。
――動け、動け、動けっ!!
ほんの少し、浮いた隙に息を吸い、さらに、さらに、力を込める。
自分がどうなったって構わない。
腹が痛いとか、腕が痛いとか、息ができないとか、そんなこと、どうでもいい。
それがどうした。
それがどうした!
助ける。
綾乃を、助ける!
これ以上、目の前で誰かを死なせてたまるか!
「こんのぉぉぉおおおおおおおお!!」
まさに、火事場の馬鹿力だった。
最後の力を振り絞り、龍海の拘束を抜け、立ち上がった。
龍海は力に押され、バランスを崩す。
黒江の体から、完全に手が離れた。
その直後。
「いっけえええええーーーー!」
黒江は落ちていた鉄球を拾い上げ、最大加速、最大出力で、透香めがけて鉄球を投げつけた。




