第九章ー2
「クロ、どうする?」
透香の攻撃を防ぎつつ、綾乃が話しかけて来る。
汗と砂でまみれた綾乃は、焦りを通り越して、もはや笑みを浮かべていた。
――どうしようもない。
黒江は心の中で答える。
今の攻防一つとっても、力量差を痛感させられる。
綾乃の技から逃れた透香の動きは、常識的に考えれば、無謀も良いところだ。
龍海が先行し、道を作ったと言っても、その道は人ひとり分しかない。
そんな狭い通路へ、透香は何のためらないもなく神速をかけた。
もし、少しでも軌道がずれていたら、頭部へ鉄球が直撃し、首から上が吹き飛んでいただろう。
そうでなくても、龍海とのタイミングがずれれば、神速をかけたとて、龍海に衝突するだけとなる。
龍海が抜け道を作り、タイミングよく避けてくれることへの絶対的な信頼と、鉄球の軌道を読み切る『見極め』の技術がなければ不可能な芸当だ。
どれほどの場数を踏み、命の危機を乗り越えてくれば、そんなことが可能になるのか、想像するだけで身震いする。
綾乃も、それが理解できているから、諦めかけている。
結局のところ、勝ち筋がないのだ。
身体強化で押し切ろうにも龍海の格闘術は圧倒的で――。
どこを攻撃しても氷で防がれて――。
隙を突いた渾身の一撃すらも躱されて――。
能力の精度でも明らかに負けていて――。
相手の技を切り抜ける機転も、度胸も負けていて――。
どこに勝機を見出せば良いのか分からなかった。
《真宮、灰霧、少女がそちらに向かいました。気を付けてください》
そこへ、追い打ちをかけるような情報が飛び込んでくる。
「え? 博也は?」
《赤峰は無事です。虚を突かれ、見失ってしまったようです。気を付けてください》
「……分かりました」
と、言う他ない。
博也が何故、見失うようなことになったのか、問い質したい気持ちはあったが、そんなことを言っている暇はない。
今、この瞬間も、透香の攻撃に晒されているのだ。
さらに別の人物へ注意を払う余裕などない。
「いい加減、諦めた方が良いと思いますが?」
龍海の声が聞こえ、鉄球の壁が崩れ去る。
積み上げられた鉄球が、根こそぎ龍海に無力化され、彩粒子となって消えていく。
「綾乃、やっぱり逃げ――」
「くどいよ」
「……だよね」
強い口調で拒否され、黒江は項垂れる。
正直、本気で逃げて欲しかった。
この場にいたら、殺される。
「くそっ」
震える足に力を込めて、目の前に迫る龍海に回し蹴りを繰り出すが、
「力が入っていませんよ」
避けられた上に軸足を崩され、簡単に転がされてしまう。
受け身を取ることすらままならず、頭を強打し、視界が揺れた。
「終わりです」
「うっ」
まずい、と思った時には詰んでいた。
龍海に髪の毛をつかまれ、強引に起こされる。
龍海に掴まれることは、イコール、能力が使えなくなることを意味している。
「ええ、手は抜きませんよ」
龍海は黒江を強引に立たせると、頭を固定したまま、顔面へ膝打ちを繰り出す。二度、三度、四度と、繰り返し繰り返し、頭を振られ、膝へ叩きつけられる。
腕を挟み込んでなんとかガードだけはするが、もはや勝敗は決していた。
能力が使えないこの体勢から、逆転手は思い付かなかった。
「……」
龍海にも、隙がない。
ここで例えば、大振りしてくれれば、距離を取って策を考えられるのだが、そんな隙は与えてくれなかった。
敬意を持つという言葉通り、確実に黒江の力を削いでいく。
顔面へ直撃しなくとも、打ち続ければ、いつかはガードする腕が破壊される。
腕を破壊されれば、攻撃手段が一気に少なくなる。
丁寧に、細心の注意を払って、龍海は終わらせにかかっていた。
――これで終わり、かな……。
黒江は打たれながら、そんなことを考える。
もはや、顔を打たれているのか、ガードできているのか、感覚がなくなってきていた。
頑張った、と思う。
失敗してしまったが、茜が授けてくれた策も実行に移せたし、最後まで、諦めることはなかった。
樋春が遺してくれた技術、精神を存分に発揮できたと思うし、これなら、負けたとしても怒られはしないだろう。
というか、そもそも、最初から無茶だったのだ。
樋春と互角の実力を持つ人間を相手に、勝てるわけがなかった。
茜に実力差はないと言われ、勝てる策を教えられ、ひょっとしたらと思ったのだ。
死ななくて済むのなら死にたくはなかったし、勝てるのなら勝ちたかった。
けど、最初から無謀で、無茶だった。
龍海の腕を折り、何度も透香を驚かせた。
樋春の後継者として、一矢報いただけでも勲章ものだろう。
勝つための努力はした。
最後まで諦めなかった。
生き残るための最善は尽くした。
これ以上、どうすれば良いのか。
これ以上――。




