21 気高き偶像青年の悩み Ⅴ
第二の戦場――宝物庫と並行して用意した学び舎の罠。そこには帝国のエリートたる憲兵部隊はいないが、信頼に足る警備警察と“闇の眷属”たちがヌンティウスを待ち構えていた。
“…………”
本来学生たちの賑やかな声が響く、巨大な寮を傍らに置いた小中高一貫の学び舎も今日は虫のさざめきが鬱陶しいと感じるほどに静かだ。
俺がこの地をヌンティウスの終着地に選んだのは、本校に通う学生や教師たちが、先日より『宰相閣下と皇室の歴史を学ぼう』とかいう腐りきった催しのために王城近くの研修施設に移動しているからだ。
俺は幾度にわたり、「そのような洗脳のごとき活動はやめてくれ」と運営に頼み込んだが、彼らはそれを頑なに拒み続けていた。クソ中年や姫様がこのバックにいたのだと今になって思うが、今回この機会を利用するにあたり、俺は彼らと学校に感謝しなければならないようだ。サンキューガッコ ファ〇クユーガッコ
“HQHQ。こちら異常なし”
“ケー。警戒を継続せよ”
学園端にある用務員室に黒い制服を纏った警官たちが詰め寄り、定期連絡の通信が鳴り響く。本日この地は用務員室だけではなく、警備警察たちの司令部(HQ)としての顔を持っていた。
「ほら兄ちゃんたち。お茶をどうぞ~」
そんなピリピリとした密閉空間で、ぬるい声が緊張を軽減させる。
「あ、どうもご丁寧に。いただきます」
優しい声の主は、この部屋の支配者の一人である用務員夫妻であった。彼らはこの場所を仕事のみならず、生活の場としており、久方ぶりの来客に喜んでいた。
「ほら、君たちも」
「あ、ありっす!!」
そして、用務員夫婦の他に、もうひと方このピリピリした雰囲気の中で異彩を放つ者たちがいた。
彼らは西イセサ高校の制服を纏い、一人は手にしたトランシーバー兼モニターをいじり、一人は猫にツナ缶を与えながらも、どこかソワソワして落ち着かない様子であった。
「実に優秀な学生たちだ。さすが何でもできる君閣下の指名した者たちだよ」
慣れぬ環境に緊張する西イセサの若者たちであったが、しっかりと自分の役割をこなしている姿に警備長はそう評価するとともに、彼らを派遣したマレードの人選に感動した。
「ミア・ジェットスター君には魔法師大会での輝かしい成績を持ち、動物と心を通わせる心を持ち、ノックス・エア・ドゥ君にはロボットコンテストで大学生や工専に引けを取らない才能を発揮している。我が国の未来に憂いなしだ。
そしてクラン・フジドリム君は――」
宰相より派遣された西イセサの学生たちはミアとノックスだけではない。指令室にいない三人目はその能力を生かして壁を這い回り、校舎を巡回していた。その姿は校舎内に設置された監視カメラに度々報告を兼ねて映り込んでおり、その姿を見ながら警備長は他の二人と並べてこう評価した。「……うん。 なんかすごい」と。
この優秀な西イセサの三人組には裏の顔がある。学生としての彼らは世を忍ぶ仮の姿であり、その正体は魔界幹部バアルの直属の配下ミア・ゴブリ、クラン・コボル、ノックス・オルクであった。
この場所は宝物庫とは違い、憲兵隊や兵士を配置する合理的理由がなく、通常より警備の数を増やしてもヌンティウスと対峙するには不足とマレードは考えていた。そこで、彼は優秀な学生であるとともに、裏の姿の配下である三人に協力を要請していたのであった。これなら、仮にこの罠の出番がなく過剰な警備であったとしても、その責任を問い詰められることはないのである。
この地が第二の罠であるという事は、その特殊性故、警備警察はもちろん三人の学生にも知られておらず、警備警察にとっては祭事下での厳重警備、三人にとっては社会経験でしかなかった。
「超天才宰相マレード♪
ふざけた悪人を倒すために♪
三つのしもべに命令だ!
リーダーミアは猫といけ!
ノックスは機械の目を!
クランくっつけ壁かーけーろー♪」
一方そのころ、マレードはツッコミ不在の車内で部下たちへの期待を示す歌を歌っていた。
車はマレードと、自ら要望して乗り込んだ憲兵総監カタルの二名が乗り込み、目的地『マーバス学園』へとまっすぐ向かっていた。
カタルはいつも以上に険しい顔を険しくし、ただ揺れる床を見ながら黙りこんでおり、マレードもどう声を掛けていいかわからず、ただ、歌を口ずさむほかなかったのである。
そして、会話のないまま車は目的地の裏門へと至った。
「お待ちしておりました閣下」
事前に連絡を受けていた裏門を守る警備はマレード達を敬礼を以て迎えたが、なぜ帝国の宰相が今ここに来たのか分かっておらず、少し動揺がみられた。
裏門を通ると、警備警察一人を先頭に一行は用務員室兼指令室へと通じる暗い廊下を静かに進む。
(懐かしいな。そういえば、昔姫様とよく用務員室まで行ったっけ。あの時は――)
「どうぞ」
道中しみじみと懐かしい学生生活を思い起こしていると、いい感じに桃色になったところで、警備警察の声によって現実に引き戻された。
灰色の扉が開かれると、暗い廊下に光が差し込み、緊張を伴った声と機械音、そして猫のねだるような鳴き声が漏れてくる。
「どうですか? 何か異常などは――」
「こ、こ、こ、このようなところによ、ようこそいらっしゃいました。何でもできる君閣下! それに憲兵総監閣下まで……」
宰相の来室に警備長は鶏のように声をスタッカートさせる。声だけでなく、動きもカクカクであり、直後に敬礼した際に手先が直撃した頭を痛そうにさすった。
「それで警備長。まだ異常は無いのだな?」
「あ、はい!! 異常はございません!!」
威圧的なカタルの語勢に警備長は腰を伸ばし、身を引き締めてすぐさまそう答えた。カタルは警察への統括権を持っているわけではないが、相手を威圧させるその強面さに警察も兵士も思わず従ってしまうようである。
(どうやら奴が来る前に――いや、行動を起こす前に来ることができたようだな。まぁ、それはいいとして、問題はこの少年少女……)
「あ、あ、あ、あのあの。宰相閣下でごぜーますよね?!」
「あの、て、手を握っても…… よろしいでございますでしょうか?」
何だこの初々しいのは。初対面じゃないだろうに。
「わー!! ありがとうございますぅぅ やっぱりオーラが違いますっすねです」
まさかこいつら雰囲気で人を判断しているのか? メシまで食わせてやった主人の顔も覚えられないのか? ショックだわー。
飼い犬にそっぽを向かれ、気が付いたらお隣さんの犬になっていた時のような、複雑な感情にマレードは眉をひそめたが、ここで言うことでもなく、黙って状況の確認を始めた。
まず目につくのは設置された十数のモニター。そのほとんどが寮や校舎に設置されたカメラから送られた映像を映している。しかし、予算やプライバシーの問題で設置されたカメラでは監視できる範囲に限界があるのも事実で、それをカバーするのが巡回する警備とノックスの発明品、スパイダー○ンもどきの役割であった。
モニターの一つには他とは違う、校舎を鳥の視点から見た様な特異な映像が映し出されている。これがノックスによって放たれた無音ドローンから得られた映像であり、その縦横無尽さに警備体制は万全であると錯覚させていた。
「そんな心配せずとも大丈夫ですよ。この厳重な警備体制。鼠一人入って来れませんガハハ」
警備長はそう言うが、一度ヌンティウスを取り逃したマレードと、鬼瓦のような表情でモニターを見つめるカタルにとってはこれでも十分とは思えない。二人にはこの程度でヌンティウスが諦めたり容易に見つかったりするような真似はしないと確信していた。
(ちゃんと来いよヌンティウス)
しかし、そうでなくては困る。これはヌンティウスの為にわざわざ作ってやった罠の檻であり、檻に恐怖して逃げ出す様なら、骨折り損のくたびれ儲けもいい所だ。
“ジジジジジ……ノックスか……”
「うっす。どうしたっすか? クラン」
モニターに向けられていた意識が、かつて俺を“おっさん”とのたまったクソガキの声が聞こえるノックスの手にしたトランシーバーへと向かう。どうやら何かあったようだ。
“いや~ 何か俺疲れてんのかなぁ”
クランの言葉には迷いが見られた。まるでUFOにキャトルミューティレーションされたが、それが夢か現実か分からないような、自分の経験を信じる事が出来ないといった感じだ。
「おいおいお前らしくないぞ? 何かあったならアタシたちに話せよ」
伸びた猫を抱いたミアがトランシーバーに声をかけ、クランに何があったか話す様に呼びかける。そして、変に思われる事を覚悟し、クランは話を始めた。
“今あった事をありのまま言うぜ……
俺は誰もいない月が照らす中央階段の踊り場を見下ろしていたら、変な女を見ていた……
瞬き一回の一瞬さ……
な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何が起きたか分からねぇ……
超マジックだとかそんなチャチなものじゃねぇ……
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……“
事情を話させたものの、ミアとノックスはどこか信じられなさそうな顔を見せる。というのも、二人はクランの優れた感覚を高く評価しており、もし何者かが接近していたなら、彼が気が付かないはず無いと思っていたからだ。
(来たな。餌を準備しよう。
そうだなぁ…… 確か寮のエントランスにアレがあったはず)
ミアや警備警察たちは女の存在を疑っているが、クランの話によって俺と憲兵総監はヌンティウスの侵入を許した事を確信した。
「クラン君の言っている事は正しい。彼は確かに侵入者の姿を見たのだ。
そして侵入者は寮エントランスにある展示物を狙っている」
「な、何と!! それは本当かガランド君、いや宰相閣下!!
そんな…… もしあれが奪われる事があれば、学生たちの心は深淵の闇に沈むことになる……」
用務員さんが何か凄いもののように言っているが、何のことは無い。
寮生たちが集まるエントランスホール。その中央に華々しく、重厚な台付き展示ケースに飾られているのは、俺が『高校魔法士競技大会』で優勝した時に着用した衣装である。
いつもは鍵付きのカバーによって覆われているが、大会が近づくと縁起担ぎの為に衆目に晒され、参拝の対象になっていた。
もちろん、これが侵入者のターゲットだというのは嘘だ。憲兵総監も俺の意図を察して、それを知りながらも黙ってくれている。
「それでは校舎の警備を寮に集中させます」
警備長は直ぐに校舎に散らばった警備警察たち十数人に校舎北にある寮に集まるように指示を出した。
恐らくこの行動は、“寮に貴重なものがあるという事”を察知されヌンティウスを寮に引き寄せる結果になるだろうが、マレードたちにとってはむしろ好都合であった。
「俺も寮に向かいます。ミアさんも来てくれますか?」
「は、はい!! 喜んでっす!!」
俺とミア、そして、護衛として同行を希望した憲兵総監の三人と猫一匹は警備員室を後にして寮まで続く暗い廊下を進んでいく。機械と人が密集した警備員室と一変し、廊下は肌寒くミアは猫のように体を少し震わせた。
「閣下。奴は―――ヌンティウスとはいったい何者なのですか?」
「……分からない。目的は大陸を混沌に沈める事だとか言っていた気がするが、それ以外の事は一切分からないのだ」
カタルはまるで恋をしたかのように、マレードにヌンティウスに関する情報を求めた。彼が特定の人物に執着するような人ではないという事を知っているマレードも彼のその様子に不自然さを感じてはいたが、それを考える間もなく一行は目的地である寮エントランスに到着した。
ドーム状の屋根に三階分の吹き抜けがある広大な空間。閉められた売店や使う者のいないテーブルが囲うその中心部に偉そうに置かれた縦に長い直方体の物体。それこそが件の展示ケースであり、上部には金属のカバーが掛けられている。どうやら奴はまだ来ていないようだ。
「ミア君。猫は何か言っているか?」
俺は二人と一匹を売店傍のテーブルに身を隠させ、部下の少女に状況を聞いた。この暗闇では猫の目が最も頼りになると考えたのだ。
「変な匂いが混じっていると言っているっす。
あと、何かこの子が宰相様から“美味しいものをくれそうな匂いがする”っていってるんすけど……」
どうやら飼い主より猫の方が覚えが良いようだ。だが、ここで俺の正体について話されるのも面倒なので、一旦適当に話を誤魔化し、俺は警備たちが集合するのを見ながら奴が来るのを待った。
“女だ…… あの女……”
ノックスからミアに託されたトランシーバーからクランの声がこぼれる。そして俺たちの視界にも不自然な女が映った。
周囲が寮舎に囲われたそれなりに広く見晴らしの良い庭園。エントランス入口からも望む事ができるその場所にヌンティウスは宝物庫で目にした格好のまま姿を現した。
「なんて大胆な……」
警備の一人が呟いたように、ヌンティウスの登場は怪盗としては落第点である。
無防備なその姿に今にも飛び出しそうな警備たちを制止し、奴の事を知る俺は憲兵総監を介して、警備警察に次のような指示を与えた。
『エントランスの集合を解き、ヌンティウスに悟られぬよう庭を包囲するように展開する事。その時間を加味し、ヌンティウスがターゲットを持って庭に出るまで手を出さない事』
敢えて、エントランスで捕獲を試みないのは、宝物庫の狭い空間で彼女を逃した苦い経験からであり、その経験を生かして今回は身を隠す事が出来ない足先程度の草で覆われた庭で彼女を包囲するというのがマレードの考えだった。
「ふんふふーん♪」
そして呑気な鼻歌を歌いながら何も知らないヌンティウスはエントランスに至る。
「あ? これですかねぇ~ 思ったより小っちゃいなぁ」
自己主張の激しい展示ケースが彼女の視界に入らない筈はなく、月明かりだけの空間でもすぐにブツの入ったそれは見つけられ「よっこいしょっと」という声と共に台座ごと持ち上げられた。
(うわっ! 普通に持ち上げたよ……)
それなりの重さのある展示ケースを軽々と持ち上げる華奢な女にマレードは驚いたが、宝物庫の扉のように解錠し、直接中身を持ち出さない事に細やかな疑問を持った。
「ふふんふーん♪」
だが、考えている間も無く、ヌンティウスは右足を軸に180度身体を回し、不愉快な鼻歌を口ずさみながら来た道を戻っていく。
(もう少し…… もう少し……)
この時ばかりは時間が長く感じた。きっと鼓動が早いからだろう。
「…………今だ!!」
時は来たれり。
ヌンティウスはその場で消えたり、校舎に入ることなく、庭の中心―――絶好の包囲ポイントに足を踏み込んだ。
「であえ― であえー」
ドローンから放たれた強烈な光に足を止めたヌンティウスの周りに射出束縛器を手にした警備警察たちが現れると、その向きを彼女に向けた。
「もう逃げられないぞ!! 年貢の納め時だなヌンテゥス!!」
ヌンティウスの逃げ場を完全に潰した所で俺☆参上。警備から渡された拡声器を手にドヤ顔でそう言い放ち、寮舎にいる警備たちに光の射撃を指示した。
「あらあら~ 静かだと思ったらこういう事でしたか」
舞台女優のように大量の光を浴びながら、ヌンティウスは太々しい表情を崩さない。
この絶体絶命の状況にあっても、その様な態度を取るヌンティウスに対し、“何かこの場から逃げ出す手段があるのかもしれない”とマレードは思い、説得などする事も無く、拡声器と交換で受け取った射出束縛器をヌンティウスに向けた。
「人の尊厳を踏みにじる恥辱。お前も受けてもらうぞ」
そして直ぐにその言葉を添え、マレードは容赦も躊躇もなく禍々しい触手の塊を邪悪な表情を浮かべながらヌンティウスに対して放った。
自由となった塊はにょろにょろと不快な動きをしながら徐々に分散し、獲物を狙う蛇のようにヌンティウスの体一直線に突撃する。
「ほいっと」
だが、マレードの望みは叶わなかった。正義の触手たちはヌンティウスが盾のように構えた展示ケースによって遮られたのだ。
「っ!!」
ところがその瞬間、ヌンティウスの表情が曇る。
幾つかの触手が展示ケースをいやらしく締め上げる中、その一部が地面にめり込み、展示ケースと大地が一体化していたのである。
「くっ…… このままじゃあ……」
“くっこの”発言頂きましたぁ!! “くっころ”程ではないにせよ、ほぼ敗北を認める言葉の響きに俺の溜飲は下がりまくった。
第三部『完』!! 天才宰相大勝利にレディー・ゴー!!!!




