20 気高き偶像青年の悩み Ⅳ
「“カメラに写っていたのは無謀にも一国の宝物庫に忍び込む一人の女。
きょろきょろと辺りを見回し全く節操がない様子。
何とこの女、周りに人が誰もいないのをいい事に物色を開始!!
あわやブツが盗まれようとしているところで、別の謎の女が乱入。
しかもあろう事か、この女、身に纏っているのは下着だけという破廉恥な格好。
盗人女も流石に驚き、そそくさと身を隠すが、下着女が扉を開けたところで警察が乱入。
すぐにお縄に着いたのだった。
っと、ここでネタ晴らし。実は下着の女も警察とグルであり、初めから女がここに忍び込んでくることは分かっていたのだ。
後日、鉄格子の奥にいる女に話を聞くと、酷く反省したようで、女は――
「もうあんな馬鹿な事はしないよぉ」
とだけ話した。
――大陸まるみえ仰天ニュース――“
……ってなる事を期待していましたぁ?」
突入した宝物庫にはマレーナ以外人の姿は見つからなかった。あるのは、特に価値があるわけでもない銅像や絵画。そして山のように積まれたじゃん☆こうた先生直筆の原画。ただそれだけ。
「誰かいるかも」とマレードたちが宝物庫を調査しようとした時、先の不快な女の声が扉の外から聞こえたのだ。
「っ! ヌンティウス!!」
間違えなく、あの女――ヌンティウス・デイの声。俺は奴を逃さまいと、声のする方へ駆け出し、憲兵たちもそれに続いた。
「私のスペシャルイルージョン。お楽しみ頂けましたか? マレード様。
ふふふ、その表情。楽しんでいただけたようで何よりですわ」
奴は逃げも隠れもしなかった。マジシャンの様なタキシードにシルクハット、安そうなステッキを手に、第一階段に座っていた。
「宰相閣下この女は?」
初めてその顔を見たカタルは、マレードとヌンティウスの只ならぬ様子を見て率直にそう口にした。
「ヌンティウス・デイ。各国で盗みを働き、そして第二皇女殿下を危険な目に会わせた諸悪の根源」
「この地味な女がですか?」
ぱっと見、悪人には見えないヌンティウスの顔をまじまじと見るカタルの様子に、彼女は不快そうに溜息をついた。
「地味だなんて失礼ですわね。私これでも見た目には気を使っているのにぃ。
それと、貴方は少し盛り過ぎなんじゃないですか? 本当はか弱い少女みたいな癖に」
「なっ……
全員奴を捕獲せよ!!」
ヌンティウスの指摘に、カタルは珍しく狼狽えたが、すぐに気を落ち着かせ、部下に射出束縛器を構えさせた。マレードに禁じられた世界を垣間見せたあの道具である。
「あらこわーい。
では、私はこれでお暇しますね。ごきげんよう」
無駄に大きなリアクションを取ると、ヌンティウスは踊るように螺旋階段を上り始め、マレードたちもそれに続いた。
螺旋階段にはところどころに兵が配備されており、いずれ追い付けると踏んでいたマレードたちは勝利を確信していた。
だが――
「ふみゃ~」
最初に彼らの目の前に現れたのは、夢み心地の兵士。魔法ではなく、睡眠を強制させる薬剤によって彼は眠らされていた。
そして、このような兵士をマレードたちは地上に辿り着くまでこの後幾度も見る事になる。
「はぁ…… はぁ……
ちょっと…… 休憩…… ああっ…… 明日筋肉痛だわ」
デスクワーク中心の人間には流石にこの階段地獄は堪えた。そして、道中兵士たちを眠らせ、進路を確保しながら追い付かれる事無く姿を消したヌンティウスの底なしの体力に畏怖の念を覚えざるを得なかった。
「おかしい……」
ひんやりした床に転がり、身体を冷やすマレードを横目に、カタルは呑気にいびきをかく兵士たちを見ながら口に手を当てた。
「あの地味女が侵入した時は暴力で兵士たちを退けて、宝物庫前まで来たのに、帰りはずいぶんとお手柔らかな手段を用いている。まるで別人みたいに」
カタルが考え事をしている間、しっかり服を着たマレーナと王室庁長官が地上に生還し、宝物庫前にいた全員が地上の空気を吸う事が出来た。
「一勝、一敗。
俺たちはヌンティウスを取り逃がしたが、奴の盗みも成功しなかった。
今は――
王室庁長官殿。例のものを見に行ってもいいですかね?」
喋れる程度に体力を回復させたマレードは、汗を吹き出し、ぜぇぜぇと息を荒くしている王室庁長官に情なくそう問うた。
「ちょ…… ちょっと…… お、お待ち…… お待ちください」
息を整えようとする王室庁長官を待ちながら、マレードは先ほど苦しめられた階段とは違い、緩やかで荘厳な上り階段の上った先にある部屋の方を見つめていた。
そこにあるのは王室庁管理室。国が管理する図書館や美術館、宝物庫にある様々な財宝や書籍、資料を管理し、統括する部屋である。この窓のない部屋の責任者が王室庁長官であり、彼だけがその部屋に入るための鍵を持っていた。
「……それでは参りましょう」
汗をハンカチで拭い、眼鏡の位置を直して王室庁長官はマレードにそう告げた。
「よろしくお願いします」
王室庁長官に続く様にマレードも歩き出し、管理室へと歩みを始める。
宝物庫に続く地獄階段に比べればあまりにも可愛い階段を上り、少し進んだところに質素で重厚な扉と、武器を装備した衛兵に守られたその部屋はあった。
「不審な事などありませんでしたか?」
「はっ!! 鼠一匹見ておりません!!」
衛兵は二人に敬礼すると、この場所に何人も入り込んでいない事をはっきりと口にした。
「なるほど」
「ですが、宝物庫に侵入した奴です。確認するに越した事はないでしょう」
衛兵二人を扉から少し離れさせ、暴力的に破られた形跡のない扉に王室庁長官が鍵を差し込み、90度回転させると、“カチッ”という気持ちのいい音と共に扉が開き、部屋の灯りが点灯する。
「やはり宰相閣下の杞憂だったのでは?」
「そうかもしれない。けど一応確認を……」
何事も無い静寂の部屋。俺は王室庁長官殿の指摘に頭を縦に振るしかなかった。だが相手はあの神出鬼没の女。もしかしたら既に部屋に侵入され“アレ”が閲覧されているか、持ち出されていたりするかもしれない。
「それでは確認を……」
王室庁長官が開いたのは大きく重い本“宝物庫財宝管理帳”。滅多に使われないその本の最初の方のページに指を滑らせ、長官が目的のものを見つめるとそこに指を止めた。
「……間違いないですね」
そこにはこう書かれていた。
“宝物庫貸し出し記録。
呪道具―貧者の鉄球 宝物庫→皇立マーバス学園“
言うまでも無くこれはフェイクだ。貧者の鉄球は現在、第二皇女殿下のサポーター兼漬物石として使われており、その事を知る者は極めて少ない。俺は越権行為を承知で、本来の貸出先を修正し、うっすら残る“オーティマ宮殿”の一文が察知されぬよう“皇立マーバス学園”と書き直させていたのだが、どうやら無駄な心配だったようである。
「まぁ、一応これで一安心という事ですね」
よくよく考えてみれば、ヌンティウスがこの一文を見たとすれば、宝物庫まで行かなかっただろう。つまり、奴はここに来ていない事になる。
また、何者かがここに来る俺達をストーキングしている様子もなく、“宝物庫で目的の物を発見できなかった事の真相を確かめにここに来る”なんてことも無かった。
(ジレットさん。申し訳ない。奴を捕らえる事は出来なかった……)
作戦が終わり、心でそう呟くと、俺の背後に突然気配が湧いて出てきた。比喩ではない。“突然湧き出てきた”のだ。
「あらあら。してやられましたぁ~ 学校ですかぁ~」
そして気配は声を発する。
紛れもなく奴さ。
神出鬼没のヌンティウス・デイ。俺はすぐさま振り向き、奴の姿を確認する。長官殿もそこに平然と存在する不審者の姿に驚き、声も出ない様子だ。
「ヌンティウス…… 一体何処から」
王室庁長官が問い詰めたかった事を代わりにマレードがヌンティウスに問う。マレードもどうやって彼女がこの部屋に入ったか気になったのだ。
「それはモチロン入口からですよぉ。
いやぁ~ 悔しいですねぇ。まさか、呪道具が動かされていたなんて。骨折り損のくたびれ儲けですね」
へらへらと笑いながら女は言う。「悔しい」などと口にしながら全くその様子は無く、まるで他人事だ。
「って事だったんですけどぉ。マレード様のお陰で呪道具のありかが分かりましたわ。感謝感激です!!
では、後程」
手振りで気持ちを表現しつつ、早口でそう言ってのけると、ヌンティウスはスケーターの如く軽やかに部屋を飛び出す。
そしてその際に「お前は誰だ!? どうやって部屋に!」という衛兵の驚きの声が聞こえ、ヌンティウスが部屋に入る瞬間を彼らも目にしていなかったことが分かる。
「おのれヌンティウス!! 待てぇ!!」
ICPOの銭〇警部のように、マレードがヌンティウスを追うが、妖精のように跳びながら進む彼女は見かけより早く、二人の距離は徐々に離されていく。
「憲兵総監!! ヌンティウスがそちらに!!」
城を出るには憲兵隊がいる宝物庫に繋がる階段がある部屋を通る事になるが、ヌンティウスは彼らの間を踊るようにぬい、彼らがその存在に気が付くころには部屋を抜けていた。
「ばいばいさよならごきげんよう」
奴が去った後残ったのは去り際に発した不愉快なこの言葉だけだった。
きっと奴はマーバス学園に向かっている。
そう思うと俺は――
「くくくく…… くわぁははははははは!!!」
笑いがこみ上げてくるのを抑えられないっ!!
天才は3段構え、4段構えするものなのだ。
奴はこちらの上を行ったと思っているかもしれないが、行った先は新たなる罠籠。そこに吊るされた“そこにはない餌”にまんまと騙されたのだ。
本来であれば、二択の可能性の一つに過ぎなかった。
つまり、ヌンティウスが几帳面な人間で、宝物庫侵入より先に“宝物庫貸し出し記録”を読んでいた場合のリスクヘッジだったのだ。
宝物庫貸し出し記録に関し、宝物庫→宝物庫と修正するのは違和感を生じるし、空欄にすると、先の事情で宮殿にある事がばれてしまう。だからこそ二つの場所に罠を張っていたわけであるが、ヌンティウスはわざわざ二つのトラップにチャレンジしてくれるらしい。
「よし。それじゃあ第二弾行ってみようか」
突然の事に腰を抜かして座り込んでいる長官殿を置いて、俺は第二のステージへと、憲兵総監と憲兵たちを連れて向かう。
――マレードがヌンティウスと対峙している時。ワンワールドのメンバーたちはスタジアムをいっぱいにする観客たちと対峙していた。
だが、ワンワールドのボーカルであるシュウの心は観客ではなく、一人の男に向けられていた。
(すまないみんな。今日だけはどうか一人の為に歌わせて)
自分たちの歌を楽しんでくれる人々に懺悔し、シュウは心を今見る事が出来ない舞台袖に向ける。
そこにいるのは恩人にして親友…… そして、きっと誰かの助けを待っている男だ。
「♪~」
歌声はスタジアムの外にまで響き、そしてその言葉一つ一つにシュウの気持ちがタレントの力によって乗せられていく。
無論、その声はワンワールドの姿を舞台袖のモニターから眺めるエスセブにも届いていた。
「…………っ!!」
シュウのタレントの芽生えに立ち会い、彼の歌を聞き続けてきたエスセブには直ぐにこの歌が今までとどこか違うという事に気が付いた。
「……え?」
だが、歌そのものに違いはない。歌詞、音程、発音、リズム。全てが今までと同じであり、エスセブは違和感の正体が分からず混乱した。
「どうして? どうして謝るんだ? シュウ?」
言葉ではない何かが、エスセブに懺悔する。
「僕はそんな……」
そして、続いて懺悔の言葉は感謝に変わった。
「一体君は何を?」
エスセブが言葉に出して、その心の意味を問うた時、最初の歌が終わり、ワンワールドの自己紹介に入った。
「…………」
シュウからの言葉が中断し、エスセブは悶々と自分の事を見つめなおして、言葉の真意を探る。
世を嗤う少年――ジレット・B・エアウェイをトップアイドル―シュウにした事。それは確かにエスセブの輝かしい功績だった。
だが、彼はジレットに感謝されたいがためにしたのではなく、純粋に彼の歌が好きで、それに謝られる事なんて何もない。
――そう思っていた。
「♪~」
葛藤するエスセブの心に歌と共に新たな言葉が注ぎ込まれていく。心は中のものが出ないように扉を閉める事は出来ても、外から入って来るのを阻害するのは難しい。シュウの歌声が届く限り、彼はシュウの言葉から耳を塞ぐことは出来ない。
「僕の本心?」
送られた言葉はエスセブの心を大きく震わせるものであった。
シュウの言葉は彼の本心を知りたがっていた。
“本当はどうしたかったのか?” “今の自分でいいのか?” 聞かれたくない事が無造作に置かれた心の扉をシュウの声は容赦なくこじ開けようとし、エスセブは思わず一人の部屋でうなり声をあげた。
「やめてくれやめてくれヤメテクレ!!
僕の事なんてどうでもいいだろう!! 君たちは今やスターだ!! それでいいじゃないか!!」
エスセブは必至に塗り固めていたメッキが剥がされていくのを感じていた。隠していたものが露わになる恐怖に抵抗していたのだ。
(君の気持ちを聞かせてくれ)
抵抗は空しく、意味を持たない。まるで鋼鉄の砦をすり抜ける霊体を相手にしているように、シュウの言葉はエスセブに更なる揺さぶりをかけ続ける。
「僕は……僕は…… なりたかった……」
エスセブの心の砦はとうとう陥落し、涙の雨が降り始めた。
「ははは。何が兄弟だ。何が親友だ。僕は最初から君を利用していただけ。アーティストになるために…… そうだったのに」
エスセブは立ち上がると、モニターに近づき、煌びやかなステージでマイクを持つシュウと対話するように言葉を発した。
「やっぱお前は凄いよ。お前が太陽なら、僕は光に憧れる虫けらさ。利用するどころか並ぶことすら烏滸がましい。あの日にそれを思い知ったよ。けれど、僕は並びたかった」
伊達メガネを外し、少年の様な純粋な瞳で、エスセブは一人のファンとしてシュウの姿を眺める。
「僕は君の凄さをもっと広めたかった。それは間違いない。僕は君の最初のファンだからな。
そして、アイツと……」
古参のファンにとって応援するモノがビッグになるというのは、大きな望みなのかもしれない。最低でも、エスセブはそう思っていた。
だからこそ、彼はヌンティウスの言葉に耳を貸してしまった。
“あらあら、悩みが深そうですねぇ~ お姉さんが聞いてあげましょうか?”
夢を掴むため、シュウと肩を並べるため、誰よりも早く練習に来ていたエスセブにヌンティウスが初めてかけた言葉はそれであった。
他人を気にする事のない非情な世界において、その一言は一見優しい言葉に聞こえた。だが、彼女はただ目的に利用できるかどうか、品定めしているに過ぎなかった。
「あ、はい。あの――」
悩み深き少年は見知らぬ女にアーティストの夢と仲間の事を打ち明ける。すると女は微笑み、手を貸すと言ってきた。
明らかに怪しい話で、エスセブも多少は訝しんだが、藁をも掴む思いだった彼は彼女の話を聞く他なかった。
話によると、彼女は芸能事務所の一つと浅からぬ関係がある者で、鶴の一声でチャンスを与えてくれるとの事であった。
「へぇー。お姉さん優しいんですね」
過去のエスセブがそう答えると、ヌンティウスの微笑みは邪悪さを浮かばせる。
「もっちろん。その代わり君には私のいう事を聞いていただきますわ」
少年の心に言い知れぬ恐怖が芽生えた。目の前にいるのは人間ではなく、魑魅魍魎の類なのではないかとすら思った。だが、ヌンティウスは獲物を逃さない。
「大丈夫大丈夫。君たちは成功しますわ。
私の頼みを聞くのも、成功した後の出世払いな物みたいですし」
ヌンティウスはエスセブに有利な話である事を強調する。そして、高根の花で、手の届きようのない夢を心に浮かべると共に、エスセブは彼女の話に乗ってしまった。
――そして夢は叶った。だが僕は夢を失った。まるで悪魔との契約だ。
それから僕は“あいつら”の闇の稼業に利用されている。
でも本当はステージの上に立つ夢を諦めきれない。
「♪~」
成功と失望の間で生まれ出でた感情。表に出したくない心の言葉も曝け出させようと、シュウの歌は容赦なく抉ろうとする。全てを吐きださせて空っぽになるまで容赦しないようだ。
「僕は……
………………
………………………………
………………………………………………
………………………………………………………………君が羨ましかった。
……そして、僕が苦しんでいるのも知らずにステージ上で輝く君が憎たらしかった。
僕をのけ者にして輝くみんなが嫌だった」
ステージの終わりが近づいた時、エスセブは心の中に秘めた最後の気持ちを吐きだした。それは長い時間をかけて成熟した嫉妬心。仲間に対する愛憎のアンビバレンスであった。
「うぅぅぅぅう」
全てを外に出したエスセブは嗚咽と共に泣き崩れた。
そしてシュウやワンワールドの仲間も苦しんでいた事を悟った。今日のシュウの歌の中にあるいつもと違った心を揺さぶる何か。それが、エスセブが犠牲になっている事を心配しているという事の表れであると理解したのだ。
(道理なんてない。ただ、そう思っただけ。だが確信があった)
エスセブは自分の出した結論をそう考えた。だが、全てを吐きだした彼はこの時タレントに目覚め、気持ちの理解とその方向性を感じる事の出来る『共感』能力を得ていたのだった。
ワンワールドのパフォーマンスが終わり、会場では破竹の拍手が響き渡る。そして、立ち上がったエスセブは憑き物が取れた様な優しい笑顔で手を鳴らし、音に加わった。




