第八章ー10
「ええ……体育館での戦いも、手加減をしていたつもりはないですが。けれど、本気で殺しにかかっていなかったのも、また事実ということでして」
龍海は事もなげに言う。
龍海が格闘技術に長けていることは重々承知していた。
体育館での戦いでも、守るのに精いっぱいで、クリーンヒットを奪えなかった。
それでも、ここまで動きに差が出るとは思わなかった。
龍海のこの動きは、我流とは思えない。
明らかに、なにかの武術を嗜んでいる。
「金牧樋春か、筑梨茜にアドバイスされていたのでしょう? 攻撃している間は、意外と安全だ、と」
龍海は表情を変えず、綾乃を見下す。
「驕りが過ぎますよ?」
空気が張り詰める。
猫に睨まれたネズミはこんな気分だろうかと、綾乃は想像した。
圧倒的な武力差を、認めざるを得ない。
「彼女らがそうアドバイスしたことに間違いはありません。彼女らと戦う時は、基本的に深追いはせず、透香を守ることに徹していましたからね……。しかしそれは、相手が彼女らであれば、の話です」
龍海は眼鏡の淵を押し上げる。
「龍海流体術、搦手、操」
綾乃を厳しく見据え、龍海は自身の扱う武術を名乗る。
「立ちなさい。あなたが金牧樋春に教わってきたことを全て打ち砕き、その上で殺して差し上げましょう」
「……」
歯を食いしばり、立ち上がる。
体育館での戦いからあちこち打たれ続けているせいで体中が痛むが、そんなことを言っている場合ではない。
――どうしたもんかな……。
頬が引きつり、もはや笑いがこみ上げて来る。
能力は通じず、格闘術でも勝ちが見込めない。
樋春たちからもらったアドバイスもお見通しで、攻撃し続けても守り続けてもジリ貧だろう。
龍海の能力の弱点――体の一部が地面についていなければ能力を発動できない、ということも教えられているが、龍海自身が最も警戒しているはずだ。弱点がある以上、狙わないわけではないけれど、卓越した格闘技術を持つ龍海が相手では、期待した結果は得られないだろう。
《……》
こんな時こそ茜から助言が欲しかったが、通信機は沈黙したままだった。
こちからから呼びかけても良かったが、一瞬でも注意を逸らしたら、龍海は即、仕掛けて来るだろう。
下手な動きはできなかった。
――えっと、なんて言われてたっけ?
自分で活路を見出すしかない。
生徒会室で作戦を伝えられる際、茜に言われたことを思い出す。
『樋春に教わったことを頭の中で整理して、きちんと実行してください。何度も言いますが、戦闘技術において、あなたたちと透香、龍海との間にほとんど差はありません』
そんなわけあるかと突っ込んでしまう。
現に、龍海に追い詰められている。
樋春に教えられたことと言えば、灰球の操作が主だった。
その灰球が通用しないから困っているのだ。
しかも、格闘術に関してはそもそも教えられていない。
綾乃が勝手に盗み取っただけだ。
「来ないなら、こちらから行きますよ」
頭を悩ませていると、龍海は深呼吸を一つ。
「ちょっと待って欲しいんですけど……」
一応、懇願してみるが、
「知りません!」
完全に無視され、龍海が突っ込んでくる。
綾乃は「もうっ!」と毒づき、龍海の攻撃に備える。
茜から倒し切るための作戦は授けられているが、そこに繋げるだけの体力も技術も、綾乃にはなかった。
頼みの綱は、透香と戦っている黒江だ。
黒江が『ベストタイミング』を引き出せれば、まだ勝ち目はある。
綾乃は、その時が来るのをひたすら待つしかなかった。




