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若き魔界幹部の悩み  作者: 耕眞智裕
か弱き女王の悩み
53/69

4 浅広き世界書(ナロウ・ブック) Ⅲ

――五日前――




「ホクトの呪道具が狙われているですって!!」


「ああ。この怪文書が本物でその気なら、そうだろうな」


 闇のネットワークと対になる明るい青空の空間“光のネットワーク”

そこに集いしは勇者を中心にした光の戦士たち。


「でも眉唾物よねぇ。なんで私たちにこんなもの送ってくるのかしら?」


 エルフの青年ルード・アルゼが示した予告状を肴に戦士たちは言葉を交わす。

 そのヌンテイウスなる女から送られてきた予告状に最も反応したのは、ホクト出身であるドワフの女戦士イルマ・デ・アエロメヒコだった。


「こうしちゃいられないわ。早くシュラに伝えないと!!」


「でもイルマちゃん。正直これが嘘か本当か分からないわ。もしかしたら私たちを嵌める罠かも」


 冷静さを失い、席から立ち上がるイルマに対し兎の耳が特徴的な自称聖職者リネア・サウディアがおっとりとした語勢でそう言いうと彼女を制止した。


「…………ミレーヌに委ねるべき」


 この予告状をどう扱うべきか。それを決定するのはこのパーティーの柱であり、現勇者であるミレーヌ・ルフトハンザ。寡黙な暗黒騎士グルンガルドが一言その事について口にすると、イルマは頬に手を当てた後、落ち着いたように席に着いた。


「さて、これをどうするミレーヌ? 無視するか? それとも……」


 一行の視線が瞳を閉じる褐色の少女へと集中する。


「……決めた」


 少女は開眼し、仲間たち全員に目配せすると立ち上がった。そして、銀の髪を揺らして立ち上がると、拳を作って宣言した。


「勇者の力を以てホクトの呪道具を護りに行きましょう!!

 罠だったら何よ! 私たちの愛と勇気と暴力でぶっとばせばいいじゃない!!」


 その短い宣言で勇者たちの選択は決した。

 そして、ミレーヌに合わせるように皆が立ち上がると、燦爛たる己が武器を掲げた後、一礼する。これが勇者に同意を示した事を表す儀礼なのだ。


「さて、私はホクトにいるからすぐに行動を開始するけど、いいかしら?」


 呪道具守護の決定が下り、イルマは浮足立つ。


「ええ。イルマは先に行っていて。私達もすぐにホクトに向かうから」


「うん……あ、そうだ。ホクトの呪道具の場所なんだけど」


「ああ、大丈夫だって。私は覚えていないけど、ルードが前行った時の事を記憶してるでしょ。ねぇ? ルード?」


「はぁ。また人任せかミレーヌ。

 だがまぁ、任せておいてくれ。僕の記憶力とエルフの空間認識能力があれば造作もないさ」


 ミレーヌの満面の笑みを向けられたエルフの青年はやれやれと首を振った後、自信に満ちた笑みと言葉で彼女に答えた。


「それじゃあよろしくねみんな。現地で待っているから」


 そして、勇者たちは正義を執行すべく行動を開始する。

 だが、ヌンティウスの予告状が彼らだけではなく、彼らの対極にある闇の眷属たる魔界の者達にも送られていた事を誰も知る由は無かった。





 集団を離れ、真っ先に行動を開始したイルマ。だが彼女にとって愛する祖国であると同時に自分を捨てた国でもあった。

 彼女は代々呪道具を護る一族に生まれ、本来であれば“守り人”の役割を継ぐはずだった。だが彼女の両親の特殊な事情によってそれは叶わず、父ゲンドグールを最後に“守り人”の系譜は途絶えた。

 彼女は“守り人”……いや、それに留まらず、汎ホクト国での文化的要職に就く権利が無かった。それは彼女の母がドワフではなく、人間だった為に体の大きさと魔法適正に於いて、人間としての特質が強く現れてしまった事に起因する。この国では表見上の資質も重要であるのと同時に、ドワフが種族的に優れているという炎の転移系魔法が“守り人”という極めて厳しい環境を持ち場にする者には必要不可欠であったが、彼女はその習得に失敗していた。

 ただ歴史的には異種族間での婚姻はホクトの名家でも見られる。例えば、現汎ホクト首長ゲレンドシュラもそうである。通常であれば、彼のように影響力の濃いドワフの特質を持った子供が生まれるのであるが、極稀に例外がある。イルマはその稀有な例外の一人であったのだ。


「シュラに。ゲレンドシュラ首長にお目通りを!! 緊急の事態なの!!」


「お引き取りを。あなたのような者を通すわけにはいきません」


 いくら名のある名家の娘といっても、イルマは弾かれ者。サプダテに存在する首長府の守衛にも相手にされない。そしてそれは彼女の幼馴染であるゲレンドシュラが彼女を追放し、ホクトにおける身分を剥奪したからであった。


「お願い…… ホクトの呪道具が盗まれるかもしれないの!!」


「ふふっ…… これは失礼。まさかあなたがその様な戯言を言うとは思わなかったもので。

 我が国の呪道具は人を寄せ付けぬ自然の中に守られている。それを盗むだとは笑止。

 ですが、勇者一行の一人である貴方に免じて、首長にお話は通しておきましょう。さぁ、お引き取り下さい」


「分かったわ。お願いね」


 イルマは守衛にそう告げてその場を離れたが、勿論期待なんてしていなかった。だが、このままにしているつもりもない。公にはその地位を失ったが、“守り人”の末裔の血が彼女を呪道具の眠るあの場所に駆り立て、それを護るとの決意に燃えていた。


“祖国”

“守り人としてのプライド”

“勇者一行の矜持”

“自分を排除したゲレンドシュラへの見返し”


様々なものが小さな体を駆け巡り、それを血液として彼女をホクトの聖地へと導いた。


そして、その彼女は今―――


相容れるはずのない魔界の者達と共にトキオ合衆国にある世界最大のサブカルチャー都市アキハにいた。


「何なのよこれ。全然思っていたのと違うんだけど!!」


 勿論ここはアキハではない。黒の館と同じようにこの地の主がアキハを模して想像したものだ。


「ヒソヒソ(これってジレットさん。じゃなかったバルバドスさんの趣味ですよね……)」


「ヒソヒソ(間違いないですね)」


「ヒソヒソ(主様カワイイ! ヤッター!!)」


「ヒソヒソ(あ、あと、俺が男だというのは伏せておいてくださいね。後々面倒そうだから)」


「ヒソヒソ(はい、わかりました)」


 その男を知る者なら、自然と彼の仕業だという結論に至るだろう。そう、ここは疑いようのないくらい『マニアック・マスター』ジレット・バルバドスの趣味を反映していた。


「何よ! さっきからアンタたちだけでヒソヒソと!! 何かあるのなら私にも教えなさいよ!!」


 蚊帳の外に置かれたリネアが地団駄を踏みながらこちらを睨みつける。実際彼女は別クラスから来た人なんだから蚊帳の外は仕方ないだろう。


「えっとね。つまり、この場所も俺達の仲間がボスみたいなんだ」


 しかし俺は紳士。別クラスのやつにも情報だけは与えてやろう。


「それじゃあまたワンパンでよろしくね」


 仲間を瞬殺しろと彼女は言うが、そう簡単にいくのだろうか。どうも一筋縄でいかなさそうな嫌な予感がする。


「ちょっとあなたたち」


 街の入口近くで団子になって話し込んでいると、外から声が聞こえ、三人と二体は揃って声がした方へ振り向いた。


「もしかしてネオAKIHAアキハ初心者ですか?」


(ネオAKIHA……)


 声をかけてきたのは、チラシの束を持ったメイド服の女性。それとどうでもいい事だが、この街はネオAKIHAという名前らしい。


「ええ、ここに来たばっかりなんだけど。ここの主が何処にいるか知らない? さっさと行ってさっさとぶっとばしたいんだけど」


 初対面の女性に対し、イルマは物騒ワードを遠慮なく叩きこむ。一歩間違えば、戦闘になりそうな言動に俺とヴァサーゴはあたふたする。


「主様というと、“AKIHAマスターZIREズィレ”様の事ですね」


(AKIHAマスターZIREズィレ……)


「残念ですが、ネオAKIHA初心者の方にはお会いになる事もできません」


 イルマの横柄な態度に対し、メイド服の女性は露ほどの怒りも見せず、営業スマイルを保ちながら淡々と答える。


「は? 何よそれ? 偉そうに引きこもっちゃってぇ!

 っていうかさっきから言ってる初心者って何なのよ!? ムキー」


「お話ししましょう。

 ここネオAKIHAにはAKIHA道に応じた序列があるのです。

 ここに来たばかりのAKIHAの『A』の字も知らぬ『初心者』!

 AKIHAの空気に少し揉まれた『初級者』!

 AKIHAの道を修す『中級者』!

 AKIHAの道を究めし『上級者』!

 そして、ZIREジレ”様に認められし『超級者』

 私たちネオAKIHA の市民たちは日夜AKIHA道を極める為に努力し、ZIREジレ”様に認められるために頑張っているのです!!」


 言っている事はよくわからないが、営業スマイルを変えずに選挙候補者のように熱く語っているのは凄いと思った。

 そしてその時、俺達は彼女の熱弁に集中しており、周囲に集まる彼女の仲間たちに気が付かなかった。


「それで何!? そのアヒャヒャ道の序列を上げないとここのボスに会う事すらできないってわけ? 

 あほくさ。さっさと暴力でボスの面を拝みに行きましょうバアル……」


 そう言って正義の勇者様の仲間は悪い笑みを浮かべて、俺を見たが既に俺の自由はメイド女性の仲間によって奪われていた。いや、俺だけじゃない。ヴァサーゴもイルマもその体に複数のメイド女性が絡みついてきたのだ。


「な? 何ですか! やめて下さい!!」


 肩を掴まれ、ヴァサーゴは声を出して抵抗を試みるが、まるで暖簾に腕押し。彼女らはビクとも動かない。

 それはヴァサーゴが非力だからではなく、何らかの力によって俺たちの力が弱まっているからで、その証拠にパワフルミラクルなフィーナ姫の力を以てしても、俺の身体に纏わりつく細腕を剥がす事が叶わない。


「ふふふ。この街ではAKIHA道が全てなの。残念だけど初心者のあなた達では私たちに敵わないわ」


 営業スマイルメイドが腕を組んで俺達に告げる。きっとそれは真実なのだろう。それなら力が発揮できないのも説明がつく。


「それにしてもあなたたち……」


「な、何よ! ちょっとどこ触ってんのよ!!」


「よく見るとみんな可愛い顔しているじゃない。初心者のままじゃ勿体ないわね」


 俺達より力があるのをいい事に、メイドたちは三人と二体の身体を撫でまわし、ニヤニヤと嫌がる顔を眺める。


「決定ね。

 この子たちを連れて行きましょ。丁度人手が欲しかったところですし」


「なっ、何よ! どこに連れて行くのよ!!」


「あなた達に拒否権は無いわ」


 まさに人攫い。無垢なる三人と二体の乙女は抵抗空しく、彼女たちの叫びを聞く者など一人たりともいなかった。そして、初心者たちはメイド集団に拉致され、目抜き通りの一角にある彼らの店舗アジトへと連行された。







「ほら~ やっぱり似合っているじゃない」


 そして俺達は非道なるメイド集団によって強制的に黒と白を基調としたメイド服を着せられていた。


「どうしたのよぉ~ 赤くなっちゃって」


 無理やり金属の衣を剥ぎ取ったメイドが加虐的な表情を浮かべて俺を見ると、くすくすと笑って責め立てる。俺はその責めに、ただ涙が流れぬよう耐えていた。仕える王家への不遜、学生時代の後輩への申し訳なさ等々で、俺の頭はどうにかなってしまいそうだったのだ。


「へぇ、結構動きやすくていいじゃない」


「前からこういうの着てみたいと思っていたんです」


「主様カワイイ!! スーパールナティックカワイイオブザレジェンド」


 俺の苦悩とはうってかわって、女性陣は存外ノリノリのようだ。イルマに至っては先ほどの怒りが嘘のようにはミニスカを翻してはしゃいでいる。子供かよ。


「私の見立ては正しかったようですね。

 さて、では皆さんにはこれからご奉仕をしていただきます!!」


(出たな営業スマイルメイド)


 俺達を攫った主犯格のメイドが声高々に宣言する。


「ハァ? なに言ってんのよアンタ。私達にそんな事している余裕は無いわ」


 営業スマメイドの一方的な言葉に、真っ先にイルマが噛みつく。俺も彼女と同意見だし、彼女が噛みつかなかったら俺が噛みついていただろう。


「あなた達の余裕なんて知らないわ。

 だってあなた達は初心者。ここではあらゆる権利が無いのよ」


「くっ……」


 営業スマメイドのよく分からない威圧に俺達は一瞬慄いた。


「そしてあなた達には、ここ『メイドインスーパードリーム』で強制労働……じゃなかった。AKIHA道を学んでもらうわ!!」


 そして彼女は俺達が怯んでいる間に立て続けにそう叫んだ。彼女が俺達をここに連行した理由は俺達をタダ働きさせるためだったらしい。見た目に寄らずなんと恐ろしい連中だ。


「どうして私たちがそんな事をしなくちゃいけないのよ!!」


「うん。この服は可愛いですけど、私たち急いでいるんです!!」


 俺が何も言わなくても、ヴァサーゴとイルマがきっちり反論してくれている。っていうか、スカートの丈が気になってあまり動きたくない。


「でもさぁ。ここでAKIHA道を学んだら初心者から卒業できるかもよん?」


 営スマメイドとイルマたちがいがみ合っている中、俺の衣服を剥ぎ取ったメイドが指を振りながらそう口にした。


「…………」


 “初心者卒業”彼女が口にしたその言葉に俺達は黙り込む。

 この街では、俺達は強力な勇者たちではなく、只の人に過ぎず。ここはAKIHA道なるものの序列によって力の序列が決まる無慈悲な世界であることは確かなようだ。そんな世界で“初心者卒業”などと言われたら反応してしまうのも無理はないだろう。


「初心者卒業か。

 もし、卒業出来たら、君は俺たちを解放してくれるのか?」


 俺は少し前かがみになって、営業スマイルを睨みつけて問うた。


「ええ。あなた達が初級者になったら、私にはあなた達を無理やり働かせる権利が無いから、あなたたちは自由よ」


 さて、どこまで信用できるか分からないが、今はこの女の言っている事を信じるしかない。不本意極まるがな。


「全てあなた達の頑張り次第ってところだけど、先ずあなたは言葉遣いをちゃんとしなきゃね。お淑やかな風貌が台無しよ?」


 こうして、俺達は流されるように『メイドインスーパードリーム』でAKIHA道の修練をする事となった―――






「萌え萌えきゅん☆」


「「「「「萌え萌えきゅん☆」」」」」


「声が小さい!! それと、もっと身体を動かして!!」


 初心者と雖も容赦はなく。慣れぬ動きをするバアルたちに言葉の鞭がとぶ。AKIHA道には妥協は無く。彼らは早くもその厳しさを思い知っていた。


「もっと笑顔で。そんなんじゃお客ごしゅじん様逃げちゃいますよ」


 彼らはメイド服を纏った戦士だ。いかなる時も笑顔を絶やさず、まるで剣を振るうようにケチャップを回す。


「くっ…… どうして勇者パーティーの私がこんな事を」


 などとイルマは悪態をつくが、身体は必至になってこの店の接客を覚えようと努めている。挑戦するからには妥協できないというプライドかなんかが働いているのだろう。


「イルマちゃんは動きは良いんだけど、表情がね……

 ほらほら笑顔」


 胸に付けた『いるま♡』と書かれたネームプレートを揺らして、ドワフの女戦士は指先で胸の前にハートを作る。

 ああ、言うまでも無いと思うが、ここは所謂メイド喫茶。メイド姿の乙女たちが客人ごしゅじんたちをもてなす戦場だ。


「それじゃあテストしたいと思いま~す。新人の皆は並んで下さーい」


 戦場フロアに出られるのは鍛えられた戦士のみ。俺達は新人一兵卒として先輩メイドの前に横一列で並ばされ、戦士としての資格があるか試されようとしていた。


「皆いい顔になったわ。バアルちゃんとイルマちゃんはまだ固いけど、最初よりずっといいわ」


 俺達が拉致されてから一日も経っていないが、営業スマイルもとい、メイドリーダーの『みりあさん』は手を叩いて俺達を褒めた。

 そして、他の店員たちに目線で指示を飛ばすと、フロアにあるテーブル席と椅子ワンセットをバックヤードにわざわざ用意させた。どうやら半人前は練習でもフロアには上げないつもりらしい。


「皆には模擬接客をしてもらいます。

 私がお客ごしゅじん様を演じますので、皆は可愛く、朗らかに接客してください。これに合格したら立派なAKIHA人。初心者卒業ですよ~」


「「「「「はい!」」」」」


 俺達が元気な返事を席に着いたみりあさんにすると、初心者卒業を賭けた試験が始まる。

 トップバッターはドワフの女戦士イルマ。彼女は俺達を不敵な笑顔で一瞥すると、くせ毛を揺らして、みりあさんの元へと向かった。勝負ごとになると燃えるタイプのようだ。


「いらっしゃいませ御主人様ぁ~ 何にいたしますかぴょん?」


(ぴょん!?)


 きゃぴきゃぴと無駄な動きをしてメイド服を揺らし、猫なで声を発する姿は、キャラを完全に捨て勝ちを狙う勝負師の鏡だ。


「じゃあメイドさん。オムライスとアイスミルクティーを」


「かしこま☆(魔界の連中なんかには負けられないわ)」


 イルマは注文を取ると、予め用意されていたオムライスとアイスミルクティーをお木製の盆にのせ、持ち前のバランス感覚と運動神経でそれを零さずにホップステップジャンプでテーブルに戻る。


「きゃは☆ お待たせしました~」


 一周くるっとターンして無駄な時間を使うと、イルマは盆からテーブルへオムライスとコースターに乗せたアイスミルクティー、そしてストローとスプーンを移し、またターンした。


「…………それじゃあ、ケチャップサービスをお願い」


「ハハッ」


(ミッ〇ーかよ)


 御主人様はオムライスにケチャップで何かを描くことを所望している。それに応え、イルマはエプロンのポケットからケチャップを取り出すと、パチンと蓋を指で弾いて開ける。

 そして、上下さかさまになった容器からドロドロとしたケチャップが黄色のキャンバスに滴り落ちていく。


「ぬーりー ぬーりー」


 安直な鼻歌と共に描かれたソレは―――


“イルマ参上!!”


 『!』マークを入れて七文字。それがオムライスの上にドヤっと書かれていた。まるでカラーギャングみたいだ。


「出来ましたぁ~」


 イルマはオムライス上にぶちまけられたソレに満足し、キャッキャしているが誰も言葉を発しない。

 そして気まずい沈黙の後、イルマの試験は終わり、みりあさんは彼女の肩を叩いて俺達の後ろにある待機席に戻らせた。その際、彼女は勝ち誇ったように俺達に渾身のドヤ顔を見せてくれたが、何かとても悲しい気持ちにしかならなかった。


「じゃあ仕切り直して、次はバアルちゃん」


「はい……(イルマみたいにはならないようにしないとな)」


 呼ばれた俺はスカートの裾が捲れないよう、歩幅を狭めてテーブルへと向かった。

 

「いらっしゃいませ御主人様…… いかがいたしましょう……」


 フィーナ姫の声でこんな事を言わせるのはどこか罪悪感があり、俺は目を閉じて赤面してしまう。


「そうね。オムライスとアイスミルクティーをお願い」


「……はい。かしこまりました」


 だけどやるしかない。罪悪感を押し殺し、「今だけ。すぐ終わる」と自分に言い聞かせながら俺はイルマと同じように盆の上に注文された料理を乗せ、唇を咬んでテーブルへと向かった。


「お待たせいたしました。オムライスとアイスミルクティーです……」


 イルマと対照的にバアルは身体を極力動かさないように、盆からオムライス、コースター、アイスミルクティー、そしてストローにスプーンを丁寧に移した。

 

「うん。それじゃあケチャップサービスをお願い」


「かしこまりました……」


 ケチャップの取り出す手が震える。人の身体であるからこそ羞恥心は一入ひとしおで、俺が受けてきたいかなる試練でもこんなに身体が熱くなったことは無い。


「おいしく…… なーれー」


 何を書くかなんて考えている余裕は無い。所謂『頭が沸騰』状態なのだ。

 だから、俺は文字ではなくオムライスの中心に大きくハートマークを描いた。


「も、萌え萌えきゅん↑」


(もう無理)


 俺は指先でハートを作って声を上げ、試験終了の合図を待たずに顔に手を当ててイルマが座る待機席駆けだすと、そのまま飛び込むように座った。


「ごくろうさま~ うしししし」


 イルマが俺を嘲笑う声が聞こえたが、そんなのはどうでもいい。俺はただここで身体の火照りと心臓の鼓動を鎮める事だけに務めた。




「結果を発表します」


 気が付いたら、待機席に皆が揃っていた。どうやらテストは終了したようだ。


「80点以上で合格になります。

 では、最初はバアルちゃんから」


 正直落第点だろう。俺は掌を顔から離し、みりあさんの宣告を待つ。


「バアルちゃんは60点。

 うーん。やっぱり動きが硬いのが……

 ケチャップアートは良かったんだけどねぇ。やっぱり恥ずかしいのかな?」


 60点。合格点に20点足りない大敗北だ。だが文句はない。俺は期待に応えられなかった。


「でも大丈夫。私も君もやましい事なんてしていないのだから、恥ずかしがることなんてないよ」


(やましい事…… あるんだよなぁ……)


「ぷぷ。まぁ、よく頑張った方じゃないの? 結果は残念だったけどね~」


 イルマは不合格の俺を煽るが、そもそもこれに合格してAKIHA初心者を卒業しないとボスの所までいけない事を忘れているんじゃないか。


「次はイルマちゃんね」


「はいはーい」


 名前を呼ばれたイルマは右手を挙げて元気よく返事をする。その晴れやかな表情には合格の自信が表れていた。


「えっと、イルマちゃんは40点」


「ふっふー! 当然よ! 勇者パーティーの一角である私にとって朝飯前よ!! あっはっはっはっはっはは…………

 40点!? 何よそれ!? なんで私がこいつより下なのよ!!」


 予想外の結果にイルマは腕を後ろに伸ばして激昂する。


「えっとねぇ。ケチャップアートは良かったんだけど……」


(良かったんだ……)


「イルマちゃん無理しすぎて。率直に言うと“イタい”かな」


「イタい……」


 みりあさんの“イタい”という評価に、イルマ以外の者達は首を縦に振って納得した。俺達が感じていたあのモヤモヤする何かを一言で表せば“イタい”という言葉が最も適当だろう。


「なんでよぉ。

 だって、そいつも私みたいな喋り方していたじゃない!! なんで私だけイタいのよ!!」


 イルマは声を荒げ、メイドの一人に指を指す。彼女は俺の服を奪ったメイドで、確かにゆらゆらした言葉遣いをしていた。


「ああ、その子は天然だからいいのよ。

 でもイルマちゃんの場合、すっごい無理して作っている感じが強くて……

 高校デビューで派手にお化粧したのだけど、素の地味さがにじみ出てきて、そのギャップが歯がゆさを感じさせるみたいな感じ」


「納得できないわ!!」


 彼女なりに努力していたし、同情はする。けれど仮に俺が審査員だったとしても、みりあさんと同じ判断を下していたと思う。ご愁傷様。


「じゃあ次、ヴァサーゴちゃん」


 ヴァサーゴの名前が呼ばれると、イルマは不貞腐れて俺の隣に戻り、呪詛のような小言をぐちぐち言いながら貧乏ゆすりを始めた。


「ヴァサーゴちゃんは80点。合格おめでとう」


 ヴァサーゴの点数が示されると、イルマは椅子が温まる前に立ち上がり、「はぁー?」と声に出して不快感を露わにした。


「流石主様!」


「主様のかわいらしさに私達もメロメロです!!」


 イルマの不満をかき消すように、人形たちはヴァサーゴの合格を大絶賛し、席の上をぴょんぴょん跳ねる。


「ヴァサーゴちゃんは初々しい感じがすごくかわいかった。細かい所は不慣れさが残っていて心配だけど、それを加味しても素晴らしかったわ。あなたならフロアに上げても大丈夫ね」


 俺は羞恥心と罪悪感の二連戦に奮闘していたが故、見ていなかったが、ヴァサーゴの接客は俺より20点上、イルマの二倍素晴らしかったらしい。どうやら、結局合格できたのはヴァサーゴだけらしい。そう思ったら……


「リカちゃんちゃんとバービーちゃんは90点!!

 驚いたわ。こんな逸材久しぶりよ。ケチャップアートも素晴らしかったし」


 上には上がある。二体の人形はヴァサーゴの点数を凌駕し、メイドたちの拍手を以て祝福された。ってか、あいつら接客していたの? どうやって? ケチャップアート? 見ておけばよかった。


「全ては主様の素晴らしい評価を見ていたからに他なりません」


「主様が私達より点数が低いのは、評価対象ではない部分が強かったからですわ。メイド喫茶の劣等生ですの」


 何という忠誠心。そして主への限りない敬意。人形たちは驕れる事無く主であるヴァサーゴを持ち上げる。


「あなた達のそういう謙虚な所もグッドね。みんな拍手~」


 人形たちの態度がメイドたちを更に感動させると、拍手の音と熱さが盛られる。そして、人形以下の烙印を押されたイルマのヒートアップする抗議の声は繰り返される手の音にかき消されてしまった。







「はぁ~ やっぱり駄目だったか」


 有難い事に俺達は店からトイレ風呂付の三人が暮らすには十分な広さの部屋を与えられた。だが、俺の気分は憂鬱。どうやったら合格できるのか見当もつかないまるで底なし沼で足掻いている様な感じだ。

 ヴァサーゴや人形たちの接客を見ていれば得られるものがあったかもしれないが、それを自分が出来るかと言うと自信は無い。


「はぁ~」


 疲れて先にベッドで『川』の字になっているヴァサーゴと人形たちを見て、俺は先のものより大きな溜息をつく。


「ひゃー。あいつらムカつくけど結構いいお風呂用意してくれているじゃない」


「あぁ、イルマおか…… え? ちょっと! 服ぐらい着てくれよ!!」


 下着姿で風呂から出てきたイルマに俺は叫び、憂鬱を忘れて赤面するとサッと目を逸らした。


「はぁ? べっつにいいじゃない。女同士なんだし。それに私は寝る時はいつもこうなの!!」


 面倒な人だ。マイペースで強引な所は少し姫に似ているな。


「で? なんでアンタまだメイド服着ているのよ。みんなの分パジャマも用意されているのに?」


 俺がメイド服をまだ着ている事にイルマは不思議そうな顔を浮かべて近づいてくる。

俺がメイド服でいる理由はただ一つ。本物ではないにしても、仕える王家の姫君の肌を晒したり、覗いたりする行為は不敬極まるからだ。だが、そんな事をイルマに説明する訳にもいかない。


「……パジャマは着ない主義なので」


(どんな主義だよ)


 思わず俺は自問自答する。


「ふーん。まぁいいわ。みんな主義主張はそれぞれだし」


 テストの時の事が嘘のようにイルマは屈託のない表情で笑う。風呂の浄化作用は嘘では無いようだ。


「しかし参ったな。とうとう夜になってしまった。もうヌンティウス…… 盗人に呪道具が奪われてしまっているのではないか」


 ファンシーなカーテンのかかった窓から見えるのは夜のAKIHA。時計を見ると既に酉の時。ヌンティウスが予告していた日は過ぎようとしていた。


「ふーん。アンタ何にも知らないんだ。っていうか、アンタ達が盗人ヌンティウスなんじゃないの?」


 イルマは俺の顔を覗き込みながらそう言うと眉をひそめた。


「だから俺達はホクトの呪道具を護るために来たって言っただろ…… いや、その…… 護るために行ったんだ。

 それと、俺達はヌンティウスじゃない。これだけははっきりと真実を伝えておこう。

 ってか、なんで君がその名前を?」


 自分がイルマに話しかけた“男”である事がバレないように、俺はそっと言い直した。そして、俺達があのヤバい女ヌンティウスではないという事をしっかり明言すると共に、イルマの口から彼女の名前が出た事に疑問を持った。勇者一行とヌンティウスの関係について考えた事も無かったのだ。


「……まぁ、いいわ。別に秘密にしておくことでもないしね。アンタたちは敵だけど教えてあげる」


 真剣な顔でそう言うと、イルマはベッドの縁に座る俺の隣に腰を下ろした。


「ヌンティウスとかいう奴から予告状が来たの。ホクトの呪道具を奪いに来るってね。

 それで現地に行ったらアンタたちがいたわけ」


 どうやらヌンティウスは魔界と勇者双方に予告状を出していたらしい。一体奴の目的はなんだ? 俺達を衝突させる事だったのか?


「でもまぁ、アンタ達が盗人だというのは私の勘違いかもしれない。だってそれにしては浅広き世界書ナロウ・ブックについて無知すぎるし、間抜けだしね」


 余計なお世話だ。だが、不本意な理由ながらも、俺達がヌンティウスではない事については理解してくれたようだ。


「ああ、勿論完全に疑っていない訳じゃないわよ。その間抜けっぷりが全部演技って事もあるしね。

 で、最初に戻るけど、アンタが心配しているような事にはならないわ」


「ん? どういう意味だ?」


「簡潔に言うと、本の中での時間の流れと、現実での時間の流れではその速さが違うのよ。ここでの一日はあちらの五分にも満たないわ」


 イルマの言っている事が事実なら、現実では俺達が浅広き世界書ナロウ・ブックに吸い込まれてからそんなに時間は経っていないという事になる。つまり、あちらではまだ予告の日の中にあるという事だ。


「だけどここを早く出るに越したことは無いな。例え数分でも時間が過ぎているのなら」


 神出鬼没のヌンティウスだ。数分であっても目を離したくはない。それに本ごと俺達がお持ち帰りされるのは地味に面倒だ。


「それは同感。

 あ、それともう一つ注意しなくちゃいけない事があるの。

 いい? 本の中と現実で時間の流れが違っていても、私たちの時間は現実ではなく、本の中の時間を進んでいるの」


「……なるほど。最悪老人になって現実に帰る事になるわけか」


 俺は彼女が言いたい事をすぐに理解した。つまり逆浦島太郎だ。老人になるというのは極端な例であるが、時間の流れが本より遅い現実に帰還すると、周囲より歳をとってしまうという事だ。


「ま、そういう事。

 でさ。今度は私が聞く番。

 アンタたちなんでホクトの呪道具なんて護っていたの? 全然関係ないじゃない」


 彼女の疑問は当然だ。傍から見れば“魔界幹部たちがよその国の宝を護る”なんて奇妙奇天烈な話だ。


「簡単な事だ。

 俺達にも君たちに来たのと同様の挑戦状が来たのさ」


 イルマと同様に、俺も隠す必要が無いと判断して真実を話した。


「それだけだと答えになっていないわ。だって挑戦状が来たからといって、貴方たちが“ハイ”と誘いに乗る理由なんてないもの」


「……はぁ。俺達が誘いに乗ったのは、ヌンティウスと因縁があるからだ。俺達はここで呪道具を護ると共に奴を倒すつもりだった」


「因縁ねぇ…… ま、敢えて深くは聞かないわ」


 俺の険しい顔を見て察したのか、イルマは足を上下に振って話を終わらせた。


「もう一つ聞きたいのだけど。

 アンタ何であの人形たちの名前が、その……」


「リカちゃんの事か?」


「そうそう。なんで?」


 話が急に変わり、イルマは真剣な表情を好奇心旺盛な子供のような表情に変える。まるで百面相だ。


「それは…… 人形達が自己紹介をしていただろう? その時にさ、“バービー”が“バービー”と名乗っていたが、“リカちゃん”は“リカちゃん”と名乗っていたからそうだと思っただけさ。勿論君が人形たちの名前の件で言い争いになったから分かった事で、もし君が彼らの怒りを買わなかったら、俺も“リカ”が名前だと思っていたよ」


 イルマの質問に俺は彼女の身体が視界に入らないよう、空を眺めながら答えた。そして彼女も「ふーん。なるほどね」と頷いて納得の意志を示した。


「でさ。もう一つ聞きたいんだけど」


 答えを得たイルマは立ち上がり、今度は恋する少女のような表情で俺の前に立った。彼女の身体を視界に入れてしまった俺は咄嗟に右を向き、顔を赤らめた。

 彼女のお陰で憂鬱な気持ちはどこかへ消えてしまったが、不慣れなガールズトークに付き合わされそうだ。ってか服を着て!!




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