9 浅広き世界書(ナロウ・ブック) Ⅷ
十二日前――
「にわかには信じられんナ。それは余りに都合が良すぎル」
「えー、信じてくれないんですかぁ? 私達の仲じゃないですかロブスターさん」
「貴様と親密になった覚えはなイ。
あト、私の名は“プロテスター”ダ」
キトにあるホテルをねぐらにしているヌンティウスとプロテスターが、ホクトの呪道具浅広き世界書について言葉を交わす。
「何だったら。この指輪で私の真意を探ってくれてもいいのですよ~」
「ムム……」
「どうです? あなたにとってこれほどいい話は無いと思うのですけどぉ。
だって、貴方のタレントは――」
互いの心内をシェアする呪道具成愛の蛇枷。それを用いても、プロテスターにはヌンティウスの言葉に偽りは見つけられない。
「分かっタ。信じるとしよウ。
だガ、納得できなイ。何故ホクトの秘宝の秘密をお前如きが知っているのダ」
「ふふふ……
あの呪道具は特別なんですよ。他とは違うんです。
だって、アレは惨めでかわいそーな神様が創ったものなんですから」
「……答えになっていなイ」
プロテスターは訳の分からない事を言うヌンティウスに溜息をつくと、仮面の中を生温い空気で満たした。
「まぁ、そんな事どうでもいいじゃないですか。
っていうか、二人だけなんですし、その暑苦しい仮面外したらどうですか?」
ヌンティウスとプロテスターは素顔を知る関係であった。にもかかわらず、二人きりの部屋でも反逆の仮面を外さない彼にヌンティウスは疑問を持った。
「これは私なりのけじめダ」
「ふーん。そうですかまぁいいですけどぉ
それで、どうです? ホクトのアレも奪っちゃいます?」
「キトを混沌に沈めるよりかは価値がありそうだナ」
「それじゃあけってーい! お客さんも招待しないとですね」
ヌンテゥスの気まぐれ的な提案により、魔界、勇者それぞれに“招待状”が送られた。それが発端。彼らが集まった時点で、全てはいけ好かない女の掌の上だった。
第二試合は危なげなく、勝利。
ただ、対戦者の残した「まるで私の心の中を見られているようだ」という発言は俺の心に何故か残った。
「調子いいみたいね」
決勝戦の会場は変わらないが、相手側の応援席には第一、第二試合の相手サポーターが大集合していた。そして、俺達、ヴァサーゴ応援団にも一人新しい顔が加わった。
「みりあさんはあっち側の人でしょ。どうしてここにいるんですか?」
みりあさんは俺の嫌味に屈することなく、席に座る。
「私は確かにZIRE様の側近。
けど、どちらを応援するかはそれとは別問題よ。それにこうした方がZIRE様も大喜びになると思うの。
あ、ほら、そんな事より決勝が始まるわよ」
みりあさんは俺の話を指先で切ると、それをそのまま会場中心のテーブルに向ける。
そこには二人の女性がカードを切り、握手を交わしていた。
一人は言うまでも無く最後の希望ヴァサーゴ。もう一人にも覚えがある。確か最初の広場で威圧的なオーラを放っていたプレイヤーの一人だ。
「私はチューオ。よろしくね期待の新人さん」
「あ、はい。ナナ…… ヴァサーゴです。よろしくお願いします」
チューオと名乗った相手プレイヤーは礼儀正しく挨拶すると優しい笑みを見せた。最初に出会った時には絶対に見せない顔で、それは彼女がヴァサーゴの腕を認めた事を意味する。
「やっちまえチューオ!! あんたの二つ名の通り、ソッコーでチンピラを叩きのめしてくれ!!」
勝負師二人が厳かな空気を放っている中、粗暴な男が外野で大声を上げた。よほどヴァサーゴ達が許せないのか、彼の顔は真っ赤であり、怒り心頭といった見てくれだ。
「叩きのめせ!! 叩きのめせ!!
チンピラに正義の鉄槌を!!
通勤快速頼んだぜ!!」
男の叫びを皮切りに竹を割ったように観客席から声が上がる。
(凄い熱気だ……
ってか通勤快速って何?)
俺の耳に相手サポーターから聞こえるチャントの一単語が止まり、俺は首を傾げた。
「通勤快速のチューオ。それが彼女の二つ名よ。
誰よりも早く、そしていろんな過程を吹っ飛ばして勝利する事からその名がついたの」
聞かなくても隣に座るみりあさんが疑問に答えてくれた。そして俺はその何とも言えない二つ名に吹き出しそうになったが、自分のあの“|二つ名(何でもできる君)”の事が頭に浮かび、虚無の表情を浮かべ、彼女に同情した。
「静かにしなさい!!」
加速度的に騒がしさを増す状況にとうとう通勤快速さんが声を上げた。
声は鋭い矢のように会場を一周すると、命が取られたように皆静まり返った。
「これでいい。それじゃあ始めましょう」
騒がしさを宥めた教師のように、静寂を確認すると、通勤快速は所定の場所につき、ヴァサーゴもそうするように誘う。
「はい!!」
そしてヴァサーゴの答えを合図に、トーナメント決勝戦の幕が切って落とされた。
「ドロー。
私のターンで『ウィザードカード』“臨時生産”を発動。手札を二枚破棄し、カードを二枚引きます。
そして、破棄した『モンスターカード』を除外し、上級モンスター“スカイボマー”を召喚!
ターン終了」
通勤快速は初手に『ウィザードカード』を使い、早くも上級モンスターを場に出現させた。
「出たわね。チューオの速攻コンボ」
「速攻コンボ?」
「そう。
複数のカードを組み合わせて、より高次な結果を出す事をコンボというの。
本来であれば、“スカイボマー”の召喚には二体『モンスターカード』が破壊され、捨て札に送られなければならないけど、彼女はその条件を『ウィザードカード』“臨時生産”で強引に満たしたってわけ」
カード初心者で無勝の敗北者であるバアルにみりあは状況を解説する。
“スカイボマー”の召喚条件は捨て札の『モンスターカード』二枚を除外する事なので、悠長に下級モンスターを並べていたら最低でも三回目の自分の手番まで待たなくてはならない。だが、チューオはその待ち時間を『ウィザードカード』で無理やり短縮したのである。これによって本来もっと先に出るレベルの上級モンスターが一ターン目にして場に現れ、ヴァサーゴは大きなプレッシャーを受ける事になる。
「私のターン。ドロー」
だがヴァサーゴの表情にはプレッシャーを受けている様な歪みは無い。
「私は『モンスターカード』“パペットガイ”を召喚。ターンエンドです」
ヴァサーゴに出来るのはこれくらいしかない。“パペットガイ”が攻撃しても、高い攻撃力と敏捷を持つ“スカイボマー”に返り討ちにされるだけだ。それなら盾として“パペットガイ”を残すべきであろう。
「私のターン。ドロー。
下級モンスター“メカニカルプロフェッサー”を召喚。
そして“スカイボマー”で“パペットガイ”を攻撃!!」
通勤快速のチューオの攻撃宣言により、“スカイボマー”の凶刃が下級モンスター“パペットガイ”に向けられる。これを受ければ、敏捷の差によって反撃する事も叶わず一方的に盾として破壊される事になる。
「『ウィザードカード』“エレメンタルバリア”を発動! “スカイボマー”の攻撃を無効化します!」
“パペットガイ”の運命はヴァサーゴの発動した“エレメンタルバリア”によって変わり、凶刃を逃れた。だが、新しく現れた下級モンスター“メカニカルプロフェッサー”の姿に彼女は安堵するどころか不快な顔を見せた。
『モンスターカード』の中には特別な能力を持つものがある。例えば件の下級モンスター“メカニカルプロフェッサー”であるが、体力1で他は0という貧弱極まるステータスの代わりに『このカードが場にある限り、持ち主は自分のターン開始時にデッキを全て見て(特性:機械)を持つ『モンスターカード』を手札に加えるか、デッキの一番上のカードを捨て札に置き、一枚カードをドローする』という非常に強力な効果を持っている。
(あれをこのままにしておくとまずいかも……
一応私のターンに“パペットガイ”で攻撃して倒す事も出来るけど、きっとあの人も手を打ってくるはず)
「私のターン。ドロー」
ヴァサーゴはカードを引きつつ考える。“メカニカルプロフェッサー”をこのターンで倒せば、無害のまま処理できるが、このカードゲームがそんなに甘くはないという事も彼女は知っていた。
「――“パペットマスター”を捨て札に送り、“パペットクィーン”を召喚。
“パペットクィーン“で”メカニカルプロフェッサー“を攻撃します」
考えたところで、“メカニカルプロフェッサー”をこのままにする訳にもいかず、また、罠があっても対抗する手段がない為、ヴァサーゴは呼び出した上級モンスター“パペットクィーン”で小賢しい敵に攻撃した。
「『ウィザードカード』“エレメンタルバリア”! その攻撃、無効にさせてもらうわ」
今度はチューオによって汎用カード“エレメンタルバリア”が発動された。
「このゲームにおいて“エレメンタルバリア”基本中の基本カード。どういったデッキでも三枚入っていると見た方が良い」
みりあさんによるとそうだそうだ。確かに、俺達が買ったスターターデッキにも三枚入っていた。確かイルマは「攻撃は最大の防御よ、どやぁ」とか言って外していたっけ。
ん? そう言えばえらく静かだな。
俺は声の聞こえぬ右隣に顔を向け、基本煩いドワフの女戦士の様子を伺った。
「…………スヤァ」
寝ていた。圧倒的熟睡。会場が爆音であふれかえる場面があったにもかかわらず、この堂々たる熟睡。
「……フフフ私にまっかせなさい。正義がかーつ スヤァ」
しかもこの敗者。クッソ都合の良い夢見てやがる。無理やり起こして現実を突きつけたくなってきた。
だが、大人な俺はそんな事はしない。この女の教育より目の前の試合の方が重要なのだ。
「私のターンドロー。
そして“メカニカルプロフェッサー”の特殊能力でデッキから“スカイボマー”を手札に加えるわ」
チューオはデッキを全て見て上級モンスター“スカイボマー”を手札に加えると、デッキをシャッフルして元の位置に丁寧に戻した。
「続いて『ウィザードカード』“臨時生産”を発動。手札を二枚捨て、カードを二枚引く。
フフフ。これで準備は整った。出でよ“スカイボマー”」
チューオの宣言と共に二体目の“機械の巨鳥”が解き放たれた。
「“スカイボマー”の攻撃。ターゲットは“パペットクィーン”!!」
閃光の如き速度で巨鳥は巨大人形の上空に至ると、雷雨の如く爆雷を降らせた。
“パペットクィーン“はそれをもろに受けるとたじろぎ、炎の渦に巻き込まれる。だが、”パペットクィーン”は地獄の業火を耐えた。首の皮一枚で大地に立ち、報復とばかりに目から極太のレーザーを天空に見舞った。それは見事に敵の腹に命中し、“スカイボマー“は墜落はせずとも白煙を撒き散らす。
一矢報いた”パペットクィーン”であったが、彼女の命運は二体目の巨鳥が襲来した事によって尽いた。流石に二回目の爆撃に耐えることは無く、人形の女王は威厳を示しつつも炎の中に消えた。
ああ、これは俺の妄想だ。実際にはテーブルの上で紙がチョイチョイ動いているだけだ。でも、もしカードの絵柄が実体化される機械があればきっとそんな映像が流れていたと思う。
「ターン終了」
チューオのターンが終わり、ヴァサーゴの場にはモンスターは無く、対してチューオの場には片方は手負いだが上級モンスターが二体に下級モンスターが一体。圧倒的にチューオ優勢の状況だ。
「私のターンドロー
……『ストラテジーカード』をセットし、ターン終了します」
ヴァサーゴはこのターン盾となる『モンスターカード』を出すことなく、フィールド中央に置いた一枚のカードに全てを託した。
「ドロー。“メカニカルプロフェッサー”の効果発動。デッキから“メカニカルプロフェッサー”をサーチ。そして『ウィザードカード』“臨時生産”を発動して二枚のカードを捨て、二枚ドロー。三体目の“スカイボマー”を召喚!!」
とうとう三体目の“スカイボマー”が盤上に姿を現す。しかも全て『ウィザードカード』“臨時生産”とのコンボによって。
この様な展開に運んだのは無論、チューオの引きの強さもあるが、“臨時生産”がコンボパーツであると同時に、優れたドローカードであるというのも理由の一つであろう。また、“メカニカルプロフェッサー”の効果によってデッキを圧縮し、コンボパーツを引きやすい環境を作っていた。つまり、彼女のデッキはコンボパーツが手札に来やすいように構築から気を遣っていたのである。
(『ストラテジーカード』……
確か彼女は第一試合で使用していた)
しかし順風満帆な試合運びをしていた彼女であったが、やはりストラテジーゾーンに置かれた一枚のカードが気になるようで、攻撃宣言の前にしばし考える。
(“人形狂乱の夜”
彼女が使用したストラテジーカード。効果は「このカードが破壊された場合、場の全てのカードを破壊し、自分の捨て札に存在する全ての『モンスターカード』を場に出す」
だったら何の問題もない。私のデッキにはストラテジーカードを破壊するカードは一枚も入っていないのだから)
このターン全ての攻撃をヴァサーゴに与えれば、彼女は虫の息。次のターンに確実に葬る事が出来る。
「“スカイボマー”で攻撃。対象は相手プレイヤー」
チューオは伏せられたストラテジーカードを無害と判断し、僕の巨鳥に攻撃を命令した。
そして巨鳥は空高く舞い上がると、ヴァサーゴを目掛けて突撃する。
「『ストラテジーカード』発動します!!」
巨鳥がヴァサーゴを照準に捉えた刹那、大地から飛び出した無数の糸によって巨鳥はからめとられ、大地へと墜落した。
謎の糸はチューオの傍に待機していた他の僕たちにも容赦なく向かう。そして、彼女のモンスターたちは全て行動不能に陥った。
「こ、これは。
そんな、そんな事……」
姿を見せた『ストラテジーカード』。それは“暴走する操り糸”
効果は「同名上級モンスターがフィールドに二体以上存在し、その内一体がプレイヤーを攻撃した場合、攻撃を無効にし、次の手番から数えて3ターンの間、持ち主のプレイヤーの攻撃宣言を封じる」
チューオの驚愕は計り知れない。“暴走する操り糸”の発動条件は極めて限定的で、現実的でなく、また、性質上、普通なら複数枚入らない『ストラテジーカード』がヴァサーゴのデッキに入れられていた事にも衝撃を受けた。
そして何より、よりにもよって自分がそのカードの餌食になったというのが信じられなかった。
「おい……見たかよ。信じられねぇ」
「ああ、“暴走する操り糸”が発動しているところなんて初めて見たぜ」
歴史的瞬間にギャラリーはざわつき、ヴァサーゴに対する目の色が変わった。「コイツ。ただチンピラなだけじゃなくて、カードの天才かもしれねぇ」となったのだ。
「ターン終了……」
まさかの伏兵にチューオはこのターン含めて三回攻撃の機会を奪われた。それは相手に自由な展開を許す事であり、速攻を好む彼女には耐えられないものがあった。
「私のターン。ドロー」
だが、状況がチューオ優位なのは変わらず。ヴァサーゴが与えられたチャンスを生かす事が出来なければ状況は悪いままだ。
「……ターン終了します」
チャンスが与えられたにもかかわらず、ヴァサーゴは何かをすることなく、苦い顔をして手番を終えた。
「どうしたんだろう?」
チャンスを無駄に流すヴァサーゴに俺は首を傾げ、敢えて声に出してそう言った。
「事故ね」
そして思惑通りみりあさんが俺の疑問に答えをくれた。
「事故?」
「そう事故。
バトルモンスターズでは自由に見えても、実際できる事には制限があるの。
例えば、『ウィザードカード』はそこに付記されているタイミングでしか発動できないし、大型モンスターは条件を満たしていなければ召喚できない。
そういった“今の段階で活用できないカードが手札に集まり、欲しいカードが来なくて身動きが取れなくなること”を事故って言うのよ」
――だそうだ。
つまり、ヴァサーゴの手札には今出せるものが無く、渋々ターンを流すしかないという事だ。
え? ちょっとヤバくね?
「私のターン! ドロー!」
驚きで狼狽えていたチューオだが、状況が依然優位であると自分を鼓舞するため、敢えて意気揚々とターンの開始を宣言した。
「“メカニカルプロフェッサー”の効果発動。“マシーンソルジャー”を手札に加えるわ」
このターンも“メカニカルプロフェッサー”によってドローが加速する。
「“マシーンソルジャー”を召喚し、ターン終了」
そして、チューオの軍勢はより強靭なものとなる。
今は攻撃が出来ないだけで、既に彼女の場は完成されており、増強の勢いは止まることは無い。
「私のターン。ドロー……」
対してヴァサーゴは苦悩の中にいた。“暴走する操り糸”によって限定的な壁を構築し、敗北を免れていたが、手札の状況は最悪だ。
「うーん。やっぱり事故ってるみたいね~」
持ち込んだ双眼鏡で目を覆うと、みりあは呟いた。
「へぇー…… って、みりあさん何やっているんですか? そんな事をしちゃあ……」
「いいのよ。私運営側の人間だし」
双眼鏡の先にはヴァサーゴの手札。そこにある一枚一枚を舐めるように眺めると、みりあは「あちゃー」と声を漏らした。
「俺にもちょっと貸して下さい!!」
情報を独占され、その様な反応をされると気分が悪い。
俺は運営側の人間ではないが、みりあさんから双眼鏡を取り上げると、それを自分の眼に沿えた。無論視線の先はヴァサーゴの手札だ。
「上級モンスターと、モンスターが場にいる事を条件とした『ウィザードカード』。このターン引いたのはよく分からない『ストラテジーカード』。
やっばいなぁ……」
まさに事故っていう感じに、俺は溜息をついた。土地の契約が出来ていないのに物資と人員だけが送られているみたいな、そんな息がつまりそうな感じだ。
「ターン終了します」
二ターンが無為に過ぎる。
「ふふふ。私のターン。ドロー
“メカニカルプロフェッサー”の効果でデッキから一枚を捨て札に送り、カードを一枚引く。
そして『ストラテジーカード』をセットする」
流石にチューオもヴァサーゴが酷い事故を起こしていると確信し、召喚権を使わずに『ストラテジーカード』をセットした。
「私のターン…… ドロー!!」
絶望の淵でヴァサーゴが引いたカードは下級モンスター“パペットソルジャー”。
ついに場に出せるカードを引いたが、もはや後の祭りといった状況だ。
「『モンスターカード』“パペットソルジャー”を召喚します!!」
だが、下級モンスターでも厄介な“メカニカルプロフェッサー”は容易に処理できる。
ヴァサーゴは出来る限りの事をしようと先ほど引いた“パペットソルジャー”を召喚した。
「『ストラテジーカード』“バリアコーティング”発動!!」
しかしヴァサーゴの行動はチューオが伏せた『ストラテジーカード』のトリガーを引く事になる。
『ストラテジーカード』“バリアコーティング”の効果は――
「自分の場に(特性:機械)を持つ『モンスターカード』が四体以上存在し、相手が下級モンスターを召喚した場合発動できる。
(特性:機械)である自分モンスター一体はこのターンから数えて3ターンの間体力が1未満にならない」
比較的条件を能動的に達成できる代わりに効果は控えめであるが、“メカニカルプロフェッサー”を排除したいヴァサーゴにとってはこの上なく厄介な効果だ。
「対象は勿論“メカニカルプロフェッサー”。
このカードは3ターンの間無敵となる」
“メカニカルプロフェッサー”を相手に出来ない以上、戦える相手は“スカイボマー”及び“マシーンソルジャー”。
“スカイボマー”を相手にすれば返り討ちにされ、“マシーンソルジャー”を相手にすればやられはしないものの相手も倒せない。
「ターン終了です」
ヴァサーゴは結局このターンはモンスターを召喚するに留め、相手に手番を渡した。
そしてヴァサーゴを守っていた操り糸はその姿を薄め、機械の軍勢は自由を取り戻す。
「私のターン!! ドロー!!」
圧政から解放された市民のような顔でチューオはカードを引く。
「“メカニカルプロフェッサー”の効果を起動。
デッキから1枚カードを捨てて追加ドロー!!」
潤沢な手札。
圧倒的な戦力。
負けるはずがない。
チューオは勝利を確信し、指先をカードに乗せる。
「“スカイボマー”で“パペットソルジャー”を攻撃!! 一方的に撃破する!!」
久方の自由は巨鳥を一層荒ぶらせ、勢いよく飛翔する。標的は“パペットソルジャー”。あまりにも弱く、張り合いがない相手だが、“スカイボマー”に容赦というものはない。
「『ウィザードカード』“人形師の願い”発動!
“パペットソルジャー”を捨て札に送り、捨て札より“パペットクィーン”を召喚します」
“スカイボマー”の標的は突然ひ弱な人形から巨大な人型兵器へと突如変化した。
『ウィザードカード』“人形師の願い”の効果は「相手プレイヤーが攻撃宣言をした場合に発動。自分モンスターを捨て札に送り、一度でも場に出たモンスターを捨て札から場に召喚して捨て札に送ったモンスターのステータスを2を上限として加算する」
ヴァサーゴの手札も出せるカードが無かっただけで、不足しているわけではない。場にモンスターが出れば、サポートは豊富なのだった。
「ムッ……」
突然の変化にチューオは戸惑う。
強化された“パペットクィーン”を相手にすると、“スカイボマー”一体では倒しきる事は出来ず、むしろこちらが撃破される。
「……手負いの“スカイボマー”で攻撃。
続いて無傷の“スカイボマー”で攻撃して“パペットクィーン”を破壊する」
どのみち一体は“スカイボマー”を犠牲にせざるを得ず、チューオは手負いの“スカイボマー”をを特攻させ、二体がかりで“パペットクィーン”を撃破した。
「三体目の“スカイボマー”と“マシーンソルジャー”で相手プレイヤーに直接攻撃し、ターン終了」
手痛い損失はあったが、チューオの攻撃はヴァサーゴに届いており、勝利の道は揺るがない。ただ延命したに過ぎないとチューオは信じていた。
「私のターン。ドロー
『ストラテジーカード』を伏せてターン終了します」
(『モンスターカード』を置かない!?
それはつまり私の勝利)
このターン集中攻撃を受けたら体力を全て失うにもかかわらず、ヴァサーゴは盾となる『モンスターカード』を置かなかった。
それはチューオの目の前に勝利がぶら下げられたことを意味する。
「ふふふふ。私のターン。ドロー」
(降参しなかった事は褒めてあげる。けどあなたの躍進もここまで…… 私がしっかり負かしてあげるわ)
「そして“メカニカルプロフェッサー”の効果を発動。
私はカードを……」
勝利を確信し、ウィニングランをひた走っていたチューオ。
だが、指がデッキに触れた瞬間、背筋から冷たいものを感じた。
(薄い……)
触れたカードの束。それが気付かないうちに14枚と薄くなっていたのだ。
(!? まさか…… そんな……)
それを知った瞬間。チューオの脳裏に一つの可能性が浮かぶ。
即ち――
“ヴァサーゴがデッキ枯渇を狙っている可能性”
デッキを失った者は体力が残っていたとしても敗北する。それによる勝利をヴァサーゴが狙っていたとしたら、操られていたのはチューオの方。愚かにも勝手に勝利を確信してその実、罠に嵌められていたという事になる。
デッキ圧縮を伴った速攻コンボデッキの内在的な弱点として、コンボパーツを集める為にデッキを圧縮し、より多く手札に引くというコンセプトからデッキが急激に減るというというものがある。つまり、速攻デッキは速攻で勝たなければこちらが危機に陥るという事だ。
無論、チューオが速攻デッキに内在するボトルネックを知らぬはずはなかった。だが、彼女の経験上、勝つにしろ負けるにしろ勝負は一瞬でつくもので、そこに対する警戒が薄くなっていたのも確かであった、
「くっ…… デッキから一枚捨て札に送り、カードを一枚引く(デッキは残り十二枚)」
本来勝利へと誘ってくれる“メカニカルプロフェッサー”だが、今のチューオには敗北への案内人に見えてきた。
“メカニカルプロフェッサー”の効果は任意ではなく、強制であり、効果を使わないという選択肢はない。また、既にデッキ内には(特性:機械)の『モンスターカード』は存在せず、デッキを二枚削るドロー効果を選択せざるを得なかった。
(デッキ枯渇を狙っていたとしたら、手札事故は装っていただけ。“メカニカルプロフェッサー”を自然な形で残すためのブラフ。なら、彼女の手には既に勝利までのプロセスが出来ているという事)
チューオはそう考えると、場に出された『ストラテジーカード』を必要以上に警戒する。
(“人形狂乱の夜”……
いや、二枚目の“暴走する操り糸”かもしれない。
もし、あのカードが“暴走する操り糸”なら私は……)
勝ち負けが直接関わる大きな賭け。
その賭けに――
「ターン終了」
チューオは乗らなかった。
リスクある賭けより安定をとった。
以前盤上の有利は彼女にあり、このターンを逃しても次のターンで決着をつければいいと考えたのだ。
「私のターン。
『ストラテジーカード』を捨て札に送ります」
伏せられていた『ストラテジーカード』は“コッペリアズフェイト”
自分のデッキが3枚以下、敵の場に『モンスターカード』が3枚以上を条件とする『ストラテジーカード』であり、条件はどう見ても満たせないものであった。つまり誰の目から見てもブラフ。
(くっ…… 攻撃していれば私の勝ちだったのに)
チューオは臆病風にふかれた事を悔やんだが、小さく呼吸して心を落ち着けると、相手の動きを注視する。
「ドローします。
うん。私これ使いますね。『ウィザードカード』“人形師を救う糸”」
“人形師を救う糸”の効果は自分の捨て札に二種類以上の『ストラテジーカード』がある場合、その内のどちらか一枚をストラテジーゾーンに伏せ、一枚を手札に加えるというものだ。
「一般的に『ストラテジーカード』はリスクが重い故に、複数枚、まして複数種はいる事は稀。
それを条件にするあのカードは誰もが見向きもしないゴミカードだけど、まさか大会、いかも決勝で見られるなんて」
みりあは驚きを隠せない。というか、この試合俺たち以外は驚きの連続で、俺と人形、そしてそこで気持ちよさそうに寝ている勇者様以外、皆が期待のようなものを抱きながら二人の戦いを見つめていた。
「私のターンを終了します」
(こんなカードに追い詰められるなんて……
もし、伏せられたカードが“暴走する操り糸”ならこのターンの攻撃も封じられる)
「私のターン…… ドロー」
ターンの回ってきたチューオは薄くなったデッキからカードを一枚慎重に引く。
「“メカニカルプロフェッサー”の効果を……発動……」
もはや彼女の言葉には覇気がない。終点に着きつつある状況に焦りを感じているのだ。
(“暴走する操り糸”を場に置く事が確定で出来る以上、あそこに伏せられているのは疑いなく“暴走する操り糸”
わざわざ即死トラップを踏む必要はない)
「私は“マシーンソルジャー”で相手プレイヤーを直接攻撃しターン終了……」
“暴走する操り糸”の発動条件は同名上級『モンスターカード』が場におり、それが攻撃を行う事。それを回避するためにチューオは下級モンスターである“マシーンソルジャー”のみで細やかなダメージだけをヴァサーゴに与えた。
彼女の選択は正しかった。
伏せれれていたカードは紛れもなく“暴走する操り糸”であり、もし“スカイボマー”が攻撃を行っていれば彼女の敗北は確定していた。
「あ、そうだ。これを発動しますね」
心臓の音が鳴り止まぬチューオに、ヴァサーゴはいつも通りの口調で宣言した。
彼女が発動したカードは『ウィザードカード』“人形爆弾”「相手の攻撃によって自分がダメージを受けた時に発動し、相手のデッキの一番上のカードを捨て札に送る」という効果を持つ低レア外れカードだ。
だがこの効果はチューオに強烈なダメージを与えた。
今の彼女にとって、デッキの残り枚数は体力よりも重要であり、そこにピンポイントで狙撃する“人形爆弾”は脅威そのものであった。
(やはりそうか!
彼女は私のデッキが枯渇するのを狙っている。その為に私を調子に乗らせ、躍らせていたのね!!
なんて恐ろしい娘!!)
“人形爆弾”が発動した事でチューオはヴァサーゴの目的が「デッキの枯渇である」と確信し、白目を剥いた。
「私のターン。ドロー
うーん…… ターン終了です」
(手札に下級モンスターがないのか。それとも、無敵の切れた“メカニカルプロフェッサー”を倒すモンスターが無いように見せているだけなのか)
ヴァサーゴの“何もしないという”行動に、チューオは思考を巡らす。
「私のターンドロー……
そして“メカニカルプロフェッサー”の効果発動。デッキから一枚カードを捨て、一枚手札に加える」
そして手札とにらめっこし、対策を考える。
チューオの使う速攻機械デッキは、切り札の上級モンスター“スカイボマー“、デッキを圧縮し、ドローを加速させる“メカニカルプロフェッサー”“臨時生産”、“スカイボマー“のコスト兼戦力の下級モンスター、そしてそれらをサポートするカードによって構築されている。
その中に危機を脱せる力を持つカードは存在しない。不意に“スカイボマー”が撃破される事は想定していたが、この様な事態は想定していなかった。
「“スカイボマー”を先頭に全軍攻撃。目標は相手プレイヤー」
チューオは考える事を止めた。仮にヴァサーゴが策を講じても、自分に出来ることは無いと理解したのだ。
故にただ攻撃する。何かあるとしてもただ、剣の先が通る事を祈って彼女は僕に攻撃を指示した。
「『ウィザードカード』“エレメンタルバリア”を発動して、攻撃を無効にします」
「くっ…… 猪口才な」
攻撃は防がれた。それはチューオにとって意外でも何でもなく、ヴァサーゴがデッキ切れを狙っている以上阻止する事は想定の範囲内であった。
「……ターン終了」
想定内だからといって、何もできることは無く、チューオは俯いてターン終了を宣言した。デッキは残り五枚。次のターンに勝負を決める事が出来なければ敗北が確定する。
「私のターン。ドロー。
うーん。そうだなぁ……
うんうん。よし。さっき引いたこれにしよっと」
ヴァサーゴのあどけない態度もチューオから見れば何かを偽る仮面に見える。
「『ストラテジーカード』をセットしてターン終了します」
ヴァサーゴは一枚のカードを伏せると、ターンを終了し、チューオに手番を渡す。それはチューオにとって最後のターンであった。
「私のターン。ドロー。
“メカニカルプロフェッサー”の効果発動。デッキから一枚捨て札に送り、一枚引く」
手札など見る意味もない。何を引いたかなんてどうでもいい。
チューオがする事はただ一つ。“攻撃”あるのみだ。
決していい状況ではない。チューオの心のどこかには敗北する自分が写っている。
けど彼女の顔に悲壮は無かった。むしろ清々しく、喜びを感じている様な晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
「それじゃあ行くわよ。
勝ち負けを決める一勝負!
いざ、尋常に出発進行!!」
巨鳥のラストフライト。
攻撃が通れば勝ち。
阻止されれば負け。
勝負は果たして――
「『ストラテジーカード』“暴走する操り糸”を発動します」
ヴァサーゴのこの言葉によって勝負は決した。
チューオに次のターンは回ってこない。
一足先に、彼女が搭乗する快速列車は終点へと至り、もう動くことは無い。
「ふふふ。私の負けね。
こんな負け久しぶり。ほんと楽しかった」
通勤快速のチューオが降参を宣言すると、会場は盛大な拍手に包まれる。
ヴァサーゴにブーイングする者もいない。彼らは素晴らしい試合を見せてくれた二人に拍手する事で感謝を示したのだ。




