8 尖兵
“ご都合主義のとっておき”とやらが姿形を見せる事無くあの日から十日が経ち、最初は「魔界のプリンセスと雖も、いずれ対峙するかもしれぬ勇者のタレントと思しき能力を調べておかなくては」等と宙を自由に動き回り、巨大な物体を手に持つ超常的能力について考えていたが、自分の誕生を祝う祭りの準備の忙しさにそのような事を思考する余裕は無く、とっておきの存在すらも忘却の彼方に追いやられようとしていた。
(これは凄い事になるぞ! 我がジーマ帝国に外国人が今までにないほど訪れる事になるやも)
多忙の中においても俺は笑顔だった。というのは、文化大臣より喜ばしい知らせが届き、その為の打ち合わせが控えていたからだった。
まぁ、伏せていてもしようがない。トキオ合衆国が誇る超人気アイドルグループ「ワンワールド」が宰相生誕祭に合わせ、我が国での公演を申し出てくれたのだ。しかも格安で!! 格安で!!
「なぜ我が国で?」という疑問はあるが、予測される集客力は凄まじく、俺は彼らの誘致を何としても成功させるとの決意で打ち合わせの準備を急いでいた。
「宰相閣下。トキオ合衆国よりワンワールドプロデューサー、マルク・エスセブ氏が到着しました」
「分かった。すぐに行く」
他の誰でもなく俺自身がワンワーリドのプロデューサーに会いに行くのも先の決意の表れだ。このようなチャンス二度と訪れないかもしれない。
俺はまとめた書類を脇に絞め、国の行く末を占う打ち合わせに武者震いを感じながら戦場である応接室へと移動した。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらに」
「突然の訪問申し訳ありません。歴史と伝統深き貴国に我がワンワールドの歌を轟かせる事が出来る事を光栄に思います」
俺が先に席につき、若きワンワールドのプロデューサーであるエスセブ氏を迎えた所で打ち合わせは始まった。因みに「歴史と伝統深き」という言い回しは、あらゆる国が長い歴史を持つグランディア大陸においては特に褒める所がない場合の常套的リップサービスである。そこから彼がジーマ帝国そのものにさほどの興味がない事が伺えるが、何故かワンワールドのジーマ公演にはかなり積極的である事に違和感を禁じ得なかった。
「スポンサーや会場などはこの様な形で――
ここまでの負担は我が国で持ちますが、そちらの要求は過度に低すぎるかと。一体なぜこのような申し出を」
そこで俺は資料を提示しながら、エスセブ氏にその事について訊きだそうと試みた。
「先月発表された魅力のある国ランキングで貴国は稀に見る大躍進を致しました。ただ、我々はその飛躍に便乗したく思うだけでございます」
予め用意していた“宰相御用達”アンリーゼのチーズケーキを眼鏡越しで見つめる若きプロデューサーからの返事はまるで準備されていたかのように早かった。だが、その答えも疑わしいと長い政治家生活の中で培われた俺の嗅覚が感知し、「どうぞ」とケーキに紅茶と蒟蒻煎餅を添えて差し出しつつ、この申し出の裏側を考えていた。
会場、設備、警備などをこちらで負担しても、我々には莫大な利益が出る。まるでボランティアのような条件をエスセブ氏は提示している訳であるが、それは同時に「何か思惑があるのでは」と疑う明確な理由でもある。
(便乗か…… 我が国が44位に上昇した事は明確に観光客の増加という結果に結びついているし確かに理由としてはあり得る。だが、相手は藁をも掴む崖っぷちアイドルではなく、天辺で他を見下ろす超人気アイドルグループだ。仮に誘致に多額の金銭が必要でも引く手数多のはずで、わざわざ高々44位の我が国に低く出る必要はない)
「このチーズケーキ美味しいですね。是非トキオにも出店してもらいたい」
俺にはワンワールド、ひいてはトキオ合衆国の思惑を探るための手札は無く、幸せそうにケーキを口に運ぶお客様に聞いたところで先と同じ答えが返ってくるだけだと分かっていた。だが、その様な状態であっても俺には相手の心を視る能力がある。
「我が国自慢のケーキです。お気に召したのでしたらまたジーマにいらしてください。しかし、小国である我が国にワンワールドほどの大物が来るなんて、この段階においても信じられません」
宰相御用達のケーキを評価されたのは嬉しい限りだが、その隣でまるで無いものとして扱われている我が国特産の蒟蒻を使った煎餅が手を付けられずにそのまま置かれている姿にその喜びも相殺された。まぁ、それは置いておいて、重要なのはここからだ。俺の問いにお前はどう答える? マルク・エスセブ。俺はお前の心に問う。
(ケーキは美味だが、この煎餅何だ? 味の方向性が……)
彼の心を聞いている最中、俺の聴覚が突如として消えうせた。そして、何故か目的であるマルク・エスセブの声が聞こえず、部屋の外で待機している役人たちの心が小鳥のさえずりの様に聞こえ始めた。まるで、ここにマルク・エスセブなどいないかのように。
(あり得ない。先ほどまでしっかりと聞こえていた。ここでケーキだの煎餅だの思うのは目の前でフォークを握っているこの男だけだ)
能力に覚醒してから初めての体験にマレードは混乱し、無意識に能力を解除させ、心のソナーを引き上げた。
「先ほど申し上げたように、我々は貴国の飛躍に便乗したく思うだけでございます。これはwin‐winの内容だと思うのですが……
宰相閣下? いかがしました?」
マレードの思った通りの言葉を口から放つと、汗をかき、険しい顔を見せるマレードにエスセブは心配の声をかけた。
「ああ、大丈夫です。すみません心配をかけました。そうこれはwin‐win……」
表面上はwin‐winどころか、こちらの利が大きすぎる位だ。だが、相手の真意は謎の現象で分からず仕舞い。俺は自分がこういった場で能力に依存していた事を知ると自らを笑った。
(だが、まぁいいさ。彼らがジーマを利用するのであれば、こちらもワンワールドを利用するだけだ。この申し出! 飲まずにはいられないっ!!)
安いものには裏がある。タダより高いものは無い。だが、これは国家宣伝のチャンスでもあるし、安いに越した事はない。それに何より、これを断ったら後で相当後悔するだろう。
「では。この条件でお願いします。よろしければ皇帝陛下に報告させて頂きます」
「ええ。こちらこそお願いします。トキオの名の元、必ずや成功させて見せます」
細かな注文や交渉など無く、転がり込んできたビッグイベントの開催はあっさりと決まった。あの漫画家皇帝の頭には〆切の事しかなく、自分が関わらないとわかれば確実にこの案は認可され今日から準備が本格的に始まるだろう。
だが、俺は先の疑いの事が頭から離れず、エスセブ氏を見送る際に近くにいた文化省の役人に咄嗟に「彼は本当にワンワールドのプロデューサーで間違いないのか? 実はニャンワールドとかポンワールドといった類似品ではないか?」と小さな声でこそっと問いかけたが、彼はそれを明確に否定し、エスセブ氏の高名さやワンワールドの歴史を手にしたトキオアイドル名鑑なる分厚い本を開いて語った後、俺の無知を詰った。どうやら彼は間違いなくワンワールドのプロデューサーであり、ジーマ公演にも本気の様だ。一層彼の心が知れなかったのが悔やまれる。
(しかし、一体さっきのは何だったのか? 頭がおかしくなったのか? それともこれが彼のタレントなのか)
相手の心を読む我がタレント『読心』。この能力には立場が上の者には通用しないという欠点がある。これはわざわざ様々な地位の人間にタレントを使用して分かった事ではなく、このタレントを得た時に天啓の如く理解したものだ。つまり、俺はこのタレントを得た時からその射程、範囲、限界を知っていたわけだが、先のような現象が起こる理由が、『読心』について最も理解しているはずの俺でさえ分からないのだ。
だが、エスセブ氏がトキオ合衆国の旗を掲げた送迎車に乗り込み、警備車両を伴ってホテルへと出発すると、何もなかったかのように『読心』が機能する事を確認し、俺は彼が『読心』を妨害するタレントを有していると推定する他なかった。
そして、エスセブ氏はその姿が見えなくなるまでロータリーで待った後、自分も城へと向かうべく、ジーマの国旗を掲げた別の送迎車に身体を押し込んだ。
「よろしくお願いします」
その際、俺は運転手の顔が視界に入るくらいに身を後部座席から乗り出し、声をかけた。運転手は俺の意外な行動に小声で漏れるように「こちらこそ」と呟きながら驚愕の表情のまま固まっている。
(な、何でもできる君さまが俺なんかに挨拶を……)
俺はすかさず相手の心を開き、その内なる声を聞いた。確かに、俺には運転手を務める若い男の声が聞こえている。
ただ、俺は別に彼を驚かせようとした訳でも、タレントの調子を見るための実験台にしようとしたのでもない。ただ、サトラップさんがそこにいるのではないかという期待がそうさせただけだ。彼は魔法士競技大会で別れてから一度も姿を見せず、俺はいつ来るかもしれない想い人からの連絡を待つ青年のような気分を味わっていた。そして、今日も彼は姿を現さない。
「あ、あの。出発します」
気を取り戻した運転手が俺に声をかけると、彼に悟られぬように小さく落胆の溜息をついて革の座席に腰を下ろし、車は静かにこの国の最高権力者の元へ出発した。
「シュウが気に掛けていたからどのような人物かと思ったが、実に大した事はない。所詮この国の政治家などこの程度という訳だ」
同刻。ホテルへと向かう若きプロデューサーは車内電話を手に取り、上機嫌に話を弾ませていた。
「侮りは足をすくう結果を招く原初的エッセンスですよ。エスセブさん」
電話の相手は。エスセブの態度に警鐘を鳴らすが、当人はそれを歯牙にもかけず笑い飛ばした。
「はっははは!! 今の僕はトキオに於いても絶大な力を持っている。況やこんな小国をやだ。何を警戒する必要がある? 僕にはこの辺鄙な国の君主すらも超える力があるのだぞ」
「はぁ、清々しいまでに力に溺れていますね。だけど、これだけは覚えていて下さいね。力とは移り気なモノ。ある日突然まやかしの様に消える事もあるという事を」
何か癪に障ったのか、今度の忠告に対しては「フンっ」と鼻を鳴らし、エスセブは子供の様に不機嫌な態度をとった。
「この力は友との固い絆によって得たのだ。苦難と絶望を乗り越え鍛錬の上に造られた堅固たる力だ!! まぁ、貴様のような流れ者には分からんだろうがな」
「ええ分かりませんとも。私は友という虚ろな概念は持ち合わせていないですからね。ああ、それと私が渡したモノちゃんと身に着けています?」
エスセブに対し、電話越しの女性の語勢は最初と変わらない。常に歌うように声を上下させ、エスセブを弄んでいた。
「あぁ? あの安っぽい小瓶か。たしか、ここに…… なんだこれは!」
胸ポケットからエスセブが取り出したチェーン付きの親指程の大きさの小瓶。その中にはキラキラと七色に光る砂粒が封じられていた。
「さっきまでは虹色の石が入っていたはずだが。どういう事だ」
小瓶を目先に寄せ、傾けたりひっくり返したりしながらエスセブは瓶の中身を怪訝な表情で観察した。
「やっぱり~ 言わんこっちゃないですねぇ。貴方は一度助けられたようですよ」
「どういう意味だ?」
「言ったままの意味ですよ。小瓶の中にあったモノが貴方を助けたのです。でも安心してくださいね。次にお会いした時に新しいモノをお渡ししますので」
嘲笑うような女の言い方に煽られて小瓶を車内に放る投げると、エスセブは眼鏡を整えて笑い返して言葉を続けた。
「ふんっ。まぁいいさ。
それと、お前も忘れるなよ。俺はお前の為にこんな場所に来てやっているという事をな」
「ええ勿論。感謝していますよエスセブさーん。でも、貴方の成功も私の手助け無しには成し得なかったはずですよ? 私と貴方は持ちつ持たれつの一心同体。互いが互いの為に頑張りましょう。
そ・れ・に。エスセブさん先ほど“お前の為に”なんて言っていましたけど、本当は私なんかの為じゃ無いんでしょ?」
「全く、食えない女だな。ヌンティウス」
そう吐き捨てると、呆れた顔で受話器を乱暴に戻し、エスセブは座席に身体を預けて車窓から見えるマーバス市街を眼鏡越しに鋭い目つきで見つめた。
「つまらない街並。つまらない人間。つまらない環境。僕たちが来る価値も無いつまらない国家。
……そんな場所に何の意味があるのだ。教えてくれ。わが友よ……」
一人そう呟くと、エスセブは車窓のカーテンを閉めてホテルまでのわずかな時間を睡眠の為に供した。
エスセブより後に宰相府庁舎を出発したマレードは、彼がホテルに至るより早く皇帝の住まう城に到着し、謁見の間に姿を現した。
「私は忙しい。用件を手短に申せ」
締め切りに追われる皇帝陛下は目の下に隈を作り、豪華な椅子に顎肘をついて俺を出迎えた。勿論俺もここに長居をしようとは思わない。さっさと書類に印をもらい次の仕事に映る所存だ。
「はっ! 陛下お喜びください! 我が国の名を大陸中に轟かせる時が参りました!!」
大げさに俺は言うと、衛兵を介してワンワールド公演の書類をこの国の最高権力者に渡した。
「……ワンワールドか」
「よろしい許可しよう。では、私はこれで」と続く事を俺は期待した。正直拒否する理由が見つからない。
「だめじゃね?」
「ゑ?」
皇帝からの想定外の返答に俺は思わず声を漏らした。そして俺が「何故ですか」と聞く前に彼はじっと書類を見つめながらその理由を述べた。
「これパクリじゃない?」
「ゑ?」
二段構えの謎発言にまたも俺は素っ頓狂な声を漏らした。パクリというのは自覚をもって他者の創作物の一部、或いは全体を自己のものとして模倣する事……のはずだ。
「失礼ですが陛下。一体何のパクリでしょうか? 私の乏しい想像力では皆目見当もつきませぬ」
俺には皇帝の御心が分からない。輝かしいワンワールドの歴史は約三年だと聞いた。積み立ての時期を含めればそれ以上だろう。決して長い歴史ではないが、その名が轟く中で彼らの事をパクリと非難した例を俺は知らないし、トキオアイドル年鑑にもそのような記述は無かった。
「いや、どっから見てもこの『わんわーるど』とかいう名前。フィーナが名付けたテーマパーク『わんぱくわんにゃんランド』のパクリじゃろ」
「ゑ?」
三段構えとは恐れ入った。流石に俺も戦慄を隠せない。ってか「わん」しか被ってない上、歴史はあちらの方が長いのだが。
「というわけだ。これを持って帰るが良い」
(まずい! 予想外の展開だ! こんな下らない事でチャンスを無にするなんて悲しすぎる!)
「どうか。お待ちください」
書類を衛兵に返し、席を立とうとする皇帝を俺はそのまま見逃すわけにはいかず、懇願するような声で彼を呼び止めた。
「まだ何か用か? “もう一つの方”は既にお前に一任していたはずだが?」
「はい。その件は…… ですが、ワンワールド公演の件についてどうかお考え直し下さい。これは我が国にとって大きなチャンスなのです。それに、これをきっかけにリピーターも増えればわんぱくわにゃ……わんぱくわんにゃんランドにも多くの外国人観光客が訪れ、第二皇女殿下もお喜びになる事でしょう」
マレードの必死の懇願の言葉を聞いて、皇帝ジャール一世は不気味に微笑み、離れた椅子に戻るといやらしい表情のままマレードの顔を覗き込んだ。
「ほほーう。そうかそうか。この『わんにゃんわーるど』なる輩が来ればフィーナは喜ぶ。つまり、お前はフィーナを喜ばせたいわけだな?」
「え? あ、はい! その通りでございます陛下!!」
「それでは我が愛娘の願いも聞いてもらえるのだよな」
「勿論でございます陛下」
(あれ、話がどんどん……ずれて……いくよ……)
皇帝の掌で踊る道化には、流れに逆らう事も許されない。俺は彼がこの後言う事に恐怖を感じながら踊るしかないのだ。
「いやなに。お前の誕生日という事でな。あいつもお前と会いたいというのだよ。ヒューヒュー♪ 全く仲睦まじいなぁ。
もちろん。会ってくれるのだろうな? いや、聞くまでも無いか! ははは!」
皇帝の言葉尻にはいつもは無い威厳がたんまりとこもっていた。ここでNOという選択肢は俺にはない。
「……皇女殿下にまたもお目にかかれるなんて、感激の至りにございます」
そのか細い道化の言葉に皇帝は微笑み、書類を衛兵から奪い取ると、玉座の広い肘掛けにそれを乗せ、息を吹きかけた国璽を重ねた。
「私からの少し早いバースデープレゼントだ。受け取れ」
「ありがたき幸せ……」
かくしてワンワールドのジーマ公演が決定した。だが、その裏で哀れな宰相がその身を美しき猛獣に捧げたという事を知る者は少ない。




