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若き魔界幹部の悩み  作者: 耕眞智裕
気高き偶像青年の悩み
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7 嵐が来りて謎残る

 台風一過、嵐の後には青天の空が我々を迎えてくれるものだが、フォーゲルヤクト王国とインゼルプルゼェル王国の間にあった嵐の後には不気味な暗雲が空を隠していた。

 インゼルプルゼェルが軍事行動をする前にラージロープ商国を中心とした連合軍がフォーゲルヤクトを占領し、戦闘力を消滅させた。これは、インゼルプルゼェルによる報復行動、自力救済を防ぐためでもあり、イカロス入手の経緯を聞き出す為であった。

 だが、フォーゲルヤクト王や政治上層部は何処かに姿を消しており、イカロスに関する情報の獲得は困難なものになる事となった。しかし、それとは別に駐留軍は間接的に身の毛もよだつ情報を得る事になった。

 それは、フォーゲルヤクト産業部に所属する役人から得られたもので、“イカロスをフォーゲルヤクトに供した者が他国にもイカロスを持ち込み、私見ではその国がインゼルプルゼェルである”という如何わしい情報であったが、イカロスが一体行方知れずになっているのは事実であり、占領軍の情報士官達は眉に唾をつけながらその者が供述した情報の確認の為の行動に入った。

 その行動は極秘裏に行われた。勝者の美酒に酔うインゼルプルゼェルに気取られるわけにはいかず、不確定で怪しい情報だと言っても、大陸中に危険を振り撒く兵器であり、可能性がある限り慎重に慎重を重ねて調べる必要があったのだ。

 そして、フォーゲルヤクトの役人の言葉が真実であったという事が判明した。インゼルプルゼェル王都キーファにある兵器製造施設に潜入させたエージェントが魔力素補給を受けているイカロスを発見したのだ。

 こうして難を逃れた王国は疑惑の王国へと姿を変え、フォーゲルヤクトへの国際的非難は相対的に減少した。更にエージェントはそこで“この場所にあるはずの無いモノ”を発見し、後に占領軍によって接収されるのだが、その件については世間に公表される事は無かった。


「全く闇が深すぎる。結局のところ登場人物全員悪人状態じゃないか」


 事件を巡る部分の不気味さと妹との楽しい休暇を邪魔され、ジーマ帝国の宰相閣下はたいそうご立腹だった。

 電話を受けたあの夜から数日にわたり帰る事も許されず、マリナとついでにフィオ姫様と楽しい時間を過ごす役は若き憲兵総監カタルに代わっていた。

 筋肉隆々の幼馴染に嫉妬の炎を燃やしながらも、俺には立場上やるべき事はやらなくてはいけなく、“あの日”も近づいている事もありこの場を離れる事が出来なかった。


「ねぇ、アンナくーん。アレ別にやらなくて良くない?」


「アレって宰相誕生記念祭ですか?」


「その名前も嫌なのだけど……」


 月見の月。20番目の日。この日が国の休日に定められ、祭典を開くことになったのはクソ皇帝のクソみたいな策略による。

 我が国の主は年を知られるのを異様に嫌がる。自分が年を取ってじじぃになっていく事を自覚したくないのだろう。この皇帝陛下の現実逃避が本来設けられるべき皇帝誕生日を中止させ、休日が減る事による国民の反感を回避するために新たな記念日を設置した。

 生誕記念日など皇族でもない俺には荷が重く、皇妃殿下など他の皇帝一家の生誕記念日は設けられているのに絶対君主たる皇帝陛下の生誕記念日が無いというのは奇怪であると、俺も意見を述べたが、「私は皇帝ゾ? 君は誰ゾ? 逆らうのかゾ?」という皇帝の鶴の一声によって意見は一蹴され、現在のこの様な状態に至ったのだった。我がジーマ帝国は専制君主国家であり、皇帝の言葉が全てなのである。


「いやだなぁ……」


 生誕祭を含む国家行事は皇帝に代わり宰相が主催し、準備する事になっている。自分の誕生パーティーを自分で準備するというのは、回数を重ねてもなかなか慣れない。

 だが、それは皇帝の強権によって法文化しており、否応なく俺は自分を祝う祭の準備を無我の境地ですることになる。


「ん? そろそろ時間か。

 アンナ君。悪いけど少し席を外すよ」


「はーい。どうぞどうぞ」


「むぅ、寝ちゃだめだからね」


 俺は場を秘書に任せると、帝国宰相としてではなく、魔界の幹部としての仕事の為に執務室裏にある休憩室で魔界幹部の証である黒い仮面を顔に被せた。

 数日前、アスタロトさんよりこの日に幹部会議を開くとの知らせが来た。恐らく議題は時期的にフォーゲルヤクトとインゼルプルゼェルの諍いの件がらみだろう。

俺は事件の裏に魔界が関わっている可能性を浮かべながら電子の海に漂う闇のネットワークに至った。


「あ、宰相様! こっちでーす!」


 両腕が完治したナナミさんがこちらに手を振って幹部が集う円卓へと誘う。そこには俺以外の幹部が集合していたが、アスタロトさん、カーチェさんは暗い淀んだ影を纏って頭を抱えていた。


「マレード・フォン・ガラ…… いや、マレード・バアル。推参しました」


 マレードの登場にナナミとジレットは反応したが、他の二人は心ここにあらずの状態で、そのグロッキーな姿勢を崩さない。

 そして、マレードが席について十分あまり、ジレットが打つMCのタイプ音だけが響く空しい時間が続いた。


「あのー。アスタロトさん? アスタロトさん?」


 宰相としての仕事も山積みであり、俺は最速の意味を込めて一度目は小さく、二度目は少し大きめにこの会議の主催者の名前を呼んだ。


「あ! マレードさん…… いつの間に…… いや、失礼した。ちょっとショッキングな事があってね。

 では、幹部会議を始めたいと思う」


 マレードの声にアスタロトは心を取り戻し、頭を振って靄を振り払うと幹部会議の開始を宣言した。それと同時に辺りが重い空気に代わり、強い力を持つ者が彼らを上から見下ろした。


「みなの者。よくぞ集まってくれた」


 その響くような声は威厳を伴い、幹部たちに緊張感を与えると共に席を立たせた。それはまさしく魔界を統べる王の声だった。


「「「「「はっ!」」」」」


 幹部たちはその声に一言応え、次なる言葉を直立して待った。


「海の月。30の時から31の時に掛けて諍いがあった。貴様たちも知っておろう、西の二つの国で起こった下らぬ諍いだ。

 そしてその諍いにて、我は宿敵の姿を見た!! 勇者の姿を!!!

……だが、今それは置いておく…… あ、だめだ。辛いわ…… アスタロトよ後は頼んだ」


魔王による威厳満々の声は勇者という言葉を最後に徐々に人間臭い擦れたおっさんみたいな声に変っていた。だが、幹部たちはそれにも負けず、緊張感のこもった表情でじっと直立していた。いや、実は幹部の内二人は内心動揺を隠せないでいた。


「さて、魔王様より後を任されたので、この諍いによる魔界への影響について説明したいと思います」


 アスタロトは手で着席の合図を出し、他の幹部を座らせると、自立ったまま話を始めた。


「このうちの何人かはご存じの通り、この事件にはいくつかの謎が残っています。まず、イカロスの入手経路。大陸連合のエージェントたちが必死に調べているようですが、未だ分からず、関係者も姿を消したり、知らぬ存ぜぬの状態で進展がありません。そしてもう一つ、この諍いの発端となったデューナ油田への攻撃についてだ。フォーゲルヤクトの発表の通り、かの油田は何者かによって破壊されており、その原因が未だ掴めていない」


 アスタロトは事件の残した謎を提示した後、一度深呼吸して円卓に並ぶ仲間たちを見回した。これは「ここからが重要だ」という合図だ。


「とまぁ、いくつかの謎が残り、大陸連合も何処にこの事件の責任を問えばいいのか分からない状態なのだ。もちろんフォーゲルヤクトには何か責を負わせるだろうが、それでは油田の関係で片手落ちに思われるだろう。だから、彼らには自分たちが傷つかない“都合の良い敵”が必要になる」


「つまり、この問題を魔界の策略によるものだと喧伝し、解決を図ろうとする可能性があると?」


「そう言う事です。そして強硬的に責任を追及する相手には、我々が無関係であるという証拠を突きつける他ない。つまり、このような事態を起こした者の首を掴んて提示する事が最も有効なのです」


 なるほど、魔界はこの件に何も関与していないが、魔界は魔界というだけで疑われ、故のない非難を受けるという事か。だが……


「ですが、大陸連合も手を焼く事を我々が何とか出来るのでしょうか? 失礼ですが今の魔界には大陸連合を凌ぐ力はありません」


 魔界と大陸には10年の文明的ギャップがある。それは一朝一夕で埋められるものでは無く、事件調査に用いられる魔道具の性能にも大きな隔たりがあった。


「うん。そうだねぇ。君の言う通りだよマレードさん。今の魔界は余りに弱すぎる。

 ……ですが、奥の手があるのですよ。とっておきの御都合手段がね」


 アスタロトさんは手を腰につけて誇らしそうに俺にとっておきの存在を示したが、それが何なのか結局話してくれなかった。それは俺を信頼してないのではなく、年下への小さな意地悪のようなもののようで、アスタロトさんは「すぐにわかるよ」とだけ付け加えるとこの話を終わりにした。


「よし。これで全部ですね。お開きにしましょうか」


「……アスタロト氏ぃ。新参二人にもあのことを話すべきでござらんか?」


「うっ…… それは……」


「魔界にとってこれは重要な事でござるよ?」


 ジレットの言葉に消えた靄がアスタロトの頭に集中する。そして、アスタロトは観念すると、席に座ることなく小さな声で話し始めた。


「突如出現した勇者ミレーヌ・ルフトハンザは…… 

 “魔王様の一人娘ミレーヌ・ユナイテッド様なのです”」


 時代の変化は激しい。子供は両親の背を見て育つが、必ずしも両親の地位を継ごうとするわけではなく、今では地位の継承が美徳と捉えられることも少なくなった。偉大な為政者の子が芸術家になったり、大陸に名を馳せた魔法士の末裔が騎士を目指したりする事もある。俺にも覚えがなくはない。だがこれはなんとも……

 

全てを出し切ったと言うかのようにアスタロトは溜息をつき席に座ろうとしたが、瓶底メガネの奥から放たれるジレットの鋭い視線に圧され、再度背を伸ばした。


「……もう一つ申し上げなくてはいけない事があります」


 魔界幹部筆頭より放たれたその言葉は先のものより小さく、弱弱しかった。


「あ、あのですね。なんとも情けない話なのですが…… えっと、その……」


 言葉を詰まらせ、もじもじと焦らすアスタロトにジレットは溜息をついて「拙者が話すほうがいいでござるか?」と聞いたが、最年長幹部はそれを掌を見せて拒否し、一息置いてから話を続けた。


「あの黒い剣士グルンガルドですが。んん…… 申し訳ない。あれ、私の弟なんです…… 本来ミレーヌ姫様の守護騎士の任に就いていたはずなのですが、こんな事になって…… 愚弟の愚行をお許しください」


 身内の恥を吐きだし、アスタロトさんは深々と頭を下げた。


「まぁ、お気になさらずに。きっと何かふかーい事情があるのですよ」


「そ、そうですよ元気出して下さい!」


 新参二人に慰められながらアスタロトさんは真っ白になったボクサーの様に席に座った。

勇者パーティーに二人も魔界人がいるなんて、世の中何が起こるか分からない。俺も兄妹がいる身であり、同情の念を禁じ得ない。


「さて、女王様? 女王様も何か隠しごとをしているんじゃござらんか?」


「ぎくっ!」


 ジレットはアスタロトに言うべき事を吐かせると、不思議と静かな痴女にターゲットを移した。


「な、なんの事かしらぁー ほほほほほほ……」


(尋問に弱そうだなぁこの人)


 いかにも何か隠していますという反応をするカーチェさんに幹部の皆は視線を集中させた。特にアスタロトさんの眼光は鋭く、その瞳は感染者を増やそうと躍起になるゾンビのようだった。


「くっ…… 分かったわよ」


 視線の集中に顔を赤くしてのけ反ると、カーチェさんは言いたくない事を話す決心をし、目線を斜め上に向けながら口を開いた。


「あのうさ耳女…… リネア・サウディアはちょっとした知り合いで…… 

 あ゛ーなんであいつがあんなところにいるのよ!! 変態女! サディスト! あいつは日の元にいちゃいけないやつなのにぃ!!」


 何かのスイッチが入ったのか、カーチェさんはヒステリックにリネア・サウディアを貶したが、聞いている我らは一同に(何言っているんだこの人)と自分の事を棚に置くボンテージ女を乾いた目で見つめていた。


「いい? あのうさ耳女には気を付けるのよ!! しかも聖職者って? どっから見ても破戒僧でしょ! プークスクス

 ……小指を角にぶつけて死ねばいいのに」


(こわ……)


 カティアさんの聖職者リネアに対するモノはかなり激しいようだ。過去に何があったかは知らないがあまり関わらない方が良いだろう。

 

「うん。みんな言いたい事を言い終えたようだし、今日はこれくらいにしておこう。

 これからについてだが、追って皆に伝達する事になります。それではみなさんごきげんよう」


 アスタロトさんは先ほどとは打って変わって早口で喋ると、逃げるようにこの空間から消え去っていった。

 メインキャスターを失った我々四人はやるべき事も無く、適当に近況を述べたり、ヒステリックにリネアを罵倒するカティアさんをなだめたりした後、カラスの鳴き声で帰る児童の如く自然に解散した。


(世界は全くもって狭い)


 俺は少し前に心で読んだ言葉を反芻し、(そして奇妙だ)という言葉を付け加え、宰相として秘書眠る仕事場に戻っていった。


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