19 気高き偶像青年の悩み Ⅲ
時は満ち、俺は生クリームの立派な口ひげを貯えた秘書を連れてマーバス国立国際スタジアムへと向かう。
まぁ、着いたところで長居はしない。開会の挨拶をし、ワンワールドのパフォーマンスが始まったら城にとんぼ返りだ。ジレットさんの歌が聴けないのは惜しいと思うが、いずれ聴く機会もあるだろう。
「ほら口元にクリームついているよアンナ君。全く、みっともないなぁ……」
「美味しいものを長―く保たせる秘伝の業ですよ」
眉を下げて俺がそう言うと、アンナ君はペ〇ちゃんのように器用に舌を伸ばしてクリームの一部を舐め取り答えた。
「あっそう…… でも表に出たらちゃんと綺麗にしてね」
「分かってますよぉ」
まるで子供を相手にしているみたいだ。だが、彼女がこの様な態度を取るという事は、少しは信頼してくれているという事だろうと、ポジティブに理解する事にする。
「お前まだいるつもりか? もうすぐパフォーマンスが始まる。部外者はさっさと消えてくれ」
今宵の主役がスタジアムに向かっているその頃、運営スタッフとワンワールドの関係者は最後の調整に入っていた。そしてそこには帝国から支給されたペットボトルの茶を手に我が物顔で座る女の姿があった。そして、設置されたステージの中心で指揮を執るエスセブがそのふてぶてしい姿を見つけると、彼女に近づき心底不快な顔で出ていくよう告げた。
「えー。いいじゃないですか私貴方たちのスポンサーですよ?」
だが、女は離れない。それどころか、足を組み、既に根が椅子に張っているという仕草をして離れたくない事を強調した。
「ふん。その借りは返しているはずだ。僕たちはその義務をしっかり果たしている。そうだろう? ヌンティウス」
エスセブの問いに対し、女はお茶を飲んで聞こえていないふりをする。その態度に、エスセブは深く溜息をついた。
「それよりもいいのかこんな所にいて? お前も仕事の時間だろう?」
ヌンティウスの仕事はワンワールドの公演開始と同時に開始される。それにも拘らず、仕事場へと行かず、のんびりとこのような所で茶を嗜んでいるこの女にエスセブは怪訝な表情でそう言った。
「そうですねー。そろそろ時間ですね。
でも、別に私が動かなくてもいいのですよ」
「ん? どういう意味だ?」
「さて、どういう意味でしょう?
まぁ、貴方には無関係な事ですよ。エスセブさん」
無垢な少女のように笑うヌンティウス。この女が何を考えているのかエスセブには分からない。彼が知るのは、ただ女が呪武器を収集しているという事だけで、その素性すら知れない。
「あーでも。お茶無くなっちゃいましたね。
エスセブさんの顔怖いですし、向こうに行こうかな。あんな歌、聴いていてもしょうがないですし」
空になったペットボトルをもの悲しそうな目で見ながら、ヌンティウスは気を変えた。これはエスセブとって好ましい変化であるはずなのだが、彼女が放った一言にエスセブは我慢できなかった。
「“あんな歌”だと?」
「ええ。あんな歌です。そもそも、歌なんて人の声以上のものではありません。言ってしまえば、犬猫の鳴き声と同じです」
「可哀想な女だなヌンティウス。お前にはあの歌の素晴らしさが分からないか」
ヌンティウスの言葉はエスセブをさらに苛つかせ、彼の拳は憤りに震える。
「ええ、分かりません。その様な凡俗なものなど本当に下らないですわ」
だが、エスセブが怒りに震えるのを見てヌンティウスは小悪魔のように微笑み、さらに煽るように落ち着いた声でそう言った。
「凡俗だと? 言わせておけば!!」
怒りに表情を歪ませたエスセブはそう言うと拳をヌンティウスに向けて振り下ろした。だが、拳は彼女の眉間前数センチの所で停止し、圧だけが彼女の前髪を撫でた。
「不愉快だ。さっさと消えてくれ」
暴力を前に微塵も動じないどころか不気味な笑みを浮かべる女に呆れ、エスセブは背を向けると持ち場へと戻っていった。そしてヌンティウスも席を立ち、スタジアムの出口に向けて足を進めた。
「これでも昔は歌にも心を動かされていたんですよ」
去り際に漏らした彼女の一言は誰の耳にも届かず、準備の音にかき消されていった。
そして、国立国際スタジアムに本日の主役が到着する。時は“未の時”太陽が傾き、辺りを紅葉の様な赤に染めている時間だった。
専用車でスタジアムに到着したマレード・フォン・ガランド宰相は有能清楚な秘書を連れて、集った国民の前に姿を現す。そして、絶える事を知らぬ歓声と拍手に応えるかのように、右手を高くあげた。
“キャー!! 何でもできる君さま!! こっち向いて!!”
アイドルの公演の為にスタジアムを訪れた宰相だが、スタジアム前の熱気はまるで彼がアイドルであるかのようだ。
「みんなありがとう!!」
アイドル宰相がそう叫ぶと、熱気は波となってスタジアム周辺を駆け巡った。
だが、マレードは国民に対する感謝はあれど、頭の中はヌンティウスに対して張った罠の事、いや、彼女に対する罰をどう下すかで一杯であった。捕らぬ狸の皮算用である。
「ふふふふーん」
故に気に入らない二つ名で呼ばれても、彼は上機嫌であり、侍らせた秘書に気味悪がられていた。
スタジアムの客席には、国内の実力者や各国大使、抽選で選ばれた幸運な国民に埋め尽くされ、饗宴が始まるのを今か今かと待っていた。
宰相は客席ではなく、前回使用したVIPルームへと通され、そこで国民に対する感謝の言葉を述べると共に、三時間にもわたるワンワールドのパフォーマンスを鑑賞する事になる。
「宰相閣下。どうぞこちらへ」
「ああ」
覚えのある通路を通り、シキガミの男と言葉を交わした部屋にマレードは通された。そして、受け取ったマイクを手に強固なガラス越しに人々を望むと、ついに催しの幕は切って落とされた。
「わたくし、マレード・フォン・ガランドの生まれの日にこれほどの人々が集ってくれた事に感動で体が震える思いです――」
マレードの挨拶は特に面白いものではなく、実に儀礼的で当たり障りのないものであった。それは、早くこの場を去り、ヌンティウス捕縛に立ち会いたいという願望がそうさせたのかもしれない。その証左として、彼は言葉を述べてマイクを置いた後すぐに秘書であるアンナを呼び計画の準備について確認をとっていた。
“続きましてここに集った皆様に宰相閣下から素晴らしいサプライズがございます!!!
なんと我が国にあのスーパーアイドルワンワールドが来てくださいました!!!
では、拍手で大陸一のトップスターを迎えましょう!!!
ワンワールドの入場です!!“
この時初めて国民にワンワールドが曲を披露する事が伝えられ、会場は驚きと感動の渦を引き起こした。
スタジアムのドーム状の屋根が閉じられると、音楽と光の演出、そしてスモークと共に三人の男の姿が現れた。言うまでも無く、大陸でもっとも影響力のある三人のアーティストだ。
チャーは深紅のエレキギターに手を添え、シュウはマイクを恋人のように見つめ、そしてメンはドラムスティックを天に掲げた。その瞬間、会場の歓声は最高に高まった。
それに対し、主役であるマレードは静かだった。彼はただ待っていたのだ。“作戦開始”の合図を。
「アンナ君。そろそろ始まりそうだ。後はよろしく頼むよ」
「頼むも何もただここにいるだけですよね」
マレードがヌンティウス捕獲作戦の為に城へと戻る事は、ジーマの公安組織と官僚の一部、そして皇族とワンワールドのシュウだけが知っていた。秘書アンナをここに残すのは、マレードに代わってワンワールドのパフォーマンスを鑑賞し、この部屋にマレードがいない事が露呈しないようにする為であった。
「いや、君がいてくれるから俺は何の心配もなく城に行けるわけだ。頼んだぞ」
「はいはい」
マレードとアンナのやり取りが終わったところで、ステージ上のワンワールドが自己紹介前の一曲を披露し始める。そして、歌の出だしにシュウは宰相のいるVIPルームに一瞬視線を送った。
「よし。行こう」
これが合図だった。シュウ―ジレットとマレードが企てた作戦の合図。
それを受けて、マレードはアンナを自分の座っていた成金趣味の高級椅子に座らせると、来た道と違うルートを通り、スタジアム裏口に待たせていた一般的な車に乗り込んだ。
(ジレットさん。こっちは任せていて下さい)
(マレード宰相、そちらは頼みます)
心の声など相手には通じない。だが、この時ばかりはジレットとマレードの音にならない声が繋がっていた。
「第一階段異常ありません!!」
「第二階段も異常なし!!」
宝物庫に繋がる二つの階段を護る兵より、若年寄な憲兵総監ジーノ・フォン・カタルにもたらされた。
階段に侵入するための鋼鉄の扉はいつも通りに閉められ、二人の衛兵が守護するが、この時においてもそれは変わらない。マレードは宝物庫とそれに繋がる階段を獲物を捕らえる檻にする為敢えてそうするように指示していたのだ。
「鍵の方も異常はない」
宝物庫前の飾り扉の前には憲兵隊に交じり、王室庁長官の姿もあった。彼は皇族を除くと唯一扉の解錠方法を知っている者であり、鍵の状態確認の為にここに配置されていた。
「憲兵総監殿。ガランド宰相が到着いたしました」
「よし。マレ兄さん……ガランド宰相をここにお連れしろ。くれぐれも粗相がないようにな」
マレード到着の報を受け、カタルはその強面の表情を微動だにしなかったが、内心高揚していた。
地下60メートルへと続く地獄のような螺旋階段。灰色の殺風景な光景が続き、滅多にここに人が訪れない最大の理由だ。下りはまだしも、上りは巨大企業本社ビルの非常階段を永遠と登り続けるかの如き苦痛さがあり、大したものが無いのも手伝ってここに盗みに入る者がいるなど考えられなかった。
「げーほー げーほー
や、やぁ憲兵総監殿。状況はどうだ? げほっ!げほっ!」
スタジアムからはるばるやってきたガランド宰相もしっかりと階段地獄の洗礼を受け、ヌンティウスが現れる前から疲労困憊の状態で姿を現した。
「ガランド宰相閣下。ようこそお越しくださいました。未だ脅威はありません。
おい! 宰相閣下に飲み物をお運びしろ」
最下層である宝物庫前には憲兵と王室庁長官、そして俺を含めて十名。そしてここに至るまで、階段の途中途中で我が国各地から呼び寄せた選りすぐりの兵たちが目を光らせていた。勝ったなガハハ! げほっ!
(だが本当に来るのだろうか?)
燃え上がる俺の心にもどうしてもその一文が浮かぶ。
あまり言いたくはないが、ここに来るという苦労に見合う宝が無い。我が国の秘宝――呪道具“貧者の鉄球”も他国のそれに比べて優れているどころか、扱いどころが難しい代物だ。虎穴に入らずんば虎子を得ずとは言うが、ここには虎子ではなく子猫しかいない。
「ありがとう憲兵総監殿。落ち着いてきたよ」
「恐縮であります閣下」
だが信じるしかないし、奴が来るかもしれないという可能性を看過する訳にはいかない。
本来であればそもそも誰も盗みに来ないという事が最も望ましいが、この時マレードは自国の宝物庫に盗人が来ることを望んでいた。それはヌンティウスに対する歪んだ感情によるものであった。
「ところで王室長官殿。例の件はどうなっていますでしょうか?」
「例の件ですか。宰相閣下の指示通りにいたしましたが、あれはその……」
「ああ、分かっています。明らかに宰相の権限を越える行為だとお考えなのでしょう? ですが、これは必要な事なのです。どうか今回はご容赦ください」
「責める気など毛頭ございません閣下。ただそれだけは立場上申し上げておかねばならないのです」
「念には念を入れ」――俺はそれに更に念を入れた。それが王室庁長官殿に依頼した事であった。それが越権行為であると分かっていたが、どうしようもなく嫌な予感がして、個人的に彼に頼むに至った。もし、この依頼が意味を成すのであれば、その時に改めて中身に触れよう。
「閣下。第一階段異常ありません」
静かで張り裂けそうな緊張の時間が続き、マレードも含め、この心配事が杞憂だったという考えが支配的に鳴り始めてきた時、北方にある第一階段を巡回する憲兵が未だ異常がない事を告げた。
“プシュー……”
だがその時、不気味な音と共に周辺に白い煙が立ち込め、地の底の狭い空間は一瞬にして視界を奪う程の煙に覆われた。
「くっ、催涙ガスか。各位、マスクを装備。『エアダスター』を起動しろ」
催涙ガス。自己顕示欲の強い盗人が良く使う手だ。当然、憲兵隊はガスの類が使われる事を想定し、マスクと強制的に換気する機械を用意していた。そして、憲兵たちとマレードは突然の獲物の襲来に対し、その上を取った事で勝利を確信した。
(やはり来たか。だがこれで終わりだヌンティウス・デイ!!)
「扉の前を守護せよ」
「了解!」
憲兵総監の指示に一切の間隔無く一人の憲兵が応じ、扉の前へと移動するのが消えゆく煙の中から見える。
「残るは出入り口の封鎖」
七人の憲兵たちが機械のように不明瞭な視界の中、侵入者の退路を遮るために動く。そして、煙は階段を通して外部へと消えていき、階段の奥からゲホゲホという咳き込む声が聞こえてきた。
――そして煙は消え去り、部屋の状況が明らかとなる。
「……いない」
不審者などどこにもいない。ここにいるのは数名のカタルを含む憲兵とマレード、そして王室庁長官。
「おかしい。一人少ないぞ」
だが、カタルは辺りを少し見渡すとすぐに異変に気が付いた。ここには十人の人間がいたはずだが、今は九人しかいないのだ。
「不明者を確認せよ!!
いや、それよりも…… 私が扉の守護を命じた者は何処にいる!?」
憲兵総監は煙の中、部下に扉を守護するように命じていた。その様子は俺も見ていた。だが、扉の前には誰もおらず、何人も守護していなかった。
「……まさか! 長官殿! 鍵の確認をお願いしたい!!」
状況を察したようで、マレードの指示に王室庁長官はすぐさま動き、手先を器用に用いて扉の飾りに施された仕掛けを解除していく。
「馬鹿な…… そんな事が……」
「どうしました?」
王室庁長官は冷汗を浮かべ、何かを確認するかのように一心不乱に仕掛けを動かしていた。
「か、書き換えられています」
「書き換え?」
「はい…… 信じられないですが、解錠手順が変更されているのです」
王室庁長官はこの世の終わりのように顔を真っ青にしてそう答えた。
「つまり、“この扉は誰にも開けられない”という事ですか?」
「……さようです。
いえ、一人だけ。この仕掛けを解除し、書き換えた張本人、或いは扉の中からなら開ける事が出来ます。ですが……」
王室庁長官はこの扉を開ける事の出来る人間を二人挙げたが、それは実質同一人物であり、一人の人間に絞られるという事は他の者達の目にも明らかであった。つまり、宝物庫の宝を盗もうと侵入してきた盗人だ。
「……扉を開けた奴は恐らくまだ中にいるでしょう。ならば我々の勝です」
煙が生じてから消えるまで、さほどの時間は掛かっていない。宝物庫の扉を解錠し、中を確認した後、宝物庫の鍵を書き換えて我々の目を盗んでここから離脱する余裕など無い。つまり、奴は宝物庫という牢獄に囚われたという事になる。
「なるほど。どうやら減ったのは第一階段の巡回を行っていた兵士の様です」
憲兵総監が残った部下を確認し、ここにいない一人が第一階段を巡回していた者である事を俺に告げた。思えば、第一階段の異常が無いと兵士が告げた直後に催涙ガスが発生していた。
「第一階段の状況を調査せよ。
残りはここで待機し、不埒な侵入者が這い出てくるのを待て」
カタルは部下一人に指示を出すと、扉を睨みつけた。
扉の中から出る手段はここしかない。ここを通らなければいずれ中で餓死する事になるだろう。それは嫌だから早く出てきてほしいものだ。俺は早くヌンティウスが許しを請う姿が見たいのだ。
「…………」
だが、同時に扉の先が見えない事に不安になる。もしかしたらこの状況を打開する事が出来るタレントをヌンティウスが持っているかもしれないし、もしそうなら我々はここで無意味な時間を過ごす事になる。
「えーっとぉ ここにいるのね」
悶々とした気持ちで扉を見つめていると、甘い女性の声が第一階段から響いてきた。
「なんで母さん、特別駐在員殿がここに……」
嫌になるほど聞いた声だ。俺が母の声を忘れるわけがない。
「まーちゃん本当にここにいた。アンナちゃんに聞いたらお城にいるって言うから」
あのグータラ秘書、どうやら面倒なタライの相手をするのが嫌でこちらに回してきたと見える。
目の前に現れたのは、ドレスに身を包んだマレードの母――マレーナ・フォン・ガランドだった。
「あ、あのガランド婦人。つかぬ事をお聞きしますが、階段の様子はどうなっていました?」
カタルは突然現れた幼馴染の母親にそう尋ねた。彼女は行方不明となった兵士が管轄する階段から現れたのであり、状況を把握するのに最も適していると考えたのだ。
「あららぁ。ジーノ君じゃない。大きくなってぇ……」
大きくなったどころじゃない変化に驚く事も無くそう言ってのけるのに、我が母ながら驚嘆する思いだ。
「うん。階段の件なのだけど、私よりこっちに聞いた方が良いと思うわ」
カタルの聞きたい事を察し、眉を顰めると、マレーナは後ろを振り向く。そして、そのタイミングで兵士二人に支えられた憲兵が苦しそうな表情で階段を降りてきた。
「け、憲兵総監殿…… 申し訳ありません……」
苦しそうにそう呟いた憲兵は消えた“第一階段を巡回する憲兵”で間違いなく、カタルは彼の存在を以って、何者かが成り代わっていたと判断した。
「第一階段は何者かの襲撃を受け…… 私も含め動けぬ状態でした。
ですが、ガランド婦人が他の兵士を呼んでくれたおかげで、怪我人の救護と警備の再開が出来ました……」
憲兵の話によると、アンナ君が母をこっちに寄こしてくれた事で警備の穴が空く事態は回避されたようだ。世の中何が起こるか分からない。
「そうか。不意の攻撃だったのだろう。ゆっくり休め。
しかし、それなりの者を集めたというのにこの状況とは。この中にいるのはバケモノか何かか」
憲兵総監が述べたように、ここの警備は“戦闘力に自身のある者達”が担っていた。それを突破し、ここに至るヌンティウスが末恐ろしい。しかも、この扉を開いたという事は、奴にはシーフ級のスキルも有しているという事になる。俺ほどではないが天才の所業だ。
「……だが、猛獣が囚われている割に静かだ」
母のナイスプレーで第一階段が脱出経路になる事が防がれたため、普通に考えれば、ヌンティウスはまだこの厚い飾扉の奥にいるはずである。だが、果たしてあいつを普通の考えで捉えていいのだろうか?
奴はスータマで俺と対峙した時、まるで風に乗るようにその姿を消した。それに、神にすら姿を捕らえられない何かを持っている。
故に“普通なら”という考えはやめるべきだろう。
「どうにかしてこの中を確認したい。王室庁長官。開ける方法は無いのですか?」
「……残念ですが閣下。こちらからすぐに開ける事は出来ません。我々に出来る事は盗人が中から開けるのを待つか、数百万通りある解除パターンを総当たりする他ありません」
「うーむ」
(諦め、この中にヌンティウスがいる事を信じつつ待つしかないのか)
マレードがそう思った時、意外な人物が手を挙げ、声を発した。
「まーちゃん? どうしても宝物庫の中を確認したいの?」
招かれざる客であるマレーナだ。彼女はマレードの傍によると、真剣な表情で彼の目を見つめて答えを待った。
「はい。確認したいです。
この中にはとんでもない奴がいる。このままにすると、また姫様に危害が及びかねない」
マレードの感情が四肢に行き渡り、拳はそれを示す様に揺れていた。
それを確認したマレーナは慈愛の微笑みを浮かべ、優しく息子の両肩に手を添えた。
「うん。お母さんに任せなさい。あなたたちの為に一肌脱いであげる」
彼女には策があるようで、自信満々に腰に手を当てて胸を突き出した。
そして、何故か彼女は文字通り、身体を纏う衣服を脱ぎ始めた。
「ちょっと母さん!! やめて下さいよこんな所で!!」
「ガ、ガランド婦人!! どうされました!! そんなぼ、僕は!!」
美魔女の突然の奇行に、憲兵たちと王室庁長官は顔を赤くしてそっぽを向き、マレードは必至に制止しようとした。
「まぁ、まぁ、待っていて。面白いものを見せてあげるから」
制止は意味をなさず、躊躇なくマレーナは下着を残して肌を露わにしていく。
「ちょ、ほんとにやめて下さいよ。母さんのそんな姿僕は見慣れていますよ!! だから!!」
「ん? それはどういう事ですか宰相閣下?」
変な性癖持ちだと勘違いされかねない言葉を口にしてしまったが、状況が状況だ。母の貞操(?)を護るため、ガランド家の名誉の為に彼女のショーを止めさせなくてはならないのだ。
「さて、準備はこれで良し」
マレードの渾身の言葉を馬耳東風にし、マレーナは下着姿で飾扉に右手を触れて一呼吸した。すると、まるで扉の材質が変わったかのように、彼女の右腕が扉に沈むように飲み込まれていく。
「!!!」
その様子にマレードも開いた口が塞がらず、先までの事が嘘のように静かになった。
「意外と薄いわね…… それっ!!」
そして、マレーナが跳び込むように扉に体を当てると、扉の強固な金属は彼女の侵入を拒むことなく、彼女の全身を受け入れた。
残ったのはマレードたちと脱ぎ捨てられたマレーナのドレスだけ。辺りは静寂に包まれた。
「…………ふっふっふー。これが私のタレント『透過』よ。あんまり人に見せるものじゃないけど、今回は仕方ないわね」
扉から顔だけ出すと、その異常な光景に驚き、腰を床に付けた男たちに対して、マレーナはドヤ顔でそう言った。
そう、これがマレーナ・フォン・ガランドのタレント『透過』。読んだ如く、物質をすり抜ける能力であり、極めて強力な能力だ。爆弾を設置しながらブロックを壊し、相手をすべて倒す四人対戦ゲームをやった経験がある方なら、この能力の反則さが骨に染みて分かるはずだろう。
だが、他のタレントと同様に、この力も完全無欠ではない。後にマレーナ自身がマレードに語る事だが、この能力には問題点が三つある。
一つ目は、衣服を着用したままだと、侵入時に引っかかり、身動きが取れなくなるため極限まで全裸に近づかなくてはならない事。
二つ目は、侵入できるものの厚さに限界がある事。
そして、三つ目は彼女と材質の相性がある事。
この三つの制限が能力の用途を大きく狭めているのだ。
「…………はっ!! もしかして、あの時も…… その時も……」
同時に、マレーナのタレントが明らかになった事によって、マレードの頭にあった謎の一つが解けた。即ち、如何にして彼女が施錠してある部屋に入り、人のベッドに潜り込んできたかという謎である。彼女は息子とのスキンシップという私利私欲の為にその力を利用していたのである。
「…………」
もはや言葉も無い。危険な人物に危険な力を与えたという事実を呪う他ない。
「えっとぉ…… これを動かせばいいのかしら? ねぇ? 王室庁長官さーん? 扉を開けるにはどうすればいいの?」
首を引っ込め、再度姿を隠した母の声が扉の先から聞こえてくる。中には危険人物がいるにもかかわらず、呑気なものだ。
「婦人。中からなら何もせず、扉を内に開ければ開きますよ」
「あ! 本当だわ。 それでは御開帳~」
閉ざされた扉が母の手によって開き始める。
内部からの解放手段が簡単なのは、敢えて灯台下暗し的な事を狙ったからだ。決して、経費削減とかそう言うのじゃないぞ。
そして、俺たちは瞬きもせず、少しずつ姿を見せる、明るく照らされた部屋を突き刺す様に見つめた。




