第八章ー16
◆◇◆
はらわたが煮えくり返っていた。
赤峰博也にとって、誰よりも尊敬に値する人物を失ってしまった。
直接関わる形となった黒江や綾乃の前では必死に抑えていたが、人生で始めて、誰かを殺したいと本気で思った。
肋骨が折れた痛みなど、どこかで吹き飛んでしまっていた。
「離……てくださ……ぃ」
弱々しい声で呻く少女――柴川秋奈の首を、博也はがっしりと締め上げる。
本来、ここまでする必要はない。
足止めできればそれで良かった。
黒江たちのもとへ行かせなければ、作戦としては問題ない。
問題ない、が。我慢がならなかった。
能力を使い、体を動かせない状態の相手を、一方的に掴み上げる。
体から溢れ出る赤い彩粒子が、博也の殺意を表しているようだった。
《赤峰、なにをしているのですか。今、そちらに敵が向かっていると言っているでしょう。ある程度は抑えますが、早く場所を移動してください》
「……」
《赤峰――》
「分かってますよ」
茜に対してもぶっきらぼうに返し、博也は秋奈を投げ飛ばす。
解放された秋奈は、地面に手を付き、激しくむせ込む。
「……ちっ」
舌打ちをして、博也は周囲へ視線を巡らせる。
透香たちをおびき寄せるためとはいえ、あれだけ大々的に挑発したのだ。敵校生徒にしてみれば、透香たちの支援に向かいたいと思う者だっているだろう。
校舎の方へ目を向けると、茜が仕掛けたトラップに引っかかり、目に見えて命を落としている者や、這う這うの体で校舎から飛び出してくる者もいる。
《赤峰、寮の方向へ移動すれば、基本的に立ち入り禁止区域ですから、人気はないはずです。すぐに――》
「分かってます。そう何度も言わないでいいですよ」
茜のトラップにも限界がある。
今はまだいないが、無傷でグラウンドまで辿り着く者も出て来るはずだ。
そうなった時、真っ先に狙われるのは最も近くにいる博也だ。
秋奈の対応は身を隠してからでもできる。
自分の安全を確保するのが最優先だった。
「おら、行くぞ」
「痛っ」
未だ、地面に這いつくばっていた少女の体をけ蹴飛ばす。
「お前が先に歩け。どこに行くかは指示する」
「……うぅ」
よろよろと立ち上がり、おぼつかない足取りで歩き始める。
柴川秋奈は、文学少女といった風貌で、外見から判断すると、とても戦いに向いているとは思えなかった。
丸眼鏡に前髪がやや長めのボブカット。女性的な体つきで、筋肉質な感じは一切ない。こんな少女が、あの樋春を殺したのかと、疑いたくなる程だった。
「さっさと歩けよ」
そんな少女を、博也は締め上げ、蹴飛ばし、ぞんざいな言葉遣いで威圧する。
普段なら、間に割って入って激怒する側なのだが、今回だけは別だった。
どんな風貌をしていようと関係ない。
この少女は、樋春を討った張本人なのだ。
「あの……」
「あ?」
「ひっ……」
振り返り、なにか喋りかけた少女は、博也の返答に怯え、縮こまる。
もともと気が小さい性質なのだろうが、ここまで怯えられるとただ話すことすらままならない。
無視しても良かったが、ちらちらと振り返ってくるのが気持ち悪い。言いたいことがあるならはっきり言えばいい。
仕方なく、博也は「なんだ?」と聞き返してやる。
「……あの、えと、一年生、ですよね?」
おどおどしたまま、秋奈に問われる。
「そうだけど、それが?」
「……この世界のコト、どう思いますか?」
思いがけない質問に、博也は警戒した。
自分の命が危険に晒されていることは、秋奈とて理解しているはずだ。
博也の能力圏内にいて、他に邪魔をしてくる者がいない状況下では、圧倒的に博也が有利だ。
そんな中で、あえて聞く質問だろうか。
それともなにか、そういう作戦なのだろうか。
「……」
博也は答えなかった。
罠であるなら、答えることで条件が満たされることもある。
相手は透香たちの仲間で、樋春を殺した人間だ。
気が弱いように見えるのは外見だけで、牙を隠し持っている可能性もある。
と、博也が警戒を強めたのを見計らうように。
「わたし、こういう世界へ来ることが夢だったんです」
秋奈は予想外の言葉を続けた。




