11 浅広き世界書(ナロウ・ブック) Ⅹ
(まだだ。まだ慌てる時間じゃナウィ……)
涼しい顔をしているが、ZIREは内心クソ焦っており、背中には汗の滝が出来ていた。だが盤面の圧倒的優位を見て一息つくと、少しずつ落ち着きを取り戻す。
(ヒャハハハハハハ!! ハハハハ……
でもまだヤバいのは変わらないよな……)
その一方、バアルも一時の高揚に酔いしれたものの、依然状況が悪いのは変わらないと再度認識し、表情は気色の悪い笑みから絶望の表情に変わる。
「私のターンです。ドロー」
相手の切り札を捨て札に送り、首の皮一枚で敗北を回避したというのに、ヴァサーゴの表情は柔らかい。
「『ウィザードカード』“決戦前夜”発動。
カードをデッキから二枚引きます」
ヴァサーゴの使ったカードは“決戦前夜”。『モンスターカード』の召喚権を放棄する代わりに二枚カードを引く効果を持つ『ウィザードカード』だ。
「“決戦前夜”。“エレメンタルバリア”と並ぶ定番だったカードね。
かつては三枚入れるのが普通だったけど、ゲームの速度がインフレして召喚権の重要性が増した結果、今ではあまり見ないカードよ」
先ほどまで魂が抜けていたような顔をしていたみりあが正常に戻って解説を加える。
なるほど、二枚カードを引くという効果は強力ではあるが、素人である俺から見ても召喚権を手放す程ではないのかもしれない。
召喚権を放棄するというのは、剣、或いは盾の供給を遅らせるという事であり、強力モンスターが次々と出てくるような環境ではそれが命取りとなる。
「ターン終了です」
“決戦前夜”を使用した以上、ヴァサーゴには出来る事など無い。手番を終えて、相手の出方を見るだけだ。
「僕のターン。ドロー。
『ウィザードカード』“龍神の誘い”を発動。相手の手札を全て捨て札に送り、五枚のカードを引かせる」
「ずっる!!」
「ズルくないわ」
あほな能力を持ったカードの登場に俺は思わず不満を口にし、様式美のようにみりあさんがそれに反論する。
「そもそもあのカードはZIRE様専用じゃなくて、誰でも使える市販品カードよ」
「え。そうなんですか? じゃあなんでみんな使わないのだろう。あのカード、この大会が始まってから初めて見ましたよ」
「結論から言うと、デメリットが大きいからよ。
手札全てを消すと言うと強いように聞こえるけど、相手に五枚のカードを引かせる以上、より強いカードを引かせて敵に塩を送る結果になる可能性もあるわけで、中々使いどころが無いの」
「それじゃあなんでZIREは使っているのか」と聞き返そうと思ったが、それは何となく分かった。
ZIREはそもそも他者とは別の次元で戦っている。自分専用のチートカードを持ち、超絶分厚い上げ底ブーツを履いて戦っているようなものだ。
つまり、彼のデッキの前では送る塩など些細なもので、圧倒的な力で潰せばいいという訳だ。
ただ、彼も自分の行動を阻害されるのは面白くない。
例えば“エレメンタルバリア”。これが通れば1ターン分遅れる訳であり、優位に立っていても歯痒い気持ちは消せやしない。“魔力吸収”や“龍神の誘い”はそう言った不快要素を排除する為なのかもしれない。
今回、ヴァサーゴは自分の場に『モンスターカード』が無いにも関わらず“決戦前夜”を使用した。これは相手の攻撃への対策が既に手札にある事を示す行為であり、ZIREは彼女の手札に“エレメンタルバリア”があると直感した。そして、彼の手に“魔力吸収”は無く、“エレメンタルバリア”を排除する目的で“龍神の誘い”を使用したのだった。
「手札を全て捨て札に――」
ヴァサーゴは効果に従い、五枚ある手札を全て捨て札に置く。
一枚目は『ストラテジーカード』“暴走する操り糸”
二枚目は『ウィザードカード』“人形師を救う糸”
三枚目は『モンスターカード』“パペットクィーン”
四枚目は『ウィザードカード』“人形師の願い”
そして五枚目は――
『ストラテジーカード』“人形狂乱の夜”
――肝心の“エレメンタルバリア”は無かった。
この劣勢でのブラフ。疑う機会すら与えないヴァサーゴのポーカーフェイスにZIREは勿論、会場にいるカードゲーマーたち全てを戦慄させた。
恐らく分かっていないのは隣にいる初心者ドワフだけ、「何? 何?」と首をぶんぶん振っている。
「新たなるA・K・Hドラゴンを召喚!!
そして二体のA・K・Hドラゴンで相手プレイヤーを攻撃する!!」
「『ウィザードカード』“エレメンタルバリア”を発動します」
いかに強力無比の『モンスターカード』と雖も、その一枚によって攻撃の刃は止められる。結果的に“龍神の誘い”はヴァサーゴに利したのだ。
「……ねぇリカちゃんさん。相手の手札も見えてないし、ヴァサーゴにアドバイスもしていないんだよね?」
相手の心を読むようなヴァサーゴのプレイングに、俺は声を小さくして目前の人形にそう呟いた。
「ったり前ですわ。見て下さいまし、あのバービーちゃんの悲しい姿を」
リカちゃんは首をカクカクさせながらそう言うと、相手側応援席にいる相方に視線を向けた。
そしてそこには顔を右下45度に向け、この世の終わりのような闇のオーラを放つ西洋人形の姿があった。
「あぁ……」
人形たちの様子から、どうやら本当にズルはしていないようだ。
だが、それなら彼女の異常な強さは何なんだ? 何故あの化け物デッキと戦えているんだ? 頭がどうにかなってしまいそうだ。
「私のターン。ドローします」
バアルが目をくるくるさせている間も、勝負は進行する。
手札がリフレッシュされたヴァサーゴが最初にする行動は――
「えっとぉ。『ストラテジーカード』をセットしますね」
まさかの『ストラテジーカード』。
手札を一新してのその行動はZIREを震撼させる。
あらゆる行動を想定していた彼であったが、この行動は予知する事かなわず、思考の矢印が行方不明になっていた。
(『ストラテジーカード』…… 一体何を? ここで守りが無かったら二体のA・K・Hドラゴンによって君は敗北するのだぞ?
彼女が持つ『ストラテジーカード』は確か――
“人形狂乱の夜”
“暴走する操り糸”
“コッペリアズフェイト”
――の三種。
いずれも発動する可能性が低い。いや皆無なものばかりだ。
ははぁん。そうか。そういう事か。ここに来てミス・ヴァサーゴは大きな間違いを犯した。
つまり、“暴走する操り糸”の発動条件を勘違いしているのだ。あれの効果は「同名上級モンスターがフィールドに二体以上存在し、その内一体がプレイヤーを攻撃した場合、攻撃を無効にし、次の手番から数えて3ターンの間、持ち主のプレイヤーの攻撃宣言を封じる」で、僕の場にはA・K・Hドラゴンが二体。
ふふふ残念でしたね。A・K・Hドラゴンは上級モンスター相当の性能を持っているが、上級モンスターではない。この勝負。これにて完結)
「僕のターン。ドロー
よし、三体目のA・K・Hドラゴンを召喚!!
三体の大いなる龍たちよ! 我が宿敵を粉砕せよ!!」
主の口上に呼応し、白銀の龍たちは咆哮する。
そして口元で光の炎をたくわえ、今にも溢れんとした時。ヴァサーゴは中央に伏せたカードを表にする。
「『ストラテジーカード』を発動します」
「残念でしたねミス・ヴァサーゴ。“暴走する操り糸”は不発! これで!!」
ZIREは表になるカードを見る事も無く、叫ぶ。
その叫びには勝利の確信があった。満足があった。
だが、彼の使役する龍たちは血の底から現れた無数の人形たちによって肉体を蝕まれ、攻撃はおろか体勢を維持するのすら困難であった。そして程なくして白銀の龍たちは一匹残らず、煙と消えた。
「え? なんで? 一体何が??」
想定していたものと違う未来の到来に、ZIREは取り乱した。
そして中央で表になっているカードを見て「ハッ」と目を見開く。
「『ストラテジーカード』“人形氾濫”発動です」
それは“暴走する操り糸”ではなかった。
そこにあったのはヴァサーゴ第四の『ストラテジーカード』“人形氾濫”。街に十枚ほどしかない超レアカードである。
効果は「敵の場に三体以上の7以上の攻撃力を持つモンスターが存在し、自分の場にモンスターカードが存在せず、相手プレイヤーの使用したカードによって捨て札に送られたカードが五枚以上の時、相手のプレイヤー攻撃宣言時発動できる。
相手モンスターカードを全て捨て札に送り、自分の体力を初期値まで回復する」
『ストラテジーカード』の類に漏れず、極めて難しい条件が設定されているが、得られる効果は強力極まる。
このカードによってZIREは場のカードを失い、ヴァサーゴの体力が回復した事で戦況はリセットされた。
普段見る事のない超レア且つ、需要の無い“人形氾濫”の登場に会場は騒然としながらも、彼らの脳裏に一つの可能性が浮上した。いや、これまでの試合でそもそもその可能性を感じてはいたが、誰もがそれを認めたくなかったのだ。
「まさか…… ファンデッキ……」
疑う事が難しくなった可能性について、とうとうみりあがその言葉を口にする。
“人形氾濫”という特殊なもの好きしか使わないカードの登場。そして今までにヴァサーゴが使用したカードの数々、そこから導き出される単純な答えだ。
ファンデッキ。それは強者の戯れ。
個人が好きな特定のテーマを重視して作られたデッキだ。
一言にテーマといっても、多種多彩であり、チューオが用いた機械デッキもその一つといえる。
ただ、彼女が使用したデッキは特性:機械である事を十分に利用し、それぞれのカードの相乗効果を意識したデッキであった。
だがヴァサーゴのそれは全く違う。
「あー気付かれちゃいましたか」
「説明してくれ」
意味深な事を呟いたリカちゃんさんに俺は即座に問うた。
「んっとですね。実は主様のデッキはあるコンセプトで組まれていまして……」
「人形か……」
「そーゆーことですわ」
ヴァサーゴの使うカードはその多くが人形がらみ。まぁ、俺でさえ何となく分かっていた。
彼女の使う人形カードは、チューオの用いる機械カードと異なり、相乗効果などない。ただ、人形っぽいものを集めただけだ。まさに彼女の趣味のデッキといえる。
「いやでも、君言っていたよね? 前線級にまで強化したって?」
「ええ。申し上げましたわ。だって、主様のデッキは“人形に固執している所を除けば” 前線級ですもの」
「……それって前線級ではないのでは?」
「そうとも言えますね……」
俺は背筋にぞわぞわしたものを感じた。この様なファンデッキは悦楽や満足を与えるものかもしれないが、このような勝負では手足に鎖を付けて戦うようなものだ。そう、ハンデなのだ。
にもかかわらずこの娘。ヴァサーゴはあろう事か予選を無敗で突破し、トーナメントに勝利した挙句、最強の相手を前に対等に渡り合っている。普通ではありえない。
「それでよくここまで…… 一体どうやって……」
「それは私たちの協力、ゴホンゴホン、応援と祈りの成果。
そう思っていたのですけどね……」
人形はそう言うと悩ましそうに首を傾ける。
予選からトーナメントまではヴァサーゴ一人ではなかった。外部から情報を伝える汚いセコンドの存在があったのだ。それ故に勝ち続けたといえる。
だが今はそうじゃない。彼女はただ一人。一体何が彼女を強者たらんとしているのか。
「私のターンです。ドロー
『モンスターカード』“パペットガイ”を召喚。
相手プレイヤーに直接攻撃します」
ついに最強の男――ZIREは傷を負う。ぽっと出の小娘によって。
「…………」
前代未聞空前絶後の出来事に会場は静まり返る。
「僕のターン! ドロー!」
ZIREは静寂を破るように声を上げてカードを引いた。
一度太刀を浴びたのみで敗北ではない。彼のデッキにはここから容易に勝利できるメソッドに溢れている。
「『ウィザードカード』“再生魔術”を発動。捨て札のカードを全てデッキに戻す」
例えばこのカード。世界に一枚しかないZIRE専用のチートカードである。効果は単純に捨て札に置かれている全てのカードをデッキに戻すというものだ。
「ターン終了」
ZIREはこのカードを初めて使用する。
基本的にこの様な受け身なカードを使用する前に勝利してきたし、手札が増えるわけでもないこのカードを使う理由が今までなかった。
だが今は違う。彼はこれを使わなくてはいけない強敵に初めて直面した。
「私のターン。ドローします」
街の皆が認める強者の少女は何事も無いようにカードを引く。
「『モンスターカード』“パペットソルジャー”を召喚。
“パペットガイ”と“パペットソルジャー“で相手プレイヤーを攻撃します」
不気味な人形の刃は再度ZIREを貫く。
最初とうって変わり、プレイヤー体力も盤上もヴァサーゴが優位な状況だ。
「ターン終了です」
ZIREさえも認めざるを得ないヴァサーゴの強さ。劣勢であるが、彼の心は燃えていた。
「僕のターン!
ドロー!!」
この街を想像して以来最大の興奮。ZIREが待ち焦がれていたエンターテイメントはやはり最高だった。
「『ストラテジーカード』をセット。ターンを終了する」
高揚は態度に現れる。ZIREの一挙手一投足は大げささを増していき、それに応えるように風が彼の髪を勢いよく揺らした。
「私のターン。
ドロー」
対するヴァサーゴの態度はやはり変わらない。
いつも通り、友人と遊戯に勤しむ少女のような、最低でも強者の覇気を纏ってはいない。
「“パペットガイ”を捨て札に送り、『モンスターカード』“パペットクィーン”を召喚します」
幾度となく、勝負に影響を与えてきたヴァサーゴの切り札的カードが場に姿を現す。
「“パペットクィーン”で相手プレイヤーを攻撃」
相手の伏せた『ストラテジーカード』の存在は気になるが、ZIREの場に何もないこの状況は千載一遇のチャンスであり、ヴァサーゴは迷うことなく切り札に攻撃の指令を出した。
「『ストラテジーカード』“守護龍降臨”発動。
相手の攻撃を無効にし、デッキにある“A・K・Hドラゴン”を召喚する」
やはりZIREの仕掛けは起動する。
というか、条件が「相手が攻撃宣言をした時」と『ストラテジーカード』にあるまじき温さであり、彼しか持っていない“A・K・Hドラゴン”が無ければ意味のないZIRE専用のクソパワーカード。こんなの条件をクリアしない方が稀だ。
「ターン終了します」
頭の悪いカードが発動したにもかかわらず、ヴァサーゴは冷静だ。
勝てる算段があるのか、それとも何も考えていないのか、彼女の表情からは判断できない。
(ああ……)
彼女のその姿を見て、今になって俺は思い出した。
ここに来る前、サプダテのホテルで楽しんだ一夜の戯れ。赤、黄、緑、青の四色のカードと黒色の特殊カード、計112枚を使うカードゲームだ。
俺は既に彼女とカードゲームで対戦していた。その時の彼女の顔と今の彼女の顔は変わりなく、圧倒的に強かった。
だが、結果は彼女が四勝、俺以外の三人が二勝であり、完勝ではなかった。
理由は簡単。盤上のカード回しとは無関係な外部的な要素により彼女は六回も敗北していたのだ。つまり、彼女は“手札が一枚となった宣言”をしなかったのだ。それが無ければ、彼女は全ての勝負で勝利していたはずだったのに。
(まさか……)
確信があるわけでもない。理由に覚えがあるわけでもない。俺が気付いたのはただ、ここにくる以前――人形どもが手を貸す以前から、彼女はカードゲームにおいて圧倒的に強かったという事。それだけだ。
バアルの曖昧な憶測は的を射ていた。
理由なき圧倒的なカードゲームの強さ。それをヴァサーゴは持っていたのだ。
だが、面白い事に当の本人は自分の強さについて理解していない。
なにせ、彼女は“雰囲気”でバトルモンスターズを含むカードゲームという物をを楽しんでいるのだから。
ただ、条件的に出せるカードを出し、人形のアドバイスが無くとも、自然と無自覚に最良の手を打つ。
“引き運”
カードゲームの強さの基準にそんなステータスが度々引き合いに出されるが、そんな単純なものではない。彼女は引きの悪さすらも最終的に自分の利益にする。常に運命の糸は勝利へと紡がれる天性の強運。勝負師ならだれもが欲する能力、言うなればそう“運命力”。それを彼女は持っていた。
だが悲しいかな。その強運はカードゲームの中でのみ果たされ、彼女の人生本筋には全く効果がない。実際ヴァサーゴは自分を“どちらかと言えば運の無い人”と考えていたのだ。
「僕のターン!!
ドロー!!」
ヴァサーゴは確かにカードゲームの神に溺愛されている。
だが、バトルモンスターズはイーブンの関係を前提とした対戦ではない。デッキの強弱、相性など始まる前から有利不利がある。そして彼女が対峙しているのは、その様な物を暴力で破壊するようなチートデッキの使い手。いくらヴァサーゴが神の寵愛を受けていたとしても、限界がある。
「『ウィザードカード』“ドラゴンブレス”発動!
“パペットクィーン”を破壊する。
そして“A・K・Hドラゴン”で“パペットソルジャー”を攻撃し、破壊する」
まさに暴力、圧倒的カードパワーを用いてZIREは場の優位を取り戻した。
「ターン終了」
やはり強い。強すぎる。ってかズルすぎる。勝てると思ったら、あっという間にひっくり返され、気が付いたらピンチになっている。
「ズルくはないわ。常勝は主催者の特権よ」
「……この女エスパーか?」
口にもしていないのに、みりあさんはドヤ顔で俺にそう告げた。俺はそれに対し、ただ歯ぎしりし、ヴァサーゴがまた盤上をひっくり返すのを願うのみ。
「私のターン。ドローします」
少女はバアルたちの願いを受けながら、素知らぬ顔でカードを引く。
「えっと、このカード。
“覇者の威光”? を使います!!」
ヴァサーゴは先ほど引いたカードを慣れぬ雰囲気で相手に見せた。
表示されたカードは『ウィザードカード』“覇者の威光”。ヴァサーゴらしくない人形味抜きのカードだ。
「効果は……3ターン相手の行動を封じて、自分のドロー時にもう1枚カードを引く……です!!」
とんでもないカード効果がヴァサーゴの口から放たれる。
それはまさに規格外。ZIREの持つパワーカードの面々と肩を並べる“壊れカード”だ。
「ああ、つっよい……
反則的ね。うんうんこれは良くないわ。アレを使うには相当な面の皮が必要よ」
ZIREのカードを棚に上げてみりあさんは“覇者の威光”を使用したヴァサーゴを詰る。
「ってか、なんであんなカードヴァサーゴが持っているのだ?」
この際、主催者びいきの信者の言は置いておき、俺は最も不可解な点について彼女に問うた。
「ん?
“覇者の威光”の事?
アレは賞品よ。さっき彼女が受け取っていたじゃない」
「賞品? 記念品じゃなかったのか……」
確かに、よく見ると“覇者の威光”なるカードには金の枠や無駄にキラキラ光る装飾が施されており、他のカードとは違うんですよと言わんばかりである。
「…………?」
ヴァサーゴが“覇者の威光”を投入したという事は、つまり何かのカードをデッキから抜いたことを意味する。当たり前の事だが、デッキは40枚でなければならず、41枚以上でも、39枚以下でもあってはならない。
「あ……」
そして俺の疑問は、モニターにヴァサーゴの赤いゴシックドレスに設けられたポケットがちらっと見えた事ですぐに解決した。
そこにあったのはポケットからはみ出た“覇者の威光”を包んでいたアクリル板。全体は見えなかったが、その中に入っていたのは、恐らく“コッペリアズフェイト”。さして高価なカードという訳ではないが、彼女のお気に入りなのだろう。つまり、彼女にとって“コッペリアズフェイト”>“覇者の威光”というわけだ。本当に恐ろしい娘……
「ターン終了します」
ヴァサーゴがターンの終了を宣言し、次のZIREから“覇者の威光”が効果を発揮する。
“覇者の威光”の正確な効果は「相手の『モンスターカード』の攻撃行動を禁止し、自分はカードを引く際に追加で1枚引く」というもの。攻守ともに機能する恐ろしいカードだ。
「僕のターン。ドロー。
よし、“龍神の誘い”を発動する」
行動を制限されたZIREは先ほど使用した「手札を捨てさせる」カードを使用する。
「手札を全て捨て、デッキからカードを“6枚”引く」
“覇者の威光”の効果範囲は、毎ターンのドローに留まらず、カードの効果で発生したドローに対しても機能する。ここでは本来“龍神の誘い”で5枚引くところだが、追加で1枚引く事になる。
(ふふふ……)
捨てられていくヴァサーゴの手札。その中に“コッペリアズフェイト”が存在したのを見ると、ZIREはほくそ笑んだ。
(彼女の残りのデッキ枚数は14。更にこれから3ターンの間、ターン毎に2枚引く事になるので、“覇者の威光”の効果が切れる頃には残りは8枚)
行動が制限されたZIREは相手の体力をゼロにするでも、“ZIRE大勝利! 希望の未来へレディー・ゴー”によるものでもない勝利を考えていた。
つまり、デッキの枯渇。ヴァサーゴがチューオに対してやったように、ヴァサーゴのデッキ切れを視野に入れたのだ。
そしてその中で障害となるのは、『ストラテジーカード』“コッペリアズフェイト”。効果は「相手の場に三枚の『モンスターカード』が存在し、自分のデッキが3枚以下である場合、相手捨て札のカードをランダムで1枚手札に加える」というものだ。これを使われると、パワーカードを奪われ、ダメージを受けているZIREの敗北に直結する可能性がある。
「よし、ターン終了だ」
奇跡が起ころうとZIREの勝利は揺るがない。どの道筋で勝利するか、ただそれだけの事だ。
「私のターン。ドローします」
通常より多くのカードを引き、ヴァサーゴは手札とにらめっこする。
「『モンスターカード』“パペットガイ”を召喚して、相手プレイヤーに攻撃します」
ガラ空きになった場を、狂ったように動く不気味な人形は駆ける。そしていけ好かないあんちくしょうの身体に刃を斬りつけた。
「くっ……」
ZIREの体力は危険域。もはやこれ以上のダメージを許すわけにはいかない。
「僕のターン!! ドロー!!」
だが、この街の覇者がこんなところで負けるわけにはいかない。
ZIREは力を指先一点に集中させ、デッキのカードを捲ると頭上に掲げた。
「『ウィザードカード』“蜃気楼の守護者”発動!!」
『ウィザードカード』“蜃気楼の守護者”。手札及びデッキから“A・K・Hドラゴン”二体を召喚するZIRE第二の切り札だ。ただ、条件が存在し、場に一枚“A・K・Hドラゴン”が存在する必要があり、また、捨て札に“A・K・Hドラゴン”が存在しない必要がある。『ストラテジーカード』“守護龍降臨”を条件を厳しくした代わりに効果を強大にした様なものだ。
「ターン終了だ」
三体の最強の僕を並べても、ZIREに攻撃する権利はない。ここは一転攻勢の機会まで雌伏する。
「私のターン。ドローします」
“覇者の威光”の効果によって、ヴァサーゴの手札は溢れんばかりだ。
「『モンスターカード』“パペットソルジャー”を召喚し、ターンを終了します」
ZIREの場に三体もの守護神が存在する以上、ヴァサーゴもまた行動を縛られる。
「僕のターン。ドロー。
ふふふ、ターン終了だ」
ZIREは引いたカードを一瞥すると、目を瞑り、ターンの終了を宣言した。引いたカードは“ZIRE大勝利! 希望の未来へレディー・ゴー”ではなかった。だが、勝利のピースは既にそろっているとZIREは確信していた。
「私のターン。ドローします」
“覇者の威光”影響下、最後のターンが始まる。
ヴァサーゴは潤沢な手札から一枚を抜き取ると、相手に見えるように掲げた。
「『ウィザードカード』“決戦前夜”発動します」
ヴァサーゴが使用したのは“決戦前夜”――召喚権を放棄し、カードを二枚引くカードだ。
このカードの効果にも例外なく“覇者の威光”は作用し、ヴァサーゴは三枚のカードを引く。
「ターン終了です」
(……馬鹿な。どういう事だ?)
“決戦前夜”をヴァサーゴが使用した事に対し、ZIREは訝しんだ。
これでヴァサーゴのデッキの枚数は5。これは“龍神の誘い”が強制勝利カードとなる危険な状態であり、彼女がそれを知らぬはずもない。それにデッキ枚数を条件とする『ストラテジーカード』“コッペリアズフェイト”は既に捨て札の中だ。それはつまり――
「ふふふ。恐ろしいお人だ。
僕のターン。ドロー」
この状態からヴァサーゴが優位に立つ可能性は一つ。即ち、他の『ストラテジーカード』と同様に二枚以上の“コッペリアズフェイト”がある事だ。
(僕は何もする必要はない。ただ、待てば“ZIRE大勝利! 希望の未来へレディー・ゴー”を引くか、彼女のデッキが枯渇する。
けれど――
それで僕は満足できるか? 皆満足するか?
ないない。僕がエンターテイナーである限りそれは無い。こんな勝利は興ざめだろ?)
“覇者の威光”の効力が消滅し、ZIREの束縛は解除される。
「三体の龍よ。敵を滅せよ」
そして、僕に反転攻勢を命じた。
「“エレメンタルバリア”発動。敵の攻撃を無効にします!」
龍の砲撃は突如現れた虹色の壁に阻まれ、粒子となって四散した。
潤沢な手札を駆使し、ヴァサーゴは粘る。規格外のパワーカードに圧されながらも、彼女は竦まず、それどころか、ここに来て彼女の顔は興奮で少々赤みを帯びる。
「ターン終了だ」
ヴァサーゴの熱が目に見えて分かると、ZIREも笑顔を見せ、ターンの終了を宣言した。
「私のターン。ドローします!!」
これでヴァサーゴのデッキは残り4枚。終わりは近い。
「『モンスターカード』“パペットガイ”を召喚します」
“A・K・Hドラゴン”相手には上級モンスターも下級モンスターも総じて壁にしかならない。ヴァサーゴは三体目の壁を召喚し、次の“A・K・Hドラゴン”に備えた。
(楽しい……
やっぱり楽しいなぁ)
防戦一方。絶体絶命。もし彼女の僕に心があるのならきっと逃げ出している状況。そんな状況にもかかわらず、ヴァサーゴは高揚する。
(みんな私と遊んでくれない。
この間は魔界の皆さんが遊んでくれたけど、きっと遊んでくれなくなるんだろうなぁ…… カナちゃん、お母さんみたいに……)
正月、誕生日、クリスマス。他色々――
少女の手にはいつもトランプカードが握られていた。動画の世界に入る前、カード遊びが彼女の楽しみであった。
だが、今や家族友人はカード遊びに付き合ってはくれない。その理由は明らかだ。
簡潔に言えば、“勝てない勝負はつまらない”という事。毎回毎回、敗北し、新たに別のカードゲームを提案しても何故か勝利に至らない。そしてカード回しの外で勝利しても、「試合で負けて大会に勝った」的なしこりが残る。
更に加えると、ルールすらまともに理解していない輩に敗北するのは、極めて、この上なく、あまりにも、屈辱的。
知らぬが仏。少女の異常な謎の強さを知らなければ敗北は認められようが、連敗を繰り返す彼女と親しい者達がそれを知らぬはずが無いし、悔しさのあまりそれを彼女に伝える事もしない。
その結果。少女は自分とカード遊びをする事を周囲が嫌っていると思い、他人から誘われたりしない限りはその享楽に興じないようになった。また、カードに興じていても、興奮を自制し、燃え上がらないように努めていたのである。
だが、もはや自制は効かない。ギリギリの連戦連勝。しのぎを削っている興奮が彼女のリミッターを破壊した。
「僕のターン。ドロー!」
ヴァサーゴの高揚に負ける事無く、ZIREも声に熱を乗せる。
「『ウィザードカード』““ドラゴンブレス”発動。
“パペットガイ”を破壊し、二体の龍で敵雑兵を攻撃。残りの一体でプレイヤーを攻撃する」
恐らく上空ステージを用意しなくとも、二人だけの世界は作りえただろう。
あまりの興奮や熱狂は、不思議な事に静寂に至る。観客たちはまるで二人の世界に水を差さないようにしているかのようにただ輝く眼で戦いを見守るのみだ。
「くっ……」
ヴァサーゴの僕たちは消し炭となり、彼女もまた凶悪なる龍の攻撃をその身に受けた。
「『ウィザードカード』“人形爆弾”を発動します」
だが、彼女もただでは転ばない。ZIREに対し報復の弾丸を放ったのだ。
「…………承知した」
“人形爆弾”の発動に対し、ZIREは手札にある一枚のカードに手を付けつつも、敢えて何もせず“人形爆弾”の効果を受け入れた。
「…………」
ZIREは息を飲んでデッキの一番上のカードに触れる。高々一枚のカードを捨て札に送る程度の効果であるが、先程彼はこのカードに手痛いダメージを受けたばかりであり、言い知れぬ緊張が彼を包んでいた。
「……そんな。こんな事が」
捨てられたカードはまたもや“ZIRE大勝利! 希望の未来へレディー・ゴー”。
もはや運命に導かれていると言うほかあるまい。ヴァサーゴはまたも最強の切り札の発動を未然に防いだ。
「ターン終了だ」
確かに“ZIRE大勝利! 希望の未来へレディー・ゴー”は防がれた。だが、ZIREの圧倒的優位は変わらない。
「私のターン。ドローします」
全てはヴァサーゴのこのターンに決する。
「『ストラテジーカード』をセットしてターンを終了します」
最重要たる彼女の行動は『ストラテジーカード』のセット。この行動はZIREの想定の内にあった。
「僕のターン。ドロー」
(伏せられたカードは間違いなく“コッペリアズフェイト”。
僕のデッキには彼女のデッキ枚数を増やすカードも、こちらの『モンスターカード』の枚数を減らすカードも入っておらず、相手にカードを引かせる“龍神の誘い”は手札にない。だが……)
このターンに確実に“コッペリアズフェイト”は発動する。しかも、自分の捨て札には確殺のチートカードたる“ZIRE大勝利! 希望の未来へレディー・ゴー”が存在し、“コッペリアズフェイト”の効果でそれを奪われれば敗北は必至だ。
だがZIREは勝利を確信していた。この最悪の可能性すら彼は想定していたのだ。
「三体の“A・K・Hドラゴン”よ。我が敵を玉砕せよ」
罠の存在を知りつつ、ZIREは僕に攻撃の令を下した。
「『ストラテジーカード』“コッペリアズフェイト”を発動します」
ZIREの予測は的中。やはりヴァサーゴは二枚目の“コッペリアズフェイト”をデッキに隠していた。
そしてここからが勝負――
「僕の捨て札の内、ランダムに一枚を選ぶ」
ヴァサーゴが奪っても状況は覆らない複数のカード、そしてその中に大当たりのカードが一枚。
それらをシャッフルし、ZIREはそれらを裏にしてテーブルに並べた。
『ウィザードカード』“再生魔術” 『ストラテジーカード』“守護龍降臨”二枚の『ウィザードカード』“ドラゴンブレス” 『ウィザードカード』“龍神の誘い” 『ウィザードカード』“蜃気楼の守護者”そして『ウィザードカード』“ZIRE大勝利! 希望の未来へレディー・ゴー”
ヴァサーゴが“ZIRE大勝利! 希望の未来へレディー・ゴー”を引く可能性は七分の一。
「右からA、B、C、D、E、F、G。
好きなのを選ぶが良い」
ZIREはそう言うと腕を組み、一歩下がるとヴァサーゴの回答を待った。
「…………Cで。お願いします」
「ファイナルアンサー?」
「あ、はい。ファイナルアンサーです」
ヴァサーゴは決意を固めた。
そしてZIREはその“結果”を焦らす様にゆっくりと他のカードを束ね、右から三つ目のカードに触れると、少しずつ捲り始める。
「君が得るカードは――」
会場の全員がテーブルの上にある一枚のカードに視線を集中させる。
そして――
「――運命か……
“ZIRE大勝利! 希望の未来へレディー・ゴー”を君に託そう」
選ばれたのは“ZIRE大勝利! 希望の未来へレディー・ゴー”。使うだけで勝利を確定する究極のカード。しかも使うタイミングを選ばない。
「はい。
では、私はこのカードを――
えっと、ズズ……」
「“ZIRE大勝利! 希望の未来へレディー・ゴー”だよ」
「あ、ありがとうございます。それを使います!!」
いくら体力があろうと、強力な僕が何体いようと、そのカードは無慈悲に敗北を敵に与える。
だが――
(やはりこうなった。
君は恐ろしい。僕の宿敵として不足ないどころか勿体ないくらいだ。
でもこの戦いは僕の勝利)
“ZIREはヴァサーゴの言葉に呼応し、一枚のカードを手札から滑らせた。
カードの名は『ウィザードカード』“魔力吸収”
相手の『ウィザードカード』の発動を無効にし、ゲームから取り除くカードだ。その対象には言うまでも無く“ZIRE大勝利! 希望の未来へレディー・ゴー”も含まれていた。
「僕は『ウィザードカード』““魔力き……」
“ZIRE大勝利! 希望の未来へレディー・ゴー”を防げば“ZIREの勝利は確定する。
それにも拘らず、“ZIREは指を止めた。
ヴァサーゴの手の裏を読んだわけではない。ただ、ヴァサーゴがかざす己の魂のカードが彼の指を止めたのである。
(どうして?
どうして君たちは僕の邪魔をするんだい?)
ZIREは知らない。そのカードに描かれた四人の男たち、一人は自分自身だが、他の三人は誰なのか。
だが“ZIRE”の中にいる“ジレット”は最愛なる男たちを忘れるはずがない。
(もう十分だろう? 先に進もう)
そして男たちはZIREに囁いた。いや、ZIREにだけ彼らの声が聞こえた。
そしてZIREが自分たちを見守る、十人十色の表情をしたアキハ市民の顔をゆっくりと眺めると、腕を伸ばして天を仰いだ。
「そうだな。
僕の我儘から皆を解放しよう」
ZIREの敗北宣言。
そのすぐ後、街は光に包まれる。夢の享楽都市は終わり。目覚めの時が来たのだ。




