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若き魔界幹部の悩み  作者: 耕眞智裕
気高き偶像青年の悩み
32/69

5 宰相の休日 Ⅳ

高校魔法士競技大会決勝第二試合。それは魔法競技とは思えぬ格闘技の様相を呈していた。だが、格闘戦と言っても一方的に殴る蹴るの暴力が展開されるだけで、その様はむしろサンドバックと総合格闘選手と言った方が正しいかもしれない。

 

「ドッペルゲンガーには刀剣や銃器などの物理的攻撃は効かない。何故なら魔法によって形付けられた魔力素の集合であって肉体を持たないからだ。だが、逆に言うとドッペルゲンガーそれ自体は魔法なのでドッペルゲンガーに対して干渉できるという訳ですね」


 サトラップさんの言葉の通りだ。目の前の光景はまさに総合格闘技だが、これは純粋な魔法戦にほかならず、ドッペルゲンガーの傍らで支援魔法を送るセコンドが試合の主人公なのだ。


支援魔法・高速化エンチャント・スピーダー 更に速く、そして強く。まるで星の名を持つ戦士のように」


 マルセのドッペルゲンガーは拳の速度を更に速め、無表情で無抵抗な灰色の人形を痛めつける。


支援魔法・女神の盾エンハンス・イージス


 マルセの猛攻にクラノも防御魔法で対抗する。だが、それは所詮付け焼刃の応急処置でジリ貧になる事を免れられないという事は彼女にも分かっていた。


(クソっ この私がこんな醜態を! 奴の狙いは元よりドッペルによる接近戦インファイトだった。最悪なのは私が得意とする炎魔法とこのシチュエーションの相性が絶望的に悪いって事だ。炎魔法はその範囲と持続性が特徴であり、一点を狙うには適さない。つまり、私が放った炎魔法は自分のドッペルにもダメージを与える事になる)


支援魔法・強靭なる爪エンハンス・ハードクロー。いくら身を固めても無駄。私の相棒の拳は敵が泣くまで殴るのを止めない」


 攻撃強化の支援魔法によりマルセの四肢に光が宿ると肉弾は更に過激化し、目に見えてクラノのドッペルゲンガーは摩耗していく。


攻撃魔法・火払いバースト・スパーク!」


 やむを得ずエルフの少女から放たれた炎の粉は二体のドッペルゲンガーを包囲する。だが、マルセのドッペルゲンガーの感覚は鋭く、火の粉を器用に避けながら攻撃範囲から離れ、炎による燃焼ダメージは自身のドッペルゲンガーのみに与えられた。


「ちょこまかとっ! ……けどこれで奴は私のドッペルから離れた。攻撃魔法・傷痍砲バースト・インセンディアリ!! いい加減落ちなさい。この羽虫!」


 クラノのドッペルゲンガーを狙った本試合二度目の傷痍魔法は、一度目のものに増して容易に躱され、クラノが決して少なくない魔力を消費した対価は、日の光を浴びて、宙を我が物顔で飛び回るドッペルゲンガーの舞踏だった。

 強化魔法で敏捷性を向上させたクラノのドッペルゲンガーの前には殺意猛き赤き炎も静かに揺らめく蝋燭の灯に等しく、羽虫の複眼から見える世界が広がっていた。


「時すでに遅し。貴方の勝ち筋はもう途絶えました。後はただ嬲られるだけ」


 マルセは青い瞳に勝利の確信を浮かべてニヤリと笑った。

 炎のエルフは彼女が描いたプランの通りに行動し、勝利に至るまで待つのみという段階にあり、マルセは籠の中の小鳥を見るような目で気勢荒い少女を眺めるだけであった。


攻撃魔法・浮遊機雷バースト・フロートボム…… これで接近は免れるか」


 クラノが放ったのは攻撃というより防御の側面の強い魔法だった。攻撃魔法・浮遊機雷バースト・フロートボムは対象周辺に複数の光球機雷を生み出し、触れたものを爆発と共に炎上させる魔法であり、これをもってマルセによるインファイトを防ごうという算段であった。

 だが、重力に逆らって複数の物体を浮遊させる性質上、持続的に魔力を消費する必要があり、いずれは魔力が枯渇する定めにあった。故に、これは時間稼ぎであり起死回生の一手をこのうちに考える必要があった。


(考えろ……必ず打開策はあるはず)


 バチバチと小さい火花を散らす光球を眺めながらクラノは歯を食い縛る。この儚い光が自分を敗北から助けていると思うと悔しさが滲んで染み出てくるのだ。


「全てはプラン通り。貴方のこの行動も私の前では意味を持たない」


 敵を防ぐ最後の防波堤として放った機雷だったが、マルセの行動を阻止する事は無かった。彼女のドッペルゲンガーは壁の如く立ちふさがる機雷群の前に立ち止ると、主の言葉を待った。


特殊魔法・魔術解除スペシャルマジック・ディスペル


「なっ……ディスペルだと」


 マルセが口にした魔法にクラノは驚きを隠せない。特殊魔法・魔術解除スペシャルマジック・ディスペルはその名の通り簡易な術式を解除し、魔力素に還元する魔法であるが、特殊魔法・地底の獣スペシャルマジック・グレートモールと同様、特殊な立場の者しか学ばない魔法だったからだ。

 それに加え、特殊魔法・魔術解除スペシャルマジック・ディスペルは効果範囲が小さく、自然現象と昇華した魔法には効果がないため、このような魔法競技で披露される事は滅多になかった。クラノもその魔法を目の前で見たのは初めてであり、この魔法によって自分の敗北に王手がかかった事に焦燥した。


(まずい! 最悪だ最悪だ最悪だ! あいつは私が施錠するロックに対するキーを常に持っているというのか!? 私は一体ナニを相手にしているんだ!?)


 指で浮遊する球体群を指し示し、シャボン玉が弾けるように空しく消え去る。そして少しずつ殺意の籠った光る拳がクラノのドッペルゲンガーに近づいていく。



「いやぁ。驚きましたね。特殊魔法・魔術解除スペシャルマジック・ディスペルの効果は極めて限定的であり、魔法によって形成されるドッペルゲンガーを相手にする魔法競技では極めてリスクが高い。この魔法がこんな有効な場面で使われるなんて」


 マルタ・ライアンエの時と同様に、サトラップは表情を変えずに言葉で驚きを示した。

 特殊魔法・魔術解除スペシャルマジック・ディスペルはドッペルゲンガーを形成する魔法を解除する事も可能であり、自分、相手問わずそれは反則行為として評価される。だからこそ、競技においてこの魔法のコントロールは難しく、慎重でなければならなかった。

 だがその扱いの難しさに対し、その効果は大会ではあまり見られない簡易な設置型や呪術型、解除するより攻撃した方が有効な支援魔法に対してしか無く、ハイリスクローリターンと言わざるを得ない代物だ。


「ひっ! 攻撃魔法・浮遊機雷バースト・フロートボム!」


 ドッペルゲンガーを後ろに下げ、クラノは消滅した光球を補填する。だが、それもすぐに解除され、彼女の表情は恐怖に歪む。


「死ぬわけでもないのに大げさですね。私のような小物に負けるのがそこまで屈辱的という事?」


 心を持たない傷だらけのドッペルゲンガーを通し、マルセはクラノを煽った。そして、周囲に浮遊する機雷を器用に解除すると、相手の顔面に狙いを定め、光って唸る拳を振り上げた。


「これで終わり」


 その言葉と共に強烈な右ストレートが空気を切り裂き、端正なエルフの顔を歪ませた。


(勝った! 第二試合完!)


 西イセサの誰もが勝利を確信し、そう心に読んだ。

 だが、二撃目をお見舞いしようと、顔面に接触した拳を引き離そうとした瞬間、突然クラノのドッペルゲンガーが炎に包まれた。

 クラノはドッペルゲンガーの広がったスカートの内に機雷を隠し、それが殴られた衝撃で起動したのだが、爆発のダメージは相手に及ぶ事無く、ドッペルゲンガーが模倣したNタイプ衣装の一部を損壊させ、その体を燃焼させる結果となった。

 しかし、クラノの狙いは爆発のダメージを相手に与える事ではなかった。


「ううわっ、火が! 火が私のドッペルに!!」


 クラノのドッペルゲンガーを覆った炎は左頬に触れていた拳を経由し、マルセのドッペルゲンガーを炎上させた。これこそがクラノの狙いであり、彼女の最期の手段ラストリゾートであった。



「これがマルセ・スピリットのドッペルゲンガーに与えられた最初のダメージになりましたか。一矢報いた……という形にはなったが、このダメージではもう無理でしょうね」


 涼しいVIP席で炎上する二つの人影を眺めながら俺はそう呟き、母校の敗北を確信した。


「さて、どうでしょうね」


 それに対し、サトラップさんは瞳に炎を映し、俺の言葉に疑問を呈した。満身創痍のクラノ・ソラシドとここに来て初めてダメージを受けたマルセ・スピリット。両者が火達磨になっている状況で勝負がどうなるかは明らかに俺は思えた。だから、俺は彼に言った。「どういう事ですか」と。


「表見的には追い込まれた窮鼠が自暴自棄の行動に出て、なんとか一矢報いたように見えます。しかし、ここでは目に見える部分以外の要素が意外と重要になるのです。

 まず衣装による防御力の違いですね。タイプFとタイプNの防御性能の違いは見た目以上に大きく、ここまで攻勢を許しても勝負が決まっていない理由でもあります」


「だけどサトラップさん。そうは言っても、クラノ・ソラシドのダメージは深刻で、その衣装の一部も破損しています。衣装の違いはその差を埋める程の要素になるようには私は思えません」


 炎上する直前に目にしたクラノ・ソラシドのドッペルゲンガーの姿はもはや衣装の防御力も機能せず、今にも炎の中で身ぐるみが消えそうな勢いであった。


「そう。もし、クラノ・ソラシドでないのならそうなっていたでしょう。けれど、彼女は炎系統の魔法の修練に多くの時間を費やしてきました。つまり」


「追従魔法効果……ですか」


 追従効果とは当人が持つ特質が魔法に伝播し表出してしまう事である。特質とは職や魔法傾向、性格などで、職業病のように魔法の内にその傾向が出てしまう事があるのだ。

 クラノ・ソラシドは数々の炎魔法を習得し、練度を重ねるに際して、本人の意思なく炎が伴わない魔法においても炎の属性が伝播してしまう可能性をサトラップさんは指摘したのだった。


「その通りです。彼女のドッペルゲンガーに炎の属性が内包されているのなら、炎に対する耐性がいくらかあるはずです。その耐性がどの程度か分からない以上、この試合の行方はまだ分からない」


 その様にサトラップは言ったが、心の内にはクラノへの期待と勝利して欲しいという願望がそう言わせていた事は否定できない。実際の所、クラノの勝利の可能性が限りなくゼロに近いという事は彼にも分かっていた。



(水系統、氷系統の魔法を…… いや、駄目。クラノ・ソラシドの炎魔法を私程度の魔法では消化できない。最悪の場合ただ私のドッペルを傷つけるだけの結果になる)


 炎上し、行動の制御も覚束ない自分のドッペルゲンガーを前にマルセは冷静な顔を崩していた。突然の事に混乱していたのである。


「ふふふふふ燃えろ燃えろ燃えろォ!!」


 混乱していたのはマルセだけではなく、この状況を作り出した張本人であるクラノも同様であった。彼女の取った一連の行動は決して計画的なものでは無く、動物的で衝動的な本能によってもたらされたものであった。故に彼女はこの事が何を導くかを理解しておらず、試合の勝ち負けすら眼中になかった。



「まるでサウナの我慢比べだ。まぁ、リタイアは許されないですが」


 炎を纏い、相手が先に倒れる事を何もせずに待っている二つのドッペルゲンガーの姿をサトラップさんはそう評した。


 そして、数分の静かな時間が流れ、ついに片方の火達磨が倒れると光の粉となって消えていった。勝負は決したのだ。続いて、安心したのかのように残ったドッペルゲンガーも光になって消えると、フィールドは歓声に包まれた。



“ウィナー! マルセ・スピリット!!”


 勝者として名が呼ばれたのは西イセサのマルセ・スピリットだった。我が母校は0対2でストレート負けを期し、西イセサは伝統の強豪校を破った。


「残念でしたねマレードさん。勝負とは不可避的に運が絡むもの。ただ、それだけですよ」


 慰めのつもりでサトラップさんは俺にそう伝えたが、むしろ残念そうなのはサトラップさんの方であった。結局西イセサの大将シェリル・ジェットブルーの出番は訪れず、彼女の力が披露される事が無かった事が無念だったのだろう。


「ありがとうマレードさん。いいものを観られました。

 私は早々に消えるとします。招かれざる客ですからね」


 サトラップさんは立ち上がり、頭を下げると俺にそう言って一人出口の方へと向かっていった。俺は咄嗟にその後ろ姿を呼び止め、その足を止めさせた。


「今度は何用でしょうか?」


 サトラップさんは自称神と俺を繋ぐ重要なパイプだ。俺は彼をこのまま逃がしたくなかった。いや、そう言う事じゃなくて……


「失礼ですが、のじゃロリの命を受けていない時はどうしていらっしゃるのでしょうか? 

 その、もしよろしかったら…… サトラップさんを俺の運転手として雇いたいのだが……」


 パイプ云々は建前だ。勿論、それも重要だが胸襟を開いて話せる相手が欲しかったというのが最も大きい。


「マレードさん。申し出はありがたいのですが、お断りをせざるを得ません。そもそも、私は人間ではなく、名前も家も無いのです」


「そのような些事俺が何とかしますよ。戸籍も名前も無理やり作ります。住まいは俺の屋敷の一室を使えばいい。だから……」


 権力の濫用の誹りを受けるのもやむなしだ。神との繋がりはそうしてでも得るべきものなのは誰が見ても明らかだ。それに自分を人間では無いと口にするこの男に人間らしい暮らしをして欲しかった。これは勝手な価値観に基づくエゴだ。


「ふふふ。ほんと面白い人ですね。私の事は気にしなくて大丈夫ですよ。天空城に戻って物思いにふけるだけですから」


「そうですか……」


 当人に拒否をされては俺も引き下がる他ない。俺は露骨にガッカリとした態度で下を向いてサトラップさんの足元を見つめた。


「それとこれは忠告ですマレードさん。私のように会って間もない良く知らない相手をその様に誘うのは控えた方が良いですよ。特にあなたは魔界の幹部としても動くことになるのですから」


 それだけを言い残し、サトラップさんはVIPルームの白い扉から部屋を後にした。

 そして俺は窓の外で響く表彰の歓喜を一人で聞いていた。










――30の日。大会の日から一晩を跨いだこの日。俺は最愛の妹を迎える為に自ら料理とスイーツをこしらえ、彼女が姿を現すのを屋敷で待っていた。


(試合に負けたから落ち込んでいるかな…… いや、マリナに限ってそれは無いか。まぁ、何にせよマリナが喜んでくれればいいや)


 まるで誕生日会のようにテーブルが飾られた食堂に一人立って、妹が帰ってきた事を脳内でシミュレートするとマレードは不気味ににやけた。

 そして夕方になり、ドアが開く音と共についにその時がやってくると、マレードは飼い主の帰りを待つ犬のように玄関へと駆け出し、最愛の妹を笑顔で迎えた。


「兄さん。マリナ・フォン・ガランドただいま帰りました」


「お帰りマリナ。さぁ入って入って」


 マーバス学園の制服を靡かせ、可憐な少女は帰宅を果たした。その姿は試合での醜態が嘘の様であり勝者の貫禄すらあった。


「お兄様。ただいま戻りました。失礼いたします」


「あぁ、お帰りなさいませ第三皇女殿下。さぁどうぞ……」


「私の事はフィオとお呼びくださいと何度も…… あら、いい匂い」


 二人目の帰還者に俺は思わず歓迎の挨拶をしたが、この不可解な状況に間を開けて理解すると、変な汗が額を流れた。


「ウェイウェイウェイ!? 何故姫様がここにいらっしゃるんです?」


 匂いにつられ食堂に向かう一国の姫を追いかけ、マレードは無理やり作った笑顔で彼女に問うた。


「何故って。ここは私のお兄様の屋敷ですし、何の問題があるのでしょうか? いや、無いですね」


(無くないよ! それとそれと、俺には一人しか妹はいない!)


 さも当然のように我が物顔で食堂の席につくと、目を光らせて料理を一つ一つ眺め涎を垂らした。


「はぁ、食器を用意しますのでお待ちください。第三皇女殿下」


「ありがとうございますお兄様。それと、幾度と申し上げていますが、私の事はフィオとお呼びください。いずれ、いえ、既に親密な間柄なのですから」


 恐ろしいお方だ。彼女が俺の事を“お兄様”とお呼びになる度、俺は第二皇女殿下とそういう関係にならなきゃいけない、それが運命であると錯覚する。


「ところで城の方々はフィオ姫様がここにいらっしゃる事を知っているのですか?」


 陶器の皿と白銀のフォークとナイフを金色の髪の少女の前に並べながら、俺は家出娘を家に上げてしまった大人のような質問を彼女にした。


「勿論ですわ。お父様もメイド長も二つ返事で了承して下さいました」


(あのクソ皇帝、この家を何だと思っているんだ)


 マレードは貴きお方に気取られない小さな声で溜息をつき、自分の未来を案じた。


「お待たせしました兄さん、フィオ」


 先ほどまで黒の学生服を身に纏っていたマリナは圧倒的イモ臭を漂わせる赤ジャージに装束を変え、二人の待つ食堂に姿を現した。この姿こそ彼女のリラックスウェアーであり、家での正装であった。


(うーん。いつみてもチャーミングだ)


 どのような姿であっても、妹LOVE兄の目には惚れ薬を飲まされたかのように可愛らしく、そして、魅力的に見えるらしく、マリナを前にマレードの表情はだらしなく垂れていた。


「さぁ、召し上がりましょう。折角のお料理が冷めてしまいますわ」


 マリナを隣の席に招き、まるで家主のようにフィオは食事を催促したが、彼女の口の周りには既にハンバーグソースとして用いたデミグラスソースが付着していた。

 

「そうですね。折角兄さんが作って下さったんですもの。いただきます」


 こうして伝統深き屋敷の食堂に、姿に気品を漂わせるが食べ方が綺麗ではない姫様と、食器の使い方に気品があるが場にそぐわない赤ジャージ姿の貴族の令嬢、そして若い宰相のディナーが始まった。


「あぁ、お姉様もお呼びしたいですわぁ」


 フライングディナーを堂々とやってのけた第三皇女殿下がいきなり物騒な事を仰られたが、それが現実になる事はまずない。なぜなら、第二皇女殿下がお忙しい身という訳ではなく、破壊神の如き彼女が移動するというのはそれなりの準備が必要だからだ。しかし、逆に言えばそれをクリアーできる条件があればいつでも彼女はここに来るという事でもある。

 

その後も会話は続き、食事を介しながら笑顔で時間が過ぎていった。そしてこの間、一度たりとも魔法士競技の話題は出現することなく、先日の事が夢幻だったのではないかと思えた。無論それは夢でも幻想でもなく紛う事無く事実であるが、マリナにとってそれはいい思い出という訳ではなく、フィオ姫様にとってはそのような事より目前の料理と姉君の事の方が口にする価値が高いという事なのだろう。なんにせよ、食事を美味くする会話という肴として魔法士競技の話は不適合という事には俺も納得する。


だが、この後それ以上に楽しい食事を台無しにする知らせがマレードの元に届いた。

テーブル上に並ぶ料理が八割ほど三人の体内に収まった頃くらいに突然鳴り響いた“ジリリリリッ”という電話が鳴り響く音。使用人のいない屋敷ではマレードがその雑音を鎮める他なく、二人を部屋に残して玄関大広間にあるレトロな電話の受話器を取って耳へと向けた。


「宰相閣下であらせられますか!?」


「ああ、そうだがどうしました? そんなに慌てて……」


 電話の相手はじゃん☆こうたの専属アシスタント……ではなく、ジーマ帝国外務大臣ローエン・フォン・ニュージラであった。冷静な政治家で知られる彼であったが、受話器の先の彼は姿を視ずとも動揺している事が伝わり、事の重大さがこちらにも伝わってくる。


「はぁ、はぁ、先程大使館よりフォーゲルヤクト王国がインゼルプルゼェル王国に宣戦を布告したとの情報が入りました。どうかお早く宰相府に」


「それは事実ですか? 何かの間違いという事はありませんか?」


「こちらも寝耳に水であり、あらゆる情報をかき集めているところですが、その全てが事実であると述べています! このままだと最低の結果に」


「すぐに宰相府に向かいます。外務省は続けて情報の収集に努めて下さい」


 楽しい食事の時間も、宰相の休日も突然西の国より伝えられた情報によってかき消された。大陸では対魔界戦線結成以降、国家間の争いは無く、この報の波はジーマ帝国のみならず、大陸全土に危機感を与えた。


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