16 鏡の女王
「お前は誰だ?……」
「私? 本来あるべきお前だよ」
「何を言っている。変なパズルなんて解いた覚えはないぞ?」
目の前にいるのは俺の姿をした何か。“俺”は“俺”に問いかける。
「お前は特別なんだ。他とは違う。
けれど勘違いするな。お前が特別なのはお前がお前だからじゃない。私がいるからなんだよ」
「???」
言っている事の意味が分からない。俺は挑発も込めて首を傾げ、手を挙げた。
「よーく考えてみなよ。お前如き小国の役人風情が何故曲りなりにも神であるマレーシャに呼ばれた? アイツはお前の人格ではなく、お前の特殊性に期待しているんだ」
“俺“の指摘は中々痛い。考えれば当たり前の事だ。俺は特別信心深いわけでもなく、また「神と遭遇したい」みたいなオカルトな考えを持っていたわけでもない。何故か神が向こうから会いに来てくれた。俺がいくら天才であってもそんな事があるであろうか。
「ふふふ。まぁ悶々としていればいいさ。いずれ分かるよ。お前がいかに“ちっぽけ”かね」
“俺”はそう言うとクスクスと笑って消えていく。
そして代わりに女の声が聞こえてきた。
「酷い汗…… ちょっと大丈夫? ねぇ? マレード」
この声が聞こえると同時に柔らかいものが頬を撫で、異様な暑苦しさと湿度に襲われる。
「はぁはぁ…… あっつい……」
思わず俺は蒸れた息を吐きだしつつそう呟き、身体を芋虫のようなねじり行動を試みる。だが、それは何かによって阻害される。
それは邪悪なものではない。むしろ癒しの類だ。あれだ。平日の朝、憎しみと愛おしさが同時に沸く掛布団というやつだ。
「はぁ、全く。私に看病させるなんて……」
そして先ほどからの女の声。それは紛れもなくカーチェさんのものだ。
俺は適度の安堵感に包まれると、重い瞼を開きつつ体を起こした。
「ここは……」
「はぁ、サプダテのホテルよ。アンタ丸一日寝ていたんだから……」
お決まりの会話をしながら周囲を確認すると、見知った場所にいつもの寒そうな格好をしたカーチェさんが不機嫌そうに立っているのが視界に入る。ここにいるのは俺たち二人だけのようでアスタロトさんたちの姿は見えない。
「皆は何処へ?」
「ナナミちゃんは学業。二人は仕事よ。一応ここは大陸最北端の国だからね。早く出国しなきゃいけなかったみたい」
俺が宰相をやっているように、皆も表の顔がある。そういう事の様だ。
「ん…… あっ!!」
そんな事を思ったら、自分がここにいる“表の理由”が瞬時に頭に浮かび、嫌な汗が全身から噴き出した。
皇帝からの令状――それによって俺はここに来る事になり、誰かと会う事になっていた。そして記憶していた日時は今日の昼。そして今の時間は……
「酉の刻……」
既にカーテンの先は夜の帳。俺はあろう事か、一国の看板を背負ったミッションを無自覚サポタージュしてしまったのだ。よもやよもやだ。穴があったら入りたい。っていうか介錯、介錯してくれ。どういう面を下げて俺は祖国に帰ればいいんだ。
「あ、その件なら大丈夫。もう話付けてあるから」
口から魂がゆらゆらと出かけた時、カーチェさんの一言によって辛うじて魂が天に召されるのを免れた。
「一応フロントに待たしているから早く行った方が良いわよ」
流れてきた藁。それを掴んだ事への喜びに俺は高揚し、何故このような都合の良い状況になったのかという疑問を一切抱かなかった。大体あちら方に俺はこのホテルに宿泊している事を伝えていないのだ。
「荷物はこっちで何とかするからそら行った行った」
俺はカーチェさんの押す手で着替えさせられると、蹴りだされるように部屋から追い出された。
「ふぅ……」
だが彼女の邪険な扱いがむしろ俺を冷静にさせ、考える余裕を与えた。
(変な夢。いや、あれは夢なのか……)
遺跡で手にした鉄の板の冷たさ、固さがリアルとして手先に残る。そしてそれに続く気味の悪い俺との邂逅。歩きながら悶々と考えるが、途中でその行動に全く意味が無いと考え、かき消すように溜息をついた。
「お待ちしておりました」
そう俺に声をかけたのは獣人族の少年。真っ白いスーツを纏った彼は素性を明かさず、俺の名前も口にしなかった。考え事に夢中になって気がついたら俺はフロントがあるエントランスに到着敷いていたのだ。
「…………」
俺は内密にしたいという彼の意を汲み、静かに頷くと彼と共に“人間サイズ”の車に乗り込んだ。俺を呼んだのはドワフではなく他の種族らしい。
車の中を見回すが、相手の正体が分かる紋章や国章の類は見つからず、お付きの少年にもそれを知る手がかりはない。ここまでで結局分かっているのは一国の宰相を一方的に呼び出す事の出来る大物だという事と恐らくホクトの者ではないだろうという事。つまり全然分からないという事だ。
「到着いたしました。どうぞお足もとにご注意ください」
乗車時間は一瞬だった。恐らく徒歩でも二十分かからない距離だ。
相手は我が国の外交部を通した者。最低でも信用ならないならず者ではない筈であるが、俺は恐る恐る下車し、その聳え立つその建物を見上げた。
「キト法国……」
鳥居と六葉の紋章。それはキト法国の国旗であった。そしてこの荘厳な瓦屋根の建物は在ホクトキト大使館。マレードをホクトに呼び出したのはキトの者であった。
(ゴクリ……)
思ってもいなかった相手に俺は息を飲む。キトは五大国の一つであり、世界宗教の総本山。やろうと思えばジーマなど手先一つで亡きものに出来る相手だ。
「主がお待ちです」
少年に連れられ建物に入り、一番奥にある特別応接室に向かう。その間、俺は過去、キトに粗相をしていないか記憶を巡り、冷や汗をかいていた。
「マレード・フォン・ガランド宰相閣下をお連れ致しました」
そこにあるのは扉ではなく襖。そこにぼんやりと人影が写っている。
そしてその影が右手を横に示すと、少年は深く頭を下げ、襖を音を立てず丁寧にスライドさせた。
――ほんのりお香の香りが漂い、それと共にその者のシルエットに色がつく。赤と白の巫女服にエルフ特有の長い耳、そして流れるような黒髪の少女。俺はこの女性を知っている。いや、俺に限らず多くの者が彼女を知っているはずだ。
「お久しぶりでございますガランド様。本日は私の招きに応じて頂き感謝しております」
少女は清楚な笑顔を見せると頭を下げた。そして俺も思わず頭を下げ、感謝の言葉を述べた。
「いえ、私の方こそお招き感謝しております。ファルシア・エーゲ女王陛下。
そして、定刻通りの参上が出来なかった事をお詫びいたします」
とっさに出た言葉だが感謝しているのは本当だ。この話が無かったらホクトに来る理由が付けられなかったからな。
そして俺が口にしたファルシア・エーゲという名、それはキト法国を統べる三人の女王の一人である【鏡の女王】、見た目は十代の少女であるが、実年齢は不明。主にキト外交を司り、内外に強い影響力を持つ。先述したようにキトには三人の君主がいるが、一般的に最初に思い浮かべるのが彼女の顔と名である。
「そんなガランド様。一方的にお呼びしたのは私です。私に感謝される道理がありませんわ。それに謝罪だなんて……」
ファルシアはそう返すと、マレードに席を勧め、従者の少年に茶を運ばせた。
「さて、本題に入る前に。私、グランディア大陸魅力のある国ランキング発表の折から、貴方様にお聞きしたい事がありましたの」
開口一番に彼女は「お久しぶりでございます」と口にしたが、それはグランディア大陸魅力のある国ランキング発表会場での一瞬の顔合わせを指していた。それはマレードにとって多くの人間が集まる大部屋にたまたま両者がいたという程度の認識であり、彼を困惑させた。
「閣下は今のキトについてどうお考えでしょう?」
此方の心内を測るための試金石なのか。その質問の意図は分からない。俺はただかの国について知っている事を口にする。
「良き女王、高潔な文化、善良な市民を持つ素晴らしい国であると考えます」
マレードの当たり障りのない答え。それに対し、ファルシアは少し不満そうな顔をする。
「ですが人々は言います。古臭い価値観。秘密主義の不気味な政府。陳腐な街並み等々……」
ファルシアが口にした評価は確かに世間でよく言われるキトへの評価の一端だった。
三人の女王、エルフが戴く鏡の冠、ヒトが戴く剣の冠、獣人が戴く勾玉の冠。鏡の女王であるファルシアは世界への露出もあり、よく知られているが、他の二人に関しては名も公にされておらず、何をしているのかも分からない。ヴェールの先にある得体の知れないものを人々は不気味がるのだ。
そしてキトは徹底的な魔力至上主義国家であり、絶対的な女権国家である。そのような現代の価値観に馴染まない国家体制も非難のやり玉の常連だ。
「いかなる国にも影はございます」
俺はそう答えるしかなかった。何故なら先から挙げられている事は俺も思っていた事だからだ。キトのそう言った側面を否定する事は出来ない。
「ええ。閣下の仰る通りです。ですが影を影としてそのままにするわけにはいきません。もっと力強い言葉で罵り、修正しなければならないのです」
彼女がそう口にした時、俺は見てしまった。清楚が服を着た様なファルシア女王の表情が綻び、何とも言えないだらしないものになった瞬間を――
だがそれは一瞬。瞬きの後には聖女のような表情に戻り、俺は思わず自分の目を擦った。
「では本題に入ると致しましょう」
そして女王は平然と話題を移し、俺の“悶々とした何か”は向かいどころを失った。
「私が閣下に申し上げたい事はただ一つ。簡単な事にございます」
ファルシアはマレードを品定めするようにじっと見つめながらそう言うと、マレードはごくりと息を飲んだ。彼にとってその言葉はある意味ヤクザの言う“それ”にも思えた。
「キトに来てくださいませんか? ガランド様と会いたいという人がいるのです」
それは大国による無理難題な要求ではなかった。マレードはその言葉を聞くと静かに溜まった息を吐き、ホッと胸をなでおろす。そしてその間にファルシアはどこからともなく一枚の木札を取り出すとマレードの前に示した。
「こ、これは……」
鈴のような物が埋め込まれた鮮やかな装飾が施された一枚の木札。それを見て休められたマレードの心臓がまたも激しく動き出した。
「【御鈴の木札】でございます」
【御鈴の木札】――もちろん知っている。キト法国首都ギオンの中心に聳える王城区画『大奥』に入るための鍵だ。本来そこに入る事が許されるのは女王とその従者、女王候補の高魔力保持者、元女王でお目付け役である『ミダイ』、そして女王になれなかった候補がなる『女中』のみ。そのルールを破る事が出来るのがこの【御鈴の木札】という訳だ。
それで何故俺がこんなにも緊張しているかと言うと、歴史上この木札はほぼ使われず、大国の元首や国際機関の代表すらキトの女王は大奥への入城を許さなかった。唯一記録されているのは先々代の勇者のみ。つまり俺は何故かその勇者と同等と見られているという事になる。訳が分からない。
「で、ですが何故? 私何かしましたでしょうか!?」
理由として考えられるのは両極端な二つ、俺に“多大な感謝や期待がある可能性”と“俺がかの国、或いは要人にとんでもない粗相をした可能性”正直前者になる理由に全く覚えがない。
「さて、どうなのでしょうか。私はその人に頼まれてメッセンジャーに使われているだけですので」
ファルシア女王は申し訳なさそうにそう言うと茶を口にした。そして俺は彼女の言葉から“その人”とやらが二人の女王のいずれかであると確信した。彼女が“その人”と称せる相手で尚且つ“メッセンジャーに使う”なんてことが出来るのはその二人しかありえないのだ。
あぁ。本当に重要な時に使い物にならない自分のタレントが憎い。もし今彼女の頭の中が覗ければ不安を和らげることが出来るというのに。
「ガランド様。日時に関してですが、貴方様のお好きな時間に……と申し上げたいのですが、可能な限り早く。いえすぐにでも来ていただきたい」
「申しわけございません女王陛下。私一人では決めかねぬ事ゆえ、お時間を頂きたく思います」
不安に駆られるマレードにファルシアは追い打ちをかけたが、それに対し考える猶予が欲しいマレードは先延ばしの常套句で返した。
「そうですね。お恥ずかしいのですが少し興奮してしまったようです。
ただ、どうか可及的速やかなご判断を重ねてお願いいたします」
「勿論にございます」
相手は大国の主、気分を損ねては祖国に害が及ぶ可能性もある。そう考え、マレードはファルシアの言葉に承知の意を示した。
その後は一時間ほどの漫談。フォーゲルヤクト=インゼルプルゼェル危機やトチノキにおけるクーデターなど話題は主として国際問題であり、それらはジーマにとっても極めて重要な懸念事項であったが、俺の頭に最も残ったのは彼女が最後に告げた「私との会合及び、この内容は口外しないよう。もしそれが外に出るのならキトの君主として貴国に何らかの行動をしなくてはならなくなる」という趣旨の言葉であった。
会合が終わり、ファルシア女王からの送迎車を丁重に断ると、俺は大使館の少し冷えたサプダテの街の中に溶けていった。
女王からはせめてSPをつけて欲しいと要望があったが、俺はそれも拒否していた。後ろからこっそりと関係者が追跡している可能性もあるがそんな事はどうでも良く、俺はただ冷風で落ち着きたかっただけなのだ。
(やはり異常だ。まるでこの一日が幻想で、夢の中の様だ)
奇妙な夢(?)から流されるように大国の重鎮と接触、そして今は巨大都市の中で一人。夢うつつのなか、ホテルへは向かわず観光客向けの商店街のネオンへとマレードは誘われる。
「ん? あの男は?」
「おいどうした?」
「いや、見覚えのある男がそこを歩いていてな」
「は? 誰だよ?」
「アイツだよアイツ。いけ好かないジーマの宰相だよ」
「嘘だろ? ここはホクトだぜ?」
「いや、マジだよ。お前も見てみろよ」
怪しい男が二人、マレードの姿を確認するとひそひそと話しながら彼を追跡する。夢うつつのマレードは彼らの接近を感知できなかった。
「うわ、マジだ。どうする? 本国に連絡するか?」
「いや、こっちで処理しよう。本当にアレがガランドなら大金星だ」
マレードは不覚であった。自分の顔はジーマ周辺でのみ知られていてここでは注目されないと思っていた。それ故にこの地ではお得意の変装はあえてしていなかった。そしてそれが彼を敵視する勢力に発見される事態を招いたのだ。
「ん? これは確かナナミさんが言っていたホクト土産の……」
ふと立ち寄った土産物屋でマレードはホクトのキャラクター“まりもんきー”を手にし、そう呟いた。
「すみません。これください」
俺は別にこのキャラクターが好きなわけではない。何故全国的に人気があるのか理解できない。ただ、直感的にフィーナ姫がお喜びになるだろうと確信したのだ。
フィーナ姫の微笑む姿を想像し、マレードは笑みを浮かべながら店員に「ありがとう」と謝意を述べると、袋詰めにされたそれを手に店を出た。そして一息ついてからホテルへと向かう。その道中、ショートカットできそうな路地を見つけ、気を使ってくれたカーチェに早く感謝を示したいと急ぎ足で狭い道に足を踏み入れた。
「――ジーマ帝国宰相、マレード・フォン・ガランド閣下ですね?」
道の半分あたりまで来たところで突然二人の男にエンカウントし、マレードは道を塞がれ声をかけられた。
ドワフではない通常サイズの男たち、彼らはしっかりと髪を整え、パリッとした高級な背広に身を包む。強盗夜盗の類のような怪しさは彼らにはない。
「だとしたらどうなのですか? 申し訳ないのですが急いでいますので失礼します」
キトの関係者にも思えず、直感的に好ましい連中ではないと理解したマレードは目を下に向け、二人の間を強引にすり抜けようとした。
「質問に答えろ!」
だが男の一人がドスの利いた声で怒鳴り、マレードの方を掴むと力づくで自分たちの前に引き戻し、彼を睨みつける。
それに対しマレードは不覚溜息をつくと精神を集中させ、タレントを用いて不躾な男たちの思考にダイブした。
(間違いねぇ。こいつガランドだ。このいけ好かない顔、忘れたくても忘れられない。なんでこんなところにいるのか分からないが、抜け出して来た甲斐があったってもんだ。こいつを献上すれば俺達も出世間違いなし。こんな北端の地とはおさらばだ)
(赴任して来たらでけぇ女ばかりで彼女も出来ない。これは頑張った俺へのご褒美だな。トチノキの本省に戻りたい)
タレントの力で彼らの心の声を聞き、二人の正体がトチノキの在外職員であると判明した。
トチノキは今や混乱の最中、良くない話は山ほどあり、彼らの心の声も不穏そのものだ。マレードは改めて好ましい相手ではないと判断し、踵を返して狭い路地を回れ右し、一旦来た道を戻ろうとした。
「なっ……」
だが突然その時ヘビーな一撃がマレードの脇腹に当たる。
直撃したのは石のような拳、その持ち主たる屈強な男は身なりから軍人か警察。マレードはその姿をはっきり理解することなく視界がぼやけ、そして先日のように意識を失った。
キト法国首都ギオンの高級旅館。そこに怪しげな二人が祝勝会と言わんばかりに豪華な食事を囲っていた。
「なるほド。半信半疑だったガ、まさか本当とはナ」
仮面に顔を隠した人物は手にした古めかしい本を捲り、あるページで指を止めた。
「ふっふーん。どんどん私に感謝してください!
そういうの、プロテスターさんが喉から手が出るほど欲しかったものでしょう? だってあなたのタレントは――ヒック」
仮面の者の前に座るはだけた格好をしただらしない女はお猪口に酒を注ぎながら得意げにそう言った。
ここは窃盗者たちの拠点。そして仮面の者――プロテスターが手にするは彼らの戦利品、ホクトの宝物たる浅広き世界書。彼らは勇魔双方から逃げのび、しっかりと目的のブツを回収していた。
「これハまさに私の為にあるようナものダ。この言葉は嫌いだガ、『運命』というやつだろウ」
ホクトの守り人さえ知らない浅広き世界書の隠された機能。それを何故かこのだらしのない女は知っており、その機能はプロテスターを興奮させた。
浅広き世界書の隠された機能。それは“記録”。浅広き世界書の中での記憶は持ちだせないが、それは“記録”として閲覧できる。
どのような様態になったのか。
どういった立場として召喚されたのか。
ステータス。
――そしてタレント。
本来触れる事のない領域まで、この本を持つものは識る事が出来る。それはまさに神の眼であった。
「流石魔界の幹部と言う所カ。中々に上質なタレントを持っていル。
しかシ、何だこの二人ハ。ヴァサーゴ、バアル。この二人、タレントを取得する段階にもLVが達していなイ。バアルに関してはステータスは高いにせよ、この様な者たちを登用しなければいけない程に魔界は衰退しているのカ」
バアル、及びヴァサーゴは魔界幹部としては新参であり、その立場の経験に乏しかった。それ故にレベルも足りておらず、タレントの解放にも至っていない。
「だガ、そんな事はどうでもいイほどにこいつは素晴らしイ。まさかアイツが言った通りだったとハ
フラウロス。持つタレントはタレント感知』…… ハハハ、こんな都合の良い事はあるカ」
プロテスターは魔界幹部の一人、エカテリーナ・フラウロスの情報を凝視し、打ち震えた。まるでパズルのピースが寸分違わず繋ぎ合ったような昂ぶりを抑えられない。
「それは良かったですね。
にしても――」
だらしない女はむくっと立ち上がり、フラフラと酒瓶片手にプロテスターに近寄るとゆらゆらと定まらない指先でバアルの情報辺りを指した。
「こいつ笑っちゃいます。バアルとかいう変態。何でコイツ女でやっているのですかね? ネカマってやつですか? チョーうけるんですけど」
そこにはバアルが女性の体で召喚された事も書かれており、それをこの女はたいそう面白がり、蔑んだ。
「はァ……
ヌンティウス。お前みたいな者には理解できないだろうナ」
「は? 何がです? ネカマの気持ちなんて私わっかりませーん!!」
そう言うとだらしない女――ヌンティウスは酒瓶を床に転がし、くるくると回ると敷いてある布団にうつぶせでダイブした。
「性を変えたイ。まぁ、そう言うのもあるだろウ。
だガ、理想というものハ憧れ、恋慕と重なりがちダ。ククク…… このバアルという男、この姿の女に特別な感情を抱いているのかもナ」
そのプロテスターの語りに「興味ありません」というがごとく、ヌンティウスは布団にくるまり顔を隠した。
「おっト、そう言えバ、トチノキあたりで面白い事が起きているガそれもお前の仕込みカ?」
プロテスターはヌンティウスが寝る準備に入ったと思い、最後に一つ気になる事を尋ねた。それはトチノキのクーデターとそれに関わる動乱の事である。
「もー、全部私の所為にしないで下さいよ~ そんな小国に何かしてあげる義理はありませーん」
ヌンティウスは布団から手だけだし横に振って否定の意を示しながらそう答えた。
「だガ、私の記憶だトお前、“魔獣兵器化計画”の書類をトチノキの軍人に渡していなかったカ?」
そのプロテスターの指摘に「あっ」と思わずヌンティウスは図星を突かれた声を吐き、外に出した腕を引っ込めた。
「あ、あれはお金が欲しかっただけで~ それが何処の誰だったか覚えておく必要も無かったわけで~
ってかそれ、私の感知する所じゃないですから。勝手にあっちがやった事ですから。おやすみ!!」
支離滅裂な言葉を吐くと、ヌンティウスは就寝の宣言をした。
そしてプロテスターは仮面を外すと酒を器に注ぎ、音もたてずに口に運んだ。そして面白い事が起きそうという予感にほくそ笑んだ。




