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若き魔界幹部の悩み  作者: 耕眞智裕
か弱き女王の悩み
50/69

1 試される大国

 26歳マレード・フォン・ガランド。今、俺困っています。

 敵を追い詰めたと思ったら、新たなる敵。

 一難去ってまた一難。ぶっちゃけあり得ない。

 だけど、俺には頼れる神様がいる。


「ふぃー! 久しぶりの我が家だ!! 久しぶりに歌っちゃおうかな!!」


 懐かしい我が家に温かく迎えられ、俺は上機嫌であった。そして、鞄と共に精神を解放させ、いつものように自分を歓迎する歌を口ずさもうとした時、思わぬ邪魔が入った。


「お兄様“正座”」


 それは愛おしくて甘美、そして冷たい怒りのこもった妹―――マリナの声であった。


「ふぇ?」


 突然の事に俺は狼狽し、奇声を上げて正面を向く。

 そこにはマリナの姿だけではなく、第三皇女フィオ姫様の姿とメイド姿の『のじゃロリ神』の姿もあった。

 マリナと姫様は、状況が読めずにニマニマしている神を挟んで、不機嫌で口を膨らませて俺を睨みつけた。


「お兄様。ここに正座してください。私たちお兄様にとーーーーーーーっても重要な話がありますの」


 姫様もマリナも御立腹で、いかなる反抗も許さずといった感じだ。ここでは形だけでも降伏し、彼女たちの言う様に靴を脱いで足を折り畳むべきであろう。


「兄さん。私達が何故怒っているか分かりますか?」


「いえ、ぜんぜん」


 善な酒のCMのように、俺はスマートに答えたが、彼女たちの怒りの原因の一つがそこにいる黒髪ツインテのメイド少女であるという事は流石に察していた。


「お兄様とぼけないで下さい!! 私ガッカリしましたわ。だってこんな……」


「こんな?」


「こんな幼気いたいけな少女を家に連れ込んでいたなんて!!」


 フィオ姫様は腕をぶんぶん振り回した後、メイド神の腕を引っ張って俺の前へと押しやった。やはり原因は彼女にあるらしい。


「おうマレード…… じゃなかったのじゃ。御主人様。お帰りなさいませなのじゃ」


 事の渦中にいると理解していないのか、メイド神はスカートのプリーツを掴み、丁寧にお辞儀し、フィオ姫さまとマリナの怒りを煽る。


「こ、こんな変なプレイまでさせて、兄さんってばっ!!」


「ちょっと待ってくれ。誤解だ!!」


 流石に俺も反撃に出なくてはならない。このままでは少女にメイド服を着せて主従ごっこを嗜むド変態にされてしまう。


「誤解ですか…… じゃあこの子は何なんですか?」


「わしか? わしは御主人様と人には言えぬ間柄。秘密の関係。秘密の女じゃ」


「ちょっと黙っていてもらえませんかメイド様!!」


 俺は何とかメイド様の口を塞いだが、二人の女子高生は俺に対する蔑みの表情を変えない。どうやらメイド様が口にしようとしたことは既に二人の耳にも入っていたようである。こんな言い方じゃあ誤解されても仕方あるまいか。


「お兄様には姉上がいらっしゃるというのに。他の女性に手を出すなんて……」


「許せません兄さん!!」


 ああ、やっぱりフィーナ姫様に繋がるのか。

 まぁ、姫の事は置いておいて、早く誤解を解かなくては。


「これには深い事情があるんだ。

 そう、彼女と会ったのは半年前……」


 マレードはは状況を変えるべく、想像を巡らせながら妹たちに不思議な少女との出会いを語り始めた。



―――春の陽気がまだ香る梅雨の月。

一人の少女は飛空艇の窓から儚い表情で暗い雲海を見つめていた。

そして、突然の警報によって、少女の表情は更なる不安に曇る。


「いたぞあっちだ!!」


 客室からも船員の声が聞こえ、その様子から警報は何者かの侵入を伝えるものだったという事を少女は理解した。


「ご無事でしたか。

 どうやら厄介な蠅が紛れ込んだようです。ですがどうかご安心を」


 少女のいる客室に姿を現したのは、侵入者ではなく、彼女を飛行艇に乗せた軍関係者の男であった。

 彼は少女に安心するように言うと、彼女に背を向け、床に置いた通信機器で本部との連絡を始める。そして集中しているが故に、背後から忍び寄る者の気配を彼は感じる事が出来なかった。


“ガッ”


 鈍い音と共に男は床に伏す。

 男を倒したのは侵入者ではなく、彼が護る対象としていた少女だった。そう、彼女はこの男たちよって強引に飛空艇に乗せられていたのだ。

 少女は男のベージュのジャケットについたポケットから、親の肩身の宝石のついたペンダントを引き出すと、それを首に付けた。

その瞬間―――


“ドンドン!! ドンドン!!”


 扉からけたたましい音が鳴り始めた。ノックなんて優しいものではなく、鈍器によって扉を破ろうとする音だ。

 少女は脱出路を確保する為に辺りを見回すが、客室には扉は一つしかなく、ここから出るルートはそれを除けば強風に晒される窓しかない。


「…………うん」


 少女は決意を固めた。それが命に関わるものであると知りながらも、窓を開け、飛空艇の外殻に存在する小さな出っ張りに足をかけた。そして少しずつ、右へと移動し、隣の客室を目指す。


“バァン!!”


 少女が元いた部屋の窓を離れた刹那、大きな音と共に乱暴な足音が少女にも伝わる。


「おっかしいなぁ。 あ!! いた隠れてた!!」


 侵入した部屋の窓から顔を出し、きょろきょろと周囲を見る明らかに船員ではない怪しい男により少女は発見された。

 そして、何とか隣の客室に少女は辿り着いたが、時はすでに遅く、その客室にも侵入者の仲間が侵入を果たしていた。

 

 窓に向かってくる侵入者の姿に、少女の前進を絶望が巡る。そして、それが四肢に伝わった時、彼女の体は飛空艇から離れていた。



 ちょうどその時、俺は一仕事を終え、コーヒー片手に宰相府庁舎の屋上から夜空を見上げていた。


「ん? なんだあれは?!」


 そして俺は怪しく青光りする“何か”がゆっくりと星の光に紛れて下降するのが見えた。


「彗星? いや、彗星はこう、ぱぁーっとするもんな」


 俺はその不思議な天体現象を観察するために、じっとその光を見つめ続けた。そしてその正体が分かると、俺は絶句した。

 首に掛けられた飾りを光源に少女の姿が星空にボウっと浮かび上がったのだ。


「秘書!! 空から女の子が!!」


 手にコーヒーカップを持ったまま俺は階段を駆け下り、執務室でケーキを頬張る秘書アンナ君にあった事をありのまま話した。


「今おやつ中で手が放せません。話があるなら後にして下さい」


 だが彼女は忙しいようで、話をするどころかこちらを向いてすらくれなかった。

 

「むむむむ…… いや、普通に考えればそんな事あるはずが無いか」


 仕方なく俺は一人、先程まで見ていたものが幻だったのかを確認する為に、コーヒカップを置いて屋上へと戻る。


「わぁぁぁあ!!」


 俺が見ていたのは幻ではなかった。屋上の扉を開けて最初に見えたのは、庁舎直上に浮遊する少女の姿。しかも、高度が下がり、その幼い顔つきすらも確認できた。


「やべぇよ」


 俺は思わず、屋上の中央にあたる、少女の落下ポイントに向かうと、彼女が冷たいコンクリートに当たらないよう、両手を差し出した。


「…………」


 ゆっくりと仰向けで下降する少女が俺の目線を通過する。気を失っているのか、寝ているのか、それとも既に亡骸なのか。少女の表情を見ても判断できない。


「うぐぐぐぐぐ」


 そして、彼女の体が俺の両腕に触れた瞬間、重力に逆らう加護は光と共に失われ、年相応の重さと人肌の温かさが両腕を伝って来た。

 見知らぬ不思議な少女。これが天使なのかと、俺は空を見上げたが、星空は何も答えてはくれない。


「さて、どうするか」


 不思議な少女を腕に乗せ、俺は考える。もし、ここでアンナ君に相談しようものなら、あらぬ疑いをかけられるのは明白だ。ならば―――


「連れて帰る他あるまい」


 そうして、俺は謎の少女を保護するため、温かい家へと彼女を連れて帰ったのだった。





「つまり、彼女は空から降ってきたんだよ!!!」


「「「なんだってー!!!」」」


 俺がメイド神との出会いについて話し終えると、それを聞いていた三人の少女は驚愕の声を上げた。


「お兄様は彼女を救ったのですね……」


「わしもビックリしたのじゃ」


(いや、お前はビックリしないでくれよ)


 ちょろい系のフィオ姫様とメイド様はすんなり信じてくれたようで、ウルウルと瞳を潤ませていた。

 だが、我が妹は未だに怪訝の表情を崩さない。


「それはそれとして。なんでメイド姿なんですか?」


「え?」


「確かに変ですね。それに身元不明の女の子なら、すぐに警察に行くべきでしょうし……」


 妹の一言が状況を引き戻し、俺はまたも三人の怪訝な視線を浴びる。


「えっとそれは……

 あ、そうそう。それはね、彼女の服も汚れていたし、着替えないかな~と思っていたら、サイズが合うのが、母さんのコスプレ衣装しか無かったんだよ。だってさ、もしマリナの部屋を物色したら怒るだろ?

 それと、警察に言わなかったのは、彼女が拒否したからなんだ。な? そうだよね?」


 ナイス俺。超天才的回避だ。我ながら惚れ惚れするぜ。


「そうじゃったか? まあいいか。面倒くさいし、そうじゃった事にしておこう」


「ほらほら、彼女もそう言っているだろう!!」


 メイド様の援護射撃もあって、俺は攻勢に出る。


「うーん…… マレーシャちゃんが言うのなら」


「そうですね。嘘をつく子には見えないですし」


 え? なに? 自己紹介とかしていたんだ。

 頬を重ねて仲が良さそうに笑う三人を見て、マレードは少し脱力した。しかし、安心したのも束の間、彼らから恐ろしい話が聞こえてくる。


「それじゃあ、マレーシャちゃんは私たちが教育しますね」


「ええ、兄さんには運命の人がいて、それを阻む者は悪!! 協力し、祝福する者は末代まで幸せになるっていう事を教えてあげないと」


 善悪二元論の極端な教義を聞いて、俺は恐怖に震えた。そして、彼女たちに目を付けられた哀れな少女を不憫に思った。

 だが、俺にはどうする事も出来ない。彼女に聞きたい事があったが、今の二人は恐らく、俺とメイド様を二人っきりにはしないであろう。


「あ、そう言えば二人ともなんで家にいるんですか?」


 そう、そもそも今家にマーバスの学生である二人がいる事がイレギュラーだったのだ。本来であれば、俺がこんな目に会うはずがなかった。


「あれ、お聞きになられて無いのですか?」


「学園の寮舎が…… えっと、UMAでしたっけ。何かに襲われて、庭側の窓ガラスが全部割れちゃったそうなんです」


「それで、寮は使えないという事で、皆自宅に帰っているんですよ。あ、遠くから来ている方には国営の宿泊施設が用意されているみたい」


 あ、そっか。そう言えば例の一件で、寮が被害を受けたんだったな。

 俺は寮で起きた事について、憲兵総監や警備警察に事を荒立てないよう、内密にするように言っておいたが、まさかUMAの仕業という事になっていたとは。


「それじゃあ兄さん。私達マレーシャちゃんの教育をしなくちゃ」


「ええ。行きましょうマレーシャちゃん」


「何か分からないけどオッケーなのじゃ」


 少女三人の俺に対する詰問は終わり、三人は興味を失ったおもちゃを捨てるように俺の傍を離れていった。


「やっと解放されたか……

 今日はもう寝よう。朝になったらやれることもあるだろう」


 一人きりの静かな空間で、俺は突然の虚脱感と疲労に襲われ、そして、俺は亡者の如くフラフラと自室へと向かった。











「……きるのじゃ」


 微かな木漏れ日のような光と共に、声が聞こえる。


「朝じゃぞ。起きんか。えっと…… 御主人様?」


 『幼馴染の女の子が起しに来てくれる』と並んで多くの男性が夢見るシチュエーションだろう。俺はメイド服を着てその気になっている神によって今起床を迎えようとしていた。


「ああ、おはよう……」


「おう、やっと起きたか。全く、寝坊助じゃあ偉大にて美しいフィーナ姫のパートナーは務まらんぞ」


 どうやら一晩かけて、神は人間の洗脳を受けたらしい。なんとも恐ろしい淑女たちだ。


「起こしに来てくれるとは思いませんでしたよ。てっきり、メイドも辞めろってなるとばっかり」


 可愛らしい神のメイド姿が見られて、ロリコンではないが、俺は地味に嬉しかった。


「いやー。マリナもフィオも可愛い可愛いって褒めてくれてな。お小遣い? まで貰ったのじゃ」


 可愛さの前には誰も勝てない。可愛いものを愛でるのは老若男女の境などない普遍的なものという訳だ。

 だが、「愛で方は人それぞれ」という事を俺は知っている。ふと、ケルベロスさんの事が頭をよぎった。しかし、目の前にいるのはこんなんでも神。酷い愛で方をしようものなら文字通り天罰が下るだろう。


「それは何よりで。

 ああ、そうだ。神サマにちょっと聞きたい事があるんですけど―――」


 俺は心苦しいながらも少女の鑑賞を止め、先ず聞くべき事を聞くために、あの日の寮であった事を話した。


「―――プロテスターのう……」


「貴方ならご存知でしょう? なにせ神なのだから」


 俺は食い入るように身を乗り出し、そう言うとメイド神の答えを待った。


「うん知らん!! 皆目見当もつかん!!」


 だが、マレードの期待する応えは帰ってこなかった。


「そ、そんな。前は城にあるよくわからない技術で調べてくれたじゃないですか!?」


 かつてマレードがヌンティウスと会った時の状況と彼女の正体について、マレーシャは天空城に接続されたデータバンクを活用して調べていた。マレードはその技術に期待していたのだ。


「残念じゃが、あれは万能ではない。お主がそのプロなんとかと対面した状況をリプレイしても、お主と同じ様、わしもソレの正体には至らぬ」


「でも、あの時は……」


「その件についてわしに出来るのは、お主の極めて近い部分において検索する事だけじゃ。そのプリン?とかいう奴はお主とは遠い関係。わしには詮索できぬ」


「でも貴方は神なのでしょ」


 回答が得られなかったマレードはいい年をして口を膨らませながら、ぐちぐちとそう呟いた。


「神か…… お主は神をどう定義づける? もし、創造主だとか、全ての人間を管理する不可侵の存在というのなら、わしは神ではないじゃろう。

 じゃが、わしが役目とするのは、魔力素の管理と、世界の行先を間接的に支配する事じゃ。つまり、わしは世界の支配者マスターであるわけじゃが、それは神以外の何者かの?」


 マレーシャの言葉と共に射竦められたマレードはそれに対する言葉を返せなかった。普段の軽い感じとは違って、この時の彼女の周囲には神聖なオーラが浮かび、彼女が神である事を少しでも疑った事にマレードは後悔した。


「あ、そうじゃ。

 昨日からお主の仮面が光っておるが、アレ放っておいて良いのかの?」


「え? 仮面?」


 纏ったオーラを小さな体に封じ込めると、マレーシャはベッド脇のテーブル上に置かれた黒い仮面を指差す。

 魔界幹部の証たる黒い仮面は、ゲーミングMCのように目を虹色に輝かせ、主に必死にその存在を伝えていた。


「あ、やっばい。昨日はバタンキューだったからなぁ。

 すみません神サマ。時間をとらせて……」


「よいよい。誰か待っているかもしれん。はよ行ってこい」


「はい」


 マレードはマレーシャに頭を下げると、その仮面を顔面に重ねた。



「…………」


 やたらと明るいCMを強制的に見せられた後、俺は暗い空間に至る。そして、徐々に体がヴァーチャルに馴染んでくると、視界に一人の人影が写った。


「はぁ、おっそいじゃない」


 体のラインが分かる過激なシルエットから響くのは、艶やかな女の声。


「すみません。カーチェさん。色々とあって…… 他の方々は?」


 俺が待ち人の名を呼ぶと、光に照らされるようにシルエットから肌色の多いボンテージ姿の女性の姿が露わになった。


「皆もホクトに向かっているわ。私も魔界を経由して向かっている所。あなたもすぐに準備しなさい」


「え? ホクト?」


 降ってわいたような話に俺は狼狽する。

 ホクトと言えば大陸の北端に位置する大国だ。


「そうね、これを見てもらった方が早いわね」


 意味不明状態のマレードにカーチェは一枚の紙を差し出した。勿論、これは本物ではなく、仮想空間が生み出したコピーだ。


「えっと、何々……」


“時代に棄てられた魔界のダンゴムシさんたちー。ごきげんよう。

 私はヌンティウス・デイ。世界を面白おかしくするエンターテイナーです☆

 今から私たちホクトで面白い事をしようと思っていまーす(パンパン!パフーパフー!

 ああ、正確に言うと、ホクトの大事な大事な呪道具を頂きに参上つかまりますぅぅ。

 どうせ、人生つまらないでしょうし、魔界の方々を招待してあげます!!

 私ってばやさし~ 感謝してくださいねー

 つきましては―――“


「…………なんだこれ」


 ヌンティウスが魔界に挑戦状の如き手紙を送りつけてきた事に俺は驚きを隠せなかった。


「ねぇマレード。アンタこの女の事知ってる?」


「え、まぁ、一応……」


「そう。それじゃあ拒否する理由は無いわね。さっさと準備しなさい」


 この手紙にヌンティウスの姓を示すものが無いにも関わらず、カーチェさんは確かに“女”と言った。つまり、それは俺やジレットさんと同じ様に彼女はヌンティウスの事を……


「カーチェさん!!」


「話は後。続きは向こうで」


 ヌンティウスとの関係を聞き出そうとした時、カーチェさんは霧となってこの空間から消えていった。そして、ピラピラと一枚の紙が俺の手に落ちる。そこには集合場所と時間が明記されていた。




「さて、どうするか」


 現実へと帰還した俺は言の一番にそう口ずさんだ。

 ホクトは先ほど言ったように、北の端にある遠国。休暇を得る事は出来るのだろうかが目下の問題だった。


「とりあえず、努力はしてみよう」


 何をするにも、先ず第一歩から。俺は無理を承知で休暇を申請する事を決め、早急に朝食を片付けると、天使のような神のメイドに見送られながら仕事場へと向かった。




「え? 出張!?」


 そして、宰相府庁舎にて、社長出勤してきた秘書に告げられた事が俺を驚かせた。

 急な出張命令。しかも行先は汎ホクト国首都サプダテ。更にお忍びときたものだ。こんな都合のいい事があるなんて信じられない。


「いーなー 旅行ですか? いい御身分です事」


 いや、俺は良い御身分だよ。

 だがしかし妙だ。この皇帝からの令状には、ただ特定の場所に知事で人と会うとしか書かれていない。しかもそれが誰かという事も伏せられている。あの腰の重い皇帝を動かすなんてどんな大物だよ。

 警戒に越した事はないだろうが、ここは運命の悪戯に感謝するとしよう。




 



「魔界を抜けると、そこは雪国だった」


 ホクト南部に存在する魔界に通じるゲートの一つサタン・ゲートから地上に出ると、辺り一面の銀世界が視界に広がっていた。このゲートはテルカにあるハデス・ゲートと異なり、完全に放棄されており、廃墟の様相を呈していたが、逆にその事がホクト政府の警戒を弱らせていた。


「全く、アンナ君の言い様じゃないけど、ほんと一人旅だな」


 SPもつけず、航空記録に載らないように、俺は魔界の歪んだ空間を利用して飛空艇を用いた場合と変わらない時間でこの異国の地に到着した。


「どうやら皆既に来ているみたいだな」


 積もりに積もった雪に明らかに誰かが通った痕跡があり、俺はその誰かの敷いたレールに従って、雪についた複数人の足跡をなぞった。

 すると程なくして、巨大な都市が降雪にぼやかされた視界に見えてきた。


「試される大国ホクト。その首都サプダテかぁ。流石におっきいな」


 汎ホクト国は大陸で最大の面積を持ち、北部は人が住むに適さない広大な領域が広がっている。ホクト人や、他の国の魔法研究者はその領域にて数々の魔法実験を、歴史を通して行い、それが、“試される大国”と呼ばれる所以の一つとなっている。

 そして、もう一つの所以。それは、大地が試されるのではなく、大地に人間が試されるという側面だ。かの地は自然の猛威を使い、人々の忍耐力を試しているのだ。現に、多くの魔法研究者が命を失い、かの地を訪れるのは己が肉体に自身のある者だけとなっている。

 とまぁ、ホクトは怖い所だよって事なのだけど、南に広がる都市部はそんなことは無い。ここは今年の大陸魅力のある国ランキングでも一位に輝くほどの魅力的な観光地でもあるのだ。


「えっと、集合場所のホテルは……」


 街中に入るとまるで小人になった気分だ。

というのはホクトの人口の90%が少数民族ドワフであり、その身長は男女とも軽々しく2.5メートルを超える。そして、ここは彼らの国であり、街のいかなるものも彼らの体のサイズに合わせて大きく作られている。


「観光客の人かい? 道が分からないなら教えてあげるよ」


 この街ではドワフ以外の小人=観光客という観念が完全に確立しており、地図を手にキョロキョロと周囲を見渡すと、親切なホクト人が声をかけてくれる。きっとこれもこの国の人気である理由の一つなのだろう。


「あ、はい。このホテルなんですけど……」


 一応一国の宰相である俺は、ニット帽を深くかぶり、マフラーで口元を隠してその親切に甘える。


「ああ、それならすぐそこだよ。ほら、看板が見えるだろう?」


 親切な男が指を指した先には確かに、目的地の名が記された看板があった。だが、その場所は彼が言うように“近く”はなかった。いや、俺達にとっては近くは無いのだ。

 ドワフと他種族の間には極めて大きい歩幅の差がある。彼らが歩く回数に比べ、俺達はその二倍以上の足の運動を必要とするのである。


「はぁはぁ」


 俺は彼がすぐそこと言った場所に、足を雪に埋めながらなんとか到着し、わざわざ観光客の背丈に合わせたフロントへと向かうと腰を屈めて旅行者の目線に合わそうと努力する受付に自分の事を伝えた。


「はい。『魅惑の人形とその仲間たち』団体様のバアル様ですね。お部屋は三階となっております」


 はぁ。どうやら最低でもナナミさんは到着しているようだ。


「どうぞこちらに」


 どこからか現れた巨大なボーイが深く頭を下げてそう言うと、俺達では手が届きそうにない高さにあるエレベータのボタンを押し、その狭くて大きい空間へと俺を招く。


「どうも有難う」


 俺は空に向かって言うように、顔を上に上げて礼を言うと、ボーイの男は可愛らしい笑顔を見せてそれに答えた。

 そして、ジーマの道路程ある廊下をボーイの先導で進み、一つの扉の前で立ち止った。


「お客様。この部屋でございます」


 巨大な扉には二つのノブと鍵穴。一つは俺の手が届かない場所に。そしてもう一つは俺たちが手慣れた位置に。どうやらドワフ用と他種族用のモノが存在しているようだ。


「では、私はこれで失礼いたします」


 親切な巨漢ボーイはそう言うと、邪魔にならないようにゆっくりと来た道を戻っていき、扉の前でしばし静かな時間が流れる。


「よし……」


 よく考えれば、魔界幹部が現実で集合するのは俺とナナミさんが魔界の門を潜ったあの日以来か。そう思うと、この瞬間がとても特別な気がしてくる。


「お邪魔します―――」


 ノブを捻り、扉を引くと、大きな扉にも拘らずすんなりと動く。そして中から討論している様な声が響き、俺は息を飲んで挨拶すると、そこには―――


「終わりましたーー」


「駄目よナナミちゃん。“ウノ”って言ってないじゃない」


 テーブルを囲ってカードゲームに興じる四人の魔界幹部の姿があった。


「あ、宰相様。あの時はどうも」


「マレードぉ。遅いじゃない。早くアンタもこっちに来なさい。ほら、最初から始めるわよ」


「え? 私折角上がったのに……」


「だからナナミちゃん“ウノ”って言ってないじゃない」


 姦しく騒ぐ女性二人に、男二人は苦笑いを浮かべる。俺はその光景に少し脱力したが、不思議な安心に包まれていた。きっと無意識ながらも異国の地で心細かったのだろう。


「天才の実力を見せてあげますよ」


 その安心からか、俺は少し上機嫌になってそう言うと、ジレットさんが急遽用意してくれた五人目の席に着いて、カードが配られるのを眺めた。



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