17 地下研究所 Ⅰ
「うーん……」
またこのパターンか。二度、そして連続した意図せぬ眠りからの覚醒に嫌気がさした。
だが、今回は女性の声によって目覚めるような心地よいものではなく、エンジン音と男の「お目覚めですか」という特に嬉しくもない雑音によって目覚めた。
「ここは…… 機内か」
特徴的な丸窓。そこから見えるのはミニチュアの町。徐々に高度を下げ目的地は間近なようだ。
「ええ。長いフライトお疲れ様でした。と言っても貴方はずっとお休みされていましたが」
スーツを着た男。彼はマレードの対向座席に座り、両の手の指を絡ませながらじっとマレードを見つめている。彼の隣座席にはマレードが手にしていた鞄が置かれ、そちらの方にマレードの視線が行くと、合わせるように男の視線も鞄に移動した。
「失礼ですが中身を確認させていただきました。
ふふっ。全く、一国の宰相ともあろう者が観光ですか。いい御身分ですな。そしてお土産は『まりもんきー』に郷土品の木板……」
男は無作法に人様の鞄に手を入れるとマレードの私物を取り出し、笑った。
だがマレードの方は【御鈴の木札】を知らない男の無教養に安堵していた。
「はぁ、荷物を物色するなど、トチノキの方は品性が無いですな」
「我々の銀山を奪っておいてぬけぬけと。どちらが品がないというのか。
いや、それは置いておきまして、私の国を言い当てるとは流石はマレード・フォン・ガランドと言っておきましょうか」
男は自分の所属国の名を出したマレードに感嘆の言葉を贈ると軽く手を叩いた。言うまでも無く、これはマレードの観察眼や推理によるものではなく、タレントによって自分を拉致した相手の事を知ったに過ぎない。
「お褒め頂き恐縮です。
それで、貴方方が私に何用ですか? いや、これもう国際法違反何ですけど」
マレードは同様の手によって、目の前にいる男の思考を探ろうと試みたが目覚めたばかりの状態では意識を集中できず、暖簾に腕押しと知りながらも口頭で相手の思惑を問うた。
「勿論、貴方をお連れしたのには大きな理由がございます。ですがそれをお伝えするのは今では無いようだ」
男はそう言うと窓から外を見つめる。
航空機は着陸姿勢をとっており、黒い滑走路が窓越しに確認できた。そして直後、機体は地に着き、揺れると独特な音と共に速度を徐々に緩めていった。
着陸後、言葉は丁重に、だが強引にマレードは機外に連れ出されると、軍人に四方を包囲され、そのまま空港に隣接した施設へと誘導された。
そこは迎賓館の様な国賓を迎える施設ではなく、どちらかと言うと留置所に近い。そしてその中にある一室、まるで取調室の様な場所に連れてこられるとマレードは被疑者が座るような席に座らされた。
「そこでお待ちください」
ここまで付き添ったスーツの男はその言葉と屈強な軍人を残し部屋を出る。どうやら彼の役割は航空機からここまでの案内人だったようだ。
そしてこの部屋に入り、マレードは部屋の隅に掲げられた旗と軍人たちの胸にある国章に注目した。それは“トチノキのものではない”。マレードが見た事のない不思議なものであった。
“カチッ…… ♪~”
マレードが旗に注目している間に誰かが音響機器のスイッチを押し、突然おしゃれな音楽が部屋に溢れる。そしてそれに合わせたように奇抜なファッションの男が入室した。
「後は頼むぞ」
マレードを見張っていた軍人は奇抜男にそう言うと、二人を部屋に残して去っていく。最悪な事にマレードはこの怪しげな男と密室に二人きりとなってしまった。マレードはこの状態に嫌な顔をすると男はニヤリと笑い、テーブルを間にマレードの前に立つ。
「いい目だ」
そしてマレードの瞳を凝視してただ一言そう言った。
意味不明の言葉にマレードは男の真意を探るべく、タレントによる読心を試みたが、彼は脳内でも同様の言葉を発していた。即ち、思った事が口に出るタイプの人間だったのだ。
「さて、俺をどうするつもりなのだ? ついでにあの旗は何だ?」
相手の心を読むことに集中しつつ、マレードは自分の聞きたい、知りたい事を直接男に問うた。そして男は口と心、双方同じ内容を返答した。
「アンタには協力して欲しいんだ。俺達、上弦同盟の旗の下にね」
「上弦同盟?」
知らぬ言葉にマレードは困惑する。だが、それについて聞くまでも無く男は垂れ流すように語り始めた。
「そうさ。トキオ合衆国という腐った太陽の影で弱々しく光るトチノキやジーマ、そしてゆくゆくはチーパやスータマ。それらを一つにし、トキオに弓引く大連合国家を建設する。それが素晴らしき上弦同盟構想だ」
男は自分の言葉に酔い、身体をくねらせる。
どうやら俺を攫った連中は大国トキオに対抗する国家連合の樹立を画策しているようだ。てっきり銀山を巡る係争に関するものであると思っていたが違ったらしい。
「この素晴らしい構想に反対する能無しの大統領は権力の座から引き下ろした。既に上弦同盟は成立を目の前にしている。どうだ? アンタも仲間になりたいだろう?」
まるで威勢をナンパするような態度で男は挑発的にマレードを誘う。
無論マレードはこの様な雑な誘いを受けるわけがなく、呆れた表情で男を凝視した。
「俺はこれでも一国のそれなりの役職を頂いている身なのでな。そんな得体の知れない組織に属するなどあり得ない。俺に協力して欲しかったらジーマ皇帝の正式な書状を持って来てくれ」
魔界幹部として活動している自分を棚に置き、マレードはドヤ顔でそう告げた。いくら人格に問題があっても自分が仕える主君がこの様な戯言に耳を貸さないという確固たる自信があった。
「あの堅物が折れるのも時間の問題さ。アンタもさっさと決断しちまった方が良いんじゃないのか?」
男はマレードを睨みつけて迫るが、マレードはどこ吹く風といった表情で軽くいなす。立場上こういった場面には慣れていた。
「おっとそう言えば、アンタ魔法士競技のOBで連盟理事をしているんだっけ」
迫り甲斐のないマレードに男は少し体を引くと、テーブルに雑に座り、仲の良い学友のように突然語り始めた。
「ジーマが最後に世界大会に行ったのは何年前だっけな? ククク笑えるよな」
この話をマレードは無表情で聞いていたが、内心吹き上がるものがあった。痛いところをついていたのだ。
マレードがジーマ魔法士競技連盟の理事をしているのは本人が望んだ事というより、学生時代の活躍等で猛烈に推薦されたからだ。それ故、理事の席を貰った時点ではさほどのやる気があったわけではないが、「なったからには」という責任感が彼を動かしていた。
宰相という立場を利用した連盟の改革、競技施設や設備の拡充、才能ある若者への助成など精力的に動いた。
だがジーマが地域予選を突破し、世界に行く事は出来なかった。
それはジーマの選手たちが弱いからか?
――否
連盟の努力が足りなかったからか?
――否
マレードはジーマが世界大会に進出する上で“見上げてもてっぺんが見えない壁”に直面していた。その存在は彼が学生時代だった頃から認知していたが、これほどのものだったというのは理事になってから理解した。
その壁とはトキオ合衆国である。
ジーマが所属するCブロックの世界出場枠は2。トキオは優勝回数世界一位の超強豪国であり、世界大会の歴史で一度たりとも予選敗退せず、それどころか入賞を逃した事のないバケモノだ。出場枠の内の一つは自ずとトキオに決まり、残りの一枠をスータマやトチノキと争う訳であるが、ここで第二の強豪に阻まれる。カナーン公国だ。カナーンは魔法競技専門の学術施設を複数所有しており、関係柄トキオとの選手交流も盛んだ。かつてはトキオに次いで世界二位になった実績もある。Cブロックはトキオとカナーンによるウォーミングアップの舞台というのが国際的評価であり、腹立たしくもその評価を覆すようなものは無かった。
ならばジーマも国策でカナーンのように競技を盛り上げればいいのではという事になる。だが、それは上手くいかない。マレードもそれを考えたが、それを実行するには結果が期待できる予算と国民の同意が必要になる。また、予算を組むという事には競技そのものに産業的魅力と国民の関心が不可欠であり、ジーマにおける国民の関心は極めて小さい。実際の所、学生時代選手だった者でもプロを目指すものは少なく、去年の調査では『国内或いは海外で選手としてプレイを続けたいか』という設問に対し、『はい』と回答したのは4%に留まった。
かくいうマレードも学生時代記録を残した選手であったが、プロになるつもりは毛頭なく、キャリアのちょっとした飾り程度にしか思っていなかった。
「だが、上弦同盟が成立したらジーマの原石も輝くかもしれない。我々はトキオを芸術、文化、スポーツにおいても凌駕する事を目指しているのだ。無論、魔法士競技もその一つだ」
トキオを壁と感じていたマレードにとって、男の言葉には突き刺さるものがあった。それはマレードの視線移動などに現れ、男はそれを察知すると、話を続けた。
「おぉ、そうだ。アンタが俺達に協力するなら、魔法士競技のコーチ程度にはしてやってもいいぞ? アンタの国の中で燻っていた才能たちを開花させられるわけだ」
男の申し出はジーマにおける魔法士競技新興に繋がるものであった。だが、答えは無論――
「断る」
当然の否定。
「なっ? こんないい話があるか? ジーマじゃあ今後一生世界的選手は誕生しないぞ?」
「そうかもしれない。ジーマのバックアップは非力で有望な選手を飼い殺すことになるだろう。だが、断る」
マレードは再度意思を表明し、男に凄んだ。
「理由は四つ。
第一に君は魔法士競技のコーチを“程度”と付けて口にした事だ。そこからこの仕事を下に見ていると透けて見えるし、それを俺にさせようとするのはジーマに対する蔑みが見て取れる。本気なら大臣クラスの席を用意しろ。
第二に明らかにトキオを意識した上弦同盟というネーミングセンスが気に入らない。コンプレックスの塊か。
第三に客人に茶の一つも出さない事だ。外交も交渉も学生の御遊戯レベル。いや、それは学生に失礼か。
最後に、ここまで来てその“なんとか同名”の代表の名も君の名も示さない。詐欺師並みだぞ。流石に素人すぎて言葉が無い」
拒否の理由を述べた後、マレードは襟を整え、フンと鼻を鳴らして男に清々しいドヤ顔を見せた。
「あぁ、全く愚かな男だ。人の慈悲を無下にするとは」
男はマレードの威圧的な言葉に身体を震わせてそう言うと、ズボンのポケットからスイッチが一つついた板を取り出し、それを押した。
「ボッシュート!」
それはマレード真下の床の開閉スイッチだったようで、軽快な音楽と共にマレードは椅子ごと暗闇の地下へと落とされた。
「さらばだ。あっちで自分の選択を後悔するんだな」
――ただマレードの目前に広がるのは暗闇のみ、その空間の広さも深さも分からない。彼は悲鳴をあげなかった。それは恐怖が無いからでも、意地でもなく、突然の事に脳が追い付いていないのだ。
そしてそのまま意識を失う。広がる闇は彼の意識も沈めていった。
――
――――
――――――
「おい!」
「全く、なんで俺がこんな奴を」
「おい起きろよクソ大臣!!」
痛々しい罵倒。二度ある事は三度ある。またしても俺は意図せぬ眠りから目を覚ました。
「やっとお目覚めか。そんな事よりなんでお前が落ちてきたんだ?」
身体に傷は無く、衣服に多少の汚れが付着している事を確認したマレードは辺りを見回し、無機質なコンクリート壁に囲まれた巨大な空間と、身なりは良いがやつれた60手前と思しき中年男を視界に入れた。
「俺はマレード・フォン・ガランド。ここは何処だ?」
脳に問題はない。かなりの高さを急降下したにもかかわらず一切のダメージを負っていない事に、マレードは黄泉への至りを疑った。
「ここはトチノキ地下放水路水槽。お前も知っているだろうが、昔の百年雨危機の名残だ」
かつてトキオ周辺を襲った大雨。その千年に一度の危機に対し、巨費とトキオ大統領の面子をかなぐり捨てた周辺交渉によって造り上げられた巨大地下空間が地下放水路水槽だ。
中年男はその事を説明した後、空間天井、ドーム状になったその中心にある穴を指差した。
「あれはトチノキ各地と繋がる終着点だ。お前はあそこからここに来たわけだな」
マレードがその穴を見上げて覗く。そこには一点の光も無く、ただ先の知れない暗闇だけがあった。そしてその吸い込まれるような黒に背筋を凍らせた。
「この高さ。何で俺は生きているんだ? 本来なら身体がバラバラになっているはずなのに」
「あぁ、それは水路破損を防ぐための物理干渉魔法陣のお陰だろう。この穴の下、床を突いてみな」
ガイドのような中年男の説明を聞いた後、マレードは彼の示した場所で低くジャンプする。すると床に薄青い魔法陣が出現し、ほのかな粒子と共に僅かな浮遊感を与えた。
「これは…… いや、それでもここまで無傷なのは」
「そりゃお前、俺が回復魔法を施してやったからだろうが?」
「魔法? ここでは魔法が使えるのか?」
「そうだ。ここには魔法封じの結界の効力は及んでいない。ただ、魔力素が薄いせいか大した魔法も使えんがな」
死を免れたのは魔法陣のお陰、無傷で済んだのはこの優しさに溢れた男のお陰。大した男だ。感謝してもしきれない。ところで――
「つかぬ事をお聞きしますが、貴方はどなたでしょう?」
マレードが中年男に聞くと、男は心底不快そうに顔を歪ませた。
「はぁーーーーあ? 何だお前? 俺の顔を忘れたのか? お前の所為で俺はこんな――」
激昂する男の顔をマレードをじっと見つめるが、記憶の引き出しのどこを見ても見当つかず、首を傾げた。
「あああっ! クソっ! 俺だ! トチノキ元軍務大臣アンドリュー・トーホーだ。お前がスキャンダルを流した所為で失脚した男だ!!」
「………………あ」
この男――トーホー大臣の記憶はマレードの持つ引き出しには入ってなかった。何故なら、不要物としてさっさとごみ箱に捨てたからだ。マレードにとって彼の名と顔は記憶するに値しなかった。
マレードは直接彼と面識があったわけではない。ただ、ジーマとトチノキとのレアル銀山係争において、マレードは彼のスキャンダルを係争に利用した。具体的には女性問題だ。トーホーは妻子がいる身でありながら、若い女性と懇意になり、関係を結んでいた。そしてその女性が係争の受益者だったことが問題視された。
これはマレードにとって棚上から降ってきた牡丹餅であり、利用しない手はなく、トチノキとの交渉を有利に進めるための好材料となった。ただ、実のところ、銀山の経済的価値はほぼ消滅しており、維持経費が観光利益等を上回るお荷物となっていた為、この係争の着地点はある程度両国間で合意していた。つまり、スキャンダルは最後の一押しになったが結果を変えるようなものではなかった。
「本当に呆れる。俺はこんな奴に潰されたっていうのか」
この“どうでも良かった男”の顛末など気にしてはいなかったが、今の彼を見ると申し訳ない気持ちが雀の涙程度は湧いてくる。
「あ、そうだ。回復魔法を施してくれて感謝する。貴方は命の恩人だ」
空気も読まず、マレードは怒れるトーホーに感謝の言葉を述べた。天才たるものいかなる相手への感謝も忘れない。当然の事だ。
「ところで、何故貴方が俺を助けたのか。それを聞かせてもらいたい」
トーホーにとってマレードは忌むべき敵である。それをわざわざ助ける事に何らかの意味があると察し、マレードは問うた。これは助けてもらった以上相手の事情を聴き、力になるという意思の表れであった。
「はぁ。
俺はお前のしたたかさを知っている。どういう因果か分からないが、お前がここに降ってきたのも運命を感じる程だ。
――ここからの脱出。そして大統領の救出に協力して欲しい」
トーホーは一回り、二回り年下の青二才に頭を下げた。
「勿論協力させていただく。
けどその前に一体全体何が起きているのかを説明して欲しい」
マレードの答えは決まっていた。そして彼の望みの一部はマレードの望みでもあった。何はともあれここから出る必要があった。
「かつては地下放水路水槽、今では上弦同盟なる反逆者たちの研究施設。いつの間にこれほどの改装をしたのか分からないが、奴らだいぶ前から動いていたらしい。
そしてここは研究施設と共に反抗者を収容する牢獄でもある。俺達の他にここに100人以上がいたが、脱出を試みた者は帰ってこず、残った者は上弦同盟に服従を誓い、上へと連れて行かれた」
「“帰ってこなかった”? 地下――研究施設、その二つを合わせるとつまり…… ゾンビがいるのか?」
「はぁ? なぜそうなる。まぁ、それも遠からずか」
トーホーはマレードを指で誘い、カンカンと音を響かせてこの場所から放射状にのびる道の一つへと歩いていく。
「そう言えばお前は何でここにいるんだ?」
道中、トーホーがマレードにここに来たいきさつを問うたのでマレードは外遊中に拉致され時以降の事を隠さず話した。
「はぁ…… 他国の要職を拉致とはもはや取り返しのつかない段階まで来ているな」
トーホーは眉間に手を当てて嫌な現実に苦悩した。そしてそうこうしている内に二人は目的の場所に到着した。
「階段だ……」
上へ向かう何の変哲もない階段。それは封鎖されておらず、この場所は完全に閉じた牢獄ではなかった。
「さて行くぞ」
トーホーはそう言うと先んじて階段を上る。マレードも周囲を見回しながら彼に続いた。電灯に照らされたコンクリートの壁は気味悪く、靴音だけ響く静寂さも相まって“何か出る”という気配が充満していた。
そして階段は一つ上の階に至る。不思議な事にそれより上に行くための階段は無く、地上に至るためにはこのフロアにある階段や昇降機を見つける必要があった。
「さてここからだ」
フロアを少し進み、トーホーはそう静かに告げる。そこには鉄格子によって寸断された部屋があり、その奥は不気味な暗闇が覆っていた。マレードの“何か出る”という気配もピークに達する。
鉄格子の扉には鍵がかけられていない。通ろうと思えば誰でも通る事が出来る。だがトーホーは手を出してマレードの歩みを制止すると一人鉄格子の前に歩み寄った。
「ゾンビを見せてやる」
その言葉と共にトーホーはカフスボタンを鉄格子に当て、“カンカン”と音を鳴らした。
すると静寂暗闇の空間に不気味な呻き声の様な音が響き、いくつかの光点が姿を現した。光点は二つ一組でゆらゆらと揺れ、その内揺らぎが小さくなり最後にピタリと停止する。そしてその直後、“キシャァ”という奇声と共にマレードたちへと向かってきた。
「うわっ!!」
鉄格子に食い込むように牙を立てる獰猛な野獣。揺れる光点は奴らの眼光であった。
“シャァァァア”
涎を垂らし、不快な声をあげる野獣は一匹ではない。最初の一匹の飛び掛かりを合図に二匹、三匹と姿を現し、最終的に五匹が二人の眼前に現れた。
「魔法生物か……
だがこいつらはフェンリルC級。俺の魔法をもってすればこんな奴ら」
狼の様な外見のモンスター。いくら狂暴でもさして強力な相手ではないと判断したマレードは右手を奴らに向け、魔法の詠唱を開始する。
「ん? あれ?」
しかし彼の掌には何も生じない。不思議に思ったマレードは頭を掻き、再度同様の行為を試したが結果は同じだった。
「無駄だよクソ宰相。残念ながらここから魔法封じの結界の効力圏だ。全く、陰湿なトラップだよ。下で魔法を自由に使えると油断させておいて、ここで奴らの餌食にする」
「魔法封じの結界の効力? いや、そんなはずはない。ならどうしてこいつらが!?」
魔法生物は魔力素供給の首輪が無ければ魔法封じの結界の元には生存できない。それはこの世界の常識である。だが、目の前で鉄を噛む凶暴なソレは首輪などせず、野性そのものであった。
「そう。本来ならそう言う事になる。だが、上弦同盟のやつらはそれを破る研究をしていた。それが魔力素を体内生成する人工魔法生物だ」
マレードはトーホーの説明を聞き唖然とする。信じられない話だが、現実がそれを証明していた。
「まぁ、それと引き換えに異常な食欲に飢え続け、獰猛さもこの通りだ。
どうだ? ゾンビみたいなもんだろう?」
トーホーはにやけ顔でそう言ったが、その表情は不快さに引きつっていた。




