6 浅広き世界書(ナロウ・ブック) Ⅴ
「ああっ! 面倒臭い! 面倒臭い! 面倒臭いいいいい!!」
クッソ似合わない魔法少女のコスプレをしたイルマがトンガリ帽子を床に叩きつけて叫んだ。
「しょうがないですよ。少しずつ進めていかないとこの街の主に会う事も出来ませんし」
「こんなスコップでチマチマみたいなやり方じゃなくて、ダイナマイトでドカンみたいな方法ないかしらねぇ。
ってか、アンタたち地味に楽しんでない? これは浅広き世界書をいち早く出るための戦いなのよ。もっと自覚をもって」
(メイド喫茶を一番楽しんでいた奴の台詞とは思えないな)
俺達はメイド喫茶での経験により、AKIHA初心者からAKIHA初級者へクラスアップした。だが所詮初級者程度であり、先は長い。あと鎧も返してくれなかった。
そんなこんなでメイド喫茶店員の証として頂戴したメイド服を普段着とし、俺達は新しい挑戦を続けている。それで、今やっているのは“こすぷれ”なるやつだ。ジーマではあまり聞き慣れないものだが、ヴァサーゴ曰く、トキオやラージロープでは人気らしい。
「ああ、馴染む。馴染むぞ!!」
俺の身を包むのは何かのアニメに登場した女騎士。ハリボテの剣と鎧は脆く軽いが、姫様の身体にはしっくりくる。
「勿論私達もここから出る為に頑張っていますよ。だからこうやって撮影会に来たんじゃないですか」
俺が騎士の鎧に満足している間に、ヴァサーゴはイルマの言葉に反論するが、彼女がコスプレを楽しんでいるのは事実であり、有名アニメに登場する深紅のゴシック人形の衣装に絶賛興奮中だった。因みに彼女の従者である二体の人形は、同様のアニメに登場する如雨露を持った緑色の人形とハサミを持った青い人形のコスプレをし、「ですぅ」などと鳴きながら飛び跳ねていた。
「まぁ、そうなんだけどさ。
にしてもホントあいつら見る目ないわね!! ここに絶世の美女がいるってのにさ!!」
イルマの発言の中に突然出てきた“あいつら”というのは撮影化に集ったカメラ小僧たちの事である。彼らの大部分は小僧という年齢ではなく、淑女も少数いるが、言いやすさを重視してカメラ小僧と呼ばせてもらっている。それで、イルマの憤慨から分かるように、俺達はカメラ小僧どもから悉く無視された。ヴァサーゴ達は二、三回撮影を求められたが、俺達はゼロ。メイド喫茶に続いてまたしても人形少女に敗北したのだ。
流石に原因は分かっている。ここで問われるのは“どれほどキャラになりきっているか”で、メイド喫茶とは真逆、しかもコスチューム元のキャラクターを熟知している必要がある。にもかかわらず、俺とイルマはこのキャラが登場するアニメやゲームの鑑賞すらしていない。それでは評価以前の問題だろう。
「まぁいいわ。こんなちんけな会場で注目されなくても、後に控えるAKIHAビックリサイトで注目されればいいのよ」
AKIHAビックリサイト。それは街中のクリエイターたちが集い、己が才能を披露する地。イルマは自信満々にかの地で成功すればいいなどとのたまっているが、かの地はこの小会場とは比較にならない程レベルが高いというのは素人目にも明らかだ。全く、彼女の自信は何処から来るのやら。
付け加えて、ビックリサイトでの撮影会はコスプレでのし上がるうえで、最後のチャンスともいえる。確かにビックリサイトで評価されれば、AKIHA中級者へのランクアップは固いが、撮影会は年にたった二回。俺達は幸運にもイベント直前にメイド喫茶で市民権を得、急用でイベントに参加できなかったメイドに代わって参加する権利を得たが、対策なしにはこの幸運も意味を無くすだろう。
「まぁその前に研究だな。一朝一夕で何とかなるものでもないかもしれないが、最低限やるべき事はやるべきだ」
「はいはい。分かってるわよ~」
イルマのけだるげな返事に不安があるが、遅まきながら、俺達のレイヤーへの戦いが今始まった。
因みに俺が纏っている衣装は青い聖騎士のもの。聖剣を持つ英霊であり、召喚者と共に聖杯を求めて他の英霊と戦う女騎士だ。イルマの方は、同人シューティングゲームの主要キャラクターであり、またそのコンテンツの顔の一つとの事。
そして、各々が籠り、励み、学んだ成果が試される時が来た。
「皆いい顔をしていますね」
俺は金の剣を突き立て、集った仲間たちの顔を見回した。今思えば、剣を抜き勇者となった俺がこのキャラを演じるのは必然だったのかもしれない。
「当り前よ。この時の為、私は何時間も魔〇沙が出てくる動画を観たんだから」
箒の柄で地面を突き、イルマはニッと笑う。どうやら俺の心配は杞憂だったようで、彼女はしっかりと準備をしていたようだ。
人形トリオは出発点から一日の長があり、更にそれを極め、力強さと余裕を俺達に見せつけている。極めつけは彼女たちが手にした重厚な鞄。アレは彼女たちが演じるキャラに必要不可欠なもので、俺達がキャラの研究をしている間に拵えたようだ。
「でさぁプーギャー……じゃなくて、ヴァサーゴ。その鞄の中に何入れているの? 荷物はさっき預けてきたわよね?」
ヴァサーゴが手にした鞄を見てそんな事を言うイルマに「はぁ…… こいつ分かっていないな。これもコスプレの一部なんだよ」と言いたくなったが、俺が言わずともヴァサーゴが答えるだろうと敢えて黙って様子を見る事にした。
「これですか!?」
“よくぞ聞いてくれました”みたいな顔でヴァサーゴは声をあげた。俺はその様子にどこか不安を覚えた。体中の血液が騒ぎ、警告しているのだ。
「イルマさんにもおひとつおすそ分けしますね~」
鼻歌でコスプレ対象の主題歌を奏でつつ、ヴァサーゴは自分の持った鞄をガチャリと開けて札束のようにギッシリ入った紙の内の一枚を取り出して、イルマに手渡した。
「ん? Nyamu game? 週一配信?」
「っ!!」
悍ましい単語が耳に至り、俺は歯を強く閉めてイルマが手に取った名刺より少し大きいカードを疾風の速さで奪取した。
「やはりか……」
カードは思った通り、MチューバーNyamuの宣伝で、恐ろしい事にニャムが理想化されている為か、不定期だった動画配信が隔週になっていた。
「ヴァサーゴ。ちょっと来て!」
彼女が不特定多数に地獄への招待状を配ろうとしていたのも問題であったが、それと同じくらい、自分の情報を拡散させるのは危険だった。ヴァサーゴはそれが分からない愚か者ではないが、理想化によって膨張した宣伝魂と多くの者が集うビックリサイトという土地パワーによって判断力が鈍っていたのだろう。
「ふぇ? どうしたんですか? あ、バアルも欲しいんですね」
「いっらねぇ…… じゃなくて、無暗に自分の情報を出すべきではないですよ。だって、あの人どこか抜けているけど一応勇者の仲間だし」
「あっ……」
ヴァサーゴもしでかしに気付き、微かな声をあげる。
「あのあの……」
そしてフラフラとイル魔理沙に近づき、両手を合わせて上目遣いに彼女の顔を下から覗いた。使い古されたおねだりの姿勢だ。
「さっきの事忘れて下さいっ!!」
「さっきって、Nyamu gameの事?」
「はい……」
人の記憶とはなんとも不便なもので、忘れようにも個人の意思ではどうにもならない。むしろ、忘れたいと思う程記憶に残り続けてしまう。まことに天邪鬼の極みだ。
「ははーん。そういう事ぉ」
流石に阿保でも何かを察する。イルマは意地悪そうな顔を浮かべて嫌らしくヴァサーゴに声をかけた。
「つーまーりー。Nyamu gameってのがアンタの真の名前なのね」
(間違っているがニアミス。こいつはヤバイい)
撮影会という戦いを前に、危険な暗雲が俺達を包んだ。
「はぁ。でも安心しなさい。ここでアンタたちの情報が洩れても何の問題も無いわ」
だがその暗雲はイルマによって晴らされた。
「ここでは個人情報は守られる。私達が浅広き世界書から脱出したら、そう言った情報は消去され、勇者の仲間イルマと魔界のバアルとヴァサーゴが共闘したという物しか残らないの」
「そんな都合の良い話……」
「まぁ、普通はそう思うわよね。でもここは色々と都合の良い世界。本当の世界ではあり得ない事が起こるの。
そうね。例えば、アンタたちここに来て数日たつけど、トイレに行っていないでしょ? バアルなんて風呂に入っていないのに臭いも出ていないし、部屋着にしているメイド服は皺の一つもない。そんな事が起きるのだから、無駄な情報が消去されるのも不思議じゃないでしょ? まぁ、信じるか信じないかはアンタ次第だけど」
確かに俺達は人間が本来持つはずの尿意やらを感じない。だが、それが件のご都合設定の理由にはならない。ただ、起こってしまった以上、彼女の言葉を信じざるを得ないのも確かで、俺達の情報を引き出すためのイルマの卑劣な罠の可能性を考慮し、彼女が先の件を忘れる事を願いながら、余計な事を言わないよう努めるのがベストだろう。まぁ、証拠があるわけではないが、彼女の性格上嘘は言っていない気がする。
「ああ、信じるよ。呉越同舟の上で余計なわだかまりを作りたくないしさ」
「へぇ意外と素直ね。アンタ意外と騙されやすいタイプなんじゃない?」
俺が騙されるなんてありえない。天才的観察力と相手の思考を覗く天賦の力があるからな。まぁ、今俺はマレード・フォン・ガランドではない故、後者は使えないが。
「ここにいるのが正直者のイルマちゃんで良かったわね。もしリネアならいいようにおちょくられていたかもよ」
イルマは胸を張って偉そうにそう言った。
リネアというのは恐らく、勇者パーティの聖職者リネア・サウディアの事だろう。確かカーチェさんが警戒するように言っていた奴だ。
“ゴーン ゴーン”
そうこうしていると、受付開始を告げる鐘の音がビックリサイトの特徴的な建物の方から聞こえてきた。
「ああ、こんな事をしている場合じゃなかった。ほら行くわよ!!」
勿論、その音は俺達に無関係ではなく、声をあげて先に走り出したイルマを先頭に俺達も受付を目指してこの場を離れた。
「――」
「――――」
「――――――くぅ……」
四本の太い支柱に逆三角形の建造物が乗せられたような異様な外観。それこそがビックリサイトの象徴。そしてそれを跨ぐように過ぎ、先にある巨大な展示場が俺達の主戦場だ。
だが……
「なにこれ……」
ビックリサイト。模倣ではあるが、大陸最大級ともいえるそのイベント会場に集う者達は格が違った。
彼らが纏う衣装には独自の工夫が施され、立ち振る舞いは正に写真モデル。どこを切っても絵になるのだ。受付の場でこのレベルであり、俺達の自信がガラガラと崩れだしたのは言うまでもない。
「はわわわわ。人工精霊はピチカート…… じゃなくてホーリエで」
まるで初めて都会に来た田舎者がギャップに困惑しているかの様。
ヴァサーゴなんて試験会場の圧に押されて、突然参考書を開いてぶつぶつ言い始める受験生みたいになっている。
コスプレ道の道は険しく、そして果てしない。その世界において俺達は天下一武闘会に参加しちゃった戦闘力たったの5のゴミみたいなものだ。
「ライバルは強い。けれど俺達はここで決めなきゃいけないんだ!!」
この機を逃せば次のビックリサイトでのイベントは半年後、俺達には時間が無く、ここで諦めるわけにはいかなかった。
「でもバアルさん。私達が彼らをライバル視していても、彼らは私達なんか眼中にないですわよ」
折角勢いだけでもつけようと声を出したのに、人形の片割れが現実でそれを叩き落とした。
彼女の言っている事は正しい。前述したように俺達は経験、技量、知識、いずれにしても劣っている。
「確かにそうだけど、まだ慌てるような時間じゃない。
そう、俺達は“勝つ”必要なんて無いんだ。中級者にあがれるだけの結果を出せばいい」
これは勝負じゃない。カメラ小僧をある程度呼び寄せ、ここに来た事を恥じないレベルの細やかな結果があればいいのだ。
「そうは言いますけど、私たちは時間と人数という限りのある“カメラ小僧”というリソースを争うのですから、結局厳しいゼロサムゲームに勝つ必要がありますわ。周りが強力である以上、半端なモノでは誰一人来ませんわよ」
「ぐぬぬ……」
人形のもう片割れに正論の剛速球をぶつけられ、もはや声も出ない。
そして俺達のモチベーションが高まることなく、武装した戦士たちは会場へと放たれた。
今回のイベントでは場所取りについて早い者勝ちであり、この時より既に戦いは始まっていた。
コスプレ玄人の兵たちは自分達の衣装が最も映える場所に、優雅に軽やかに、そして素早く移動を開始する。
それに対し俺達は彼らの姿を目に追うのに必死。「あわわあわわ」と言っている間にポツンと売れ残りのように静かな受付に残された。
そしてヒューと吹く寒風に煽られると、俺達は玄人たちの後を追い、撮影会場へと向かった。
「まずきゅりあんさんの所かな」
「拙者の一眼レフが光って唸るでござる」
来場者入場。ここで言う来場者とはカメラ小僧たちの事だ。彼らは一つ目の得物を握り、狩人のように獲物の元へと向かう。
俺達があてがわれた場所はそんな彼らの通過点。多くのカメラ小僧たちの目に触れるポイントだ。と言えば聞こえはいいが、実際の所バックもグランドも殺風景で映えず、使える面積も少ないため、さしていい場所という訳ではない。言ってしまえば“とりあえず見て欲しい人”向けの場所なのである。
であるのだが、俺達にこれ以上相応しい場所はないだろう。なにせ、初参加で見栄えだとか何とかという知識に乏しく、とりあえず見てもらう事が先決なのは確かなのだから。
「問おう! あなたが私の――」
流れるように過ぎ去る横顔の軍勢に俺達は必至にアピールする。しかし、殆どの者達がこちらを見る事無く通り過ぎ、反応した者もチラッとこちらを見た後、冷めたようにそっぽを向く。我が国絶世の美女のコスプレをみてその反応とは不敬にも程がある。
「それにしても汚い所ね。私が暮らすには―――」
我らの中で最も優れたヴァサーゴwith Dが懸命にキャラを演じるが、奴らは見向きもしない。想像をはるかに超えた厳しい戦場にイルマは「ゆ…… ゆ……」と壊れたように小さく呟くばかり。
(もはやこれまで…… チャンスは掴まれる事無く静かに海に沈む)
川の水ように俺達を横切る群衆を眺めながらそう思った時、イルマが遂に口を開き、言葉を発した。
「ゆっくりしていってね!!」
時間が止まる。人皮を貫き、骨肉に直接あたるような冷風を感じた。きっとそう感じたのは俺だけではない。ヴァサーゴwith Dも流れるだけだった群衆たちも時間が氷結したかのように動きを止め、静かにイルマの方へ目を向けるのだった。
「ゆっくりしていってね!!」
俺はコスプレするにあたり、様々なキャラクターについて調査した。無論、イルマが絶賛コスプレ中の魔女についてもだ。そして、先程から彼女が口を膨らませて発している呪文のような言葉についても俺は知っていた。これは所謂二次創作みたいなやつだ。イルマのコスプレキャラはシューティングゲームのキャラであるが、その人気故、様々な展開を見せた。そしてその一つが饅頭の如き生首となって、この言葉をしゃべる“ゆっくり”という存在だった。
かような経緯故、キャラクターが好きな者の中には拒否反応を起こす者もいるであろう。即ち「俺の好きな○○はこんなんじゃない!!」ってやつだ。イルマのやつ知ってか知らずか、大きな賭けに出たな。
「それじゃあこのゲームのRTA始めるぜ。ニューゲームを押した所でタイマースタート」
こいつは驚いた。イルマのやつ、何もないのに突然ゲーム実況を始めやがった。そして俺は察した。この女、多分キャラクター知識をニャホニャホ動画で履修したんだろう。
ニャホニャホ動画とはMチューブと並ぶ動画サイトであり、イルマの演じるキャラクターもよく登場する。―――のだが、どうやら彼女は星の数ある動画の中で“ゆっくり”を重点的に学習してしまったようで、同じ機械音声を使ったキャラクターにまで飛び火しているように見える。詰んだなこれは。
「すみません一枚良いですか?」
だが状況は俺の思った通りにはいかない。世の中には物好きが一定数いるようで、カメラ小僧の中から挙手して、撮影を名乗り出る者が現れた。しかも一人ではなく複数人。
「あはははは……」
もはや笑わずにはいられない。喜ばしい展開の筈なのに、何だこの微妙な気持ちは。
こうして俺達はイルマさまさまのおまけとして、写真に写り最終的に二十人を超えるカメラ小僧がシャッターを切った。強豪ぞろいの中にあってこの結果は快挙と言っても差し支えないだろう。
「はぁ……」
そんな結果を残した俺達だったが、帰りの姿は柳のように項垂れていた。肉体疲労もあるだろうが、キャラを演じた事による精神的疲労が大きく、浅広き世界書という仮想空間の中ではあるが、諸先輩方の凄さを思い知った。
「ふふふ。皆お疲れ様」
そんな俺達をビックリサイト入口で迎える者がいた。
「みりあさん!!」
そう、お世話になっているメイド喫茶『メイドインスーパードリーム』の主、みりあさんが白いバンと共に来てくれたのだ。
「さぁ乗って乗って」
彼女は相変わらずの営業スマイルで俺達をバンの中に誘い、「願ってもない事」と疲れた俺達は入水するレミングの如く並んでバンの中に入っていった。
「ねぇどうだった? ビックリサイトのコスプレ撮影会」
運転席から聞こえるみりあさんの言葉を皮切りに、彼女の笑い声を交えながら俺達は道中今日あった事をつらつらと語った。
「あれ? 何か街の様子がおかしいですね」
話に夢中になっている間に、俺達の乗る車はAKIHA中心へと至っていたが、どこか様子がおかしい事にヴァサーゴが気付き、窓越しに目をしかめた。
「うん。おっきなイベントがあるんだ。ZIRE様に近づける機会でもあるし、貴方たちも無関係ではないわよ」
街中の至る所に大きなスクリーンが設置され、人々の往来を阻害する光景にみりあさんはそう説明すると、少し声を小さくして言葉を続けた。
「だって、この街の主を倒すのが貴方たちの役目なんでしょ? 勇者さん」




