第八章ー11
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なるほど、早いし重い――。
虹沢透香は、黒江の攻撃を危なげなく氷で捌き、しかし、その能力の強さに感嘆する。
龍海から樋春の弟子にあたる二人の能力は聞き及んでいた。
男子は身体強化で、女子は鉄球を操る能力だ、と。
龍海は灰色髪の女子を警戒だと話していたが、この男子も、決して気を抜ける相手ではない。
「くそっ!」
息つく間もなく連撃を仕掛けて来る男子は、樋春に教えられていただけのことはある。まだまだ未熟――だが、その能力も相まって、粗削りな部分すらも強みに思えて来る。
近距離格闘戦においては、龍海や自分が相手でなければ力押しで勝ててしまいそうな勢いがある。
とはいえ、あまりにも直線的過ぎる。
「はっ!」
「氷鉄」
「とうっ!」
「氷鉄」
「これで!」
「氷鉄」
透香は苦も無く攻撃を防ぐ。
近接格闘戦は、能力を多用する戦いに比べて『ゲームプラン』を考える必要が少なく、ごり押しでも勝ち切れることが多い。
特に、身体強化という強力な力を持つ彼は、その傾向が強い。これまで、『考えて戦う』ことが少なかったのだろう。思考力が低いように思える。
どのように攻撃すれば相手の体勢が崩れ、その隙に自分がどこへ動き、どこに攻撃を繰り出せばより良い結果が得られるのか。
ゲームプランを組み立てる力は、強者と戦う上では必須であり、強者同士の戦いでは読み合いとなるのが常だ。それは近接格闘戦であっても変わりはない。
あの樋春がそれを教えていないとも思えないけれど、事実、目の前にいる男子は考えている様子がない。
「氷牙狼」
透香は試しに、男子にとって見えるか見えないか、ぎりぎりの位置――真横に狼を出現させ、横っ腹に突っ込ませる。
「うお!?」
彼は驚きの声をあげ、狼と一緒に転がって行った。
「……」
見送り、透香は嘆息する。
――期待していた、わけではないけど。ん~?
敵校である透香にとって、楽に倒せるならそれに越したことはない。
ただ、少し拍子抜けではあった。
念のため、警戒していたのだ。
黒江の相手を透香が、綾乃の相手を龍海がしているのは理由がある。
黒江の能力が龍海にとって天敵に近いからだ。
龍海の能力は、相手の能力を無力化するという、主人公か魔王クラスの能力だが、欠点はある。それは、あくまでも『能力の無力化』であって、能力と関係のない部分の力を無力化できるわけではないということ。
つまり、能力に関係なく、近接格闘が強い人間の場合、龍海と互角に張り合える可能性が出て来る。
もっと言えば、
黒江が身体強化によって加速させた拳や足は、龍海に当たるまで、その速度を維持できる、という点だ。
言うまでもなくその条件下では、攻撃も防御も、インパクトの瞬間まで黒江の方が圧倒的有利となる。
体育館での戦いでは綾乃が主体となっていたため、二対一でも特別問題はなかったし、龍海の格闘技術を鑑みれば、黒江が相手でもどうにかできてしまうだろう。が、万が一ということもある。
攻守万能な透香が黒江を倒し切り、能力無効化が一方的に痛手となる綾乃を、龍海が潰す。
それが透香と龍海の作戦だった。
「お~い、どうした~?」
透香は何をするでもなく、その場に突っ立って呼びかける。
男子は狼と一生懸命格闘しており、こちらに向かってくる気配がない。
「樋春の敵討ちがしたいとか思わないの? もうちょっと頑張りなよ~?」
なにか奥の手の一つでもないものかと挑発してみるが、どうも、そういうわけでもないらしい。
警戒していたのがアホらしくなってくる。
狼を振り払うのに精いっぱいで、それ以上の余裕はなさそうだ。
――つまんないな……。
まるで手応えのない男子を見て、次第に苛々してくる。
本来、楽に殺せるのは良いことで、何も問題はないのだけれど。
――こんなヤツらのために、樋春は命を懸けたの?
この二年間、樋春とはいろんなことがあって、互いが互いを目の敵にしていた。殺したことに後悔はない。
反面、実力だけは認めていた。
どんな時でも勝ち筋を見つけ、最後まで突っ走る精神力と、選定式を変えるという目標のために生き抜いてきた底力は、透香も龍海も尊敬していたし、ある意味、自分たちよりも強い部分があると認めていた。
だから、秋奈を封じられた時は、腐っても樋春の弟子かと思ったのだが……。
「もういいや」
透香はようやく狼を振り払った男子へ、攻撃を仕掛ける。
選定式を変える、などという大きな目標はなくても、透香にも龍海にも、目指している場所はある。
こんなところで、立ち止まっている余裕はない。
――龍海と一緒に、二人そろって生還する。
シンプルだけど、これ以上ない目的だ。
今は取るに足らない存在でも、樋春に師事したというだけでも、警戒するには十分すぎる。
まだ五月。
選定式の回数を考えれば、卒業までに最低でもあと一度、第三高校と対戦する機会は残っている。
――コイツらは、ここで仕留める。
透香は黒江の息の根を止めるべく、氷の生成を始めた。




