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若き魔界幹部の悩み  作者: 耕眞智裕
か弱き女王の悩み
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13 浅広き世界書(ナロウ・ブック) Ⅻ

「そう言えばアレはどこに行ったかのう?」


 正体不明の物体を撒きながらマレーシャは身を屈めて何かを探している。


「アレ? アレと言いますと?」


 主の小言のような呟きを拾い、真面目なサトラップは言葉を返す。


「アレじゃよ。昔は皆で遊んでおったじゃろう? アレアレ、あの本じゃ」


「ああ、もしかしてアレですか。疑似転生機“元女神の成り上がり”でしたっけ?」


「おおそれじゃそれじゃ!! ここにあったはずなのにどこにもないのじゃ」


 壁に付けられた棚に置かれた箱を取り出し、子供のようにマレーシャは口を尖らせ、身を屈めて目的の物を求めて漁る。


「はぁ~ 何を言っているのですか」


 その姿にサトラップは思わず溜息をついた。


「いつだったかは記憶にないですが、マレーシャ様が外に放り投げてしまったでしょう?」


「ふぇ?」


 マレーシャはサトラップの言葉に豆鉄砲を喰らったような顔をして動きを止めると、頭をメトロノームの様に振りだした。彼女の長い人生の記憶からたった一度の記憶断片を探しているのだ。


「“ふぇ?”じゃないですよ。“もういやじゃあ!!”などとお嘆きになってポイっとなされたでしょう? もう……おばあちゃんなんですから」


「ぴちぴちの箱入りガールに向かって誰がおばあちゃんじゃ!!

 それにその発言、ご高齢の婦人壮年の方々が聞いたらどう思うか!!」


 マレーシャにとってその発言は到底許容できるものではなく、必死に己が若さをアピールするためにきゃぴきゃぴと跳ねるが、サトラップにとってそれは母親が無理に若作りする痛々しい姿そのものであった。


「で? で? どこに捨てたかのう? いや、忘れたわけじゃないぞ。お前を試しているのじゃ!!」


「はぁ……

 落下地点は現汎ホクト国中央雪原。今はどうやら当国の国宝として保管されているようです」


 頑なな老人を相手にするように、サトラップはさらさらと求められている事を簡潔に述べた。


「そうじゃった…… じゃなくて、正解じゃ。よく覚えていたのう。褒めて遣わす」 


 手をパンと叩き、マレーシャは立ち上がるとサトラップを指差して偉そうに彼を褒めた。無論褒賞など無い。


「はぁ…… それは良かったですね。アレはマレーシャ様の黒歴史ですから」


「く、黒歴史じゃないわい!! 若気の至りというやつじゃ!! 

 あ、今も若いぞ。

 まぁ、それは置いていて、アレが呪道具とはなぁ。傍から見ればそう見えるものかの」


 絶賛魔界幹部がエンジョイ中の浅広き世界書ナロウ・ブックは厳密には呪道具ではない。マレーシャの住まう天空城と同質なものであり、彼女がここにある設備の一部を改造し作りだしたものであった。


「だがのう。あまり人に見られたい代物でもないのは確かだからのう。特にマレードアヤツには……」


 マレーシャはそう言いながら身震いした。実際、マレードは疑似転生機“元女神の成り上がり”改め呪道具浅広き世界書ナロウ・ブック内に於いて最後の決戦に向けて魔王城へと驀進していたのだった。



「本当ならぁ~ 修道女とか魔導士みたいな人がいてぇ、そいつが“神からのお告げ”だとか“古から伝わる何とか”だとかで話を進めるのよ―」


 俺がこの世界の不便さにケチをつけた事に反応し、イルマは言い訳のように勝手に話し出す。

 敵地に向かう車内、俺とイルマはそんな話をする程度の呑気さがあったが、隣に座るヴァサーゴは違う。彼女の表情は強敵を前にした勇者の如く険しく、そして闘魂が抑えられないのか、時々武者震いをしていた。その姿はまさしく人類の敵と対峙する特務機関の司令の様だ。

 味方にすら圧を与える彼女のオーラに俺は明鏡止水の気持ちで最後の敵に挑もうと、イルマの無駄話を右から左に流して集中し、未だ姿を見せぬラスボスに思いを向けた。


「お客様。到着いたしました。

 どうか御足にご注意ください」


 正装したゴブリンが礼儀正しく戸を開けると、涼しい風が肌を撫でた。

 そして、ヴァサーゴが我先にと無言で外に出ると、数発の花火が俺達を出迎えた。


“ようこそMAOマオウリゾートが誇る極上のエンターテインメント複合施設――アガルタ――へ。スタッフ一同歓迎いたします!!”


 花火に照らされたソレは城ではなかった。

 花火の光に負けぬ眩いネオン。巨大な入口ゲートからは愉快な音楽が聞こえてくる。

 そう、ここはスタッフと称する魔物どもが言ったようにエンターテインメント施設なのである。


「どうぞ。ウェルカムドリンクでございます」


 状況把握に手間取っていると、一人(?)の可愛らしいスライム娘が俺達に飲み物を運んできた。コップの縁には輪切りのパイナップルが添えられている事から恐らくパイナップルジュースなのであろう。


「お気に召しませんでしょうか? お客様」


 俺はそれを手に取らない。見え透いた罠だ。睡眠薬か幻覚剤か、はたまたストレートに猛毒か。いずれにせよ、このような罠に天才がかかるわけにはいかない。


「プッハー!! 生き返るわー! こんなおいしい飲み物初めてよ! 勇者歓迎パーティーでもここまでのは無かったわ!

 そうねぇ…… 言うなればスゴイ美味い! 正確に言うとビッと来て後味シュワーって感じ!!」


(語彙力皆無か!!)


 飲まないつもりでいたが、蛮勇たるチャレンジャーによる感想が耳に入ると、目の前にあるソレがとてつもなく気になってくる。


「申し訳ありませんお客様。すぐに別のものをお持ちいたします」


「――いや、大丈夫です」


 俺は別に罠にかかったわけじゃない。

 ただ、目の前にいるスライム少女が悲しそうな表情をしたからこれを手に取ったのだ。それと俺は断じてロリコンでは無いからな。


「いただきます」


 チャレンジャーイルマが二つ目のコップを手にしているのを横目に、俺はその甘い香りの液体を慎重に口に運んだ。

 怪力皇女の身体であろうとも華奢なグラスは割れるどころかヒビすら入らない。それはグラスの強度があまりにも強靭という訳ではなく、バアルが理想とする“彼女”が容易にグラスを破壊してしまう人間ではないという事に理由がある。


「うう!!」


 思わず声が出た。美味い。美味すぎる。言うなればスゴイ美味い! 正確に言うとビビット着た後にシュワーと余韻を残す感じだ。

 語彙力破壊の美味に舌鼓を叩いていると、視界に真剣な面持ちのヴァサーゴがスタッフと何かを話し、そして速くもなく遅くもない大地を踏みしめるような歩みでゲートへ向かっているのが映った。

 どうやら彼女は俺が思っているより遥かに凄い人の様だ。いざ敵を倒しに来たというのにこんな事をしている自分に呆れる。


「え? あの子飲まないの? じゃあ私にちょーだい!!」


 まぁ、イルマコイツよりマシか。

 俺はイルマと比べる事で自分を慰め、手にした黄色の果汁を口の中へと注ぎ込んだ。



「で? 君たちの主は何処だ?」


 ジュースを飲み干したら、ここからは勇者モード。輪切りのパイナップルを齧りながら俺はスタッフのゴブリンに詰め寄り、ターゲットの居場所を語勢を強めて聞いた。


「オーナーでしたらホテルにて皆様をお待ちしております

 ご案内いたしますのでどうぞこちらへ」


「あ、はい。ありがとうございます」


 肩透かしが過ぎて思わず礼を言ってしまった。

 だが、どうやら彼らは俺達を敵の元に案内してくれるらしい。早くヴァサーゴと合流したいしここは警戒心を厳にして、奴らに従う事にしよう。


 俺達への待遇はまるで国賓だ。スタッフたちはまるでSPの如く俺達の周りを並行して歩き、巧みに俺達が道を逸らさないように誘導している。

 無論、俺は彼らが急変して襲う可能性を念頭に入れている――のだが、彼らからは全く殺意のようなものは感じられず、俺より敏感であろうイルマのリラックスぶりを見る限り、ここで争うつもりはないらしい。


「ハハッ! 夢と魔法の国アガルタにようこそ!」


 ゲートを潜る突然有名キャラの着ぐるみが俺達に近寄り、フレンドリーに触ってきた。


「わぁ、キティマウスだぁ」


 そしてイルマはそいつを見るや否やテンションが急上昇し、テーマパークの客人のように並んでスタッフに写真を撮ってもらった。そこにはきっと呆気にとられ、放心状態の俺も映っているはずだ。


「ねぇ、あれ歌って!!」


「ハハッ! ミュージックスタート」


 イルマに急かされ、キティマウスは大きな指を振ってスタッフに合図を送と、どこかに設置されたスピーカーが流していた音楽が一旦止み、別の音楽が流れ始めた。


「ハロー♪ ハロー♪ マウス♪

 こんにちは~

 マウスは皆の人気者~♪」


 音楽に合わせ、イルマが手を打つと、キティマウスは腰をリズミカルに動かしながら十八番を熱唱する。


「ちょっと待ったぁ!!」


 そして俺はそれを大声で妨害する事で止めた。 


「ん? 何? どうしたのよバアル?」


「何も糞も、これ版権キャラクターでしょ? ちゃんと許可とっているの?」


 俺の言葉に場は静まり返る。

 このキティマウスというキャラクターを知らぬものはそういない。所謂世界的キャラクターだ。そしてゲートから入って見える光景。中央の白い城に人工の山、そしてアメリカンな停泊船。これは明らかにチーパ公国の有名テーマパークのパクリだった。


「“ここには著作権だの面倒臭い法令だの土地所有者だのはいない。全てが自由無制限、こここそ究極理想のリゾートなのです”とオーナーが仰っておりました」


 もはや言うまでもないが、オーナーは恐らくアスタロトさんだろう。あらゆるしがらみのないこの地で彼は頂点を目指しているのだ。そのエゴの極致がこのアガルタという訳だ。


「ハハッ! 誤解も解けたところでミュージックリスタート!!」


 誤解の「ご」の字も解けないまま、このパクリ鼠は呑気に音楽を再開した。そして俺はこの明るい音楽に反し、この地の闇の深さに鬱々たる気持ちになっていた。



 このなんとも不快なる時間は三曲を以って終わり、やっと俺は解放された。急激な精神疲労によって疲れ果てた表情をしている俺に対してイルマはホクホクな満足顔で腕にはいつ渡されたのか知れぬポップコーンのバスケットが収められていた。その様子を見るに、奴はもはやアスタロトさんの術中の内、頼れるのは俺と、勇敢にも突貫したヴァサーゴだけだ。


「ここがアガルタ誇る三ツ星ホテル“シャンバラ”でございます」


 目的地のホテルはアガルタに入ってすぐの所にあり、その荘厳なる姿は映画のセットの様であった。

 そして内部も素晴らしい。過剰ではない豪華さと、素朴過ぎない落ち着きが完全にマッチし、いくつかのどこかに繋がる通路の邪魔にならぬよう、見た事のあるモニュメントが気品よく展示されている。ホテル慣れしている俺でさえ感動故に開いた口が塞がらない。ホテルのロビーというよりまるで美術館や博物館のようだった。


「あっちにあるのはトキオ合衆国、シーヴィアのモヤイ像!! それでこっちのはラージロープの秘宝、商神バリケン像!! え? 嘘だろ、オキュナ海洋国連合の守護獣像まである!!」


 最初に素晴らしい彫像が目に入ったが、それだけではない。続く様に今度は有名作家や音楽家、学者による直筆の論文や譜面がショーケースに収められているのが視界に入った。そしてそして、さらに続くは大陸の名画たち。


「はわわわわ……」


 芸術眼の肥えた俺でさえあたふたしてしまう。まさに壮観。世界のマスターピースが一堂に集結といった感じだ。


(ここまでのもの。流石の“誉れの勇者御一行の一人サマ”も声が出ないか)


 騒がしい彼女も芸術を前にすると口を閉ざすのか――と思ったが、展示物と対極にあるカフェで彼女の姿を見つけるとそれが誤りであったと理解した。

 テーブルに置かれているのは可愛らしいプティング。ちょこっと乗った赤いサクランボがその逸品に華やかさを添えている。

 そしてそれを上から見おろすイルマの手には白銀のスプーン。今この瞬間、清純なる黄金の山は銀の矛によって削られようとしていた。


「花より団子なお客様にも我々はご満足いただけるよう準備しております」


 俺の言いたい事を悟ったように、案内役のゴブリンはそう答えた。

 芸術品にだけ目が向いていたが、周囲を見るとゲームセンターやスポーツ施設――ここまではホテルによくあるが、水族館や動物園も接続しているのは流石と言わざるを得ない。外からは分からなかったが相当巨大な施設であり、エントランスロビーはそれらを繋ぐバイパスのようだ。


「あの扉は何ですか?」


 ここまであると、どこかへ通じる通路の一つ、行先表示のない閉ざされた扉の正体が気になってくる。


「お嬢様はお目が高い。あの部屋は特別展示室でございます」


「特別展示室?」


「常設のものとは違い、極めて特殊な珍品を保存し、展示している部屋でございます」


「珍……品……」


 常設で展示されているものがあのレベルだ。その特別展示室とやらが気にならない訳がない。


「ご覧になられますか?」


「是非! お願いします!!」


「承知いたしました。お客様がご覧になっている間にオーナーも参りますので、ごゆっくりお楽しみください」


 扉は重厚だが鍵はかかっておらず、すんなりと扉は開かれる。俺はワクワクを胸に、ゴブリンに導かれるまま特別展示室へと足を踏み出した。


「…………」


 明るく広い部屋。だが、ショーケースや真っ白な壁、そして壁一面を覆う深紅のカーテンがあるだけで展示物は無い。


「申し訳ございませんお客様。珍品は珍しいが故に珍品なので、現在は一つしかございません」


 ゴブリンは頭を下げて謝罪するが、その態度には余裕がある。つまり、その“一つ”とやらはそれだけでこの俺を満足させる自信があるという事だ。


「こちらへそうぞ」


 ゴブリンが行く先は奥にあるカーテン。どうやらこのカーテンは壁を覆っているわけではなく、ここにある作品を覆っていたようだ。俺は当然彼の後を追い、“作品”の前に立った。


(これだけの大きさだ。一体何が……

 まさか!! 希少な魔獣でもいるのか!!)


 カーテンを前に俺ははやる気持ちを抑え、ゴブリンがカーテンを開けるのを今か今かと待つ。後になって思えば、俺もイルマと同様アガルタの魔力に毒されていたのだろう。もはやここに来た目的などどうでもよくなっていた。


「さぁご覧くださいお客様!!」


「こ、これは……」


 覆いは無くなり、俺の目の前には鉄格子とその先に広がる部屋が出現した。

 そしてそこには鎖に繋がれた猛獣――ではなく一人の乙女。

 何処かで見た様なピンクのドレス、少しロールのかかった金髪に銀のティアラが輝く。そして、美麗な姿を汚す様に付けられた黒い手枷の鎖が天井に続いていた。


「そうです! これこそタケノコ王国の姫!! カーチ姫でございます!!!」


(そうです!! じゃないよ。これ犯罪でしょ!!)


 ――などと俺は思わなかった。いや、思う余裕が無かった。そう言ったものの前に衝撃を受けて思考が止まっていたのだ。


「カ……カーチェさん?」


 そう、カーチなる囚われの姫はまさしく、ドS女王様エカテリーナ・フラウロスその人であった。恐らくここのオーナーであろうアスタロトさんを含めて、思わぬところで役者が全員揃った。


「…………しゃさま」


 覆いが無くなった事で牢の中にも光が入り、カーチ姫は瞼を開けてか細い声を発した。それは俺が彼女の口から聞いた事のない言葉であり、この先も聞く事は絶対にないと思っていた言葉であった。


「助けて……」


 その姿も全くの想定外。“実は世界は蒟蒻で出来ていた”と突然告げられるくらい想定外だ。俺の中のカーチェさんは人を縛り、その上に足を乗せて「女王様とお呼び」と叫ぶようなお方だ。目の前にいるコイツは一体誰だ!!??


「苦労したのですよ。姫を取り返そうとする赤と緑の配管工を何とか返り討ちにし、ここまで運んだのですから。そし――」


 そして俺を混乱させる出来事が続いて起こる。

 それはゴブリンによる展示品の解説に水を差す様に、この特別展示室に一人のオークが慌ただしく入ってきた事から始まった。


「お客様の前ですよ」


「す、すみません。

 で、ですが、大変な事が起こりまして――」


 オーク俺に深く頭を下げ一礼すると、ゴブリンの元まで近寄り耳元に口先を当てた。


「……フムフム。それで? ほう……

 えっ!? オーナーが行方不明!!」


 ゴブリンは驚き、客である俺の前で盛大に叫んだ。


「しかも支配人室にはまだ温かいコーヒーが……」


 このオークは恐らくオーナーを迎えに行ったのであろう。だが、そこには誰もおらず、しかもまるで先ほどまでそこにいたような痕跡が残されていたという事らしい。


「あの――」


 顔を真っ青にして焦燥している所悪いが、俺には何が起きたか想像がつく。推理なんて不要だ。ただ一つ“いなくなったのがアスタロトさん”という事実だけで十分。


「これは事件ですな!!」


 だが俺の推理――というか見解を言おうとした時、新たな訪問者が現れ、俺の言葉はその者の大声によってかき消された。


「もう。お父さんったら……」


 現れたのは三人。最初に声を発した背の高い髭がイカす男性、その男を父と呼んだ事から娘だと思われる頭に立派な角を生やした女性、そして、異常に発達した筋肉をこれでもかと見せびらかす、タンクトップ眼鏡の小学生と思しき子供。


「あれれ~ おかしいなぁ? お姉さんから血の匂いがするよ」


(くっ! この少年……)


 俺達はここに来る道中、数え切れぬほどの魔獣を虐殺した。この少年は鬼族の様だし、彼からしたら俺達は大殺戮者だ。


「君は……」


 狼狽えつつ俺がそう呟くと、少年は眼鏡を光らせ、問われるのを待っていたかのように口を開いた。


「俺は江戸川ランボー。探偵さ」


 まるで咄嗟に目に映った棚に推理小説と映画DVDがあったかのような名前。だが、名は体を示しており、子供であるにもかかわらず知性を感じさせる顔に、あまりに不釣り合いな筋肉隆々かつ痛ましい古傷が残る肉体を少年は持っていた。

 しかしはっきり言って、彼に出番はない。何故なら答えは既に出ているからだ。

 即ち、オーナーが行方不明となったのは事件でも何でもなく――


「あー。ここにいたのですね」


 ――そんな時、彼女が現れた。

 ――誰より早く、この地に向かった勇気ある少女。

――彼女は血を払うように白いハンカチで自らの拳を拭っている。

――額にはまるで激戦を終わらせたかのような光る雫。

 ――そしてここにいるみなの目が彼女に集中している時、彼女は言った。


「あぁ、すっきりした」


 特別展示室に緊張が走る。

突然行方不明となったホテルオーナー。そしてオーナーを殺す目的でここに来た少女ヴァサーゴ。俺ですら一瞬彼女が“やっちまった”と思ってしまった。




 状況の変化によって完全に蚊帳の外に放り出された囚われの姫――カーチ。もはや置物の如く無視されている彼女であるが、その表情は愉悦に満ちていた。


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