第八章ー8
「クロ、戦う前に、一つだけ確認したいんだけど、いい?」
と、視線は校舎に向けたまま、綾乃が問いかけてくる。
彼女は既に臨戦態勢を整えており、体からは灰色の彩粒子が流れている。
日の光に照らされて、きらきらと輝いていた。
「いいよ。なに?」
綾乃は茜と同じような淡々とした声音で、
「樋春さんが倒れた時、飛び出したのって、どうして?」
そう聞いてきた。
黒江は即答する。
「助けようと思ったんだよ。すぐに死ぬような傷でないのは、見えていたからね。俺があのタイミングで飛び出せば、視線が集中すると思ったんだ。その隙に、会長か綾乃がなんとかしてくれるかもって……まあ、その選択は間違っていたみたいだけど」
黒江は言って、空を見上げる。
少し冷静に、今になって振り返ると、余計にその選択は間違いだったと気付かされる。
佳那が死んだ時の経緯を踏まえれば、誰だって黒江が飛び出せば「またか!」と思うだろう。黒江は樋春と綾乃の行動に賭け、自分に視線を集めようと動いたが、賭けたその二人が、黒江を止めようと動いたのだ。
おそらく、無事であれば博也も同じ行動を取っただろう。
そう、自分で思えるほどあの選択は間違いだった。
最も樋春と親しい立場にいた茜は、何も言わなかった。
はっきりと怒られた方がマシだとすら思う。
何故、茜はあれほど淡々と、ロボットのようにコトを進められるのか、本当に分からなかった。
「綾乃?」
「……」
黒江の回答を聞き、綾乃はなにか考え込むように沈黙する。
数秒後、彼女も空を見上げて、呟いた。
「そっか……」
それ以上、綾乃は何も言わなかった。
天を仰いだ彼女が何を思ったのか、黒江には分からなかったけれど、彼女もまた、黒江を責めようとはしなかった。
ただ、自分は間違いなど犯しておらず、後悔など一辺もないという、そんな呟きには聞こえなかった。
彼女もまた、反省し、後悔しているような、そんな雰囲気だった。
「クロ」
「なに?」
「これで終わりにしようね。これ以上、誰も死なせたくない」
「ああ」
短く応じて、黒江も能力を発動。
漆黒の彩粒子を纏う。
黄色と薄青、そして藍色の彩粒子が視界に入っていた。
《視認できていますか?》
通信機から、茜の声が届く。
茜は放送室に待機し、ドローンを飛ばして戦況を見守ることになっている。必要に応じて、指示を出してくれるらしい。
「はい」
「見えています」
《では、作戦通りに。幸運を祈ります》
「了解です」
「頑張ります」
茜とのやり取りを終えて。
透香と龍海を見据える。
「やっほー……て、あれ? 一年生だけ? 副会長は?」
「いませんね。どこかに隠れているのでしょう」
十数メートルの距離まで、ゆっくりと歩いてきた二人は、気楽に、気さくに話しかけて来る。
――この二人、やっぱり……。
改めて真正面から向かい合い、戦慄する。
「まあいいや。……この子たちが殺されそうになれば、出て来るでしょ」
「ええ、そうでしょうね。おそらく、この子たちに次代を託そうと一緒に行動していたはずですから、殺されたくはないはずです」
透香も龍海も、殺せることを前提に話をする。
向けられた視線には、明確な殺気が宿っていた。
睨み付けられただけでも、身がすくむ。
龍海とは二対一でも歯が立たなかったし、透香に至っては、樋春と互角の実力なのだ。
やるしかないのは理解しているが、やはり、ちょっと策がある程度で、勝てるとは思えな――
《無駄に飲まれないでください》
耳元で、呆れたような、平坦な声が響く。
《戦う前から相手の思考を読み、有利にコトを進めようとするのは透香たちの十八番です。先ほど、生徒会室でも話しましたが、あなたたちと透香たちの間に、『それほど実力差はありません』。臆さず、普段通り戦ってください》
一定のテンポで紡がれる言葉は、落ち着きを取り戻させた。
《それと、赤峰が少女を捕捉、停止させました。あなたたちは自分の役割に集中してください》
「……!」
ついで、知らされた情報にやる気が上乗せされる。
透香たちがグラウンドへやって来たあたりから、濃度の高い赤い彩粒子が視界の端に見えていたが、博也の方は上手くやっているようだった。
こちらも、負けてはいられない。
茜から授けられた策を実行できれば、作戦上では、黒江たちでも倒せるのだ。
それを実現させられるかどうかは、二人自身にかかっている。
怯えて、縮こまっている場合ではない。
「ん?」
「おや?」
と、透香と龍海、両名の顔色が若干変わる。
視線が向けられたのは、今、自分たちが歩いてきた校舎の方だ。
赤い彩粒子が目に付いたのだろう。
遅れて到着するはずの少女が一向に姿を見せないことで、こちらの狙いを察したらしかった。
「……筑梨茜の入れ知恵かな。やってくれたね」
「ええ、こちらも、猶予がなくなりましたよ」
透香は丸い目を細め、龍海は眼鏡を押し上げて、構えを取る。
余裕のある気楽な表情が一変し、二人ともが睨み付けてきた。
黒江たちはまた、その姿を見て心が引き気味になってしまうが。
《繰り返しますが、表情や空気は、雰囲気でしかありません。無駄に臆さないようにしてください。樋春に教えられたことを一つ一つ思い出して、普段通りに戦ってください。いいですね?》
絶妙なタイミングで、茜が言葉を挟んでくれる。
下手に感情を乗せられるより、余程、気持ちが安定する。ロボットのような茜の喋り方は、黒江たちに余裕を持たせてくれる。
『赤峰が少女を捕らえることに成功した場合……。あの少女が二人にとって重要であればあるほど、焦って攻撃を仕掛けて来るはずです。どの程度焦るかは未知数ですが、もし、隙があるようならば、そこを狙ってください』
生徒会室で茜に言われたことを頭の中で反芻する。
ここから、あれこれ考えることはない。
やることは決まっている。
「綾乃」
「うん」
一瞬、手を触れ合わせて頷き合う。
「行くぞ!」
黒江は透香へ。
綾乃は龍海へ。
彩粒子全開で疾走する。




