第八章ー13
黒江の頭上に、数十にも及ぶ氷の槍が生成される。
樋春に大ダメージを与えた、透香の必殺技の一つだ。
――くそっ、くそっ!
無数の槍を見上げ、黒江の心は折れかかる。
茜は、戦闘技術に差はないと言っていた。
そんなことはない。これが現実だ。
もともと勝てる気はしていなかったが、茜の言葉に励まされ、一縷の望みに賭けた。
透香は近接格闘戦が得意ではない。樋春ほどの実力がなくても、近接格闘戦に持ち込めれば、もしかしたら勝ち筋があるかもしれないと思った。
とんでもなかった。
なにを馬鹿なことを考えたのだろうと、今なら思う。
実力差が有りすぎる。
茜が示してくれた作戦に、繋げる一手すら打つことができない。
――どうしてだ!
選定式前の特訓では、樋春と良い勝負ができていた。
樋春も手加減していただろうが、それを抜きにしても、近接格闘戦が苦手な相手に、ここまで一方的にやられるほどの差はなかったように思う。
樋春と自分は、一体なにが違うのだろうか。
「ふん。樋春の弟子が聞いて呆れる」
どこか苛立った様子の透香は、ためらいなく腕を振り下ろす。
数多の槍が複雑な軌道を描いて飛来する。
「……」
黒江はよろよろと身を起こし、襲い掛かって来る槍を睨み付ける。
なんでもいい。
なんでもいいから、打開策はないのかと思考を巡らせる。
敵わなくても、せめて、一矢報いるくらいはしたかった。
あれほど鍛えてもらって、期待してもらって、何も残せず、何もしないまま、こんな風に終わりを迎えるのは納得できなかった。
「死ね」
透香の冷たい言葉が耳に届く。
氷の槍は目の前に迫っていた。
黒江はぎゅっと目を瞑り――。
『見極めろ』
樋春の声が、聞こえた気がした。
「――!」
咄嗟に、体が動いていた。
「え? ちょっ、そこから避ける!?」
その瞬間を目撃した透香は、丸い目をさらに丸くして驚愕の表情を浮かべた。
黒江は、ほとんど逃げ場のない全方位空間攻撃の間隙を縫い、回避に成功していた。
バックステップで数歩下がった後、向かってくる槍を紙一重で避け、手で弾き、蹴り返し、直撃を防ぐ。
氷槍乱舞の第一波を、見事にくぐり抜けた。
――見極めろ。
樋春の言葉を反芻し、黒江はひたすら体を動かし続けた。
技はまだ終わっていない。
槍は空中へ舞い戻り、さらなる攻撃を仕掛けて来る。
一つ一つ、槍を見ていたら間に合わない。
向かってくる槍がどこにいて、どこから飛んでくるのか、一瞬で考え、一瞬で判断し、全ての軌道を読み切る。
「しぶとい!」
苛立つ透香は、さらに槍の数を増やす。
全方位から襲い来る槍は、力の暴風雨とでも言うべきか。
一つ一つが、直撃すれば致命傷になり得る殺傷力を持っており、少しでも判断を誤れば即座に決着となる。
薄青の彩粒子が空中に飛散し、視界がぼやけていく。
そんな中で――。
「綾乃の灰球に比べれば!」
黒江の軸はブレなかった。
流れるような動きでステップを踏み、槍を弾く。
ダンスでも踊っているかのような流麗な動きで氷を翻弄し、余裕の動きで捌き切る。
特訓時、樋春が常に口にしていた『見極めろ』という言葉。
今なら分かる。
これは、身体強化の真骨頂だ。
漆黒の彩粒子が舞い、薄青の彩粒子を飲み込む。
途切れることのない連撃を凌ぎ、捌いて。
「はっ!」
最後の槍を弾き返し、ついに、攻撃が止まる。
槍がグラウンドに着弾し、その度に砂煙が舞い、氷が砕け、彩粒子が飛散し、猛烈な視界不良を引き起こしていた。
黒江の視力でも、近くにいるはずの透香が見えなくなるほどだった。
――助かった、のか?
攻撃が止んだ瞬間、足から力が抜け、その場にへたり込む。
黒江はなによりもまず、自分自身の行動に驚いた。
確かに、ずっと特訓してきたことではあった。
樋春からひたすら『見極めろ』と言われ、格闘技術を磨くと同時に、綾乃の攻撃を受け続けた。
――その成果、ってことでいいのかな?
自分でやっておいて、黒江は苦笑いを浮かべてしまう。
特訓時、綾乃の攻撃を曲がりなりにも捌けるようになったのはつい最近で、しかも、上手くいっても二、三回が限度だった。
これほど長時間、捌き続けられた経験は一度としてない。
正直、自分がどんな風に動いたのかも覚えていなかった。
唯一、覚えていることと言えば、直前で樋春の声が聞こえたような気がしたこと。
それだけだった。




