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若き魔界幹部の悩み  作者: 耕眞智裕
若き帝国宰相の悩み
6/69

6 儚き一日

 歓喜の夜が終わり、幹部の者たちはアスタロトに導かれ、数ある彼の邸宅の一つに向かっていた。そこで、一晩を過ごそうというのである。

 裏世界といっても地下という訳ではなく、空には夜空が煌めいている。地上にとってのここは、地下というより、異境や異世界に近いのである。

 

 アスタロトさんの提案は俺にとって渡りに船であった。予定では、地上の宿泊所で一泊し、朝のうちに飛行艇で帝都マーバスに戻る予定であったが、レストランでの一件で地上にて一晩を過ごすのが嫌だったのである。


「いやー、すごいね! ナナミちゃん。魔王様に突っかかるなんて、大したものよ」


 アスタロト邸に向かう馬車中。予算の関係で一台の馬車に詰め込まれた俺たちの話題は、偽人形少女ナナミの事だった。彼女の礼を欠いたとも取れる行動は、逆に勇気ある行動と評価され、皆が彼女を褒めたたえた。


「ホントにござる。拙者には到底マネできる所業では無いですぞ。流石ナナミたん。超リスペクト!」


(この人、こういうキャラだったのか……)


 何かの線が切れたのか、『マニアック・マスター』ことジレット・バルバドスは一世代前のサブカル男のような喋り方で偽人形少女の肩をもむ。


「ナナミさんの勇気に俺も感服しました」


 ジレットさんの腕をどかし、彼のセクハラ行為を妨害しながら、俺も流れに乗る。

 空気を読み、迅速に状況に合わせた行動を取る。父の教育の賜物だ。

 だが、皆がチヤホヤする中、話題の少女は恥ずかしそうに顔を赤くし、「はい」と「ありがとう」しか喋らない人形となっていた。


「着きましたよ。みなさん下車の準備をしてくださいね」


 ナナミを中心とした話が盛り上がり、車中の窮屈さを感じる前に目的地に到着した。


 まさに洋館。中でゾンビが徘徊していそうな、そういった出で立ちのTHE洋館。それが、俺たちの前に堂々と建っていた。


「御主人様お帰りなさいませ。どうぞこちらへ」


 二階への階段と、左右に扇状に扉が並ぶ、典型的な、何かが起きそうなエントランスに踏み入れると、俺たちに向かい一人の女性が頭を下げ、一階の扉の一つに手先を向けた。

 着ているものから、彼女がこの館の使用人である事はすぐに分かった。


「ただいま。シェリー。

 皆の部屋の準備は整っているね?」


「勿論でございます。

 皆様の案内は私にお任せください。決して御主人様がなさることないよう

 ……

 皆さま、ようこそおいでくださいました。私、当館でメイド長をさせて頂いておりますシェリー・ダンタリオンと申します。どうぞシェリーとお呼びください」


 シェリーと名乗ったメイドが頭を下げると、ゲストの四人は拍手でそれに応えた。特に、サディスティック・クィーンこと、カーチェさんは目を輝かせて彼女を見ていた。


「ご夕食の準備が整っておりますので、どうぞこちらに」

 

 シェリーが指を心地よく鳴らすと、一階左の扉が開いた。そして、奥の部屋の部屋の長テーブルの白いテーブルクロスの上に料理が並べられ、甘美な芳香が皆の前に届いた。

 

「では、参りましょうか、皆さん」


 アスタロトさんが先頭に立ち、ハーメルンの笛吹き男の様にゲストたちを甘美の河に誘う。だが、その笛の音が届いていない者がいた。加虐女王エカテリーナ・フラウロスである。彼女はメイド長シェリーの元に駆け寄り何か話している。メイド服とボンデージの異質の組み合わせだ。


 テーブルに乗せられた料理は、特別豪華という訳ではなく、だからといって質素という訳でもなかった。だが、早めの昼食から時間が経ち、ポップコーンはとっくに消化済みの空っぽの腹には絶好の御馳走だ。


「それでは、新たなる同志の誕生を祝って、乾杯!」


「乾杯!」


 カーチェさんが席に着くのを待って、アスタロトさんが食事開始の音頭を取り、今宵の宴が始まった。

 魔界の料理といっても地上と特別変わるものでは無く、禍々しい尖った歯が並んだ魚の煮物や、どういう環境で育ったか分からない歪な形の野菜が入ったサラダ、目玉の入ったスープなどは無く、我々は心を許して食事を楽しんでいた。


「ナナミさん魔力耐性高いんですね。俺のタレントが通用しなくて驚きましたよ」


 酒の勢いで俺がそう言うと、他の者たちの手が一瞬止まった。それはそうだ、その一端といえども、タレントを明かすというのは信頼の証であり、同時に自分の持つ隠れた手札を明かすようなものだからだ。ババ抜きにおいて、自らジョーカーを持つことを明かすようなものだ。

 そして、タレントとは、教育等で習得する技術や魔法の他に個人が持つユニークスキルの事である。基本的に、職一つにつき一つ、Lvが20に達したところで習得し、そこからはLvが上がるごとに強化されていく。

 因みに宰相としての俺のタレントは『読心』。相手の心を読み、心情を読み取る能力だ。極めて強力かつ、危険な能力であるが、これに限らず、相手に干渉する能力には縛りがある。一つ目は、魔力耐性が高い相手だと通用しないという事。二つ目は、職業上自分以上の相手には通用しないという事だ。


(あのクソ皇帝や脳筋姫に使えればどれほど楽か……)


 マレードを除いた幹部たちは考えた。彼が自分たちを信頼し、タレントの一端を示したのだから自分たちもその信頼に応えるべきかどうか。同志といっても、マレードとは今日仲間になったばかりであり、この問題は皆を悩ませた。そして、悩みを抱えたまま食事を終える事になった。



「マレード氏!マレード氏!」


 ジレットさんが細身の体から脂ぎった言葉を放ち、俺を呼ぶ。


「いやー、ごめりんこ☆ 先は拙者もリアルの問題で忙しかった故、失礼な態度を取ってしまったお。

 だから、改めて、挨拶させてほしいんだな。

 拙者、ジレット・バルバトスと申すものなり。気軽にジレットと呼んで欲しいんだなこれが。

 ……あと、拙者のタレントであるが、、、

 『情報開示』でござる。隠された情報の先にある全てを明かさせるのでありんす。この能力で、予約開始日が伏せられたフィギュアの予約も余裕のよっちゃんなのですぞ。

 マレード氏も予約したい商品があれば拙者に一報くだされ」


 ジレットさんは信頼の証として、一部どころか全てのタレントを明かしてくれた。勿論、それは嘘であるかもしれないし、隠された部分があるのかもしれない。だが、俺もタレントの全てを明かす覚悟をしなくてはならないようだ。


「素晴らしいタレントですね。

 俺のタレントは『読心』。相手の心を読む事ができます。まぁ、魔界幹部としての能力はまだ開花してないですけどね」


「むむぅっ! マレード氏が敵じゃなくて良かったなり。

 うむうむ、もうそろそろブログを更新しなくては。

 マレード氏。改めてよろしくお願いする」


 俺たちは固く握手した後、食堂を離れた。そして、エントランスに出た後、メイド長シェリー及びアスタロトさんに目が合った。


「マレード君、ちょっといいかな。

 シェリー、すまないがジレット君を部屋まで案内してくれ。

 いや、大丈夫。階段隅の例の所に行くだけだから」


 アスタロトさんはシェリーさんを説得し、俺の手を引いて階段横の暗がりに連れて来た。


(こんなところに連れてきて、まさか、俺を襲うのか! エロ同人みたいに!)


 俺の恐怖に歪む顔を気にすることなく、アスタロトさんは暗がりにある扉を開けた。そこは小さな物入で、遊園地の廃墟で、マンホールの蓋を開ける為に使った鉄の棒を始め、様々な道具が入っていた。


「面白いものを見せてあげるよ」


 にこりと笑ってアスタロトさんがそう言うと、身に着けたスーツの内側に手を入れた。すると不思議な事に、手の先が物入の中に現れ、鉄の棒を掴むと、スッーっと引いていく。そして、懐から消えた棒を取り出して見せた。


「私はいつでもここにある物を取り出せるのだよ。どうだい? 驚いたかい?

 これが私のタレント『空間転移』だよ」


(凄い…… まるで金色の英雄王みたいだ!!)


「だけど、万能じゃないんだよね。見ての通りここは狭いし、中を覗くことができないから手探りで目的のものを探さなくちゃいけないんだ」


 彼は俺を信頼したのか、能力の問題点まで話してくれた。

その後、俺はジレットさんに話した事と同様の事をアスタロトさんに話し、信頼の輪を交差させた。


「御主人様。よろしいでしょうか?」


「あぁ、待たせてすまないね。彼を部屋まで送ってくれ」


「畏まりました。バアル様どうぞこちらに」


(バアル…… 俺の第二の名…… シビレルぜ)


 俺はシェリーさんの案内で二階へ昇り、西端の部屋へ向かう。彼女は道中何も言うことなく、部屋の前に着いたら、軽い説明と、就寝の挨拶だけして持ち場に戻っていった。

 扉の中はいたって普通の部屋。少し高級なホテルの一室といった感じだ。ここに持ってきたスーツケースも部屋に持ち込まれている。

俺は地上の宿泊所を利用せずに済んだことに感謝し、疲れが誘うままベッドの上で横になった。


「むふふふふっ…… ふへへへへへ」


 気持ちの悪い笑いを浮かべ、マレードは新たに取得したジョブの名刺を眺める。


  『闇の貴公子』マレード・バアル

   魔界 幹部Lv1 性別:男

   TEL 未登録 


 魔力素で印字されたデータはしっかりと当人の現在の立場を読み取っている。俺は、ここに記された甘美な文字列を目で舐め、満足した。そして、満足の中、徐々に瞼は落ちていき、身体も洗わずに夢の世界に潜っていった。





「わぁー、凄いですねマレードさん~

 ほんと、何でもできる『何でもできる君』ですねぇ~」

 

 皇立マーバス学園の制服を纏った美しい女性が俺に語りかける。

 後輩であり、皇妃である彼女の言葉に、俺は顔を赤くして頷くしかなかった。

 場所は生徒会室。俺は二年生になった初めに行われた生徒会選挙で圧勝し、会長を務めていた。そして、彼女――第二皇女フィーナは書記になり、この時初めて、彼女と二人きりになった。

この時は気付かなかった……

彼女とのこの出会いが、天才であるこの俺を悩ませることになるなど……


「ごめんなさーい。マレード会長さん~

 ここどうするんですか~」


 彼女は書記の仕事を満足に出来なかった。俺は、彼女を全面的に補佐し、書記の仕事も大体やった。

 彼女はこう言った事は不得手であったが、戦闘力はずば抜けて優秀だった。いや、優秀なんて言葉では形容出来ない化け物だった。

 彼女の名刺に記されたジョブは学生の身分でありながら『姫騎士』であり、17歳の時には既にLv30だった。

誰も彼女に勝てない。彼女は美と力の神に愛されていた。だが、彼女には「知」が足りなかった。しかし、卒業試験を持ち前の動物的直観でギリギリ合格し、学術に励む学生たちを絶望させた。


 彼女は3年間に及び、無邪気に学園をかき回したが、一番の被害者は言うまでも無くこの俺だ。

 フィーナは持ち前の社交性と人望を駆使し、会う人会う人に、俺の事を「何でもできる君」などと紹介した。

 たった半年だ。立った半年で俺の二つ名『百年に一度の神童』が『何でもできる君』に書き換わり、気が付けば、国民の大多数が俺をそう呼ぶようになった。

 一番影響があったのは、卒業式。卒業者代表として、俺が言葉を述べた後、在校生代表として送辞を送ったのは何故か彼女だった。そこで彼女は俺の話を一時間に渡り熱弁し、在校生卒業生全てを凍り付かせた。もちろん、一番凍り付いたのは俺だ。

 そして、二十を超えた今でも俺は彼女を恐れている。



 朝の日差しが瞼を通し、瞳を刺激する。魔界で迎えた初めての朝だ。

 だが、寝起きは最悪だ。学生時代がリフレインする夢を見たのだ。俺の青春時代はあの脳筋姫によって塗りつぶされていた。

 俺は顔を洗い、汗と共に夢の記憶も洗い流すと、自分の名刺を眺めた。そして、心を慰めたのである。

何か重いものを、扉を開けた時に感じ、外側のノブを見ると、鉄製のプレートが掛けられていた。俺はそれを手に取り、表面を覗き込む。そこには、朝食の案内が書かれていた。

 俺はその案内に従い、桜月の四番目の日の朝,、卯の時に先日夕食の宴を行った大広間に向かう。エントランスには既にシェリーさんが待機しており、俺の姿を見つけると、深々と一礼した。


「おはようございます。バアル様。

 朝餉の準備が出来ております。どうぞこちらに」


 広間に行くと、既にアスタロトさん以外の幹部が集まり、各々食事を始めていた。


「マレード氏。おはようでござる!」


「いらっしゃーい。マレード」


「おはようございます。カーチェさん。ジレットさん。ナナミさん」


 俺は、皆に挨拶し、ナナミさんは恥ずかしそうに小さくコクコクと頷いていた。

 テーブルに並べられるは、白パンとスープそして、目玉焼きとサラダが添えられたベーコン。俺は空席の一つに座り、籠に入った白パンを一つ手にすると、それを二つに分け、断面にバターを塗って口に入れた。


「あの、宰相さま? 

 私のタレント何ですけど……」


 俺の元に知らぬ間にナナミさんが近寄り、小さく声をかけてきた。


「俺の事はマレードでいいですよ。ここでは宰相ではないし」


「あ、はい、では、マレードさん。

 ……私の能力は『評価』です。相手の能力が分かるんです。こんな風に」


 ナナミさんはそう言って、俺の前に水晶をまな板上にした様な不思議な板を見せる。そして、そこに何かが浮かび上がった。


【マレード・バアル】

クラス:エクゼクティブ


筋力C ■■■   耐久E■       属性:中立・混沌

敏捷B ■■■■  魔力A■■■■■

幸運B ■■■■  宝具A■■■■■ 


俺は瞬時に危険を察知し、表示されたデータから目を逸らした。


「どうです? 私この能力を好物から『エッグプラント・マッシュルーム』って呼んでいるんです」


(やめろやめろやめろ!! それ絶対やばいって。 この表記の仕方やばいって! ついでに、その能力名もやばいって!!)


「お気に召しませんでしたか? それじゃあフォーマットを変えますね」


「表記の仕方を変えれるんですか?

 ぜひ!! ぜひお願いします!!」


 俺の求めに応じ、ナナミさんが水晶に力を込めると、先程の表記が渦の様に溶け、新しく何かが浮かび上がった。


まれーど・ばある

おしごと:まかいかんぶ


ちから:まぁまぁ   

うたれづよさ:えーマジ最弱!? キモーイ ステ最弱が許されるのは小学生までだよね! キャハハハハハハ 

はやさ:そこそこ          

まほう:すっごーい!

うん:そこそこ    

とくしゅのうりょく:すっごーい!


せいかく:せこい


(…………なんで打たれ強さの部分そんなに煽るん?)


「これでどうでしょうか?

 私にはこれが精いっぱいで……」


「あ、あぁ、いいんじゃないですか? うん、素晴らしい能力ですね……」


(言いたい事は山盛りにあったが、相対的にこちらの方が安心できるし、いいだろう)


 俺の言葉に満足し、彼女はプレートを抱えて、食べかけの目玉焼きの元に帰っていった。そして、俺は汗を拭きとり、食事を再開する。


「女王様ぁ~ 女王様もマレード氏にタレント伝えたらいいとおもうお」


「うーん、止めておくわ。マレードが私の奴隷になるってんなら教えてあげてもいいけどね!」


 朝っぱらからボンテージ姿の若い女が俺に畳んだ鞭を向けて挑発する。

 勿論俺は丁寧にお断りし、食事を再開した。


「やぁ…… おはよう。みんな揃っているね……」


 現れたのは満身創痍のアスタロトさん。シェリーさんの肩を借りてよたよたと部屋に入ってきた。


「アスタロトさん! 何かあったんですか!

 もしかして、敵の仕業ですか!」


 マレードは席を立ち、今にも倒れそうな先輩の前に駆け寄る。ナナミも瞳を潤ませ、アスタロトを見つめていた。


「……いえ、よくある事です。

 昨晩、御主人様は自室を求めて彷徨い、あろうことか自ら庭にある防犯用トラップに引っかかり、そして辛うじてここまで戻ってきたものの、既に日を跨ぎ朝になっていた。

 それだけの事でございます」


 俺は既に予想していた。彼が極度の方向音痴だという事を。だが、それは想像をはるかに超え重傷だったらしい。

 自業自得の傷跡に包まれたアスタロトさんをシェリーさんは最後の空席まで運び、座らせた。この時、この場に全ての幹部が出そろった。


「いやいや、遅れて、済まなかったね。

 迷ったわけじゃないんだ。ちょっと…… そう! 散歩! 散歩していただけ! ここに来るのも久しぶりだから、トラップの位置が分からなかっただけなんだよ!」


 彼の力のこもった語りが、彼を一層惨めにする。


「あぁ、そうだ。

 皆、地上世界での生活リアルがあるだろうから、馬車を用意しておいたよ。

 それでゲートまで行ってくれたまえ」


 焦りの汗を額に浮かべて、アスタロトさんは話を逸らす様に言った。恐らく、ここにいる幹部たちは、俺と同様、幹部の他に別の顔を地上で持っている。というのは、魔界幹部に支払われる給与は、我が国の平均年収の約二分の一。これだけで生活するというのは、ほぼ不可能なのだ。これでいいのか魔界よ……


 そして時が来ると、皆一台の馬車に乗り込み、アスタロトさんに一時の別れを告げた。

一人乗員がいなくなったが、アスタロトさんが預かっていた全員分の荷物が加わり、行に増して、帰りも窮屈極まっていた。


(お馬さん可哀想……)


 俺は、とにかく何かを考え、意識を外に逸らさずを得なかった。なぜなら、詰まった車内で左に俺より五つは若いボンテージ姿の女性。右に、逞しいオタク青年。そして、膝上に小柄で華奢な少女が座り、皆の身体が俺の身体を刺激するからだ。


「ふふふ、マレードぉ、地上で会った時はよろしくねぇ。たっぷり遊んであげるから」


 そんな俺の努力を知らず、カーチェさんが指先で俺の胸板をなぞる。


(この人怖いよ…… 地上では絶対会いたくない……)


 他の人は良いにしても、俺は彼女に自分の素性を明かしたことを後悔した。

 もし、この人が地上で本当に女王の地位にあるのなら、俺のタレントも効かず、一方的に調教される事になるであろう。宰相の奴隷化は国家存亡の危機である。


 馬車がゲートに着くころには、俺の精神はくたくたになっていた。


「幹部の皆様。これ、飛空艇の時刻表です。どうぞお持ちください」


 門を護るかわいらしい犬耳少女が、尻尾を揺らしながら、気を利かせて時刻表を配っている。


「よーしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし。 立派だよケルベロスさぁん」


 俺は思わず精神を慰める為に彼女を抱いて頭を撫でまわした。魔界最大の回復ポイントだ。


「な、何するんですか! やめて下さいよ…… もう」


 口では嫌がっているが、尻尾が喜んでいるのは偽れない。だが、他の幹部の冷視線も偽る事の出来ない事実だった。


「……コホン。

 それじゃあ、空港に向かいますかね。ここからそんなに遠くないですよ」


 冷気を払う様に俺は皆に語りかけた。

 そして、心苦しいながらも、ケルベロスさんに別れを告げ、回復ポイントを離れて俺たちは村の方向に向けて歩みだした。


「ほーんと、何もない所よね。虫がいっぱいいそう」


「拙者、こんなところに住めないでござる。ここでの楽しみは何でござるか……」


「電気…… 通ってるのかなぁ……」


「交通手段が飛行艇だけってのもやばいよねー」


(畜生…… 畜生……)


 愛する国土に対する反論できないディスの総攻撃に俺は耐えながら、一人心で涙を流し、道を進む。

 道中、村人の皆々様は、俺たちの集団を見るや否や、いけないものを見たかのように目を逸らした。

 それはそうだ。春先からボンテージ姿の女、球体関節の偽人形娘、背にしたリュックに丸めたポスターの剣を突き刺した青年、そして天才の俺。あまりにも異質。異次元に迷い込んだような感覚を村人たちは肌で感じているのであろう。


 かくして、変態集団は寂れた地方空港――テルカ空港に到着した。だが、そこで更なる責めが若き帝国宰相を襲う……


「来る時も思ったけどさー この空港静かだよねー ほんと声が響く」


「そのくせ建物は立派で解放感MAXでござる」


 俺も分かっている。ここは公共事業の典型的失敗例である。

 ある日突然起きた田舎農村ブーム。

『子供たちに自然の楽しみを伝えよう』をスローガンに、意識の高い活動は燃え上がり、地方の高齢化を危惧していた帝国政府もそれに便乗し、公共物の建設に着手した。

 だが、ブームなんてものは天気や乙女心の様なもの。起こる時は突然起きて、冷めるときは急に冷める。青天の霹靂だ。ブームが突然雲散霧消しても、公共事業を突然やめる事も出来ず、この空港は農村にぽつんと聳える金のかかったオブジェとなった。


「皆さん! 見て下さい! プロペラ機ですよ。初めて見ましたぁ……」


「いやー、凄い骨董品でござるな。ジーマの国内線は博物館でござるか?」


(国際線でも一部プロペラ機だよクソッ! うちの国は物を大切に扱ってんだ!)


 飛空艇の進歩は凄まじく、ほとんどの国では空気中の魔力素を利用したマジックエンジンが主流だ。

 我が国の国営航空会社――ジーマ・エアラインでは、国際線の七割、国内線の二割がマジックエンジンである。


「あれに乗るのぉ? 奴隷も持たないまま死ぬなんて嫌よ」


(言いたいこと言いやがって…… こんなんで死ぬなら俺は数十回死んどるわ)


“えーっと、ジーマ・エアライン133便。マーバス行の搭乗案内を開始します。

 ご搭乗のお客様は3番ゲートにお越し下さい“


 だだっ広い出発ロビーにアナウンスが流れ、音が反響する。そして、俺達幹部御一行はアナウンスに従い、3番ゲートに向かった。

 そこでは、年寄りや、ハンデキャップを持つ人へ優先案内がされているが、ここにいるのは俺達だけ。その為、ゲートに着くと不思議そうな顔の添乗員によって、真っ先に案内された。


 この先は、リアルの世界。魔界から帝国に。夢から現実に。心が切り替わっていく……

 俺は、この後の事を考え、一人泣いた。


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