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若き魔界幹部の悩み  作者: 耕眞智裕
か弱き女王の悩み
64/69

15 浅広き世界書(ナロウ・ブック) ⅩⅣ

「かくかくしかじか――」


「ふーん。まぁ、それなら話が繋がるけど……」


 自殺願望者と誤解された俺はホテルスタッフにカウンセラーを呼ばれる羽目にあった。ただ、確かに俺も悪かったと思う。逆の立場なら俺もそうしていただろう。

 つまり当たり前だが説明を先にすべきだったわけだ。今回の場合、それは叶わなかったわけだが遅すぎたわけでもなく、俺はカウンセラーを帰し、イルマに事情を説明した事で何とか誤解を解くのに成功した。


「でも、アンタも分かっていると思うけど、それは中々にリスキー。もし間違っていたら最初の街からここまでまた移動しなきゃいけなくなる」


 浅広き世界書ナロウ・ブックに最も明るいイルマの理解が得られたという事は、俺の示した考えは“ありえる”ものという事になる。

 ただ、彼女が言うようにこれは極めてリスキーだ。時間が湯水のごとくあるのならともかく、俺達がこうしている間にヌンティウスが浅広き世界書ナロウ・ブックに手をかけているかもしれない。俺達には時間が無いのだ。


「うーん。一人ここに残していくのはどうかしら? それならリスクの軽減になるでしょ? 流石私! 冴えてるぅ」


「いや、無理でしょ。

 相手はラスボス。一人でも欠けたら勝てるものも勝てなくなる。今までのを見るとどんな勝負を仕掛けてくるのか分からない訳だし」


 ここまでの道のりは二人三脚であった。イルマに関しては足を引っ張る方が多かったような気もするが、彼女がいなかったら浅広き世界書ナロウ・ブックの情報が一切ない状況で手さぐりになっていたわけであるし、ヴァサーゴがいなければアキハ突破は無かった。俺は天才的閃きで貢献している。


「――という訳で、ヴァサーゴも呼んで如何に死ぬかを考えるとしよう」


 さて、ここまで焦らしてきたわけだが、俺の考えを説明しようと思う。

 前提として、当然この浅広き世界書ナロウ・ブックの世界は現実ではない。世界も空も、そして俺達を含む生物も仮初だ。そして外から参加した俺達はこの世界で特定の条件を達成する事を目的にしたプレイヤーであるという事。

 ここでの死は現実の死ではない。現実とリンクし、影響を及ぼすヘビーなものではなく、ただ、迷子となるのだ。思い出してほしい。ここで死んだらどうなるのか。


 この世界、初めての街。知識のない俺はイルマに聞いた。「ここで死んだらどうなるのか?」と。そしてあの時、彼女はある施設を指差して答えた。「この世界で役割を与えられている人間が死んだり、何らかの理由で領域外に出たりしたらあそこに送られるの。所謂リスポーン地点ね。でも、所持金とレベルが初期化するから出来れば死なずに行きたいわね」と。

 

 俺が思うにアスタロトさんは迷子の挙句、次元の狭間に転落するという事故によって死んだ。現実であれば、敵の将が死ねば勝利となるものであるが、俺達に課せられた目標は恐らく“アスタロトさんを斃す事”であり目標は達成されていない。

 そして彼が俺達と同じ様に“役割を与えられている人間”であるならリスポーン地点に送られているはずだ。

 そう、最初の街に存在する保護施設『迷子センター』というリスポーン地点に――


「はい。分かりました。でも痛いのは嫌だなぁ……」


 自死という厳しい決断であるが、ヴァサーゴは割とすんなり受け入れた。そしてゴシックな装飾が施された双眼鏡のようなモノを外すと、それを人形に預け立ち上がる。


「で、それは一体何?」


無論俺は気になった。明らかに普通ではない謎アイテム、気にならない筈がないだろう。


「あ、これですか。凄いんですよ。バービーちゃんの私物なんですけど、お人形さんたちの視界が共有できるんです。さっきまでメリーゴーランドに乗っていて――」


(なるほど、ここに人形が一体しかいないのは、もう一体が外に出て双眼鏡の視界役という訳か)


 特別展示室ここにいるのはヴァサーゴとリカちゃん、そして恍惚の表情で吊るされる囚われ姫。瀕死のトラウトとその娘は然るべき場所に移され、彼らが残ったという事だろう。


「苦しまずにお死にになるのでしたらお任せを」


 俺達の話を聞いていた人形が物騒極まりない言葉を口にし、カタカタと不気味に首を震わせる。その様子はまさにホラー映画に出てくる呪い人形のようだ。


「ピコーン!承りましたの」


 そしてリカちゃんは身体を伸ばし、何かを受信したかのようにそう口にした。正直気味の良い光景ではない。


「相棒が準備をしますので、皆々様移動のご準備を」


 全ての工程を完了した人形は何もなかったかのようにいつもの“ままウザキモイ”モノに戻ると、どこからか黄色い旗を取り出して俺達を誘導した。


「移動って? 何処に行こうというんだ?」


 無論、俺は問う。この怪しげな物体が何をしでかそうというのか不安でしかない。


「もっちろん。ツアーですの。血肉の大噴出パーティーですわ」


 人形の表情は変わらないが、腹立たしいほどに生き生きしているのは分かる。だがしかし、非常にモヤっとしたものが心内に在るが、俺は敢えてこの移動する危険物の案に乗る事にした。確かに、死による移動を提案したのは他ならぬ俺であったわけなのだから。


“ビョー”


 こだまするは空を切る弾丸の如きジェットコースターの声。乗客は無論、園内にいるのはスタッフ以外だと俺達と江戸川ランボーだけの貸し切り状態。その音は勇ましさと並行して虚しさを醸し出していた。俺達は人形が持つツアー手旗に導かれホテルの外にある巨大遊園地の一角、ジェットコースターの前までやってきたのだ。


「皆様お待ちしておりましたの」


 そして現れたのは怪奇人形の片割れ。主を楽しませるための視界役のバービーちゃんであったが、当人も楽しんでいるようで胡散臭い占い師の如く大量のグッズを小さな体に装着していた。


「さぁさぁ、皆様もこれをおつけになって」


 バービーちゃん【エンジョイ仕様】はキティマウスの絵柄付きポシェットに手を突っ込むと、四つのネックレスのようなモノを取り出した。それらはキティマウスの意匠が施され、パークのアイテムである事が分かるが、見た目上品であり俺達は何の疑いも無くそれらを受け取った。


「わぁ。結構可愛いじゃない」


 受け取ってすぐにイルマが表情を緩め、それを首に着けるとポーズを決めてドヤ顔で俺の顔を見る。


「はいはい似合ってる似合ってる」


 イルマが期待している言葉を適当に口にし、俺も釣られるように金属の輪を首に巻いた。どうやら俺が最後の一人だったらしく、ヴァサーゴとその下僕である二体の人形も既におそろいのネックレスをキメていた。


「なんだが修学旅行みたいですね」


 ネックレスに手をかけながらヴァサーゴは「仲良しグループの修学旅行」を思い出して上機嫌だ。

 そして俺達は手旗に従い、ジェットコースターの階段を上り始めた。本来であれば人が集まり、列を成すであろうこの通路も今はスカスカでストレスなく、コースター乗車スペースに至るまで余計な時間はかからない。


「全く、本当は死ぬなんて簡単に言っちゃいけないんだからね! 今回は仕方ないけど、そんな気持ちになったら私に相談しなさい!」


 頂上に至り、イルマの説教を聞きながら、俺達三人と二体。そして何故か筋肉少年がコースターに乗り込む。探偵も行き過ぎればストーカーだよ……


「それで、俺達をコースターから転落させるつもりなのかい?」


 隣のイルマの説教を右耳で聞きながら俺はここに誘導した人形にそう問うた。


「転落ですの? プププププププププ! ノノノン! 私申し上げましたわ。“血肉の大噴出パーティー”って! そんなつまらないのはノノノンですの。もっと激しく、印象深く、例えば、長編漫画最初の殺人事件みたいな印象的なやつですの!!!」


 俺の問いに対し、子供用のアームロックに収まったリカちゃんは振り子のように体を揺らし、煽るように叫んだ。

 呪い人形は腹立たしいほどにやる気満々のご様子であるが、こっちは不快の極みだ。その人を不安にさせる才能、我が国の“わんぱくなんちゃら”とかいうテーマパークにお化け屋敷があったが、スタッフとして是非とも採用したいものだ。あぁ、お化け屋敷っていうのは言うまでも無く“姫と大臣の禁断の恋!! 恋するプリンセスTHEライド”とかいう悍ましい発狂施設の事だ。あんなのは本来世に出てはいけない。


“3(スリー)”


 嫌な事を思い出して吐き気がこみ上げると共に頭上のスピーカーから男の声が放たれる。それはコースター発進のカウントダウンであった。


“2(ツー)”


 “如何にして人形が俺達を害そうとしているか”は気になるがここまで来たら腹をくくる。カウントダウンに身を任せ、その時が待つのも一考だろう。


“1(ワン) デ・デデンネ!!”


 その意気揚々な叫びと時を同じくして、コースターは急加速、170キロを超える速度で暗闇のトンネルに驀進した。

 通常であれば、殺人的加速で絶叫するものであるが、俺は違った。俺は先ほどの“発進合図の言葉”に憤っていたのだ。その雑で元ネタに対するリスペクトを微塵も感じぬ悪魔合体と言うべきワードを俺は許せなかった。


(中途半端に多方面に喧嘩を売るな!!)


 だからこそ俺は絶叫ではなく、そう非難の声をあげた――筈だった。


「ゴボボボボボボボッ」


 俺の意に反し、実際に出たのは声ではなく、泡を吹くような不気味な怪音。そしてそれと時を同じくして視界があり得ない程に縦横無尽に動いた。どうやらトンネルから出たところでこの現象が起きたらしく、幾度と空を捕らえた。


(…………)


 あぁ。気付いたさ。どうしてこんな事になったか。狂ったように流転する視界に垣間見えた“噴水の如く血を吹き出す姫の首なしの身体”それを目にしたら状況を理解せざるを得ない。コースターに乗り込んだ仲間たちも同様の状況で、スモークのようにコースターから三つの血柱が立っていた。


(なるほど、こんなの子供が見たらトラウマじゃないか。悪趣味な人形め)


 人形から預かったアクセサリーに仕掛けが施されていた。首にかかったそれは何処かとワイヤーで繋がれ、それが臨界に達するとこのようになる仕掛けだ。

 

こんな事をゆったりと考えられる通り、痛みは無かった。だがその代わりに途端に眠気のようなモノが襲ってきたのだ。


(駄目だ…… 抗えない……)


 瞼を閉じさせる力は尋常ではなく、俺は抵抗に意味を感じなくなり、そして視界を闇に沈めた。どこかで人を馬鹿にするような短い音楽が流れるのを聞きながら――




「これは事件だ――」


 コースターが発着場に戻り、首から上を失った三人と二体を見つめると筋肉の塊の如き少年は呟いた。

 そしておもむろに空を指差すと眼鏡を光らせながら言い放つ。


「筋肉はいつも裏切らない!!」


 意味不明なこの言葉が発せられた後、どこかで扉が勢いよく閉じられた。そんな気がした。












「おきてくだちゃ~い」


「んー」


「も~お寝坊さんでちゅね~」


 甘ったるい女性の声、それにくすぐられるような不快な感覚が快適な眠りを妨げる。


「それともこれがほしいのかしら~」


 そしてこの言葉の数秒の後、口に異物が挿入され、俺はついに睡眠を継続する事を諦めた。


「ぷはっ!」


 俺の口から吐き出された異物は床に転がり、独楽のように一周くるっと回ると倒れて静止した。そして起き上がった俺の視界に入った事でそれがおしゃぶりである事が判明する。


「もうもう乱暴さんなんでちゅから~」


 次に目に入ったのはエプロン姿の女性、妙齢と思しき彼女はおしゃぶりを拾い上げると俺をあやすようにそれを目の前で左右させ、にっこりと笑う。


「それでお嬢ちゃんは自分のおうちが何処か言えまちゅかぁ~?」


 「ここは何処? 私は誰?」――などとは言うまい。パズル柄のフカフカカーペット、転がるおもちゃ、壁に張られた愉快なポスターや絵、見た目は託児所の様だが、彼女の発言から分かるように、ここは迷子を留めておくための場所。そう、俺達の目的地だ。


「……つかぬ事をお聞きしますが、ここに、その、えっと、大人の男性が来ませんでしたか?」


 周囲を見回し、夢から覚めぬ二人と、おもちゃ箱にさかさまに入れられた二体の人形を確認してから俺はエプロンの女性にそう問うた。


「それがお嬢ちゃんのパパでじゅかぁ?」


「違います。

 えっと、同僚……じゃなくて、友人なのですけど。

 その、何というか、多分ヴィランっぽい格好をしていて、何か魔王みたいな感じで……」


「あぁ…… あの出戻り常習犯の……」


 俺の求める人に心当たりがあったのだろう。エプロン女性は心底嫌な顔をしてそう答えた。


「“今”はどこかに行かれましたけど、すぐに戻ってきますよ。

 ほんと困ったもので、今日ここにいらっしゃったのですが、すぐにいなくなったと思ったら、突然戻って来るの繰り返しで――」


 よほど迷惑だったのだろう。彼女は「でちゅね言葉」を捨ててぐちぐちと愚痴り始めた。そしてそれは後の方になるほど声の勢いが増し、「次現れたらどうか引き取ってください!!」とヒステリックに締めたところで俺の仲間たちも目を覚ました。


「はぁはぁはぁ……」


 全てを出し切ったかのように休憩がてらエプロン女は息を整える。


「はぁ…… それであの人!」


 全てを出し切ったというのは俺の勘違いのようで、彼女はまだ言い足りないようだ。正直彼女の話を聞くのも疲れた。


“ピュー!!”


 そう思った時、その空を切るような音と共に部屋の中心に光の玉が現れ、ミラーボールのように光のモザイクを周囲に放つ。


(くっ! 眩しい!)


 眩い光の波動を直視できず、俺は瞼に力を込める。それでもなお眩しさを遮断するに至らず、掌も交えて光を遮断した。


「はぁ……」


 視界が白一色に染まり、視覚情報が遮断されている中、エプロン女性の声が聞こえた。それは先ほどの疲れからくるものではなく、純粋な溜息。彼女にとって不快なモノの登場を示していた。


“ヒュー”


 音が変わり、光のベクトルもそれと同じくして変わる。外へ外へと指向する光は収束するように内へ内へと方向を変え、辺りの様子が徐々に色を取り戻していく。


「――そうか、フムフムなるほど。こっからこうなるのか」


 そして掌の向こうから少し懐かしさを感じる声が聞こえた。俺が知る者の声。仲間であり、そして今俺達が倒すべき敵。


「やぁやぁお嬢さん。またここに来てしまったようだ。ん? 言うまでも無いが、道に迷ったとかそういう訳ではないよ。ちょっとした寄り道さ。

 おや? 今回はお客さんがいるね。よし、貴方たちにも私の経営哲学を語ってあげよう。そう、あれは私が一念発起して上京した時の話だ――」


 男が意識高い系のセミナーで交わされていそうな自慢話混じりの講義もどきを始めると、眩い光がなりを潜め、声とシルエットだけだったその男の姿に色がつき始める。

 禍々しく悪趣味な金銀のアクセサリー、それと相反するビシッとした黒いスーツ、胸には社章と思しき『MAO』の三字が刻まれたバッジ、そしてそれらを纏うのは紛れもなく、魔界幹部の先輩グリード・アスタロトその人であった。


「おや…… おやおやおやおや? よく見てみると君たちは……

 そうか、なるほど、運命とは常に一点へと収束するものなのですね」


 俺達をじっと見つめると、アスタロトさんは講義を止め、何かを察した。どうやら彼も先ほどまで俺達の姿がシルエットに見えていたようだ。そして色づいた俺達の姿を再見し、役割に導かれるまま、決戦の匂いを感じ取ったという事だろう。


「一応の確認を。

 皆さまは私を斃す為に参った勇者御一行様。お間違いはございませんか?」


 この質問に対し嘘をつく理由はない。俺達は顔を見合わせた後、彼の目を見て大きく頷いた。


「承知いたしました。

場違いな気がしなくも無いが、これも縁です。始めましょう。

 えっと、確かここに…… お、あった。いやはや準備しておいてよかった」


 まさに最終決戦という感じのBGMが流れそうな雰囲気の中、敵主アスタロトは胸元から煙草の箱サイズの手帳を取り出し、「コホン」と咳をついた。


「“よく来たな勇者ども。歓迎しよう。

 我は覇王。世界を恐怖と災厄にて支配する者である“」


 何かが始まった。

 アスタロトは手帳と三人を交互に見ながら使い古されたしわっしわのフレーズを吐き始めたのだ。


「“ここは我が居城、貴様らは四面楚歌……”居城? うーん、まぁ、細かい事はいいか。

 “貴様たちはここで滅び、恐怖の糧となるのだ!”」


 アスタロトさんが居城という言葉と共に周りを見渡した時、エプロン女性のこの世の終わりのような表情が目に入った。よほど不快な目に会ったのだろう。そう言う意味では彼は確かに恐怖と災厄の者であったようだ。


「“だが私にも慈悲がある。死にゆく貴様らの為に余興を用意してやろうというのだ。

 ファファファ。貴様たちが助けに来た美しき姫。あやつをここで辱めてや――“る予定だったのですが、ご本人がおりませんね…… 折角当人と打ち合わせして彼女の要望も入れたのに困りました。本当に困った。どないしよう……」


 想定外の状況にアスタロトさんは困惑し、思わずラージロープ訛りがでる。


「あの、すみませんが、飾り気ないけど『さわり』だけでいいですかね?」


 もはやどうにもならずに覇王様は敵である俺達に対決前座の簡素化を求め、全く前座に興味のない俺達は適当に首を縦に振った。


「いや。面目ないです。皆様には感謝しかありません。

 ええ、私が皆様、そう勇者の方々に感謝しているというのは建前ではないのですよクククク……」


 アスタロトさんは営業スマイルの仮面を被って一応の感謝をする。そして段落を挟むと突然その仮面は剥がれ、邪悪なる笑顔を剥き出しにした。


「いやはや。アキハとかいう街があったでしょう?

 本当に目障りだったんですよあれ。だってですね。ズィレとか言いましたかあの人、支店長程度の立場の分際で私を脅かす程のエンターテインメントシティを創るなんて烏滸がましいにもほどがあるじゃないですか」


 何を言い始めるかと思えば嫉妬にまみれたみっともない愚痴。ただその恐ろし気な表情と気味の悪い声色の所為で俺達はただそれを聞く他なかった。


「アレが消えたと聞いた時、私はこの上ない喜びと貴方たちへの感謝に震えました。この世界に私を超えるものがあってはならないのです。

 ふぅ。ところで勇者の皆さま。私めの、『MAO』が誇る一大アミューズメント施設はいかがでしたでしょうか? 勿論お楽しみになれましたよね。

 答えなどいりませぬ! 全て分かっていますとも! 楽しめぬはずがございません! なにせ私の作品なのですから!!」


 アスタロトの語勢は強さを増し、形相はいよいよ悪魔の如きものとなる。


「はぁ~ 自画自賛甚だしいと思われるかもしれませんが、私でなくとも褒めたたえるでしょう。美術、文化、娯楽、芸術、全てが一つになった破天荒なる傑作。

 しかもそれだけではない! コスト面も完璧なのだ!! 誰もが成し得なかった魔獣循環システムを私は創り上げたのです!!」


「魔獣循環システム……」


 聞き覚えのない言葉だが、それは名上しがたい邪悪さを帯びていた。


「そう“魔獣循環システム”

 事業において必ず直面するのが労働力という課題だ。労働者なしに我々は大きなプロジェクトを成す事は出来ず、労使契約は絶対のものとなる。

 しかしそれが厄介なのだ。我々使用者が被雇用者たる彼らを使う時、彼らに十分な賞与と保障をせねばならない。特に後者が問題で、彼らの身心を保障するというのは、彼らに気を使い、最終的に我々の行動を阻害するものとなる。これはよろしくない。

 だが私はそれを超克するシステムを創造した。古今東西の経営者たちの夢を叶えたのだ」


アスタロトの独演会は彼一人盛り上がり、独裁者のように拳を突き上げる。そして潤滑油でも塗られているかのように舌は未だ止まる気配を見せない。


「聞きたい? 知りたい? えぇ、そうでしょうとも! 私が貴方方の立場なら恥ずかしげもなく涎を垂らして足にしがみつき、頭を床に着けて懇願したでしょう。“是非ともご教授下さい”とね。

 ふぅん。貴方方は運がいい。いやはや実に運がいい。本来であれば相応のセミナー代を要求する所であるが、十分に貴方方をもてなす事が出来なかった詫びとして、無償で教授してしんぜよう」


 もはや彼のオーラは敵主ではなく、胡散臭い商材売りとなっていた。だが危険と邪悪を示すどす黒いオーラは計り知れず、強烈なプレッシャーを放ち続けていた。


「魔獣だよ」


 アスタロトは静かに、そして強く呟いた。


「我々経営者が行動するにつき直面する課題は種々あります。資本、法律、労働者…… これらは古今我々を苦しめ、縛ってきたのです。

 特に労働者。彼らは雇われの身であるにもかかわらず、やれ“給料上げろ”だの“環境を良くしろ”だの“福利厚生”がなんだのと身の程を弁えぬ事をうだうだと喚きたてるのです。

 だがそれは彼らが人間だからだ。つまり、人権なきモノであれば我々は悩む必要が無いのです。そう、人でなければ……

 クククク…… アハハハハハハハ!! ヒーヒヒヒヒヒヒヒッ!」


 感が極まったのかアスタロトさんは吹き出したように声をあげて笑う。傍から見れば異様な光景であるが、エプロン女性が呆れた表情でそれを見ている事から、それは何度も繰り返されたものだと分かる。


「あぁ、魔獣というものは実に従順で純粋。言い換えると騙されやすくて使いやすい。これを利用しない手はないでしょう。

 彼らは実に奴r…… 失礼、労働者向きで、実際数千のアガルタ従業員は全て魔獣。奴らに給与が支払われることは無く、ただ最低限の生存を約束しただけで実によく働く。

 フフフフ…… まぁ、書面上にないそのような口約束を守る気なんてないのですけどね。

 貴方方も御存じでしょう? 魔獣が死ぬとどうなるか? そう、死体は何をせずとも短時間で分解され、各々の確率テーブルに決められたアイテムをドロップします。匂いや一部体液は残留しますが、それを以てしても利が上回ります。ククク、つまり奴らは死してもドロップアイテムを換金する事によって金になるという事なのですよ。

 死んだ魔獣を金にし、さらに管理施設にて無性生殖の魔獣どもを繁殖させ、使役する。私は何も払わず、責任も持たず、保証しない。だが、利益だけは独占する。これこそ次世代の究極マネジメント“魔獣循環システム”なのです。まぁ、副次効果で奴が望む種の保存も出来ていますしwinwinですよね~

 いや、ここまでお話ししていてなんですが、貴方方に一つ残念なお知らせをしなければなりません。このシステムの根幹である魔獣とのコミュニケーションなのですが、どうやら私が生まれながらに持つ特殊能力らしく、誰もが出来るわけではないのですよねぇ。専売特許というやつです。どすです? 羨ましいですか?

 ふふふふ…… でも大丈夫。私の心は47の国々が栄える大陸より広いのです。貴方方に“魔獣循環システム”を使わせてあげても良い。私はそう思っているのですよ。

 ただし、“勇者などと言う看板を捨て、従業員として私の軍門に降れば”ですけどね」


「おまえももうおやすみ」


 悍ましい、クソ皇帝の単行本には及ばないが、あまりに悍ましく、人理から数億キロ離れた男の話に、俺は髪を逆立てて静かに呟いた。

 他の二人もどうやら同じようで、青く冷たいオーラを纏いながら太々しく椅子に座る覇王とやらに静かに近づいた。


「おやぁ? 何をピリピリされているのですか? まさか私を斃そうなどとお考えですか?」


 三人から溢れる殺気を浴び、覇王は怖気づくどころか不敵に笑う。


「覚悟は良いですね?」


「ククク、残念です。貴方方とは良い上下関係が気付けると思っていたのですがね。ズィレ君と違って想像力も経営力も無さそうですし」


 浅広き世界書ナロウ・ブックにおける最後の対決はその言葉を以って、ここ“迷子センター”で開始された。


 俺の家族がかつて魔獣を愛玩動物として飼っていたからか、魔獣に愛着を持ったことはあったもののそれ以上の感情を抱いた事など無かった。事実、俺は慈悲なく数多の魔獣を駆除してきたし、情など無かった。

 だが俺は今初めて彼らに情が湧いた。悲哀の情だ。アガルタで出会った魔獣たちは朗らかで仕事に誇りを持っているように俺には見え、それは紛れもなく人間らしく思えた。そんな彼らの上司が“コレ”だなんてあんまりじゃないか。

 誠に勝手であるが、俺は彼らの悲哀を代弁し、拳にその全てを集中させる。二人の仲間も異体同心であり拳に先ほどまでの青きオーラを溜めていた。


「深淵より深い。闇と邪悪の象徴に今風穴を空け光で照らす。題して――」


 拳を輝かせ、三人は突撃の構えを取る。


「「「――『三位一体・破邪顕正拳――!!!』」」」


 勢いよく放たれる三つのこぶしは、合体メカの合体シーンのように光の線で繋がれ、お互いを強化し合う。


「ふふふ。秘儀、『クレジットウォール』」


 それに対し、覇王は椅子下に隠していたアタッシュケースを取り出し、器用且つ素早く開く。そしてカッと目を見開き、超絶早口で語り始めた。


「説明しよう!! 『クレジットウォール』とは私の財力による究極の壁の創出だ。財力こそパワー。金こそシールド。誰をも逆らえぬ究極真理の力を思い知りなさい!!」


 アタッシュケースは光を放ち、三人を阻むように展開する。

 そして――

 ――――――

 ―――――――――

 ――――――――――――


「ぐはぁ……」


 三つの光は、何者にも妨げられることなく、覇王の顔面に二発、腹に一発直撃し、彼の身体は後ろの壁まで弾き飛ばされた。


「はぁ…… ぐはっ、何故だ…… 『クレジットウォール』は完全な防壁の筈なのに……」


 アタッシュケースは開かれ、確かに秘儀が発動しているのを確認すると、血反吐を吐きながら覇王は呟いた。

 そう、彼の言うように『クレジットウォール』はあらゆる攻撃を遮断する究極の壁であった。だが、それを発動するための条件が満たされていなかったのだ。

 満たされぬ条件。それが何かは彼の頭上に丁寧に分かりやすく文字を以って表示されていた。


“十分な現金が足りません”


「な…… そんな馬鹿な……」


 示されたソレを見ても覇王は納得できない。彼はこの世界で最も財力を有する者であると自負しており、それは確かで“あった”。そう、“あった”のだ。


「これで終わりです」


 一撃を以って覇王を瀕死にした三人も実のところ、何故『三位一体・破邪顕正拳――!!!』が命中したのか分かっていない。そんな事はどうでもいいのだ。ただ、“正義の一撃が邪悪を破った”という結果が重要なのである。

 種明かしをすると、単純に覇王は一銭も手元にない素寒貧だったのだ。それ故に財を必要とする『クレジットウォール』は起動しなかった。浅広き世界書ナロウ・ブックの世界においてプレイヤーが死すれば、この場所“迷子センター”へと強制転移させられる。それは敵主である覇王も例外ではない。そして、当然ながらペナルティーも存在している。“所持金とレベルの初期化”――この事をはじめから知っていたのは守り人であるイルマ・デ・アエロメヒコのみであり、覇王ことグリード・アスタロトにはそれを知る契機が無かった。

 迷子センターここに集っていたのは金なしレベル1の者達であり、初期バアルひめの異様な強さが無かったとしても、三対一の戦いの決着は既に決していたといえる。


「は、くぅ…… 

 最後に…… 最期に一つ言わなくてはいけない事があります。どうか、時間を……」


 床を血に汚しながら、三人の顔を見上げて覇王は懇願する。

 慈悲深く、47の国々が栄える大陸より心の広い俺は彼の末期の言葉を許し、拳を下げた。


「はぁはぁ、えっとですね。

 この作品はフィクションであり、実在する人物、団体とは関係ありません……

 う、ウボァー!!」


 事務的なセリフを吐き、悪逆皇帝の如き断末魔を放ちながら、覇王は絶命した。

 そして天井から軽快なファンファーレが突然流れると、部屋の構造物が分解し、その先にあるマトリックスが姿を見せ始めた。

 そう、終わったのだ。俺達は敵を倒し、使命を果たした。ついにリアルへの帰還の時が来たのだ。


「主様……」


 消えゆく世界の中、ヴァサーゴは僕と別れの言葉を交わす。

 僕たる二体の人形はおもちゃ箱からの脱出は叶わず、伝奇探偵シリーズの印象深きシーンのように足だけが外に露出しているため、滑稽そのものであるが、彼女は涙し、感動のオーラを醸し出していた。


「どうか泣かないで下さいまし」


「そうです。主様がお望みになれば、きっとどこかで……」


「人形というのは運命のお方の元に何があっても舞戻るモノなのです。たとえ捨てられても、燃やされても……」


 急に心霊臭い話を人形がし始めたが、ヴァサーゴは「うん……うん……」と頷き、涙と笑顔を箱から生えた足に向ける。そして彼女は言った。


「待っているからね」


 その言葉に満足したのか、心霊人形はおもちゃ箱ごとデータの粒と化し、空気と同化していく。


 残されたのは俺達だけ。ただ、「congratulation!!」と無機質且つ無感動に踊る文字だけが祝福し、視界は眩い光に包まれた。




 仮想世界における戦いは勇者による覇王討伐によって終わりを迎えた。プレイヤーたちはここで得た知識の多くを失い、あるべき場所へと帰還する。

 イルマ・デ・アエロメヒコは敵である魔界幹部と行動を共にしていた事を忘れ。

 ジレット・バルバドスは理想の街を創造し、それを心ゆくまで堪能した事を忘れる。

 エカテリーナ・フラウロスは己が邪なる欲望を叶えた事を忘れ。

 ナナミ・ヴァサーゴは理想の僕を得た事を忘れる。

 グリード・アスタロトは悍ましき世界を以って仲間たちをドン引きさせたことを忘れ。

 マレード・バアルは――

 

 そしてジレットのみが邂逅した“役割を放棄”した七人目のプレイヤー。本来勇者たちに世界を説明し、「覇王とは何か」「彼を斃す動機」「勇者の使命」を理解させる役割を担っていた修道女ヌンティウス・デイ。彼女は使命を逸脱し、傍観者の如く勇者たちに接触せず、ただ見ているだけであった。だが彼女もきっとそれを忘れるだろう。ヌンティウスの目的は彼らを本に閉じ込める事であり、何を体験したかを忘れたところでそれは些事に他ならない。




「うーん……」


 埃と土の臭み。それが最初に知覚される。そして揺れるような燭台の灯りが瞼を貫き、俺は埃を纏った身体を起した。

 その直後、視界内にある腹立たしき本は無邪気な妖精のようにくるりと一回転すると、元の台座に何事も無かったように収まった。

 埃混じりの砂を掌に握り、現実を噛みしめ、俺はリアルなグラヴィティ―に抗いながら慣れぬものを失い、軽くなった身体を震わせた。ここは紛れもなくリアルであった。


「まだ本は無事。俺達は間に合った」


 迷子の子供を見つけた様な安堵感に俺は胸をなでおろす。

 だが、本の元に立った時、背後――部屋の出入り口から誰かの気配を感じるとすぐに臨戦態勢に入った。


「……もう、貴方が呪いを解除するって言ったから遅くなっちゃったじゃない!!」


「いやいや悪いね。こういう所には呪いがあるっていうのが相場だから」


 気配と共に伝わるのは遠くでかすかに聞こえる男女の会話。俺はこの声を知っている。


「まずいっ! みんなを起さないと!!」


 ヌンティウスの出現と同等に警戒すべき事案である“勇者たちの出現”。彼らが一人であるイルマがここにいる事から、それは起きる事であると思っていたが、焦りを隠す事は出来ない。


「うーん……」


 だが幸いな事に仮面によって顔は確認できないが、仲間たちの眠りはほぼ覚めていたようで呻き声をあげながらも体を起こした。

 しかし、それにつられ勇者の一員であるイルマも目を覚まし、俺達を発見すると威嚇する猫のような表情をしながら距離をとった。


「ヨシ!本は無事。後はこいつらを……

 成敗してやるわ! 盗人ども覚悟しなさい!」


「待ってくれイルマ! 俺達は本を狙いに来たんじゃない!!」


「馴れ馴れしく私の名前を呼ばないでよ!」


 イルマは不快感を露わにし、拳に魔法の圧を込めるとそれを突き出し、空気法の如く撃ち出した。


支援魔法・女神の盾エンハンス・イージス!!」


 俺の胸元に向かう魔法弾はカーチェさんの高速詠唱によって生み出された障壁に阻まれ、反射されるように砕け散った。


「ふぅーん、驚いた。私の俊足弾を魔法で防げるのはリネア位だと思っていたのに」


 実はカーチェさんは神業の如き事をしていた。イルマが撃ち出した攻撃は目で追えぬほど早く、しかも突然であった。普通の人間であれば、それに対する防御魔法展開の余裕などなく、火の粉すら防げぬ不完全なものとなるはずである。だがカーチェさんは瞬時に反応し、一瞬にして完璧な防壁を張ったのだ。


「イルマ! 俺だ! バアルだ! 本の世界で一緒に冒険しただろう!?」


「バアル? ナニソレ? なんで私がアンタの事なんて知らなきゃなんないのよ!」


 敵意を剥き出しにするイルマに俺は言葉を投げかけるが、暖簾に腕押しであり、むしろ彼女の不快感を増長させる。


「何も覚えていないのか……」


「ったり前でしょう! アンタ何言ってんの? 本の中で何があったかなんて覚えてるわけないじゃない。私達は“吸い込まれて、目的を果たして今出てきた”それだけでしょう?」


 イルマが本の中で言っていた事を思い出した。

「ここでは個人情報は守られる。私達が浅広き世界書ナロウ・ブックから脱出したら、そう言った情報は消去され、勇者の仲間イルマと魔界のバアルとヴァサーゴが共闘したという物しか残らないの」

――と。だが、実際は共闘したという記憶すら消去されている。いや、それ以上に妙な点がある。もしそうであれば、俺は“そもそもこんな事を考える事さえ無かった”筈なのだ。


「ヴァサーゴ! 俺とイルマが共闘していた事を覚えていますよね?

 バルバドスさん! ズィレと名乗っていた記憶がありますよね?」


 俺は体をねじり、後ろの二人なかまに問いかけた。だが、彼らは首を傾け、「何のことでしょう?」と返す。

 やはり記憶は消去されている。そう信じざるを得ないのだろう。だがそれなら先の妙な点がどうしても引っかかる。


(なぜ…… 俺だけが――)


 そう思った時、弾ける音と共に出入り口から土煙が上がり、煙の中に四人の人型シルエットが浮かび上がった。


「やっほー! お待た!

 ……って何この状況!!」


 いち早く姿を現したのは褐色の少女。

 あぁ、そうださっき聞こえてきた聞き覚えのある声、その正体はミレーヌ・ルフトハンザ。誉れ高き勇者その人であった。


「あらあら。賑やかねぇ~

 んん? 浅広き世界書ナロウ・ブックの前に集合しているけど大丈夫なの?」


 そして二人目。シルエットでも目立つ兎耳を尖らせた妖艶な美女リネア・サウディア。肌の露出が多いふしだらな紅白の装束はおおよそ勇者メンバーには見えず、悪い意味で目立っていた。


「やっぱり扉には爆弾はっぱですね。

 大丈夫そうだよリネア。どうやら奴さんガス欠の様だ」


 端正な顔立ちでひと際物騒な事を呟く大鞄を持った青年ルード・アルゼ。部屋に入るための扉に鍵は無く、わざわざ破壊する必要はなかった。ただ「押して駄目なら引いてみよ。引いて駄目なら引き戸」という真理を彼は知らなかったのだ。


「…………」


 そして何も言わずに姿を現した黒鎧の青年。

 彼はこちらの姿を確認すると嫌な顔を見せてそっぽを向いた。



 白と黒――

 光と闇――

 二つの勢力の精鋭たちが集い、一時の沈黙が流れる。


「アスタロト……

 どうして貴方がここにいるの? お父様が命じたの?」


 彼らが起した土煙が完全に消えたところで勇者――ミレーヌは一歩足を踏み出し、アスタロトを睨みつけてそう言った。


「……姫様。

 いえ、勇者ミレーヌとお呼びするべきですか。であるなら私がお答えする義務もありませんね」


 ミレーヌに対しアスタロトはおどけた態度で返す。そして彼女は「そう」と一言呟くと脂が乗ったかのような艶やかな聖剣『オオトロの剣』を取り出し、それを構えた。

 そしてそれを合図に他の者達も各々の武器を構え、部屋には闘志が充満し始めた。


「イルマ。俺は君と共闘した。その中で君も俺達が盗人じゃないと言っていたんだ」


 殺気の中、俺は再度イルマに問いかける。確認したい事があったのだ。


「何よアイツ。気持ち悪い……」


 イルマは悪態をつきながら、一応は俺の言葉を耳へと入れた。


「証明しよう。秘密にしているだろう君のタレント。それはモノに宿る生命を解き放つ『解放リリース』。そうだろう? 君が披露してくれたんだ!!」


 俺の言葉にイルマだけでなく他の勇者の仲間たちも驚きの表情を見せた。どうやら俺の記憶は正しかったようだ。だが、やはりそうだとしたら、何故俺だけが――


「離れて! アイツ人のタレントを読むタレント持ちかもしれない!」


 記憶が消去されていない事は証明されたが、俺の言葉は油まみれの空間に火を入れてしまったようだ。


「いいわぁ。この感じ。楽しめそうねぇ」


 そしてうさ耳の獣人リネアは不気味に唇を舐めながら、勇者陣営から一歩前に躍りでて、手にした杖を前に突き出した。


「くっ…… 攻撃魔法・火払いバースト・スパーク!」


 リネアが魔法攻撃を展開すると考えた俺はすぐさま簡易な攻撃魔法で牽制を試みる。


「だ、駄目! 奴に攻撃しちゃ!!」


 カーチェさんの咄嗟の忠告。だが、それが俺の耳に入るころには既に手元から火の粉が放たれ、不気味に笑うリネアへと向かって行った。

 そしてそれはいかなる妨げを受ける事無く、リネアの身体に“モロ”に直撃すると、彼女が身に着けていた衣服は一瞬にして炎に包まれ、彼女は渦巻く炎に包まれた。


「なっ! 何だこれは!!」


 火をつけた側だが、この結果に俺は驚きを隠せない。牽制として放った攻撃魔法・火払いバースト・スパークはここまで強力な魔法ではないはずなのだ。


「…………フフフ」


 部屋の中央に立つ炎の柱。その中から不気味な声が聞こえてくる。


「……アハハハハハハ!!

 これよ!! 私が望んでいた痛み!! あぁ、痛い熱い痛い熱い…… 気持ちいいっ」


 そして歓喜の昂ぶりに絶頂しながら、女が柱から現れる。彼女は炎の衣服を纏い、身体の一部のように操りながらしばし不気味に悶える。


「な、なんだコイツは」


「これがあの女。リネア・サウディアの最低最悪のタレント。自分が受けた攻撃を全て自分のものにする禍々しい能力」


 絶句する俺にカーチェさんはこの現象の原因を告げる。


「何ですかそれ!? 最強じゃないですか!」


「あれは諸刃の剣、体に傷は出来ないけど痛みや熱さ、苦しみは一切の加減なく感じる事になる」


「でも、今……」


 リネアは炎を浴び、傷みどころか快楽に紅潮させている。俺はカーチェさんの説明に疑問の声をあげた。


「アイツは…… リネアは痛みが快楽なの。生粋のマゾヒストって事よ」


「!?」


 カーチェさんが示した疑問の答え。それを聞いて再度炎にまみれるリネアの恍惚たる表情を確認する。そして、自分の知らない世界がそこにあるのだという事を俺は知った。


「本来無敵であっても辛いタレント。だけどあいつはその歪んだ性癖によってデメリットを完全に克服している。最悪の組み合わせなのよ」


 「やべぇ」それしか返す言葉が無い。勇者にあるまじき変態的な嗜好。それはあちら方も理解しているようで、ミレーヌらは「あちゃー」と言いたいかのように頭を抱えていた。


「お見苦しいものを見せて悪いね。我々の品位が疑われるので彼女にはあまり“本気になるな”と伝えておいたのですが…… 

 まぁ、とりあえず。お詫びとして手品をお見せしましょう」


 何が「とりあえず」か分からないが、エルフの青年ルードは大鞄の口に手を突っ込むとニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「よっこいせっと!」


 そして出てきたのは巨大なシリンダーを搭載した重そうな火器――擲弾発射器グレネードランチャー。かつては魔獣駆除用として用いられてきたが、魔法の優位性が確立してからは廃れ、また、市内でのテロに供される可能性が残る観点から特殊な許可を持つ軍属しか所持が許されない代物である。ライフル程度なら我が軍も保有しているが、擲弾発射器に関しては俺も実物を見るのは初めてだ。


「つかぬ事をお聞きしますが、非魔法兵器所持等に関する特殊免許をお持ちですか?」


 珍しいものを前に俺が思わずそう聞くと、ルードは申し訳なさそうに後頭部を触り、苦笑いを浮かべた。

 因みに、彼が見せた手品の正体については俺も知っている。彼は先代勇者の時からパーティーにいる古参であり、その活躍はよくメディアを躍らせた。その為、彼の知名度は他と雲泥の差があり、彼の使うタレントについても多くの者が知っていたのだ。

 ルード・アルゼのタレント――それは『大袋』。勇者たちが各地を巡り、収集した武具やアイテムを廃棄することなく運べる理由が彼のこの力だ。彼は手にした鞄の中に無限の空間を作りだし、あらゆるものを収納し、取り出す事が出来る。アスタロトさんのタレントと違って鞄という媒体が必要であるが、その容量に上限がないのである。


「いやぁ、悪いけど俺盗賊なもので。そう言ったものは……

 あと、これ実はガワだけなんだ。流石に弾は手に入らなくてね。代わりに射出束縛器の人工触手が入っているよ」


 そう言ってルードはシリンダーの一つから筒を一つとりだすと、その中にある蠢くミミズのような触手を見せてくれた。


「ヒエッ!!」


 俺は思わず声を出した。あの嫌な記憶がよみがえり、身体を見えない何かが弄ったのである。そしてどうやらアレに不快感を持ったのは俺だけではなく――


「私それきらーい!!」


「ううんっ…… 私の趣味じゃないわね。次はもっと痛そうなのを用意して頂戴っ」


「ホント、ルードって悪趣味」


「…………気色悪い」


 ――と、仲間たちからも非難の嵐が巻き起こっていた。

 流石にルードも心折れた表情を見せ、折角取り出した擲弾発射器を渋々鞄に収納した。


 嫌われ者が姿を消し、謎の安堵感に包まれると皆の表情が緩む。リードもしでかしを咎められた子供のようにテヘペロ愛想笑いをしており、まさに雨降って地固まる。状況はうって変わって穏やかだ。


「フフフフ…… ほんとおめでたい人たち。皆々様自分たちの目的を忘れてほのぼのとしちゃって」


 だが、そのような和やかムードを破壊する空気の読めない発言をしたものがいる。無論、俺ではない。同胞たちでもない。勇者一行でもない。それは浅広き世界書ナロウ・ブックが置かれた台座の奥にあるタペストリー周辺から聞こえてきたのだ。


「陽キャの合コンかなんかですか? 私そう言うの虫唾が走るほど嫌いなんですよね~」


 女は気がついたらそこにいた。ここにいる誰もが彼女の出現を感知できなかった。まさに神出鬼没。透明の女。


「コホンっ」


 全員が驚きの眼で彼女を見つめる中、女は咳をつき、台座に肘を当てて勝ち誇ったように辺りを見回した。


「え、え、テステス

 皆さまお初にお目にかかります。混沌の伝道師系美少女ヌンティウス・デイと申します。以後よろしくお願いします」


 新人魔界幹部バアルとしてはお初だが、帝国宰相マレード・ガランドとしては憎き敵だ。恐らく、ジレットさんも同じ気分なのだろう。


「とまぁ、挨拶はこれくらいにしてぇ。

 まず貴方たちに伝えなきゃいけない事があります。そ・れ・はぁ~ “勇者も魔界の精鋭さんもヌンティウス・デイちゃんにブザマに敗北した”って事ですぅ~。ヒューヒュー。ねぇねぇどんな気分ですかぁ? ムフフフフ」


 腹立たしい物言いだが、これに関しては正論だ。我々は敵対勢力の事ばかりを気にし、この女の存在がすっぽり抜けていた。そして奴は秘宝である浅広き世界書ナロウ・ブックをその手に収めようとしている。


 だがその瞬間、部屋深紅の炎に包まれる。貴重な装飾品は燃え落ち、焦げた岩壁が露わになっていく。カーチェさんが咄嗟に放った防御魔法のお陰で俺達の身体は守られたが、透明の障壁越しに見える光景は何とも無残だ。


「あっちゃ~ ちょっと加減を間違えちゃった」


 そう叫んだのはうさ耳マゾヒスト――リネア・サウディア。どうやらこれは奴の仕業の様だ。本を奪われまいと咄嗟に魔法を発動したが、加減を誤った。


「本が消し炭になったらどうするの!!

 消化! 早く消化!!」


 イルマの焦り声。それと共にルードが鞄からいくつもの消化グレネードを取り出し撒くように放り投げる。

 投げられたソレはプシューという音と共に周囲に消化液を散布し、火はみるみる消えていった。


「えっ…… 無い!! 本が無い!!」


 だが無くなったモノは火だけではなかった。消し炭になったのか、誰かに奪われたのか、浅広き世界書ナロウ・ブックは台座を残し消え去っていった。

 そしてイルマが台座に近寄ろうとした瞬間、部屋の外から聞こえてくる腹立たしい笑い声。その声の主は本と共に姿を消したヌンティウスだ。


「プププププ……ざーんねん。

 貴方の大事な浅広き世界書ナロウ・ブックは私の腕の中で寝ているわ。ヨチヨチ怖かったでちゅね~」


 浅広き世界書ナロウ・ブックは奪われた。イルマは血相を変えて踵を返し、部屋を飛び出していく。そしてそれに続くように勇者一行もマレードたちを無視し彼女の後を追った。


「ほら早く! 私達も……

 って、どうしたの?」


 そうだ。俺達も後を追い、ヌンティウスをとっちめてやらなくてはならない。

 ――だが、俺は炎によって露わになった“本来の部屋の姿”に目を奪われ、足がすくむ。そして、知らぬ記憶が脳裏に流れ始めた。



 ――

 ――――

 ――――――

“――問ういう訳だ。この魔書、いや浅広き世界書ナロウ・ブックは人を取り込み、幻想を見せるのですよ。だからこそ、人の寄らぬこの地が都合いい”


浅広き世界書ナロウ・ブック……ですか?”


“えぇ、創られた神が、本来の神の真似をして創り上げた偽りの世界。というのを皮肉ったのですが”


 映し出される部屋はこの部屋で間違いない。だが、“最近作られたばかり”のように全てが綺麗であった。いや、そんな事は問題ではない。それよりも重要なのは浅広き世界書ナロウ・ブックについて話す男の声。その声は疑いようもなく――


“ありがとうございます。ガランド博士。貴方がいなければこの本は――”


 ――俺の声であった。

 俺は生まれてから二十数年、この地に来た事がないのは当然として、場所すら知らなかった。だがこの記憶映像はそれを否定せざるを得ない程にリアルであった。


“では博士。これを”


“ん? 何だいこれは?”


 手渡されたのは鉄のプレート。そこには“マレード・ガランド”と刻まれていた。


“ホクト首長閣下の御意志でして。調査貢献者には外国人であろうと名前を残してもらうと”


 男が指差した先には既にいくつかのプレートが壁に貼られていた。それは台座と逆の位置、本を見守るかのようだ。


“閣下の御意思を無為には出来ない。有難く付けさせて頂こう”


 俺は壁に向かい、適当に定めた場所に自分の名が刻まれたプレートを当てると、火の魔法を用いて溶接した。これでプレートは壁と一体になったのだ。


 ――

 ――――

 ――――――

 そして俺はフラッシュバックから解放される。仲間が何か言っているのが聞こえるが、まるで水中にいるかのようにそれは不鮮明。視界もぼんやりとするが、俺は記憶を辿り、よろよろと例の壁の元へと歩み寄った。


(イルマが言う事が本当なら大きな疑問がある。

 それはさっきから感じていた。違和感だ。

 即ち、皆が記憶を失っている中、俺だけが記憶を消されなかった。そして、そもそもの前提が矛盾している。本の中の記憶が消去されるのであれば、“誰が本の中のルールを教えた”のだろうか。普通に考えればそんな人間はいない筈。今回の俺のような人間を除けば――)


 そして確、壁に密着した古ぼけた鉄の板たちは確かにあった。俺はその中の一枚、記憶の中で“自ら”配置した“自分の名を刻んだ一枚を探す。


(見知らぬ記憶の中の“マレード・ガランド”もまた本の中を知り、それが消去されなかった良い様であった。俺と同じ…… さっきのヴィジョンは……)


「あった。これだ」


 記憶ヴィジョンは鮮明だ。場所もしっかりと覚えている。俺は早速プレートに付着した煤を落とし、食い入るように覗き込んだ。


 そこには擦れる事無くしっかりと名前が刻まれていた。


 ――ロン・ライトJr教授――


 記憶ヴィジョンとの相違。ここには確かに“マレード・ガランド”と刻まれていた。俺は脳が捻じれるような不快感に襲われると壁に爪を立てて倒れるようにもたれかかった。


「おっと、これはお土産だ取っておいてくれ」


 そしてわざわざ部屋に戻ってきた盗賊ルードの声と共にスモークグレネードが転がり、辺りは煙に覆われ、ついに俺の意識は煙に沈んでいった。


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