14 浅広き世界書(ナロウ・ブック) ⅩⅢ
「失礼ですがお客様。一体どちらへ行かれていたのですか?」
ゴブリンの口調は丁寧で冷静だが、身体は震えていた。
「え? えっと…… その…… ちょっとお花を摘みに……」
突然の問いにヴァサーゴは身体をもじもじさせて小さくそう呟いた。
「説明いたしましょう!!」
ヴァサーゴの声が小さく、ゴブリンが聞き返そうと身を乗り出そうとした時、彼女の足元から一体の人形が飛び出して高らかに宣言した。
「主様は憤っておられた。身の毛のよだつような苦しみ、滴る汗、それは最終極致の戦場においてのみ払う事の出来る人類普遍のペイン!!」
スポットライトの代わりに視線を浴びるバービー人形はオペラ歌手のように揚々と語る。
「ああ、お労しい主様。
ですがですが! 主様は苦しみを耐え抜き、最終極致に至ったのですわ!!
そう!! 主様は戦っておられたのですの」
バービー人形が言葉を締めると、今度は目を輝かせた和製人形が登場し、語りのバトンを受け取る。
「長い…… 長い…… 延々と続くと錯覚するかのような戦い。
かの場所。奴との対峙。ここにおいても気の抜けぬ戦い。
奴は、最初は柔和に、容易いように振舞うが、すぐに堅牢な砦の如き本性を見せ、主様を内から剣でつくような苦しみを与えたのですわ」
二体一組、異体同心に二体の人形は動きを交えて語る。もはやここは彼女たちの独壇場――ステージとなっていた。
「ですがここで負ける主様ではありません!!
いくら奴が暴れ、苦しめようが、心は折れませんの!!
敵が変幻自在の手を用いるのなら、こちらは臨機応変の術で返す。
敵が攻勢に出れば、守りに徹して力を溜め、敵が剣を緩めた隙にすかさず力を放つ。
漸く勢いの衰えた敵は体の多くを失い、最後の一塊になったところでついに主様は最後の力を振り絞りました。ついに長き戦いが終わるその時が来たのですわ」
「“最後の一撃は切ない”敢えてこの言葉を贈ります。
全ての苦しみの因子はついに闇の底へと落ちていった。もう戻る事の出来ない、暗い暗い深淵へと――
主様は戦いに勝利したにもかかわらず、放心したようなお顔。
そのお顔に安堵と笑顔が浮かんだのは、戦い疲れた両の手を清め、ご自身の姿を御見つめになった時でした。
まさに戦士英雄のお姿!!
勝利者の威風堂々たるお姿がそこにあったのです!!」
人形たちの劇のような説明は何人の拍手も無く幕を閉じた。
威風堂々たる勝利者はうずくまり、頭を振る。
その姿は厳しい戦いを思い出し、行く当てのない闘争心が吹き上がるのを必死に抑えているようにも見えた。
(…………)
俺は勘違いをしていたかもしれない。
「アスタロトさん=迷子になる」という既成概念に囚われていた。
先の話はこの世界の魔王を倒すという英雄譚そのものだ。
「そんな…… オーナーが知らぬ間に倒されるなんて……」
「あまりにも無体…… こんな事があっていいのでしょうか」
ホテル関係者たちは膝をつくと優しかったオーナーの顔を思い浮かべ、カーペットに悲痛の雫を落とした。
(だが妙だ。
俺達はここの主を倒した。カーチェさんはそこに吊るされ、アスタロトさんは最後の一人だったはずだ。
俺達はこの世界から解放され、元の場所に戻るどころか、今まであったような空間の変化もない)
出口を塞がれたかのような感覚に俺が悲汗をかいている間、名探偵ランボーは彼と共に来た大人の鬼を目にも止まらない高速チョップで気絶させ、その背後に回ると声色を変えて人形の説明をなぞるような事後推理を始めた。
「瀕死のトラウトだ……」
出血を伴う姿から気絶鬼はその名で呼ばれていた。
トラウトの、いやランボーの推理は前述した通り、調査や聞き込みではなく人形の口から出たものを基にしていた。
ただ、語られなかった所は補完する。
例えば凶器。いかなる方法で彼女が殺しをやったかは人形の口から語られなかったが、ランボーはここに来る時に拭いていた拳こそがそうであると宣言した。
「何言っているんですのこの方? 意味不明な事仰っていないで病院に行かれたら?」
瀕死のトラウトの推理に人形はクエスチョンマークを浮かべ、被疑者の少女は未だ蹲り、外界から身を切り離すように耳を塞いでいる。
「つまりこういう訳なのですよ。
その少女は先んじて支配人室を襲撃。間断なき暴力を用いてオーナーを人気のない場所に連れ込むとその拳で止めを刺したのです」
「シハイニン? おーなー? 何の事やらさっぱりですわ」
トラウトのランボーな推理に人形は「異議あり!!」と飛び跳ねるが暖簾に腕押し、全く相手にされず瀕死の話は継続する。
「もう認めてもいいんじゃないですか?
いいえ、貴方はもう認めている。ここに来た時に発した“すっきりした”とはまさに“そういう事”だったのですから」
瀕死のトラウトの言葉は止めとばかりに語勢を強める。
後はヴァサーゴの“言い訳”或いは“白状”を聞く番。部屋に集う者達は彼女の言葉を静かに待った。
だがやはり納得できない。この世界から解放されないという事はここの主はオーナーではなかったのか、だとしたらそこでただ吊るされている囚われの姫が主だとでも言うのか。
ただ今は考えても仕方がない。とりあえず彼女が如何に主を始末したのかを聞いてからでも構わないだろう。
「????」
あたりが静かになり、ヴァサーゴは耳を塞ぐ手をどけると、辺りを伺い、視線が自分に集中している事に戸惑う。
「もう一度伺いましょう。あなたは――」
ヴァサーゴを追い詰めるべく放たれたトラウトのその言葉は一人の男の入室によって遮断された。
男はポットとカップが乗せられた盆を片手にし、ヴァサーゴに近づくと身を屈め、彼女に言葉をかける。
「お客様。お腹に良いハーブティーでございます」
俺は彼に見覚えがあった。ここに来る少し前、我々がここのスタッフの歓迎を受け、ウェルカムドリンクに心を癒されていた時だ。ドリンクを受け取らず、ヴァサーゴは何事かを話していたスタッフこそこの男だった。
「あ、はい! ありがとうございます。
ですがもうお腹の問題は解決していまして……」
「左様でございますか。それは素晴らしい事でございます。
では、私はこれで――」
「あ、お茶は頂きます! 折角淹れて下さいましたし」
「ありがとうございますお客様」
俺達を蚊帳の外にして二人の会話が進み、違和感のような、或いは疑問のようなものが流れ込んできた。
「つかぬ事を聞くが君、一体何をお客様に?」
それを晴らそうと、ゴブリンがその男に問うた。
「お腹の調子を整えるお茶にございますが。はて、何か問題でも?」
「いや、問題は無いが何故かは聞いておきたい」
「……少しお耳を」
男は他に聞こえぬよう、声を小さくしてゴブリンに耳打ちする。それをゴブリンはフムフムと口にしながら、最後は「何と!」と大げさに叫び、魂が抜けたように項垂れた。
「あぁ、お客様の御心を汲むことが出来ず、あまつ疑うなんて…… 私はホスト失格だ」
ゴブリンの様子に気絶状態のトラウト以外の者達は首を傾げ、困惑する。
囚われの姫は自分の存在を示すように鎖を鳴らしながらこちらを伺い、トラウトを腹話術の人形にしていたランボーはひょっこりと姿を現し、じっとゴブリンを観察する。
「…………」
視線が集まる中、ゴブリンは自己嫌悪の極みに至り、もはや言葉を発せる状況にない。
そこでランボーはゴブリンではなく、彼をこの状況に至らせた男の方に事情を聞く事にした。
「ねぇねぇおじさん」
「ん? 何かな坊や。それと私は今年で34。おじさんじゃなくてお兄さんだよ」
「トラウトおじさんに頼まれたんだ。何でお茶を出したのか聞いてくれって」
上目遣いの少年に対し、男は少し「ウーム」と声に出して悩んだ後、彼の耳元で小さく声を伝えた。
「フムフム…… え? それってつまり…… おトイレ――」
子供らしい無邪気さでランボーは声を上げた。男はそれを咎めるようにしかめっ面で彼の口を塞ぐと、「はぁー」と溜息を洩らした。
ランボーの一言によって場の空気が変わる。
ここにいる皆が“彼女が何と戦ったか”を理解したのだ。
俺は恥ずかしい。人形が好き勝手言っている時の彼女の気持ちが分かり、顔から火が出る。所謂共感性羞恥心というやつだ。
しかも諸悪の根源たる人形どもは「最初からそう言っているじゃないですか」と言わんばかりの態度で我々に不快な目線を送っている。なんとも腹立たしい。
「おっちゃんしっかりしろよ~」
もはや引き返す事が出来なくなったランボーは操り人形たるトラウトに手加減叩きをする事で強引に状況を打開する。なんと不憫な事か。これまで他人の推理による成果と名声を独占していたと言っても、その気息奄々たる様子には憐憫の情を覚えずにはいられない。睡眠針くらいが丁度いいのだ。
(ただこれで俺達が未だにこの世界に留まっている理由は明らかになった。ここの親玉は倒されていないのだ。
で、その親玉は――)
「では一体オーナーは何処へ行かれたのでしょうか?」
俺の心の声が“それ”を言う前に落ち着きを取り戻したゴブリンがすっと立ち上がり、震えた声で呟いた。
「それで皆慌てたのですね」
ハーブティー男は納得したように頷いて手を叩いた。
その様子からスタッフ総出で主を捜索していると見える。
(…………はぁ)
彼がそう簡単に見つかるような人間じゃない事を知っている俺は脱力した。彼は鼠の穴からでもどこかに行ってしまうようなお方だ。今日明日の話にはならないかもしれない。
「もう寝るか。ハハハハ」
慣れぬ体の出っ張りの重さに委ねるように俺は項垂れた。
「何? みんな集まって。私を無視して楽しそうな事して何のつもりよ!! 寂しいじゃない! 混ぜなさいよ!!」
そんな時、忘れかけていたドワフの女が颯爽と登場し、雰囲気を乱すようにずかずかと特別展示室のカーペットを踏み荒らした。
「ねぇねぇ?」
(面倒くせぇ)
はないちもんめでもしているかのように俺の周りを彼女は周回し、煽るような言葉を投げかける。
「お客様。実はオーナーが行方不明なのです。歓迎の予定もあったのですが……」
律儀なゴブリンは深く頭を下げ、ホテルの非常事態を詫びた。
「行方不明ねぇ……
それってヤバくない? 倒すべき敵がいなくなっちゃったってことでしょう?」
俺の肩を叩き、イルマは声を小さくするとかそういう事はせず、堂々と問いかけてくる。もう答える気力もなく、俺はただ頷くだけだ。
「――うーん…… 仕方ないか。いいよね。どうせここから出たら忘れるし」
先ほどの大声とはうってかわって、今度は自分自身に問いかけるようにイルマはそう呟く。そして俺の正面に立つと二カニカと眩しい笑顔を見せた。まさに我に策アリといった様子だ。
「私に任せなさーい。行方不明者の捜索なんてお茶の子さいさいよ!!」
イルマはそう言うと、現場に到着したドラマの刑事の如く、ゴブリンに事情聴取する。そして情報が揃うと「うんうん」と頷き、オーナーが最後に目撃された支配人室へと案内させた。俺とランボー、そしてオークも彼女の後ろをついて行く。トラウトは置いてきた。ハッキリ言ってこの先の戦いについてこれそうもないので彼の娘とヴァサーゴwith人形s
に介抱させる事にする。それと鎖につながれた奴は放置でいいだろう。
「こちらです。 うぅ…… オーナー…… 一体何処へ……」
ホテルの一階奥、主の部屋の入口は意外と質素であった。もし、“支配人室”と書かれたプレートが無かったら倉庫かなんかだと思っただろう。
「お邪魔しまーす」
ノックもせずイルマは鍵のかかっていない扉を少し開け、ひょこっと顔を入れると室内を確認する。そして安全である事を確認すると扉を大きく開け、バアルたちを招き入れた。
扉と同様、部屋の内部も実に質素、権力者御用達のパターゴルフ一式や高級ウィスキーだらけの棚、でっぷりとした猫などは無く、コーヒーの乗ったデスク以外はぎっしりと中身の詰まった資料棚しかない。デスクにはコーヒーの他に勇者が来た時の細かいプログラムが置かれ、ZIREと同じ様に対決をショーにしようとしていた事が伺える。
特に気に障るものは無い。そう思ったが、いや、一つあった。デスクの後ろ、白壁に掲げられている一枚の額入り写真だ。意識の高いラーメン屋の店頭にあるアレのようなドヤ顔の腕組み、そのご尊顔はまさに俺の先輩であるアスタロトさんのそれであった。
(やはりアスタロトさんだったか……)
隣でむせび泣くゴブリンとは違った意味で泣きそうだ。
宰相府庁舎で彼が行方不明だった時は俺もその場所をある程度熟知していたし、信頼できる仲間の協力あってであった。だがここは見知らぬ世界、この施設の広大さも尋常ではないようだし、下水に流れた毛一本を見つけるかの如き困難が待っているだろう。
「コーヒー…… まだ熱がある。
うん。これなら大丈夫」
イルマはコーヒーのカップに指先を当てると、大きく頷いた。
そして口先を小さく動かすと、コーヒーの水面に指先を当てる。
「リリース!! その姿を我の前に示せ!!」
コーヒーに触れた指先を高くあげ、イルマが魔法少女のような口上をあげると、周囲が煌々とした魔法陣に包まれる。
「うわっ! 眩しっ!」
天才の俺もこのように魔法陣を展開する魔法は見た事が無い。手で光を遮りながらも俺は微かに開いた指の隙間から未知の現象の観察を試みた。
「ふぅ……」
イルマの一息と共に現象は収束する。彼女を中心として展開された魔法陣は急速に光を失うと霧のように消えていった。
「何が起き――」
周囲を確認するが、変化はない。
(見掛け倒しの魔法か?)
そう思った時、コーヒーカップからなにか“もぞもぞしたモノ”がちょこっと姿を見せる。
「ほらおいで~ 怖くないよ~」
黒い“もぞもぞ”はイルマの声に呼応するように少しずつ、慎重に姿を晒すとコーヒーカップから這い出て机上に落ちた。
見た目は猫に似ている。だが身体はコーヒーがそのまま集まったのかのような微妙な透明感を帯びており、目に該当するものが無い。つまり形だけが生き物っぽいのだ。
(……これは魔法じゃない。これは――)
「これが私のタレント。モノに宿る生命を解き放つ『解放』。
人前で見せる事なんて滅多にないんだから感謝しなさい!!」
バアルが思った事をイルマは堂々と口にした。そしてプルプルとしたコーヒー猫を慣れた手つきで摘み上げ、自分の肩に乗せる。
「それじゃあ行くわよ。コッヒー!」
イルマは勝手にコーヒー猫に安直な名前をつけると、支配人室の出入り口を指差して歩き出す。
「ちょっと待って。行くってどこに?」
「え? あぁ、この子に案内してもらうのよ」
「案内って言われても……」
「えーっとね。つまり、この子には探し人の“気”が残っていて、それを辿るの。
うーん、私もよく分からないけど、犬が匂いを頼りに飼い主を探す感じよ。
あ、あとこの子そんなにもたないからさっさと行くわよ」
イルマは足踏みしながら能力の説明をすると、腕を振って皆を急かした。
コッヒーは彼女の足踏みに合わせ、身体をゼリーのように震わせながら、頭を何かを指し示すように突き出す。それを感知すると、イルマは一人部屋を飛び出し、駆けていった。
(今は彼女に頼るしかない)
俺は首を縦に振り、彼女の後を追う。共に来た者どもも俺の後に続き、その様子はさながらRPGゲームのパーティー移動の様だ。後ろに続くのが人間ではないところを除けばだが……
パーティーがエントランス手前くらいに至った時、先導者イルマは定期的に立ち止まると、微調整するようにゆっくりと周囲を確認しはじめた。
「…………」
イルマの表情は真剣そのものだ。コッヒーと地面や壁を交互に見ながら何かを探している――ように見える。
「……アレ? ムムム……ムゥ? おかしいなぁ」
壁とにらめっこしているイルマの顔が突然曇り、首を傾げながら壁に指先を当てて何かを調べ始めた。
「もう説明してくれてもいいんじゃないか?」
イルマの不可解な行動に俺は説明を求めた。何をしたいのか分からなければ、アドバイスも手助けもしようがない。
「さっきも言ったけど、私はモノに宿る生命を具現化できるの。コッヒーは行方不明者が残したコーヒーの擬生命化――って言うのは理解しているわよね?」
こちらに顔を向ける事無く、視線を壁と床の境に向けて指でなぞりながらイルマは俺の求めに応じて説明を始めた。
「モノには関係した人たちの残滓があるの。作った人、贈った人、そして贈られた人。そういう人達への強い結びつきみたいなものね。
それでコッヒーにも贈られた人間であるここのオーナーの結びつきがあるわけで、私はそれをコッヒーに教えてもらいながらここに至ったという訳」
少し前に彼女はコッヒーを犬に例えたが、それは非常に良い例えで、彼女の能力はモノを捜査犬に変容させるものと言える。モノに関係の深い対象の場所を示させ“ここ掘れワンワン”させるのだ。或いは関係するものだけを見つけるダウンジング棒にも例えられるだろうか。
「けどおかしいのよね。この力を使えばあの砂漠から歩いてきた距離程度の内に在るものなら発見できるのに…… これじゃあまるで……」
「まるで?」
「まるで“壁の中にいる”か“この場所で突然消えた”みたい。だってコッヒーの活動時間から、私の能力の射程外へと行くなんて無理だもの」
なるほど、イルマが壁を凝視し、指でなぞっているのは壁に怪しい場所が無いか調べているからなのだろう。
だが、それは俺の目から見てもただの壁。探検映画にありがちな隠し通路の類などは無さそうに見える。
「既に遠くに――君の能力の範囲外に移動したとは考えられないか?」
「まぁ、基本ありえないわね。
だって意味が分からないじゃない。オーナーも私達を待ち受ける気満々だったのに一人雲隠れとか。これが演出としても他の従業員に何の情報も与えないなんて変だし」
どうやらイルマも状況を見る程度の能はあるようだ。俺も彼女の言っている事に同感だ。例のプログラムには“オーナー行方不明”の如き記述は無かったし、従業員のあたふたしている様子からもこれは想定外の事態に思える。
だとしたら彼は何処に? この地で得た謎の能力で本当に瞬間移動したと言うのか。それとも、壁を通り抜けてその奥へと行ったのか。道に迷った挙句あり得ない通路を通って地下水道に言ってしまうようなお人だ。何でもありだろう。
(全く、“いしのなかにいる”じゃなくて“かべのなかにいる”ってやつだな)
トラウマ的ゲームタームを思い浮かべて俺は苦笑する。
それと同時にふと思い出した事があった。
そう、あれは俺がまだ学生だった頃だ。あの頃も今と変わらず、俺の愛妹は可愛く、そして暇があれば第三皇女殿下ともあろうお方が我が家に遊びにいらっしゃっていた。
あの頃、我が国ではトキオやラージロープに遅れに遅れてテレビゲームブーム。プレミア化するゲーム機を手に入れようと国民たちが争っている中。我が家は権力を用いてそれを定価で購入し、少女達の遊び道具としていたのである。
当時最も人気だったのはそのゲーム機の代表的作品、確か名前はスーパーなんちゃら64だったと思う。赤い服を着た髭のおっさんを操作し、顔のついた星を集めるアクションゲームだ。
無論、我が愛妹もそれに夢中でこの時もフィオ姫様にプレイを見せつけながら愉悦に浸っていた。そしてその時披露したのが幅跳びのアクションを利用した裏技だった。幅跳びを後方に連続で行い、高速で壁を抜けて先に行くというもので、その様子から姫様は「ケツですわ。ケツですわ。ケツワープですわ!! ヤヤヤヤヤヤヤッフー!!」とやんごとなきお方とは思えないはしゃぎっぷりで俺は眉をひそませたが、俺は幼き愛妹のドヤ顔を眺める為に二人の観察を続けた。
「私に是非ともやり方を教えて下さいな!!」
興奮された姫様は妹の手を握ると目を輝かせてそう仰った。浮かれ気分のマリナは鼻を高くしてコントローラーを渡すと、一国の姫にケツワープとやらを指導し始めた。
「これをこうして…… こう!!」
流石我が妹。説明は的確で分かりやすく、不器用であられるフィオ姫様がケツワープを習得するまでにさほど時間はかからなかった。
――が、モーションが実行できても成功するわけではない。姫様が操る髭親父は奇怪な声を上げ、あらぬ方向の壁へと向かって行き、そして何もない空虚な空間へと跳び込むと底の見えない暗闇に転落していった。
「ふあああああ」
哀れ髭親父は末期の叫びを上げ、闇へと沈んだ。
だがこれはゲーム。左上に表示された残機を引き換えに、この後彼は生き生きとした姿でスタート地点である城外に放り出されるだけですむのである。
(俺達…… ここに入った人が死んだらどうなるんだ?
―――あっ!!)
壁の前で消えたオーナーによって、あの髭親父を思い出し、俺は一瞬“この世界での死”について思いを巡らせた。そしてある事を思い出した。
(そうか。もしそうなら、オーナーが突然消え、イルマの能力で感知できないという謎は解ける)
“その事”を思い出すと点と点が戦で繋がった。
つまり、俺はオーナーが何処にいるか、全て丸っと分かってしまったのだ。そして今やるべき事は――
「皆、俺と一緒に死のう」
そして俺は思いついたまま、本件の解決策を端的に告げる。するとイルマはで振り返り、俺に可哀想なものを見るような表情を見せた。




