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若き魔界幹部の悩み  作者: 耕眞智裕
か弱き女王の悩み
54/69

5 浅広き世界書(ナロウ・ブック) Ⅳ

 自然と伝統の国汎ホクト国。

 そしてそれを護る三大ホクト名家。

 政を司るゲレンド。自然に隠されし秘宝を護るゲンド。学を統括するグランデ。

 三名家はそれぞれ首長、守り人、最高学府総長を一族で独占しながらも、その責任を果たしてきた。


 私はゲンドイルマ。ホクトの民は姓を持たない。名に血を連ねるのだ。

 私は守り人としての宿命と共にこの大地に生を受けた。


 だけど、成長するに従って、私と他の人たちの違いがより鮮明になっていき、周りは私の守り人の正統性を疑問視し始めた。

 笑えない冗談だわ。私には生まれた時から守り人になるという道しか持っていない。ここまで来て「それは駄目です」ってひどい話じゃない。

 ドワフらしからぬ私の風貌を周りは奇異と偏見の目で見てくるようになった。一応名家の者であるため、直接的な攻撃はされなかったが、いやらしい噂の流布とか、地味な嫌がらせとか、けっこう堪えるものがあった。

 そんな中、私への態度を変えず、同じように接していてくれた人が二人いた。私はきっとこの二人のお陰で何とかやってこられたのだと思う。

 一人は、今は亡き私の父ゲンドグール。もう一人は、ゲレンドの嫡子で幼馴染のゲレンドシュラ。ほんと今になって思えば、シュラ(あいつ)には助けられた。

なのに何故? どうして? 私が何かしちゃったのかな?

あー腹立つ。なんで私が嫌な過去を掘り返さなきゃいけないのよ。こうなったのは隣にいる金髪の女の所為。こいつが「そう言えば、ホクト人は姓を持たないと聞いたんだけど、何故君は姓があるの?」だとか「あんまりドワフっぽい見た目じゃないよね。アハハ」とかデリカシー皆無で聞いてくるのが原因よ。何が「アハハ」よ。「そう言えば」で人の心臓に杭を刺しこんでくるな。


「ねぇアンタ。

 これはその、えっと、私の友達の話なんだけど。

 その子には仲が良かった幼馴染がいたんだよね。昔から二人でよく遊んで、学んで、悩みを打ち明けて、それを二人で乗り越えて……

 でも、突然その子は幼馴染に捨てられちゃった。何も悪い事なんてしていないのにどうしてだろうね?」


 ってかなんでこんな事コイツに話しているのよ私。こいつは勇者の敵よ。封印されし魔界の者よ? 酒も入っていないのに何なのよ。


「まぁ、思春期かなんかじゃないですか? あれでしょ? 恥ずかしくなっちゃったみたいな」


 しかもこのやる気のないつまんない回答。私はこれで十年近く悩んでいるのよ!


「そうじゃないわよ。何かそんなレベルじゃなく捨てられた感じなの。国外追放なの」


「ふーん。それじゃあ。その幼馴染に好きな人ができて邪魔になったとか? そうなら中々酷い奴だけどね」


「っ! シュラはそんな奴じゃないわ!!」


 イルマはバアルの発言に思わずカッとなって叫んだ。そして直ぐにクールダウンすると、くせ毛を弄り何もなかったように誤魔化した。


「えっと、その幼馴染なんだけど、私もよく知っている人なのよ。恋沙汰で人を追い出したりする人じゃないと思うわ」


「……それなら何か理由があるのかもね」


「理由? 理由なんて言っても、私……じゃなかった。その子は何か悪い事をしたわけじゃないと思うし……」

 

 確かに多少は何かしちゃったかもしれない。けれど彼はそんな事で追い出すような小さな人間じゃない。


「いや。別に悪い事をしたとかどうとかだけが理由とは限られないよ。

 例えば誰かを護ったり、危険を回避したり、やむをやまれぬ事情ってのはあるものさ」


「やむを得ない事情かぁ」


 イルマがそう思った時、彼女が追放をゲレンドシュラから告げられた時の事を思い出す。あの時は頭が真っ白になっていたが、今になって思えばゲレンドシュラの表情は何故か穏やかだった。


「それじゃあおやすみ。

 君もさっさとそっちのベッドに行きなよ」


 こちらを見る事も無くそう言うと、金髪の魔界女はメイド服のまま掛布団に身を隠した。


「そうね。それじゃあまた明日」


 確かに時間も遅く、やれることは無いので、私もこの女の言う事に従って今日を終える事にした。一つの部屋で魔界の奴らと一晩過ごすなんて思ってもみなかったけど、これは呉越同舟の仕方のない状況なのよ。










「おっはー!!」


「おっは……」


 メイドの朝は早い。

 彼女たちは控室に集まると、一日の初めにミーティングを始める。


「あらぁ? 既に着替えているなんてバアルちゃん気合ばっちりね」


 皆がゆったりとして私服の中、一人フリルのメイド服姿の女がいた。だが別に彼女は気合ばっちりなわけではなく、自分の身体を自由に出来ない理由があっただけだ。


「それじゃあ。今日なんだけど―――」


 その様な個人の問題など彼女たちが知る由も無く、メイドたちの首領みりあさんを中心に仕事の割り当てなどが話し合われる。そして―――


「今日の御言葉の時間ね。

 みんな! テレビに注目!!」


 時計の針が寅の印を指したのを目で確認すると、みりあさんは手を鳴らして皆の視線を天井から吊るした薄型テレビのモニターに集中させた。


(何? 御言葉? 何が始まるの?)


 バアル達よそ者には何が始まるのか分からず、羨望のような眼差しでテレビを見つめる乙女たちをきょろきょろと見回してから怪訝な表情で注目のモニターに視線を向けた。


“ジジー ジジー”


 まず映るのは砂嵐。


“パッ”


 そして一瞬光が走り、何かが映し出される。眩い光の間隙には黒い男の影。その影がゆっくりと動き始めると周りから甘い声が漏れ始める。


「やぁ。親愛なるAKIHA臣民諸君」


 影の男がそう口にすると、光の照射が彼へと向かい、月が日に照らされる様に色を付けていく。どこかで聞いたような電気量販店のサウンドをバックに現れたのは、煌びやかな衣装を纏った青年。


「キャー ZIREズィレ様~」


 青年の登場にメイドたちははち切れたように声をあげた。

 そう、画面に映り、トランプのように様々な店のポイントカードを見せつけている男こそ、この地の主ZIREズィレであり、魔界幹部の一人ジレット・バルバドスであった。


「丸い緑の川手線♪ 真ん中通るは中心線♪

 ネオロッジ西口駅前と♪

 AKIHAの―――」


 バックに流れる音楽に合わせ、ZIREズィレはダンサーを侍らせながらキレッキレのダンスを踊り、歌う。ついでにひらひらの衣装の隙間から肌を見せる。

 そしてフィニッシュに決めポーズをとると、画面の先にいるAKIHAの民にウィンクした。その頃には衣装ははだけ、上半身丸出しの状態である。


「ねぇ? アイツがアンタの仲間?」


 小さな声でイルマがバアルにそう問いかけるが、バアルは何も答えない。


「今日は紅葉の月。三番目の日。

 この日は何と、あの有名魔法少女の誕生日なのです!!」


 そして無言のバアルの視線の先で、ZIREズィレは今日が誕生日の設定を持つ、ピンク髪のキャラクターの名を挙げ、恍惚とした表情でそのキャラクターの話を始めた。


「なにこれまだ続くの?」


 皆が画面に釘付けの中、イルマだけが不快そうな表情で文句を漏らし続ける。

 そして、ZIREズィレの登場から約三十分経ったところで、彼の独演会は終了し、「明日もよろしく!! ZIREズィレでした!」の言葉と共に画面は静かな黒に戻った。


「……あぁっ! 何と素晴らしい御言葉……」


 画面を見ていた乙女たちは感激のあまり身を屈め、震えだす。中には涙を流す者もいた。


「え? “明日もよろしく”って、こんなん毎日見せられるの?」


 嗚咽の響く中、イルマは足踏みして悲壮の表情を浮かべ、バアルにのしのしと接近して胸ぐらを掴むと、瞳の奥に炎を浮かべて睨みつけた。


「さっさとあのZIREズィレとかいう奴を倒すわよ!!」


 バアルに一言ぶつけると、イルマは控室端にある長椅子に力強く座り、足を組む。

 見た目や言動通り、イルマは気の短い性格のようで、興味のない話を無理やり聞かされるのは堪えられなかったようだ。


「ジレットさん…… どうして……」


 ヴァサーゴは辛そうな表情でそう言うが、「あなたも人の事は言えなかったぞ」と言いたくてしょうがない。

 まぁ何にせよ。ここでの敵の姿ははっきりした。分かり切っていた事だがZIREズィレはジレット・バルバドスであり、一筋縄ではいかなさそうだ。なにせ、ここでは姫様の力は使えない。ヴァサーゴの時のようにゴリ押しは通用しないのだ。


「まずは脱AKIHA初心者だな」


 この地を攻略するにはこの地のルールで何とかするしかない。

 だが俺達の内、俺を含めた二名が未だ最底辺の初心者だという事実が重くのしかかる。


「メイドか……」


 前回のテストで俺は脱初心者の厳しさを知った。

 そして恐らくそのままだと次も不合格になるという事は分かっている。なら何かしらの手は考えなくてはならない。


「……そうだ。料理だ! これなら俺にも自信がある。メイド喫茶と言っても、ここはレストラン。料理があってこそだ」


 俺は可能性に瞳を輝かせ、まだ御言葉の余韻に浸るみりあさんの元に近づいた。


「あのぉみりあさん。

 ちょっとお話があるのですけど……」


「ぐすっ…… 何かしら?」


 俺の言葉にみりあさんは涙を指先で除け、営業スマイルを向ける。


「俺にはメイドは無理そうだし、別の仕事で頑張ろうかなと。例えば調理師とか? とか?」


 ほぼ勝ち。俺が調理師になった暁にはこの店は料理で繁盛店になるだろう。卒業どころか、一発でZIREズィレと対面できるかもしれん。


「うーん。残念だけどここではメイド以外初心者を卒業できないの」


「はぁ?」


「それとここには接客メイドしかいないから、別の仕事なんてないわよ」


 みりあさんの言葉に、俺は混乱し頭上に『?』を浮かべる。だってメイドしかいないってありえないでしょ。


「あの、料理とかは、昨日のオムライスとかは誰が作っているんですか?」


 俺は当然の疑問をぶつけた。先日使われたオムライスは確かに暖かく、“スタッフが美味しく頂いた”時は中々の味に感動したものだ。どう見ても“チン”で出来る代物ではない。


「あぁ、街の外から来たんだったよね~

 それじゃあ厨房に案内するよ~ いいよね? メイド長?」


「ええ。勿論よ。それじゃあ頼んだわね」


 俺とみりあさんの会話に割って入ってきたのは、イルマのイタ芸の原因であり、俺の服を没収した緩いメイド。彼女の言によると、どうやら厨房はあるらしく、俺を案内してくれるそうだ。


「さぁ新人さん。おいでおいで~」


 料理好き故の期待を胸に、俺は緩メイドの手が鳴る方へと向かう。

 そして辿り着いたのは、えらく重々しい鉄の扉。その重厚さ故か中の音は全く聞こえない。


「それじゃあOPEN!! ポチっとな」


 緩メイドが軽く扉の隣にある赤いボタンを押すと、重厚な扉が空気を放出する音と共にゆっくりではないが、なだらかに開き始めた。


「それじゃあ。入ろっか」


「ああ」


 無臭の濃い水蒸気で先の見えぬ厨房に俺達は足を踏み入れた。


「わぁ……」


 そして俺が見たのは――

 予想もしなかった何かの精製工場。それっぽい機械が“ガシャガシャ”と音を立てて上下運動を繰り返し、まるで線路のように張り巡らせたベルトコンベアーが一定の速度を保ちつつ様々なものを運んでいた。

 俺はその様子を少し高い位置から、ガラス越しに見つめると、驚きで声を漏らし立ち竦んだ。


「すごいよねぇ。

 私も初めて見た時は驚いたもん」


 緩メイドはガラスに手を当てて工場ちゅうぼうを回し見た後、俺の顔を見て笑う。


「この厨房一つでAKIHA南ブロックにある全ての飲食店を賄っているの~」


 ベルトコンベアの行く先々を指差して、緩メイドは楽しげにそう言うが、俺はどこか薄気味悪さを感じざるを得なかった。


「これはまるで……」


 ディストピア。口にはしなかったが、料理好きとして思い浮かべるのはその言葉だった。


「っという事なの。

 だからバアルちゃんは料理の事なんか気にしないでメイドに励んでね」


 緩メイドがそう言って厨房入口の扉まで戻り、手を振って俺を招く。“見せるべきものは見せた”という事なのだろう。

 俺は彼女のいる方に身体を向け、工場を一瞥し、この異質な空間を後にした。


 工場から喫茶へ。そこでは皆俺とおそろいのメイド服に着替えており、トタトタと準備を始めていた。

 だが、俺にはその輪に加わる権利はない。ここでは未だに最低下層の存在なのだ。


「あ、バアル! どこ行っていたのよ!!」


 そして最底辺仲間の女が俺の名を呼び、駆け寄ってくる。そのソワソワした様子から、心細かったようだ。


「ヴァサーゴと人形たちは?」


「ああ、あの娘と人形は主戦力みたいで、早速店の方で説明を受けているわよ」


 合格を貰い、晴れて初心者卒業を果たしたヴァサーゴと人形たちは他の店員と共に接客の準備をしているらしい。


「私達もこうしちゃいられないわね。次は合格を勝ち取るわよ!!」


 そして昨日の怒りをやる気に変え、握り拳を作って俺の前に掲げた。メイド合格への厳しい戦いの幕が切って落とされたのだ。


 俺とイルマは前回の反省を生かし、イルマは仮面の強度を上げる為に、他のメイドの動きを研究しつつ、それを取り込んで臨み、俺は羞恥心を押し殺す訓練に励んだ。

 だが、二回目、そして、三回目の試験も点数の微小な上昇はあっても合格に至らず、ついに俺達は浅広き世界書ナロウ・ブックの止まった世界で五日目の朝を迎えた。


“おっはー”


「…………」


 毎朝恒例のZIREズィレの挨拶にも慣れ、俺達は無心で彼が、子供たちと対戦型モンスター育成ゲームを興じたり、新グッズの紹介をしたり、今日―――といっても紅葉の月、三番目の日なのは変わらずだが、今日が誕生日であるキャラを祝ったりするのを見つめていた。


(さて、どうするかな……)


 ZIREズィレの放送が終わり、俺は溜息をついて頭を抱えた。三度の不合格で出口のない部屋に入れられたような気分になっていた。


「やっぱり見習うべきは、上手く本性を隠してぶりっ子している爆笑動画芸人プーギャーナムね。どうやってあのキャラを自然に演じているのかしら」


 頭を抱える俺に対して、同じ境遇どころか、点数的には更に厳しい立場にあるはずのイルマはやる気の炎を衰えさせない。諦めない心が勇者の証って事か。


「それじゃあ。こっそりと芸人観察と行きますかね」


 イルマはそう言って見習うべき芸人の姿を観察しに、抜き足差し足忍び足でフロアへと向かおうと動き始めた。


「ぎゃあ!」


 だが彼女の行動は脛の激痛によって阻止される。


「はぁ…… 全くもってアホアホですわ。こんなんだから毎回不合格でしてよ」


 脛に強烈な一撃を見舞い、イルマを地面に転がしたのはメイド服を纏った人形。人形は彼女を転がした後、先の言葉を動かぬ口で口にすると、挑発するようにイルマの顔先に立った。


「ったぁ…… 何なのよアンタたち!!!」


 控室にこだますイルマの怒りの声。だが、その人形――バービーは全く動じない。それどころか身体をくねらせ、彼女をさらに煽る。


「いがみ合いはそこまでよ。私達の使命を忘れちゃダメダメ」


 犬猫の相互威嚇にもう一体の人形が止めに入る。

 そして、その人形――リカちゃんは俺の前へとことこと寄ってくると一礼する。


「主様からバアルさんたちにアドバイスを申し付かりましたの」


 俺達を助けるよう人形達はヴァサーゴから言われたようで、人形かのじょ達は近くにあったテーブルにぴょんと登ると、俺達に目線を合わせた。


「まず……

 このアホアホに説教ですわ!!」


「なんで私が説教されなきゃいけないのよ!?」


 バービーが突き刺す様に指をイルマに向けると、イルマは髪を逆立てて口を膨らませる。


「あなた。さっき言っていましたよね? “上手く本性を隠してぶりっ子している爆笑動画芸人プーギャーナム”って」


「ええ。それが何か?」


「まーずー! 主様は芸人じゃなくってよ!!

 そ・れ・と!! 主様はあなたみたいにぶりっ子も演技もしていなくてよ!! ナチュラルキュートなのよ!!」


「はぁ? ここは浅広き世界書ナロウ・ブックの中なのよ!! であれば、あのおどろおどろしい姿があの子の本性に決まっているじゃない!! 今の姿はそれを隠しているだけよ!!」


 言葉をぶつける度、両者の顔が接近する。


「どちらも彼女。ヴァサーゴなんだよ」


 そして、二人があわや接吻するのではないかという距離まで来た時、バアルはボソッとそう言うと二人の視線を集中させた。


「別に片方が本性だからと言って、相反するように見える姿が偽物とは限らない。それにここでは与えられた役割の所為で本心や望みが斜め向こうに行ってしまう事もあるんじゃないか?」


 俺は彼女ナナミの全てを見てきたわけじゃない。だけど、彼女が魔界幹部らしい危険極まりない側面を持ちつつ、責任感の強い可愛らしい少女だという事を知っている。


「ふーん。まぁ、アンタが言うならそうなんでしょ。

 それに、役割が姿を歪めるって言うのは確かに理に適っているわ」


 イルマは腕を組んで頷き、納得の意志を示した。


「そう。主様は常にナチュラル。

 その偽りの無い姿がメイドたちの琴線に触れたのですわ!!」


 そして、リカちゃんが声を大きくしてそう言うと、話をメイド試験につなげる。


「そこの女はくどいまでにコテコテした演技。バアルさんは恥ずかしさでナチュラルが見えないのが合格できない原因ですの」


「ふーん。

 ってか、今思ったんだけど、あいつ(メイド)らわざと私達を不合格にして、あの子をずっと働かせる気じゃない?」


 コテコテな演技と揶揄され、イルマは話題を変えようと試みる。


「その可能性はゼロじゃないけど、そのクソコテ演技が原因である可能性の方がずっと高くてよ」


「ぐぬぬ……」


 だが、すぐにバービーに話を戻され、イルマは唸り声をあげた。

 そして、優等生人形によるテスト対策指導が始まった。

 っと言っても、体中に水の入ったコップを置いてそれを落とさないように無理な姿勢を続ける試練だとか、ケチャップと共に生活する事でそれを恋人とし、意識を高める特訓などをする訳でもない。彼女にんぎょうたちが指導したのはたった一つ。「ナチュラルに」だけであった。


「自然にと言われても俺にはどうしようもない」


 自分を偽ってイタい演技をしていたイルマと違って、俺はある意味自然に振舞っている。羞恥心を無くすなんて簡単な事ではない。


「そうですね。でしたら、逆に楽しくメイドをしている人の真似をしてみたら?」


 リカちゃんの言っている事がめちゃくちゃだ。模倣は駄目だとさっき言ったばかりだし、俺はイルマの轍を踏みたくはない。


「バアルさんは先ず、メイドを楽しんだ方が良いと思いますわ。こういう機会ですし、状況を楽しみましょう」


 この人形中々の大物だ。普通はこんな状況を楽しむなんてできない。それに俺の周りで楽しそうにメイドしている人なんてここの店員しかいないし、真似できる程見ていたわけじゃない。俺は屋敷にメイドはおろか、家族以外を雇って…………


「ああっ!!」


 いた! 一人メイドじゃないのにメイドを楽しんっでいる神様が!


「あら、心当たりがあるみたいですね」


 いるにはいた。

 俺は家に住まう少女の姿を思い返し、吸収するように体に覚えさせた。


「わ、わしはバアルじゃ。お主ら頭が高いぞ……」


 高圧的な言葉を発しながら、自分のかわいらしさをアピールするように服を揺らした。少し前に俺をロリコンにしようとした魔の舞だ。


「…………」


(くっ…… 駄目か)


 俺の迫真の演技に人形は固まり、何も口にしない。表情を持たない彼らの心内は動作と言葉からしか分からず、何を考えているのか皆目分からない。


「す……」


「す?」


「すっばらしいですの!!!」


「はえ?」


 間を空けて人形から返ってきた言葉は、絶大な賛辞であった。

 人形は新たな世界を見た喜びに跳ねまわると、どっかの神様のように頭上に腕で丸を描いた。


「完璧ですの!! 完璧ですの!! これは主様にもお伝えせねば!! うふふふふひひひひひ」


 バグって痙攣している様子から、相当気に入ったようだ。

 そう言えば、初めてあの少女神に会った時「お主には『のじゃロリ』の良さが分からぬのか……」とか言っていたっけ。マジでこの良さが分からないの俺だけだったりする?

 想定外の高評価に名状し難い歯痒さを感じるが、この人形は俺達の中で最高得点を取った秀才。ここは人形かのじょに従う事にしよう。


 それから人形達のダメ出しをくらいながら、俺達はメイドの修行に励んだ。まぁ、言っても数時間ほどだが。

 そして、三度目の正直を超えた四度目の試験に挑む。


「ふっふー」


 修行の所為かイルマはえらく自信満々だ。対して俺はどこか自信がない。だって、「のじゃ」だよ? しかも俺の姿は「のじゃ」と言っても“ロリ”ではない。今はイルマの単純さを見習いたい気分だ。


「あらあらイルマちゃん。いつになく自信たっぷりね」


「うっす。もちろんよ!!」


 まるでボクシングの試合の前のようにイルマは軽いフットワークでぴょんぴょんと跳ね、溢れ出る自信を放出させている。


「それじゃあ。始めましょ。

 もうやる事は分かっているわよね?」


 みりあさんの問いに俺達は静かに頷いた。これで四回目だ。順序は羞恥心と共にしっかり頭の中にある。


「うんうん。

 まずはイルマちゃんからいっていようか」


 


――背の高い門を潜り抜けていく。

汚れを知らない心身を包むのは、白と黒のメイド服。

スカートのプリーツは乱さないように、

白のヘッドドレスは傾けないように、

ゆっくりと歩くのがここでの嗜み。

『メイドインスーパードリーム』。ここはメイドの園。


「ふん。別にアンタの為に来てあげたんじゃないからね!」


 おかしい。イルマの登場はまるで“聖母がみている清楚な女学生”のようにお淑やかだったはずなのに第一声はこれ。


「……それじゃあオムライスとアイスミルクティーを」


 少し間を空けてみりあさんはいつもの注文をする。明らかに動揺している。


「しょうがないわね。ちょっと待っていなさいよ御主人様」


 イルマは相手の動揺が読めないのか、態度をそのままに180度回転し、厨房に向かう。確かに今の彼女には偽りを感じない。どこか高慢な性格そのままだ。だが――


「ほらっ、私が持ってきてあげたんだから感謝しなさいよね」


 その姿は客に対する態度とは程遠い。いや、俺がこれからやろうとしているのも“こんな感じ”なのだが。


「ケチャップアートをお願いするわ」


「ちっ、しょうがないわね。アンタには特別よ」


 もはや完全に演じてはいない。イルマのご奉仕はどこかイキイキしている。

 そしてケチャップの筆で黄色のキャンバスに描かれたのは、文字ではなく歪なハートマーク。それを描き終えるとイルマはもじもじと体を揺らしてこう言った。


「べ、べつにアンタの為に描いたんじゃないからね! 勘違いしないでよね!」


 誕生から久しい所謂ツンデレというやつのテンプレ的フレーズだ。イルマがツンデレの定義に当てはまるかどうかは置いておいて、キャピキャピしたイタい奴に比べるとだいぶ自然に思える。


「…………」


 ツンデレアピールを〆にイルマのテストが終わる。場は完全なる静寂に包まれ、心臓と時計の針だけが空気を揺らしていた。


「…………92点」


 そして、オムライスを見つめ、震え始めたみりあさんが口の動きを最小限にして放った言葉がこの静けさを破る。


「きゅうじゅうにてん!! っていう事は……」


「ええ合格よ。いいものを見せてもらったわ」


「ふへぇー みりあさーん」


 ああ、何という感動のシーン。四回目の挑戦にやっと合格した彼女は感極まってイルマはみりあさんに熱いハグをし、目を潤ませた。

 そして周りのメイドたちも「わたしたちもいいものをみせてくれました」と言わんばかりにしんみりムードに入り、まだ初心者卒業なのに終劇のような雰囲気を醸し出していた。


「イルマちゃん成長したわね。あなたにならこの店の看板を預けられます」


「うわぁーん ありがとうございます! 私この店で頑張りますぅ~」


(違うだろオイ!!)


 完全にイルマはこの場の雰囲気に呑まれている。これは非常に危険だ。ここは冷静沈着な俺が何とかしなくては。


「あのぉ~ 俺のテストは……」


 右手を挙げ、左右に体を振りながら俺はアピールする。空気を動かし、ムードをかき消しているのだ。


「あ、ごめんね。バアルちゃん」


 その甲斐あって、みりあさんは直ぐに営業スマイルに表情を変化させると、イルマの身体を他のメイドたちに預けて、俺に視線を向けてくれた。


「少しやりにくいかもしれないけど、頑張ってね」


 スポーツでも高得点を出した他選手の次はやりにくいものだ。だが、俺にはそう言った心配は全くなかった。別にそういう部分が鈍いという訳ではなく、その他選手が“あのイルマ”だっていう事が大きい。


「それじゃあ始めるわ」


 落ち着き払ったその声が、先程まではしゃいでいた他のメイドたちを沈黙させる。うるさいのは感動冷めやらぬイルマだけ。


「ふぅ……」


 流石にいきなり空気が張り詰めると緊張する。

 俺はそれを吐きだす様に胸に手を当てて溜息をし、真剣な眼で試験管みりあさんを見つめた。

 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。別に自画自賛しているわけではない。俺が借りているこの姿は紛れもなく絶世の美女であり、余計な事を「言わない」「しない」「手にかけなーい」を守っていれば、誰もが心を奪われるという事を言いたいのだ。


「オムライスと―――」


 そして俺はその最高のからだに、神という極上の聖水なりふりを注ぐ。


「ふん。この神であるわしが奉仕してやるのじゃ。感謝せい!!」


 言ってしまった……

 周囲は静か。さっきまで「うっう……」等と言っていたイルマの声も聞こえない。

 だが、もはや後には引けない。


「ふむふむ。有難すぎて言葉の無いか」


 首を縦に振りながらバアルは無邪気な笑いを浮かべて、立場を忘れてみりあさんを見下す。

 そしてまるでパリコレの女優のように用意されたオムライスまでのロードを優雅に歩き、バアルはサイドで立ち尽くすメイドたちに「どうじゃ? かわいかろう?」と挑発気味に言い放った。

 ヤケになったのではない。バアルもどこか神を演じ、それを人に見せる事が快感になっていたのだ。


「ほら。お主の求めていたものじゃ。さぁ、わしを信奉するのじゃ!! 崇め奉れ!!」


 神の少女はここまで豊満……失礼、傲慢ではない。バアルの演技は暴走の兆しを見せていた。


「あぁ、どうかオムライスに文字を……」


「ん? ああ、神の言葉が欲しいのか? ふふ可愛い奴じゃのう」


「はい……」

 

 そしてついに神と融合したバアルは下々の徒に言葉を授ける。

 授けられし言葉は“合格させよ。さすれば救われる”。クッソ細い字で器用に書かれたソレはまさに神託。

 神という最上の位置で下々を見下ろす危険な甘美にバアルは愉悦の表情を浮かべていた。


「…………」


(やっばい!!)


 そしてここまで神の快楽を享受していたバアルであったが、凍り付いたようなしばしの沈黙が彼を正気にした。「やり過ぎた」と感じ、水滴が額と背を這って身震いを起させた。


「バアルちゃん……」


 みりあさんの目尻には水泡が輝き、それは今にも零れて落ちそうになっているのを見て、バアルの喉元に謝罪の言葉がササっと運ばれてきた。


「あ、す、すみませ――」


「合格よ」


 だが運ばれた言葉の全てが出てくる前に、みりあさんの言葉によってそれは押し戻された。それはオムライスに刻むほどバアルが欲していた言葉であった。


「え? なんで……」


 その言葉を最も疑っているのは、その言葉を受けたバアル本人。合格を求めての演技であったが、結局暴走し、ナチュラルであるかも疑わしい。なぜこれで合格を得られたのか理由が分からない。


「普段のバアルちゃんとは全然違った。

 でも、不思議な事に不自然な気はしなかった。その姿もあなたの側面の一つみたいな……

 長い事、人を見てきたけれど、こんな気分になるのは初めてで…… ごめんなさい。何故かは私も分からないわ。

 でも合格は合格。そういった接客を求められるお客ごしゅじん様も多いわ」


 腑に落ちない。パズルのピースが何処か噛みあわない感じが俺の頭に雲をかけた。俺はただ、自分の見知った最も近くのメイドを模倣しただけだったはずなのに。

 でもどこか納得してしまう。何故だろう。俺にも分からないし、仄暗い闇を垣間見たようで、言い知れぬ恐怖を感じる。


「よっしゃー! これで全員合格ね! 初心者卒業を祝して、パァーっと接客ごほうしして、あのいけ好かない男を倒しに行きましょ」


 空気の読めないテンションアゲアゲなイルマの言葉が、俺の雲をかき消した。

 

(ほんと、こいつが仲間でよかったよ)


 俺は本来仲間になるはずの無かった勇者軍団の一角に感謝し、今は彼女の言う事に従う事にした。


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