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若き魔界幹部の悩み  作者: 耕眞智裕
か弱き女王の悩み
68/69

19 地下研究所 Ⅲ

「ねぇ、お兄さん?」


 マーバスのホテルで響く妖精の如き美声。その持ち主は突如この地に現れた。

 扉を守護する責任ある使命を持った上弦同盟の男二人は、まるで人魚に声をかけられた船乗りのように惚け、声がする方へとフラフラと向かう。


「君? えっと、一体何処から来たんだい?」


 そこにいたのは尾びれこそ無かったものの、お伽噺の人魚のような美しい外見を持った若い女。いや、女ではない。彼は肉体的にも精神的にも男であり、ただ表見と声が蠱惑的な魅力を持っていた。世に言う“男の娘おとこのこ”というやつだ。

 上弦同盟の男たちも彼が男であると本能的に理解した。「こんなかわいい子が女の子の筈がない」という不可解な囁きが聞こえたのだ。


「ぼくぅ。父を、父を探しているんです。母がここにいるって」


 フリルのついた上品な衣服を振り、男の娘は身を屈めて男たちを見上げて呟き、瞳を潤ませた。ホテルの赤い絨毯によってより映えた彼の姿に男たちは完全に魅了され、疑問も信条もかなぐり捨ててただ“彼の力になりたい”という気持ちだけが残った。


「お父さんはここの一番偉い人だって、お母さんが言っていました。

 でもお父さんは僕が生まれる前にトチノキに帰っちゃって…… うっ……」


「あぁ、可哀想に……

 一番偉いというと、使節代表だよな。あの人前職なんだったっけ?」


「売れない小説家だそうだ。俺も最近知ったんだけどな。それとかなり女癖が悪いらしい。酔ったら最悪なんだとよ」


「なるほどな。小説の題材探しに異国へぶらり。そこで出会った女性と酔った勢いで恋仲になったが――といったところか。さもありなんだな」


 男二人が使節代表について語っていると、男の娘が彼らを潤んだ瞳で見つめているのが彼らの目に入った。そして吸い込まれるように二人の男は彼が放つであろう次の言葉に集中した。それは神の声を一門一句逃さんと努める預言者の様であった。


「えっとね。僕がお父さんを尋ねてきた事は秘密にして欲しいの。お父さんきっと困るから。それと今はお父さんにも言わないで。きっと“帰れ”って怒鳴るだろうから」


 男二人は男の娘を完全に信用しきっていた。本来すべき身元の確認などもせず、彼の望むままその全てを受け入れた。そして胸元からカードキーを取り出すと扉を開け、加えて男の娘に代表がいる執務室の行き方までレクチャーした。


「ありがとう。おにいさん」


 男の娘の笑顔は男たちに至上の幸福を与えた。数年分の善行をしたかのような充足感を彼らは得たのだ。その時、男の娘が不敵な笑みを浮かべていた事も知らずに――



 


 使節団が滞在するホテルの一室。一フロア丸々使ったそれは観光客などに供されるものではなく、異邦人使節などが一時的に使用する事を目的としていた。故にホテルというより少し豪華なオフィスといった雰囲気であり、業務に必要なものは人以外あらかたそこにあった。

 しかし今は人が少ない。使節団が少数だったのもあるが、この時間は出払っているのもあり、部屋には守衛と代表含め、4人しか滞在していなかった。その為、侵入者は隠密行動の必要も無く、我が物顔で目的を達成できたのだった。


「ん? 出版社の抑え込みが終わったのか? 意外に早かったな。

 って、君は一体?」


 侵入者はほぼ目的を達成していた。彼は使節団トップである男の前に到着し、男は驚いた様子で目を凝らしながらそう口にした。

 普通であれば男はすぐにでも侵入者を排除しなければならなかったし、その為のものもこの執務室にはあった。だが彼はそうしなかった。


“トゥンク……”


 トキメキという心の鼓動。侵入者のあまりに可憐な姿に男は完全にスタックした。そして少女のような風貌の侵入者に近寄ると、慈悲深き表情で「どうしたんだい? こんなところで。ジュースでも飲むかな?」と気さくに言葉をかけた。その様子は食虫植物の香りに引き寄せられる羽虫にどこか似ていた。


「お願いがあるんです」


 銀の流れる髪を揺らし、侵入者は青い瞳を潤ませて言った。それはまるで呪文であり、あらゆる人がそれに従うような魔力めいたものを秘めていた。侵入者とは言うまでも無く守衛を篭絡した男の娘である。


「うん。おじさんが出来る事なら何でもやるよ」


 代表はもはや彼の虜。それを察知した侵入者である男の娘は彼の目的を達するための言葉を投げかけた。


「あのね。僕知りたいんだ。ガランド宰相が何処にいるのか」


 あまりに直接的要求。それには流石の代表も正気を取り戻す。

 

「何故そんな事を訊く? お前は何者だ?」


 確かにマレードとの音信不通によりジーマ上層部がてんやわんやなのは想像に難くない。状況が状況だ。上弦同盟に彼に関する疑いの矛先が向かうのも当然だろう。なにせその疑いは正しいのだから。ただ、そうであればジーマは正式な手段を用いてここに申し立てに来たはずで、上弦同盟側も適当な言い訳くらいは用意していた。しかし現れたのはこの世のものとは思えないような美少年。どう見てもジーマの政府関係者には見えず、まるで迷子の様だ。


「おじさん…… うっ…… げほっ!げほっ!」


 疑いの目を向けられた少年おとこのこは図ったかのように大げさに咳を繰り返した。そして蹲ると苦しそうに嘔吐えずく。


「ど、そうしたんだい!? 誰か人を!」


 あまりにも苦しそうな少年の姿に代表は人を呼ぼうと受話器のあるデスクへと駆け出そうとした。だがその行動は突然の“引き寄せ”によって阻害され、代表は少年の元に引き戻された。それはまるで空間を抜き取るスタ〇ド攻撃を受けたかのようだ。


「お医者様には治せない不治の病。だから……」


 身にふりかかった不思議な力に困惑する代表に少年は擦れた声でそう呟いた。そしてまたも大げさに咳をし、彼の意識を釘付けにした。


「死んだら…… ごほっ! 死んだら……魂が離れて好きなところに行けるんだって…… だから…… 僕の魂も宰相様の元に……」


 少年の絞り出すような声。それに代表は胸を締め付けられた。彼が言っているのは個人崇拝的宗教的思想なのだが、少年の鬼気迫る思いの発露に感撃たれたのだ。


「……これはおじさんとの秘密。誰にも言ってはいけないよ」


 代表の言葉に少年はコクリと頷いた。

 代表が真実を話す決意をしたのは、少年の思いだけによるものではない。仮に彼が周囲に真実を吹聴し回っても信じる人は少数だと踏んだためだ。そして仮に少年の証言を以ってジーマが同盟を追求しても所詮は子供の戯言。証拠も何もないと門前払いするだけだ。


「マレード宰相は地の底。地下放水路水槽にいらっしゃると報告されている」


 代表は嘘偽りなく真実を告げた。それは少年にも伝わり、彼は至福の表情を見せる。その尊顔はまさに楽園の妖精の如きであり、周囲に花園が広がるかのような雰囲気を醸し出した。


「ありがとう」


 そして少年の一言。これにより代表の精神はノックアウト寸前になったが、それを何とか抑え、一旦下を向いて一息ついた。


「それじゃあすぐに帰って、療養をっ!!」


 代表が少年を気遣って言葉を放とうとした時、彼は脳震盪を受けた様な視界の揺れを感じ、そのまま眠るように地面へとうつ伏せに倒れた。彼が最後に見たのは大男の影。それも信じられない事に、影はあの少年の方から伸びていた。





「全く不甲斐ない。機密に対する責任が感じられないな。まぁ、我々も人の事を言えぬか」


 部屋に響くのはドスの利いたいかつい声。その発信源である大男は代表を執務室奥にある仮眠ベッドまで運び、丁寧に布団をかけた。


「酷い夢を見た。そう思っていてくれ。

 宰相閣下。私、ジーノ・フォン・カタルがお助けに参ります」


 代表の呼吸を確かめた後、大男は呟いた。そして身体に溜まった息を吐きだすと、身体がゴム風船のように縮み、美少年が現れた。


「流石超伸縮繊維の衣服だ。裂けも破れも無い。元々はよく物を御壊しになる姫殿下の為に作られたものであったが、悪くない」


 そう。これがジーノ・フォン・カタルの持つタレント。肉体を縮ませ、美しい姿に身を変える――いや、違う。逆だ。この絶世の美少年の姿が彼の“本来”の姿であり、筋肉の鎧を纏った大男の姿こそ仮初の姿であった。

 タレント『偽りの鎧』。それはジーノが欲した理想の力であった。筋肉は仮初と言っても同程度の筋肉と同じ働きをし、その代償として当人の肉体成長を妨げる。だが、その代償が彼が生来持つ病魔の進行を抑制していた。














 固く冷たい床。決して居心地のいいわけがないこの様な場所でも、人は眠り、夢を見る。そしてマレードは「忘れるな」と言われているかのように、ホクトで見た奇妙な映像を夢で見た。


「ロン・ライトJr……」


 そこで登場した見知らぬ名。それを確かめるかのように目覚めたマレードは口にする。


「ほう。流石は自他ともに認める天才という事か。ロン・ライトJrを知っているとはな。いや、関心関心」


 とっさに呟いた言葉。それを思わぬ人物が拾い上げた。彼はトチノキの元軍務大臣アンドリュー・トーホー。故あって今は相棒と言って差し支えない関係にある。


「え? 彼について知っているのですか?」


 突然垂らされた解決の糸に、マレードは主人の帰りに歓喜する犬のように跳びついた。まさか本当に存在する人物であると思ってもみなかった。


「いや、むしろ何でお前が知っているんだって感じなんだが」


「教えてください。ロン・ライトJrとは一体!?」


「――ロン・ライトJr。ニッコー大学教授だったか。専門は考古学だが当人は地質学にも興味があったらしい。国内においては輝かしい成果は無く、唯一ホクトで功績があったらしい。すまないが、“らしい”としか言えない程の無名な人物で、しかも大昔の人物だ。俺が知っていたのは実家の物置で彼が書いた『悠々自適』なるつまらない自伝を発見したからであって、トチノキでは勿論、ホクトでも知名度はゼロに等しいだろう。実際その名前を知る人物はお前が初めてだった」


 トーホーはマレードの気迫に押され、自分の知るロン・ライトJrの情報を口にした。


「『悠々自適』なる書だが、ひたすら自己への称賛と他者への侮蔑に終始し、それを300ページ強にも渡って繰り返す不快なものであった。正直見るに堪えないものだったよ。焚書したい衝動に駆られたが、いかんせん貴重な古書なんでな、何とか抑えて棚に戻して見なかった事にした」


 そう語るトーホーの表情は不快そのものであり、それを目にしてしまった事が記憶の黒いシミになった事が伺える。


「ここから生きて出る事が出来たら俺の邸宅に来るが良い。あんな本、こちらから金を出してくれてやる」


 トーホーはそう言うと邪念を払うように首を回した。そして今はここから出る事を優先すべきと言う様にマレードを起した。

 だがトーホーには脱出の他にもう一つ優先すべき事項があった。トチノキ大統領の救出である。彼は大統領拉致という蛮行を口の軽い上弦同盟員から聞いた。同盟員はここに放り込まれれば脱出は不可能という絶対的自信を持っているらしく、いらぬ事をぺらぺらと話してくれたのだ。彼の言葉が正しいのなら大統領は地下第一区画にあるコントロールセンターのどこかに収監されている事になる。


「おい。宰相さんよ。

 その、なんだ。もしお前さんの能力でトチノキの大統領の所在が分かるのなら俺に教えてくれ」


 自分の能力タレントが大統領捜索の助けになるか、それは分からないがマレードはトーホーの頼みに首を縦に振って答えた。そして返しに彼に聞いておかなくてはいけない事を問うた。


「そもそも事の発端たる上弦同盟とは何なのだ?」


 ここまで巻き込まれたのなら知っておくべき事であるとマレードは理解していた。だが、彼はその存在について名前位しか知らなかった。


「あぁ、あいつらか。

 とりあえず歩きながら聞いてくれ。ここから当分の間はセーフゾーンだ」


 トーホーはマレードの前を進み、彼を誘導しながらコンクリートの壁に反射させるように言葉を投げた。


「ごく普通の市民団体。それが彼らの出発点だった。代表はペーター・グレムリン。自称魔界人の血を引く天才記者だった。それが銀山の件の直前から過激化した。それまでも言論に多少の過激さはあったが、その辺りから破壊行動も伴うようになったんだ」


 そこまで言うと、一旦トーホーは大きな溜息をついた。


「時期が時期だったんでな。俺達は彼らの行動を見ぬふりを決め込んだ。あぁ、被害届もかなり来たのになぁ。あの時の俺を殴りたいぜ。

 そんな俺達の態度が彼らを増長させ、銀山の一件が収束しても彼らの活動は収まるどころか勢いを増し始めた。そこで政府は学術院と共同で上弦同盟の解析を行い、そのレポートを俺も目にする機会があったのだが、中々に興味深いものであった。

 当初はジーマに対する融和に反発する一部軍部の暴走であると予測していたが、蓋を開けてみれば軍事関係者はたった二名。しかも軍幹部ではなく兵卒。彼らの生態は実にダイバーシティだった。泡沫政党の党員、記者、作家、大学教授に公立学校教師、調理師、建設作業員、公務員、弁護士、農家エトセトラ、エトセトラ……

 彼らに共通性を見いだせない。最初はそう判断されたが、後に学術院がある共通性を指摘した。即ち、彼らは皆“弾かれ者”だった。それぞれの業界で彼らは望む評価を得られなかった。それが文書や発言で実にいやらしく表現されていたんだよ。まぁ、共通の悩みを持つ集団だったってわけだ。

 そしてあの男。グレムリンも我が国最高の学術機関を首席で卒業し、将来が嘱望されて記者の戸を叩いたが、どうやら理想と現実の壁に直面したらしく、妄想の如き記事を連発し、ついに窓際へと追い込まれていた。その後はコラム等で自社への悪態や社会への恨みつらみを綴るくだらなき存在になっていた」


 ここで話を止め、トーホーは手をマレードの前に出して制止を促した。


「おっと、話はここまでだ。この先の部屋にも奴らがいる」


 遠くから物音が聞こえ、マレードは息を飲む。


「なぁに、この先にいるのはワンコどもより楽な相手だ。豪勢に食事会としゃれこもうぜ」


 親指を立ててそう言うトーホーはあまりに頼もしく見えた。そしてマレードたちはセーフゾーンを抜け、次のステージに向かう扉を開けた。

 扉は先の鉄格子ではなく、飾り気のないスチールドア。当然のように施錠などされておらず、易々とマレードたちの侵入を許した。


「…………」


 部屋は明るい。犬小屋と違って余計なものは無く、まるで新築のオフィスのように広く綺麗であった。


「うっ……」


 いや、それは見てくれだけだ。床をよく見ると半透明の粘液のようなものがあちこちにへばりついている。そしてそのまま少し高い天井を見た時、マレードの顔は不快感で歪んだ。


 マゴットE級魔法生物モンスター。その見た目は芋虫の様な体にナナフシの様な八対の脚を持つ。彼らは人の手のつかない森に生息しているが、意外と群れる事は少なく、多くて三匹程度を目にするくらいだ。

だが、ここではそのような常識は通用しない。さっと数えて12匹、いや14匹いるだろうか。犇め、蠢き、実際の数が把握できない。

奴らは個体としてはさほど脅威ではなく、初等部の魔法教練にも用いられる程度の相手である。しかし群れれば話は変わるし、今のマレードたちに魔法は使えない。今の彼らにとっては命に関わる脅威だ。


「まぁそう悲観的な顔をすんなって。俺のタレントなら一網打尽だ。

 ――と言いたいが、前に見た時より数が多い。ひとまとめにすれば数は関係ないが…… 頼めるか?」


 トーホーの頼みは“敵をまとめて欲しい”という事。彼のタレントは魔法生物戦において強力無比であるが、効果範囲が決まっており、体力摩耗の関係から二発目は撃てない。一匹でも逃せば、奥の扉を解錠している間に狩られる可能性もある。全て一気に斃す必要があるのだ。


「コインを使って……」


「残念だがここでは無駄だ。この明るさでは奴らは音ではなく振動と視覚を優先する」


 それは誘導に足を使う事を意味した。マゴットを引きつけながら逃げ、一塊にせよという事なのだ。


「任せて下さい」


 危険な頼みだが、断るわけにはいかない。マレードたちはマゴットを集めるポイントを決め、一息つくと行動を開始した。

 トーホーはマゴットの少ない壁際へと走り、マレードは逆にマゴットの近くに向かい奴らを煽った。


“ジジジジジジ!!”


 マゴットは得物の襲来を告げる気味の悪い音を牙を擦って鳴らし、次から次へボトボトと天井から床に落下した。


「かかってこい。弱小魔法生物モンスター!!」


 足踏みしながら挑発するマレードにマゴットたちは激昂したかのように襲い掛かる。奴らは決してのろまではない。芋虫のように這うのではなく、その細い脚で駆けてくるのだ。


(よし来た。後は……)


 勿論、天才マレードは奴らを過小評価していない。奴らの速さも知っている。だが、彼はマゴットの致命的弱点を心得ていた。


(こっちだ!)


 マゴットの集団の周りを走り、マレードはトーホーが待機する場所に奴らを誘導する。それは時に奴らの周りを一周し、時に振り子のように折り返しながら進められた。その間、マゴットは一切の攻撃をマレードに行っていない。いや、行えないのだ。

 マゴットの致命的な弱点。それは鈍重な旋回である。奴らは進みながら方向転換できず、一度止まらなければ行く先を変えられない。マゴットは元々草木に隠れ、獲物が近づいたときに一気に迫撃して狩る魔法生物であり、逃げた獲物を追走する能力は低かった。

 加えて、群れている事により、旋回する際に他の個体の脚と接触するケースも発生し、自慢の直進速度は完全に沈黙していた。


「流石は自称天才という事か。運動神経もずば抜けてやがる」


 マゴットの弱点が分かったからといって奴らが完全に無力化できるわけではない。奴らの動きを完全に止め、尚且つ少しでも誘導するためには誘導役の運動神経と空間認識能力が不可欠となる。マレードは魔法士競技で培った能力でマゴットの配置、向きを完全に把握し、時には奴らの周りを一周し、上手く操っていたのだ。その動きはトーホーも感嘆させた。


「はぁ……はぁ…… あと少しか」


 流石のマレードも疲れが表面化し、息が上がるが、目標まであと少しの所に迫った。だが――


「なっ! アイツ!!」


 魔法生物の中にも飽き性なやつがいるのか、集団から外れマゴットが一体取り残されたかのように孤立していた。しかも誘導範囲の外に。


“シシシシシシシ!!!”


 奴は孤立しつつも獰猛さは衰えず、いつでも突撃できる体勢を整えている。


(このままでは一匹残ってしまう……)


 危機的状況にマレードは唇を咬み、思考を巡らせる。そしてポケットの中のコインが音を鳴らした時、この状況を打開する一手を思いついた。


「しゃあああああ」


 マレードは棒になりそうな足に力を込め、跳躍した。そして右手にコインを握ると腕を大きく振り、野球投手のように投げた。


「これでも喰らえぇぇぇぇ!!」


 電気を纏ってはいないが、コインは回転しながら取り残されたマゴットに直進する。無論マゴットに回避する手段は無く、きっと奴は思っただろう「否、死」と――

 だがマゴットと雖も魔法生物モンスター。コインの直撃を受けたが、弾かれたように身体をもたげただけで、ダメージは殆どない。しかしマゴットの怒りのボルテージは急激に上昇し、先程までの怠惰さが嘘のようにマレードに向かって突撃を開始した。


(かかった!!)


 マレードは元々マゴットの撃破を目論んではいなく、こちらへの関心を強めるのが目的であった。その狙いは完全に上手くいき、後はこの薄気味悪い集団をトーホーの釜に追いやるだけだった。


「後はお願いします!!!」


 床の粘液に足を取られ、転びながらマレードは叫んだ。彼の命運は全てトーホーに握られた。


「任せとけっ!!!」


 銅鑼のように金物が打ち鳴らされ、出現した釜はブラックホールと化す。その時マレードが見た光景は何とも不思議であった。仰向けで横たわるマレードの視界を芋虫の集団が流星群の如く通過するのだ。


「…………」


 マレードはその光景を見ながら絶大な達成感を持たざるを得なかった。害虫トラップに大量の獲物がかかったようなカタルシスだ。


 そして一旦静かになる。虫の蠢く音もなくただ自分の心臓の音だけが聞こえてきた。


「やりましたね。トーホー殿」


「あぁ、アンタの動きには感嘆させられたぜ。ガランド殿」


 静寂の後、トーホーは転倒していたマレードに手を差し出し、マレードはその手を握り、そして言葉を交わした。二人の間にはサバイバル空間で急成長した友情がはっきりと芽生えていたのだった。


「もうここには用はねぇな」


 敵が完全に消えた事を確認すると、二人はその先にあるセーフゾーンへの扉へ向かう。扉は異常に重く、二人の力でやっと通れるほどであった。もし、一体でもマゴットを残していればここで奴の餌食にされていたかもしれない。

 マレードは疲労の色が顔に浮かんでいるトーホーを気遣いながらその奥へと進み、セーフゾーンの一室に腰を下ろした。

 テーブル一つに椅子が四つ。備え付けられたロッカーには非常食と水が完備。今の自分たちにとって満足に足る空間だ。


「さて、満漢全席としゃれこもうか」


 先ほどまで姿を消していた釜を再度出現させると、トーホーは歯を輝かせてそう言った。マレードは夕食に好物を作ってくれると宣言された子供のように気分上々だ。

 そして釜から出てきたものはマレードの期待を裏切らなかった。目にも楽しい古今東西の料理が出現してはテーブルに並び、食欲をそそる匂いが辺りに充満する。運動によって疲労したマレードの腹もそれらに反応し、獣のような唸り声をあげて獲物を欲した。


「おっと、先にこれを渡すべきだったな。さぁ満足するまで食ってくれ」


 どこからともなく出てきたカトラリーをマレードに手渡すと、トーホーはそう言った。それを合図にマレードは手を合わせると腹の獣の思うがままに食事を口に運んだ。そして元がマゴットであるという事を忘れる味に満足した。






「何故です陛下! 何故私を行かせて下さらぬのか!!」


 一方、休息の間では怒りの声がこだましていた。声の主はジーノ・フォン・カタル。彼が声を張り上げるのは珍しく、それほどに彼はこの状況に不満があった。

 彼がマレードの所在に関する報告を行った後、自ら救出に行こうとした所、皇帝ジャール一世により制止されたのだ。


「落ち着きたまえ憲兵総監。君は立場を弁えるべきだ。

 もし政府の要人が動けば、奴らを利する事もある。慎重になるべきであろう」


「殿下はこの状況に憤りはござらぬのですか!? 宰相閣下がご心配ではないのですか!?」


 カタルの言葉にジャール一世は不快な表情を見せたが、敢えて言葉として吐かなかった。その代わり財務大臣ジーナ・アドリアがカタルの巨体の前に立つと溜息をついた後口を開いた。


「言葉を慎みなさい憲兵総監。貴方の感じている程度の怒りはここの皆当然にあります。仲間、家族が不当な扱いを受けている怒り。奴らの横柄な行動による苦しみ。それは皆が共有しています。

 見て下さい。第二皇女殿下のお姿を。スライムのようにずっと震えていらっしゃる。わんぱくわんにゃんランドが危険施設だと奴らが吹聴して回っている事をお知りになってから声も出ないのです。

 ガランド将軍なんて先の貴方と同じ様にフキダシに棘をつけて“艦砲射撃!艦砲射撃!”の大合唱でしたわ。

 そして皇帝陛下も本業であるマンg…… ご趣味の芸術作品が危険図書であると出版社が圧力を受けて危機的状況にある。

 貴方だけではないのですよ。怒りを抱えているのも、ムード宰相を心配されるのも――」


 ここに集うもの皆が怒りを抑え、苦痛の表情を見せる。それを見たカタルは落ち着きを取り戻し、主君に謝罪の言葉を述べると共に一言だけ付け加えた。

「ムード宰相ではありませぬ」と。


 だが、行動を起こす必要があるのは確かであり、ここにいる皆が俯き、答えの出ない課題に思いを巡らせる。

 

「“今の私”なら出来るかもしれません」


その中一人手を挙げる女がいた。

女の名はサラ・アンナ。マレード・フォン・ガランドの秘書を務める者であった。


「“出来る”というのは」


「勿論。宰相閣下を救出できるという事でございます」


 サラはカタルの強い問いに臆せず、名前の如く自信満々にサラサラと答えた。


「使用人を御雇にならない宰相閣下に秘書がいる事は他の国ではそこまで知られておらず、私は彼らから見たら単なる一般人でしょう? 憲兵総監がお動きになるよりも波は起こらないのではないでしょうか?」


 サラの言葉は確かであり、海外ではマレードは孤独の貴公子と見るものが多く、彼女は対外的には無名そのものであった。

 だが、カタルたちは当然に首を傾げる。


「であるが、失礼を承知で申し上げる。貴方は閣下を救出できるほどの実力があるのでしょうか?」


 マレード救出には当然に危険が想定される。サラはマレードの秘書である以外にこれといった実績があるわけではなく、彼女が救出の任に堪えられる人材かどうか語るに限らず、ここにいる全ての者が疑問を持った。


「――身の恥ではございますが、お話しいたします。私の不愉快な能力タレントについて――」


 一息つくとサラは周囲を見回し、心底不快な表情で自分の持つ力について語り始めた。







 その頃マレードたちは食事と休息を終え、次の戦場へと向かっていた。

 腹も英気も満々であり、マレードは歩みも勇ましく、脱出を確信した様な表情を浮かべていた。


「――次が難関だ。俺の知る限りではそこを超えれば上へ行く手段がある筈だ」


 だがトーホーの表情はマレードとうってかわって険しさが強まっていた。


「大統領閣下はやはり上か……」


 ここを超えれば次は地下第一区画。そこにトチノキの大統領が収監されている可能性が高く、トーホーは彼の身を案じ、歯ぎしりをした。


「少し待って下さいますか」


 その表情を見たマレードは一か八か自分の能力を用いて大統領の所在が分かるか試みた。即ち、誰かの心を聞くのである。


「…………」


 意識の集中。周囲の雑音を消し、ただ見えぬ何かに耳を傾ける。


(おい。どうしたんだ? 急に黙って。何が始まるってんだ?)


 まず聞こえるのはすぐ近くにいるトーホーの心声。だが、欲するはそこではない。さらに遠く、頭上に耳を向け意識を集中する。


「…………」


 マレードが聞ける“声”の範囲は決して広くない。むしろ狭いからこそ雑音を少なくできていた。だが、この時だけはその狭さを彼は悔やんだ。


「…………!!」


(――っく、代表もとんでもない――ちまうな――)


 だがその時、微かであるが声が聞こえた。それはトーホーでも自分でもない者。即ちこの施設にいる誰かだ。


「おいどうした?」


「静かに!!」


 トーホーの言葉を遮り、マレードは声が聞こえた方に意識の全てを集中する。


(――くるんだろうな。いくいくは俺も大臣か。まぁ、そこまでいかなくても重要なポストは貰えるだろう。ふふふ、地方役人からの大出世だな)


 欲しい言葉はまだ来ない。マレードは意識が散逸しないよう、歯を食い縛った。


(トチノキの仮初の大統領もここで終わり、グレムリン大統領の誕生で世界は変わる。それでここ“第三特別室”にいるカーダテク大統領も歴史の遺物だ。お、そう言えば盟主がここに――)


 これは奇跡に近かった。

 たまたまここの上にいたであろう上弦同盟の人間から知りたい情報が得られたのだ。


「はぁはぁ……」


 緊張が解けたマレードは運動後のように膝に手を当て息を荒げる。そしてトーホーに親指を立てて見せるが、彼には一体何が起きたのか分からない。


「おいおい。さっきから一体どうしたってんだ?」


「……やりました。第三特別室です」


「ん? いったいそりゃあ? ん、まさかおめぇ……」


 マレードが放った言葉にトーホーは首を傾げるが、少し間を置いてその言葉の意味を理解し、驚愕と歓喜が混ざった表情を浮かべた。


「そのまさかですよ。大統領は第三特別室と呼ばれる部屋に監禁されています」


「第三特別室か…… 名前だけじゃあどこにあるのか分からねぇな。だが助かったぜ。ありがとうなガランド殿。

 しかし、どうやって…… まぁ、アンタのタレントの力なんだろう。野暮な事はきかねぇ」


 監禁場所の名前が分かっただけでも大きな前進であり、トーホーは希望を見せてくれたマレードに感謝の意を示した。

 しかし一旦間を置くとトーホーの顔から歓喜の色が消え、厳しさが浮き彫りになる。彼の目には次の部屋が映っていた。


「…………なぁ、最後に聞かせてくれ。あの女――キャサリンを俺に仕向けたのはアンタだったのか?」


 キャサリンとはトーホーが妻子がいるにもかかわらず関係を持ってしまった相手。マレードはその関係を大げさに公表した事で彼の立場を奪っていた。


「俺がやったのはその事実を拡散しただけです。俺が“ソレ”を見つけたのはたまたまにしか過ぎない」


 マレードはトーホーの問いにそれだけ返した。

 事実、マレードにその情報がもたらされたのはトチノキの反体制派によってであり、彼自身が動いた訳ではなかった。


「そうか。悪いな変な事をきいて。

 ……さて俺が知っているのはこの部屋までだ。全く、足がすくむ。嫌だねえ」


 トーホーが膝を震わせながら部屋を睨む。

 部屋には扉など無い。広い空間とそこに座する“巨大な何か”が重いプレッシャーを放っていた。


「…………」


 ここから出るには進むしかない。

 トーホーは自分の不甲斐ない足を叩くと、「フン」と声に出し、力強く進んだ。マレードも口を塞ぎ、彼の後を追って部屋へと入った。


「嘘だろ……」


 部屋に入り、“巨大な何か”の全貌が見えると、マレードは驚愕し、思わずそう口にした。


「キマイラSS級魔法生物モンスター。歴史上二回しか確認されていない幻の魔法生物モンスターだ。俺もここで見るまでは伝説上の存在だと思っていたぜ」


 ライオンの頭。そしてヤギの頭。二頭を持つ四足の獣。更に尻尾の先は蛇の姿をしている。その異形の怪物が全ての目を以って来訪者二人を睨みつけた。


「魔法無し、武器無しの俺達に勝算は無い。

 だが、別に俺達の目的は奴を斃す事じゃない。あそこを見な。兄弟」


 トーホーはコソコソと小声でマレードにそう話すと、指先をキマイラの後方に向けた。

 そこには半壊した扉があり、伸びる通路が確認できる。


「前に来た時に穿った希望の穴だ。その時はそれが限界で敗走したが、今回はやってやる。

 おっと、キマイラについてだが、あいつは見てくれに反して意外とおとなしい。音には敏感なようだが、かなり近づかないと襲ってはこない。――と言ってもあの先に行くには近づかないといけない訳だが」


 キマイラはこちらを鋭くにらむが、それ以上の行動はしない。まるで置物のようにじっとしている。しかしそれはマレードたちが声を抑え、距離を取っているからに他ならず、それを破ればいつでも襲い掛かってくるという雰囲気でマレードは息を飲む。


「まずはゆっくりと近づこう。奴の動きをじっと観察し、あちらが動いたらこちらが立ち止まる。奴の動きが止まったらこちらが動く。それの繰り返しだ。そしてある程度近づいたら――分かるな?」


「無論です」


「よし。では行こう」


 マレードとトーホーは動きを確認すると足底をするように前へと進む。

 そして三歩ほど歩んだところで部屋の天井近くの壁から“ガガガ”という奇音が部屋にこだました。


“シャァァァァァァアアアア”


 音に反応し、キマイラの尾が威嚇の声をあげる。それに呼応し、二人は足を止めて身を屈めた。


「ちっ……。 何なんだ一体」


 トーホーは怒りの表情で小さく言うと、頭を動かさず、音がする方へ目線だけを向けた。

 音の正体はすぐに分かった。部屋の三階ほどの高さの壁が上へと動いているのだ。そしてその奥には強化ガラス越しに部屋が見える。


「俺は君たちを過小評価していたようだ。まぁ、おかげで面白いショーが見られたけどね」


 部屋の天井四隅に設置されたスピーカーから漏れたその声とガラス越しに見えた男の姿にトーホーは憤怒し、キマイラへの警戒を解くと血走った目で男を睨んだ。


「グレムリン…… このクソ反逆者め!!」


 目を疑うような奇抜な風貌の男――グレムリン。マレードはその男に覚えがあった。そう、彼をナンパし、ここにつき落としたあの男だ。単なる尋問管程度の者だと思っていたが、まさか上弦同盟の代表だとは思わなかった。


「いやはや、ガランド宰相。まさかここまで来るとは、いいとこ育ちのもやしだと思っていたが感心感心。ここまで来た事を評価し、名乗ってあげよう。

 俺はペーター・グレムリン。超国家組織上弦同盟の盟主である。

 ふふふ。いや、君は実に愚かだ。俺の誘いに乗っておけば英雄の傍にいれたものを。どうやら天才という肩書は看板だけらしい」


 グレムリンは二人を見下しながら涼し気に挑発した。


「おっと、いなくなるこいつらと話すのは時間の無駄か。さっさと始めよう。折角キトから密輸したのだからな」


 そう言うとグレムリンは右手を高くあげ、上機嫌な表情でキマイラを見つめながら指を鳴らした。


“グググググァァァァァァアアア!!!”


 その瞬間キマイラは慟哭に似た咆哮をあげた。毛を逆立て、三つの頭がそれぞれ力強く吠えると、辺りに不協和音を撒き散らす。


「ヤロウ! 何しやがった!!!」


 尋常ではない獣の姿にトーホーは身を屈め、叫ぶ。


「俺達がやっているのはペットの飼育じゃあないんだ。こいつらは兵器。ちゃんと動くような仕掛けはしてある。

 さぁ! お前の力をみせろ!!」


 身体に施された装置が鞭打つようにキマイラを刺激し、キマイラは涎を垂らし、のたうち回る。そしてキマイラの周辺に電流が走ると、それがヤギ頭の角に集中し、火花を散らし始めた。


「おいおいおいおい!! やべぇぞ!!」


 直視も許さぬ強烈な閃光。そして雷鳴。幻と呼ばれるSS級の魔法生物モンスターが動き始めた。


“ガァァァァアアアア!!”


 そして集中した力は放たれる。

 まばゆい光は線のように放出され、部屋の中に蜘蛛の巣のように展開し、レーザーの様な音が走るように流れる。そこから瞬き一回の後、壁が焼かれ、グレムリンのいる部屋のガラス窓が粉砕された。

 この惨事にグレムリンは血相を変え、急いで窓のシャッターを下ろす。このシャッターは他の扉とも連動し、部屋の出入り口二か所のシャッターもゆっくりと下がり始めた。


「畜生!!」


 シャッターが下がるのを目にしたトーホーは凄まじい光景に立ちすくむマレードを掴むと、火事場の馬鹿力を発揮して自分たちが元いた通路に押し込んだ。

 そしてシャッターは二人を分かつ。


「わりぃが俺はここまでのようだ。

 異邦人にお前に頼むのも変だが、大統領を頼む…… くっ!」


 重厚なシャッターの先でトーホーが告げ、その数秒後に状況を把握したマレードは棒然と立っているだけであった自分を恨み、シャッターに声にならない声で叫んだ。


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