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若き魔界幹部の悩み  作者: 耕眞智裕
か弱き女王の悩み
69/69

20 地下研究所 Ⅳ

 キト法国首都ギオン。表面的にはいつもの光景が広がっているが、中枢では奇妙な慌ただしさがあった。


「剣の女王が動くなんて珍しいわね」


 キト中枢に寄生するヌンティウス・デイは嬉しそうにホテルからの景色を眺め、呟いた。時はマレードが丁度見知らぬ空間に落とされた日だ。


「特殊部隊を動かすなど現体制では初めてだからナ。面倒事を好まない、空気のような剣の女王がそうするというのハ、大きな事情があるのだろウ。

 なァ? そうなんだロ?」


「むっきー! 酷いですよプロテスターさん! 私が諸悪の根源みたいに言わないで下さい!!」


 嫌味に対し大げさに反応するヌンティウスに対し、プロテスターは目も合わさずに鼻で笑う。そして大人げなくはしゃぐその女についてしばし考えるのであった。


(この女と付き合って長いガ、未だにこの女が何者なのか分からなイ。

 口では混沌などと言っているガ、その具体的目的は語らズ、どういった経緯でそう考えるようになったのかも分からなイ)


「魔導都市ギオン…… あぁ、ここが混沌の中心になるのね。うっとりするわぁ」


 恋する乙女のように目を潤ませてそう口にするヌンティウスを一瞥すると、プロテスターは不快さを溜息で表現した。


(私との繋がりもそうだガ、あの女、何故か人脈が豊かダ。にもかかわらズ、個々のつながりに留メ、団体を作ろうとしなイ。あの自己顕示欲の強い女ダ、“ヌンティウスと愉快な仲間たち”とでも銘打って気色の悪い集団を結成しそうなものなのにナ。

 それトもう一ツ。この浅広き世界書ナロウ・ブック。これハ私にとって“他者とは比べ物にならぬほど有益”なものになル。これを手に入れる事が出来ただけであの不快な女と組んだ甲斐があったという事ダ。だガ、気持ちの悪い点があル。

 奴は浅広き世界書ナロウ・ブックの秘密の記録を私に教えタ。なぜ奴がそんな事を知っているかも不可解だガ、この記録に記された内容…… 世界のプレイヤーとして召喚された者達のプロフィール…… その中にある“修道女”。その役を受ける者の名前は――『0012』―― 他の者達が名前で登録されているにもかかわらズ、この部分だけが数字なのダ。どうせ奴に聞いても要領の得ない反応が待っているだろウ)


 記録の中に記されたその奇妙な数字に指を当てると、プロテスターはヌンティウスの後姿を睨んだ。その数字が彼女を示している事など容易に推測できた。


(まぁいいサ。私達は信頼関係によって繋がっているわけではなイ。所詮利用し、利用されの関係ダ。不必要なら切ればいイ)


 浅広き世界書ナロウ・ブックをゆっくりと閉じるとプロテスターはヌンティウスに声をかける事無く一人寝室へと向かった。



























 あれから二週間程経っただろうか。ここには窓も時計も無く頼れるのは自分の腹と眠気だけで確かな事は分からない。外からの情報は厄介な隣人が暴れていると思しき騒音と地響きだけだ。


「はぁ……」


 やせ細った声が殺風景な部屋に響く。端正な顔に無精ひげが伸び、上等な衣服も汚れを隠せなくなっていた。

 部屋には行き場のない空の缶詰やペットボトルが散乱し、不快な臭いが漂う。まさか誰もここの住人が天才マレード・フォン・ガランド宰相とは思わないだろう。


「あと三日か……」


 スチール棚に置かれた非常食を虚ろな目で眺めながらマレードはそう口にすると、脱力して膝をついた。

 思えば他者との会話を一切することなくこれだけの時間を過ごしたのは初めてであり、今まで感じた事のない寂しさにマレードは襲われた。この部屋でトーホーと食事を共にした光景がフラッシュバックし、涙が溢れる。



 ――キマイラ戦敗北からここまでマレードは一つ戻ったところにあるセーフゾーンで一人命を繋いでいた。先はシャッターとキマイラ、戻れば再増殖したマゴットの大群。もはやここしか生きる場所は無かった。

 幸いな事にこの部屋には水と食料が備蓄されており、何とかここまで生存できた。だがそれも僅か。棚の奥の奥、その隅に未開封の缶詰と水が三セットほど残るだけであった。


「はぁ。天才マレード・フォン・ガランド。誰に看取られる事無く、一人餓死す……か……」


 マレードは口かな何かを吐く際、溜息をもらす。心身も健康とは言えないが、精神的な摩耗が深刻であった。彼は自分が思うよりずっと孤独に弱い人間であったと自覚した。

 もはやタレントを起動できる集中力も維持できず、ただ虚ろな目で白壁を見ながらその時を待つだけであった。






 絶望に沈み、死の海に吞まれる事を覚悟せざるを得ないマレード。だが、そこに一点の希望の光が射した。


“ゴソゴソ”


 光はまさに天井てんから。衣服か何かが擦れ合う音と共に降臨した。

 突如出現した円形の穴があき、二人の男女が降るように出現したのだ。


「いたたた……」


「ちょっ! ちょっと姐さん! 踏んでますって! 痛いっす」


 ボウっとした視界に映る二人。マレードはその二人を知っていた。女性の方は自分の秘書を務めるサラ・アンナ。彼女の尻の下で叫ぶ男は穴掘り名人のノワール・ペシェだ。


「ちょっとペシェさん。その姐さんっていうのやめて下さいませんか! 私貴方より年下ですよ!」


 死を覚悟した時見る都合の良い幻影。そう言った類のものだとマレードは薄く目を開けて二人を観察した。


「――うーん。もしかしてマレード君すか?」


 燃え尽きたボクサーのようにパイプ椅子に座るマレードの顔を二人は観察するように見回し、ペシェはそう呟いた。

 髭が茂るってほどではないが、一瞬彼がマレードであると分からない程にマレードの顔は変わり、生気を失っていた。


「間違いありません。この宰相探知機もビンビンに反応していますし、この方は宰相閣下です」


 サラの持つ“願いを叶える玉を探す機械に酷似した何か”が光を放つ。それはマレード・フォン・ガランドのみを探知するピンポイントな機械であった。


「ううう…… あああ…… 夢……」


 マレードは突然の事にまるで自我を失った元ソルジャーのような言葉を呟く。

 その様子にサラは不覚溜息をつくと、どこからともなくビデオカメラを取り出した。そして深く息を吸い込むと大げさに口を開ける。


「なんか知らないんですけど、この中にあの宰相閣下が漫画の本に何かされていらっしゃる動画があるのですが、皇帝陛下や皇女殿下にお見せしたらさぞお喜びになりましょう!

 うーんぅ? 何の漫画だったかしら? たーしーかー……」


「おいおいおいおい!! やめやめやめ!!!」


 サラの言葉にマレードは勢いよく反応する。先ほどまでの消耗ぷりが嘘の様だ。それ程までにマレードはあの魔書の名を聞きたくなかった。


「え? 何なんすか? 教えて下さいよ姐さん」


「うぇいうぇいうぇい!! アンナ君もうその話はなしなし!!」


 彼女が持つビデオ。それはスータマの大使館において、マレードが『姫と宰相 できちゃった婚からの恋愛もあるよね!』と題した身の毛もよだつ漫画をお縄にかけていた所を記録したものだ。

 この映像は爆弾だ。それをあろう事かアンナは皇帝や皇女に見せようというのだ。因みに爆死するのは彼らではなくマレードである。

 この映像が皇帝や皇女に渡った場合、二つのシナリオが考えられる。

一つはあの悍ましい本の形をした呪物をマレードが三十冊全巻全て保管していたと思われる事だ。その場合、彼らは“おかめ”の面でマレードをネチネチといたぶるであろう。

二つ目はマレードが「呪物の処分を企てていたと」いう正しい推測をされる事だ。その場合、彼らは“般若”の面でマレードをネチネチといたぶるであろう。

つまりどのみちマレードはネチネチといたぶられるのであり、彼はネチられるのが嫌いであった。


「これでこちらに耳を向けてくれましたね」


 息を荒立て、怯えた獣のような目をするマレードにアンナはそう口にした。


「とりあえず早急にジーマに戻らなくてはなりません」


 そして続けざまにそう言うと女怪盗姉妹のようなスーツの胸のあたりからハンカチを取り出し、額から首元を拭った。


「ジーマで何かあったのか?」


 マレードは黄ばんだ襟を正し、アンナに状況を訊いた。二人の付き合いは長い。マレードはアンナにらしくもない焦燥の相が出ている事を看破し、事が重大なのを悟ったのだ。


「全くもって大変なんですよ。トチノキから来た人たちの所為で『姫と宰相 できちゃった婚からの恋愛もあるよね!』が青少年に有害だとかで圧力かかったり――」


「へぇ。意外といい事もやっているのね」


「はぁ……」


 緊張感のないマレードの言葉にアンナは大きな溜息をもらした。そして酸っぱい匂いを放つマレードに近づくと、壁ドンのように彼の座るパイプ椅子の背もたれに手をかけ、ジーマの現状を睨みつけながら話した。


「――なるほど。力ずくじゃないが故に面倒だな」


 じわじわと浸食をすすめる上弦同盟の厄介さを聞き、マレードは頭を掻いて落ちてくるフケを眺めた。


「君の言う通りだ。今すぐにでも行動を開始しよう」


 仲間の到着により生気を取り戻したマレードはそう言うと二人が現れた天井の穴を輝く瞳で見つめた。一辺約50cmの正方形。流石は穴掘り職人の作品だけあってその見た目たるは見事なものであった。


「あ…… それはちょっとむりっす」


 マレードの視線から彼が何を考えているか察したペシェは手を振ってそれが不可能であると示した。


「ん? え?」


「俺の推測だとここの深さは地下五階相当。そこに通じる穴は場所によっては六十度を超える急勾配だったりするっす。流石にそこを登るのは姐さんレベル以上じゃないと……」


 穴を掘り始める時点ではマレードの位置を把握していなかった。それ故にここまでの通路は歪で人の往来を想定したものではなかったのだ。


「はわわ……」


 マレードはペシェの話を聞き、膝を地面につける。状況は変わらず、“あの部屋”を通らなくてはいけないという事に絶望したのだ。

 そしてそのまま尻が地面に触れようとした時、マレードは太ももに異物感を覚え、すっと背筋を伸ばして膝立ちの姿勢になった。


「なんだこれ?」


 状況が読めず、怪訝の表情を浮かべる二人の前でマレードは右ポケットの中を探ると、一枚の紙を取り出した。それはマレードにとって覚えがないものであり、預かったコインの間でもみくちゃにされ、折れ曲がった角先がポケットの中から彼の太ももを突いていたのである。


『不貞議員』アンドリュー・トーホー

トチノキ共和国 上院議員 Lv30 性別:男

        TEL 00012―5679-11B


 トチノキの国章と共に書かれたその文からこれがトーホーの名刺である事が分かった。そしてその裏には彼の住所と、マレードが書庫に入る事を許可する旨が直筆で書かれていた。

 これは状況的にマゴット料理を嗜んだ日の晩。マレードが睡眠を貪っている時に入れられたものであり、トーホーが最低でもその時から自分が斃れる可能性を考えていた事が分かる。そしてマレードが脱出できると期待していた事も――


「ふふふっ あははははははは」


 マレードは吹っ切れたように笑うと二人をドン引かせた。そして胸ポケットにある名刺入れから一枚のカードを取り出し、印字される様子を見つめた。

 

    『なんでもできる君』マレード・フォン・ガラント

ジーマ帝国 宰相 Lv30 性別:男

        TEL 00980―2121-56A           


 記されるはいつもの不快な二つ名。だがそれを見てマレードは安堵の声を漏らした。その名が未だ変わらないのはまだ人々が彼を全能の人と信じているからなのである。


「神サマも忙しいだろうな。こんな所まで魔力素を……ん?」


 忌むべき二つ名に安心させられた苦々しさを払拭するために、マレードは何故か我が家で働いている神の事に思いを馳せた。


「何があったか知りませんが、いつもの閣下になりましたね」


 髭や伸びた髪はそのままだが、明らかに顔色が良くなり、表情も豊かになったマレードに対し、アンナはそう口にした。


「そう言えばアンナ君。ペシェが君の身体能力が凄いみたいな事を――」


「いやーマジ凄いっすよ! 武装した見回りがうようよいる中、姐さんときたらまるで彼らの行先が分かるかのように躱し、後背をつき、たまに目に見えぬ手刀で相手を気絶! 俺は姐さんに指示された場所で穴を掘るまでただ見ているだけだったっす」


「ふーん。目に見えぬ手刀ねぇ……」


 撮られたくない映像を背後から撮られた俺が言える立場ではないが、長い付き合いだし、アンナ君の身体能力なんてたかが知れている。どちらかとどんくさい寄りだろう。


「そんな格好だし…… アンナ君。名刺を見せてくれるかな?」


 ビデオの件でマレードを脅す事が出来るのはアンナの他におらず、彼はアンナが偽物であるとは思っていなかった。だが、身体能力の件については彼の知るアンナ像との差異が大きく証明するものが欲しかったのだ。加えて、彼女が“女怪盗が着ていそうな潜入スーツ”を着こなしている事に気持ち悪さを感じていたのである。


「はぁ…… はいどうぞ」


 アンナは胸元に空いたスーツの隙間に手をやると一枚の紙を取り出し、マレードに手渡した。


『ぐうたら秘書』サラ・アンナ

         ジーマ帝国 潜入工作員Lv30 性別:女

          TEL 37564-18782-54A


 マレードは何度もそこに書かれた短い文を頭の中で読み返した。そして最初に息を吸い、少しだけ鼻孔から出してから口を開いた。


「貴方どなたですか? こんな秘書雇った覚えないのですけど。いやぁ、二つ名と実体の乖離が酷過ぎて風邪ひきそうなのですが」


 マレードの知るアンナの能力は精々高くて秘書レベル十数。自分に何か隠して――例えばこっそり別の能力を開花させていたのではないかと思い、マレードは怪訝のジト目で彼女を睨んだ。


「うちの秘書にしておくには勿体ないなぁ。憲兵総監に掛け合ってくるから。君にはそっちの方が良いと思う」


 マレードのその一言にアンナは溜息をつき、端にあるパイプ椅子に乗せられたペットボトルを払い落としてそこに座った。


「いいでしょう。話しますよ」


 状況はまるで探偵物ラストの犯人自供タイム。マレードは偉そうに腕を組み、ペシェは申し訳なさそうに彼女の前に立った。


「ある所に神童と呼ばれた少女がいました。彼女はある時は文学、ある時は科学、そしてある時はスポーツで偉大な結果を残した。少女の名はサラ・アンナ。未だ十にも満たない時の事である」


 始まったのは自慢話のようなもの。二人のリスナーは眉をひそめ、何とも言えない心情を表情で示した。


「当時名が知られ始めてきた天才マレード・フォン・ガランドと並ぶと地元は沸きに沸き、少女――あ、勿論私の事ですよ――を持ちに持ち上げました。

 私も有頂天天狗アゲアゲ状態だったのですが、ある日酷い失態を…… まぁ、つまり成績トップだった私がまさかの保健体育以外全部赤点という伝説を作りまして――

 “あれ? おかしいな”っと思って自分の名刺を見たのですよ。そうしたらついこの間までレベル30だった学業レベルが1になってまして」


 「そんな事はあり得ない」


 アンナの話にマレードは思わずそう口にした。

 確かに名刺に刻まれたレベルはその人物の行動に応じて上下するが、それは極めて緩やかで、仮に何もせずにいても30から1までに至るのに十年近くかかる。“ついこの間”から一気にそうなるなんてありえないのだ。


「でも、なんでもできる君宰相閣下。世の中には“あり得ない”を超えた力がございましょう?」


「――タレントか……」


 マレードの答えにアンナは頷く。


「私のタレントは『覚醒』。極限まで一気に能力を高め、そしてどこかで一気に初期化する。度し難いのは、私はこの力の発動をコントロールできないという事」


 タレントは人を幸せにするとは限らない。多くの場合取るに足らない低価値な能力を与えられ、一部の人間に強力なものが与えられる。そして極僅かながら不利益を与えるものもある。まさに呪いだ。


「勿論学校側は私の今までの学業成績にズルがあったのではないかと疑ったみたいですけど、時は中学三年の最後の学内試験。私は既に有名進学校への進学が決定しており、面子を守るために敢えて有耶無耶にしたそうな。

 あとはまぁ。ご想像通りの高校生活で…… 必死について行こうにも留年を回避するのが精いっぱい。周りから白い目で見られるし、塗炭の苦しみってやつですね。ただそれとうってかわって大学生活は充実していましたね。その時丁度タレントが上向きに動いていたからかもしれないですけど」


 アンナは話を伸ばし、余計な事をダラダラと口にし始めた。


「上京してからあんまり人付き合いとかしませんでしたけど、知り合いの洋菓子店でバイトしたり、折角だからいくつか資格をとったり…… でもその時秘書の資格を取ったのが……」


「俺との出会いの原因というわけか」


「えぇ。最終面接は閣下自らやられると聞いたので、かつて私と並べられた天才がどんな面か拝んでやろうと思いましてぇ。まさか私が採用されるなんて」


 やっとここでアンナの口が止まり、一旦部屋に静寂が戻る。


「どうして話してくれたんだ? これは極めてプライベートで――」


 基本、人は自分のタレントを口にはしない。それは場合によっては切り札で、場合によっては弱点になる。アンナのタレントは本人にとって好ましいものではなく、人に話すのも不快な内容でここで話すことはなく、はぐらかすなり、例の映像で脅すなりすればよかった。にもかかわらず彼女は隠すことなく話した。


「いやだって。私を過大評価して面倒臭い事させそうじゃないですか? “あの時みたいにパパッと頼むよ”みたいな感じで。

 私はのんびりと無責任に収入を得たいんですよー」


 あまりのアンナの物言いと態度。だがそれはマレードを安心させ、思わず笑いをこぼした。


「私が話す事を話したのですから、閣下も一つ答えて下さい」


 子供みたいに笑うマレードにアンナは少しムッとした表情でそう問いかけながら、椅子をキィキィと鳴らした。


「はははは…… なんだい?」


「どうして私だったのですか? 最終面接に集まった私以外の四人は見た目も経歴も、そして受け答えも完璧でした。なのに何故です?」


 アンナの言葉にマレードは初めて彼女と会った時の事を思い出す。あの嫌々塾に行かされた子供のような表情。そして口から出るのはマニュアル化した様なつまらない受け答え。


「君だけ場違いにやる気のない表情だったから。それが理由だよ」


「はぁ…… そんな理由で…… 閣下も物好きですねぇ」


 マレードが返した答えは真実であるが、それが全てではない。ここでは語らなかったが、彼がアンナに興味を持ったのは高魔力耐性持ちだったということが大きい。


「さて、話ついでに一つ聞きたい事がある。ペシェ君にだ」


「え?! 俺ぇ?」


 突然話しかけられたペシェは動揺し、濃い汗を垂らした。


「あぁ君だ。君がヌンティウスと仲良くしている頃。変な奴に会わされなかったか? そう、多分顔を隠して、恐らく声色も弄っている。そんな変な奴」


 マレードが聞き出そうとしているのはヌンティウスと共に行動するプロテスターなる奇人について。


「嫌な事思い出させないで欲しいっすよ。

 まぁ…… 変な人には覚えがあるっす。ヌンティウスも十分変人だったけど、もう見た目からヤバいやつ。全身マントで劇場に住んでいる怪人みたいな面をした奴だったっす。

 ヌンティウスにいい人を紹介してくれるって言われて、美人に会えるとウキウキ気分でついて行ったら、いたのがそいつだったっす。確かプロ何とかとか言ってましたっけ

 見た目もそうすけど、こっちを舐めるように見てきてマジで有頂天に気持ち悪かった。いやもう。マジ無理。

 ただ、あいつじっと見るだけで他に何かすることなく部屋から出ていったんすよね。まるで問診だけして処方箋出さない医者みたいな。まぁ、相手が綺麗なお姉さんだったら別にいいかなってなりますけど、不気味な男はちょっと……」


「男?」


 マレードはペシェの放ったその言葉を聞き逃さなかった。


「あ、あぁ。男っすよ。マントで体型隠していたすけど、手先や所作から俺には丸わかり。何年女子観察していたと思っているんすか。全く。アレは男の娘おとこのことか男装の麗人とかそう言うものでもなく、完全に男っす」


 「全くはこっちのセリフだよ」と言いたかったが、マレードはそれを飲み込み、大きな溜息をついた。

 よく考えなくとも、このペシェという男もまた奇人変人であり、学生時代はその人間性が問題を起していた。だからこそマレードは彼の男女を見分ける観察眼を信頼できた。


「さて、この話はここまでにしよう。それよりも話さなくてはいけない事がある」


 マレードはそう言うと別のパイプ椅子を広げ、そこに座ると頭上に空いた穴を見つめた。


「この穴から脱出できないとすると、残る道は一つ。そこには重厚なシャッターがあって――」


「シャッター? それなら姐さんが何とかしてくれるっすよ。上でもいくつか開けてたっす」


 潜入工作員を極めるとシャッターなぞ問題にならないらしい。マレードは少し沈黙してから話を続けた。


「……シャッターは良しとしよう。問題はその奥だ。とにかく“ヤバいやつ”がいる」


「“ヤバいやつ”? “ヤバいやつ”ってなんですか?」


「どうせ言っても信じてはくれないだろう。百聞は一見に如かず。実際に見に行くとしよう」


 マレードは椅子から尻を離し、久方ぶりに廊下へと繋がる扉を開け、足を踏み入れた。

 廊下はかつて来た時に比べ薄暗く、一部の白熱灯は弱々しく点滅している。その奥にはあの忌まわしいシャッターがマレードに威圧を与えていた。

 身震いする。先ほどまで見たくも無かった代物だ。だが、今は少しばかりの勇気と希望が彼をそこに立たせていた。


「そんじゃあシャッター開けますよー」


 重い足取りで進むマレードの脇をアンナは腕をぶんぶん廻しながら追い越し、腰巾着のようにペシェがそれに続いた。


「おいおいおいおいおい!

 ちょっと待ってくれ。もっと慎重に!」


 知らぬが仏。奥の存在について何も知らない二人は勇んでシャッターの解放を始めようとしていた。それをマレードは必至に慎重になるよう忠告するが、それはド〇フの「押すなよ。絶対に押すなよ」と同義にしかとられない。


「この程度のシャッターなら余裕ですね。ここをこうしてこうすると……」


 シャッター横の配電盤のような装置にアンナは金属の棒を刺しこむと、器用にいじくりまわす。そしてシャッター上に青のランプが灯ると、ぎこちない機械音と共にシャッターが上がり始めた。


「“ヤバいやつ”とやらを拝見っす」


 シャッターが開くのを子供のように待つ二人。まるでプレゼントを開封する子供の様だが、それは突然凶獣の爪によって壊された。



“キシャァァァァァァァアアア!!”



「なぁっ!!!」


 咄嗟の事だ。マレードは二人の腕を掴むと、必死に後ろへ引っ張った。

 間一髪で爪は誰の身体にも触れることは無かった。だが、怠けた雰囲気は完全に破壊され、アンナとペシェの表情に恐怖が浮かんでいた。


「き、キキキキキキマイラ級ゥゥゥゥ!!

 本当にいたんすか! マジヤバいんすけど!! ていうか、なんでこんなところに!!」


 ペシェは叫んだ。そして爪先から逃げるように転がり、離れた。

 キマイラは細い廊下にねじり込んだ腕を引くと、観察するように獅子の頭でこちらを見渡し、吠える。もはや静かに威嚇する状態ではなく、常に戦闘に入る状態になっており、状況は前よりひどくなっていた。


「ああマジでヤバい。

 後説明は省くが、魔法生物がそこにいても魔法は使えない。状況は最悪だ」


「さすがの私でもこれは無理です。害虫駆除業者が害獣駆除をさせられているようなものです。全く畑が違う」


 アンナもキマイラに対しては対応できないらしく、お手上げの状態であり、床に寝そべると食べたいスイーツの名前を念仏のように唱え始めた。


「あ、そうだ。ペシェ。君の能力でこの部屋を迂回できたりしないか?」


 マレードは閃いた。ペシェの穴掘り能力でキマイラ部屋を迂回すれば安全に向こう側までいけると。


「そんなの無理っすよ。マレード君も見たでしょあの部屋の状況。いや、この施設そのものがヤバいんすよ」


 だがマレードの思い付きはすぐにペシェによって否定された。


「どういう事だい?」


「つまり建物の…… いやこの地下施設の耐久が限界に来ているんす。

 多分本来この辺りの階層には本来部屋なんて無く、建物の耐久を無視して後から急ごしらえで作ったんでしょう。そしてそんなところであんなものが大暴れしてたら――

 後は分かるっしょ?」


 ペシェはキマイラのいた部屋を一瞬で観察し、その脆弱さを見抜いていた。彼の前職である水道技師は極めて高い建築知識が要求され、彼はそれを見る確かな目を持っていた。


「うーん……

 それじゃあ……いやだめか……」


 アンナが持っていた謎の機械。それがマレードの裏家業における部下ノックス・オルクの作であると看破した。そしてそれは魔界側にもある程度の事情が伝わっているという事であり、いずれ彼らが動き出すという事でもある。だが、それは良くない。この件に魔界が関わるとなると彼方に良からぬ疑いがかかる可能性があり、またペシェの言葉からここに長居をするのも危険だ。


「はぁ困った」


 もはやそう言う他ない。マレードは少しふらつき、地面に座る。その時ポケットから一枚のコインが零れ、床に当たると少し回転して倒れた。

 その音に反応したのか、キマイラは獅子の頭を引っ込め、隣の山羊の頭をこちらに向けた。そしてその曲がった角を緩やかに振り、電気を纏う。


「ヤバイ! なんか来そうっすよ!!」


 マレードは知っている。アレは放電攻撃の合図だ。マレードは立ち上がり、二人に先の部屋への避難を促した。その指示に従い、ペシェは足を絡ませながら逃げようとするが、アンナの様子がおかしい。


「…………」


 彼女は黙り、右手をピンと前に突き出していた。


「アンナ君! 君も早く逃げろ! 強烈なのが来るぞ!」


 アンナはまるで音が聞こえないかのようにマレードを無視し、目を鷹のように鋭くすると意識を右手先に集中させた。


「むしろ程よい放電ですよ」


 アンナの指に光るものが握られ、そこに電気が纏わりつく。それはマレードがこぼした一枚のコインであった。それをアンナは超能力女子中学生のように敵に向ける。


 ――そして――


 コインは弾丸のように放たれた。それは目にも止まらず一瞬で目標に直撃し、キマイラの巨体は後方へ弾け飛んだ。


「ふぅ…… あ、言っておきますけど電磁砲は潜入工作員の嗜みですよ」


 「何言っているんだコイツ」とマレードは思ったが、それが潜入工作員の嗜みとやらなお陰で難を逃れた。感謝感激雨あられである。映画なら彼女に抱擁している所だ。


“ググググゥゥゥゥ”


 だがまだ終わっていなかった。

 キマイラはあの一撃をもっても絶える事は無かった。


「マジかよ……」


 キマイラはふらつきながら足で身体を支え、憎しみのこもった表情でこちらを睨む。

 だが、今奴の頭は獅子と蛇の二つしかない。ヤギの頭は断酒されたかのように完全に消失し、そこから黒い液体が爛れていた。


「戦力は殺いだ。だが……」


 重症相手といえども、武器無し魔法なしのこちらに勝ち目はまだない。ヤギ頭消失によって放電が終わり、アンナの二発目は無い。


「一度避難だ。作戦を練り直そう」


 マレードは俯き、二人にそう告げる。今回はアンナも頷くと、キマイラを見つめながら後ずさりを始めた。


“ギシャアァァァァア!!”

 

その時だ。突然キマイラの下半身が爆発炎上し、キマイラは悲痛の叫びを上げた。

マレードたちは何が起きているのか分からず、ただ炎を瞳に映して見つめるだけだ。


「待たせたな。相棒」


 キマイラの背後にロケットランチャーを構えた男のシルエットが映ると、マレードが知る声が聞こえた。


「トーホー殿!!」


 死んだと思っていた男の登場にマレードは叫んだ。そしてそれに応えるように男はその姿を晒すと左腕をあげ親指を立てた。



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