第九章ー1
《クロ、仕掛けるよ》
「了解!」
数メートル離れた場所にいる綾乃から指示が入る。
「とう!」
黒江は龍海へ全力の正拳突きを見舞う。
「何度やっても同じです」
右腕を潰されてなお、龍海の格闘術に綻びはない。
顔面に向かってくる黒江の拳を首を捻るだけで回避し、同時に左の拳を黒江の腹部へ突き立てる。
「ぐっ」
傷を追っている箇所へ繰り出された容赦ない攻撃に、黒江はたまらず後退した。
「~~~~っ!」
もはや、ここまで来ると『痛み』などというレベルではない。
凄まじい激痛がこみ上げ、黒江は後退した先、綾乃の足元で蹲る。
さらに出血量が増し、足に力が入らなくなってくる。
いくらなんでも、血を流し過ぎた。
「クロ――」
「気にしなくていいから!」
心配してくる綾乃に声をかけ、前を向かせる。
今、透香と龍海は、約二メートルの範囲内にいる。
これなら、綾乃の大技を発動させられる。
「灰球・乱舞」
覚悟を決め、前を向いた綾乃は技の名前を口にする。
綾乃の能力は、透香の氷よりも生成が早い。
技名を口にした一秒後には、陣形が完成している。
「これは……」
「考えることは同じ、ってことかな?」
透香は苦笑いで自分たちの周囲を見回す。
彼女たちを中心に、鉄球がずらりと並ぶ。
ドーム型に並んだそれらは、均一、均等に配置され、一見しただけで全方位からの空間攻撃だと理解できる。
透香の持つ必殺技の一つ、『氷槍乱舞』と似たような陣形だった。
氷槍乱舞が波状攻撃であるのに対し、綾乃の技は同じタイミングで全弾が落ちて来る。
「発射!」
鉄球が撃ち出される。
透香の氷は樋春の攻撃すら凌ぎ切る強さを持っているが、生成が間に合わなければ黒江の蹴りすら防ぎ切れない。
今から氷を生成したところで防御には間に合わないだろう。
それを見越して技自体の中断を目論み、綾乃へ攻撃しようにも、距離がありすぎる。今からでは、とても間に合わない。
綾乃の灰球が効かない龍海はともかく、少なくとも、透香にとっては危機的状況であるはずだった。
しかし。
「龍海」
「はい」
透香たちの表情に焦りはなかった。
短く言葉を交わし、すぐに行動に移る。
龍海を先頭に、二人はこちらへ突っ込んで来た。
「後ろががら空きだけど?」
綾乃は二人の動きを無視して技を続行する。
龍海を先頭にして走れば、前方向の鉄球は防げる。
透香より体の大きい龍海が先行して鉄球を無力化し、その後ろに透香が着いて走れば、多少の時間は稼げるだろう。
けれど、多少時間を稼げたところでどうするというのか。
彩粒子で足が速くなっていても、弾丸より速いわけがない。
すぐ後方から迫る弾丸に追いつかれ、直撃となるのが落ちだ。
まさか、そんなことが分からない二人ではないはずだが、既に透香の背後には鉄球が接近している。
逃げ切れるはずがない。
前方の鉄球は龍海が無力化しているものの、それ以上、動きのようのない体勢になりつつある。
と。
「透香!」
「いくよ!」
目を疑った。
透香の後頭部に鉄球が当たるか当たらないかというタイミングで、透香はもう一つの能力、『神速』を使用した。
前方にいた龍海がほんの少し横に逸れることで、透香の逃げ道が生まれていた。
透香は龍海が作った道を迷いなく駆け抜け――
「ぼうっとしてる余裕はないと思うけど!」
技を仕掛けていた綾乃めがけて、氷を飛ばす。
槍でも狼でもなく、単なる氷の塊だった。
たかが氷と侮るなかれ。
弾丸ほどの威力はなくても、当たれば痛いし、打ちどころが悪ければ打撲では済まない。
対して。
「灰球・壁陣!」
綾乃は防御陣を敷く。
鉄球が積み重なり、放たれた氷を弾き返す。
透香たちの連携に驚きながらも、すぐに対応できるそのポテンシャルの高さは、さすがの一言だった。
黒江なら、確実に全弾くらっていただろう。




