4 宰相の休日 Ⅲ
男二人きりののディナーを終え、ワインの入ったグラスを手にした俺たちがフィールドを望む席に戻ると、丁度高校魔法士競技大会が開会する所であった。
そして巨大モニターに対戦カードが表示され、スタジアムに多種多様な声が響き渡った。
高校魔法士競技大会
皇立マーバス学園高等部 × 公立西イセサ高等学校
【先鋒】マリナ・V・ガランド(17) × ミア・ジェットスター(17)
【中堅】クラノ・ソラシド(18) × マルセ・スピリット(18)
【大将】コノハ・V・スカイマーク(18) × シェリル・ジェットブルー(18)
「マレードさんの妹君は最初に出るみたいですね。相手はミア・ジェットスターですか。JCの時から優秀な成果を収めている強敵ですね」
(強敵か。うちの妹は勝てるだろうか)
俺は兄として当然の心配をした。やはりやるからには勝ってほしいのだ。
“皇立マーバス学園高等部、公立西イセサ高等学校の選手が入場されます!!”
校旗の後に続く選手団が姿を表すと、凄まじい歓声が夜空にこだまする。宰相である俺の妹が出場するというのもあるが、その彼女さえも凌駕する大物がマーバス学園の列に連ねているのが歓声の理由だ。
「フィオ姫様―!!」
「あぁ、なんとお可愛らしい……」
補欠として列の最後尾を歩くお方こそ、ジーマ帝国第三皇女であらせられるフィオ・フォン・デルタ殿下である。
まるで小学生から中学生の様な可愛らしいお姿に、姉君と同じ金色の髪を赤いリボンでツインテールにまとめておられる。
だが、俺にとってあのお方も危険人物だ。フィオ皇女殿下はお会いする度に俺を姉に供物として差し出そうとする。あぁ恐ろしい……
因みに、フィオ皇女殿下はあの列に並び、この地へと赴かれているが、魔法の才はからきしだ。それじゃあ、なぜ試合に参加されるのかと言うと、単純に我が母校のマスコットだからだ。割とマジでそれが理由の100%なのだ。
「かわいいなぁ…… ほんと可愛いよ我が妹よ」
まぁ、今はフィオ皇女殿下の事はどうでもいい。そんな事より俺は我が妹マリナの凛々しい姿を見られればそれでいいのだ。
大人びいた姿にブルネットの長い髪をそのまま流す様に肩と腰に落とし、その姿は女神が降臨したようだ。いや、降臨した。凛々しい真面目な表情で列の三番目に並んでいるが、兄である俺には分かる。マリナは内心ではさっさと終わらせて帰りたいと思っているのだという事を。
「気持ち悪いですね。マレードさん」
冗談等というものを微塵も感じさせない無表情でそのような事を言われるとさすがに俺も傷つく。
「気持ち悪いだなんて酷いですよサトラップさん!!
兄が妹を愛でるのは普通の事で、これは家族愛です。か・ぞ・く・あ・いなんです!!」
「家族愛ですか。それは私のマレーシャ様に対する感情と同質のものなのでしょうか……
ともかく、マレードさんの様子を見るに、これは人にとって重要なモノだという事を理解しました。申し訳ありません」
「いや、いいんです。俺もすこし熱くなってしまいました」
作られた人格、作られた生命。目の前にいる男の姿はまさしく人でその事を忘れてしまう。彼とどう接するべきか俺には分からない。
「あ、選手が入ってきました。始まりますよ」
巨大モニターにまず映し出されたのは我が最愛の妹マリナ・フォン・ガランド。彼女は黒いと白のタイプNの衣装を纏い、その姿はまさに乳酸菌の摂取量を気に掛けてくれる人形の様だ。
「あぁ、全く可愛いなぁ」
今度は小声でそう呟くと、俺は恍惚とした表情で妹の姿を見つめていた。
そして、次にモニターに映し出されたのは西イセサの一番手、ミア・ジェットスター。燃えるような赤いショートヘアーにそれに合わせたような真っ赤なタイプF衣装。そして、恵まれた肉体。その姿はまるで……
「ブッ!!!」
俺は思わず口に含んだワインの雫を外部に吹き出した。その飛沫は霧となり、空気に混ざるとほのかに葡萄の匂いをさせた。
彼女の姿はまさに、いや、まさにというか、そのまんま魔界幹部としての俺の部下、ミア・ゴブリその人だったのだ。
「お知合いですか? いやはや、マレードさんも顔がお広いですね。それとも、古今東西のJKを眺める趣味がおありとか?」
「いやいや無いですよそんな趣味!! ちょっと仕事で彼女と接触しただけです」
無表情ながらも、サトラップさんの瞳には怪訝の相がしっかりと出ていた。だが、俺は何も間違っていない。
「まぁ、いいでしょう。私如きが宰相閣下の怪しい職務に口を出す権利はありませんからね」
(ぐぬぬ……)
反論し、身の潔白を示す事はいくらでも出来る。だが、何を言っても暖簾に腕押し糠に釘にしかならない未来しか見えないので、敢えて黙る事にする。
(それにしても、世間は狭いなぁ……)
ジーマ帝国の総人口は約1970万人。年齢層を加味してもこの様な巡り合わせがあるのは運命的な何かを感じる。今後面倒臭い事にならなきゃいいが。
“レディー……テイクオフ!”
ちょっとした衝撃で頭を悩ませていても、時間は進む。我が妹 対 我が部下の戦いの幕は今切って落とされた。
「攻撃魔法・光雷弾散布」
我が妹、マリナは自分のドッペルゲンガーに防御魔法を張る事も無く、いきなり攻撃魔法を詠唱し始めた。そして、杖の先から無数の光を放ち、それがターゲットへの指向性を持ってミサイルのように突撃した。
「攻撃魔法・光雷弾散布ですか。いつもながら物騒な魔法を使いますね。確かあれは彼女の教育課程では学ばない魔法だったと思いますが、どこで習熟したのやら」
「俺が教えました」
光る雷撃が地上に当たり、爆発するのを見ながらサトラップさんがそう言ったので、俺は直ぐにその疑問の答えを出した。
「は?」
「だって、マリナ可愛いし、防衛手段だよ。変な虫が付いたら嫌でしょう? だから……」
「魔法封じの結界がある中で、魔法の防衛手段が意味を持つとも思えませんが? 全く、シスコンの考える事は常人の理解を超えていますね。くわばらくわばら」
何だろう。先ほどまで怪訝の目は、何か可哀想な人を見る目に変わっている気がする。
まぁ、それはどうでもいい。今は試合だ。俺はその為にここにいるのだ。
俺達がこの様な会話をしている中でも、未だにマリナの攻撃は継続しており、杖の先からはまるで無尽蔵かのように散弾のような光の弾が撃ちだされていた。
「さて、勝負は決したかな?」
ミア君には悪いが、あの弾丸の雨の中生存するのは極めて難しい。きっと彼女のドッペルゲンガーはミンチよりひでぇ事になっているはずだ。
「さて、どうでしょう。直情攻撃的なマレードさんの妹君にとって、ミア・ジェットスターは天敵ともいえる人物です」
「ん? どういう意味です?」
その時サトラップさんの言った事の意味が、今の魔法士競技に明るくない俺には分からなかったが、それは直ぐに明らかになった。
「ゴーゴーっす!!」
なんとも彼女らしい掛け声と共に光弾の間隙から元気よくドッペルゲンガーが飛び出した。そして、宙を可変戦闘機のように追尾する光弾を避けながら器用に舞う。
「「無傷!?」」
まるで海中を泳ぐペンギンのような悠々と空を舞うミアの写し身の姿に、ガランド兄妹は異口同音に叫んだ。
「防御魔法なんて張る暇なかったのにどうして……」
マリナは相手が防御魔法を張る暇を与えず猛攻を加えた。にもかかわらずミアのドッペルゲンガーはまるでそれの一つも受けていないかのようだ。いや、実際受けていない。
「簡単な事ですよマレードさん。ミア・ジェットスターは妹君の攻撃を防御魔法で防いだのではなく、全て躱したのです」
高い命中精度が売りの攻撃魔法・光雷弾散布が全て躱されていたなんてにわかには信じがたいが、状況を見る限り信じざるを得ないようだ。
「ミア・ジェットスター。魔法に関する才能は平凡ですが、運動神経や空間認識力そして、野性的ともいわれるセンスに関しては比肩するものがいないという程ずば抜けています。
妹君は行動傾向が良くも悪くも分かりやすく、ミア・ジェットスターの野性的な勘の前には彼女の魔法も予測された『見える弾道』に他ないのです」
魔法士競技という名前はある意味ミスリードかもしれない。この競技に必要なのは魔法の能力のみではなく、肉体的能力も必要であるという事を看過してしまう。
その点でこの二人の少女は極端に対照的だ。魔法の才はないものの極めて優れた運動能力を持つミア君と、魔法の才能は富んでいるが運動神経が壊滅的なマリナ。さて、どういう結果になるか。
「んもうっ。小癪です!!」
マリナが声をあげ重い杖を一生懸命空へと向けるが、その杖先から放たれる光弾は一度たりとも当たらないどころかかすりもしない。そこで、マリナは敵から距離を離し、杖の射角を下げようと試みた。
「ふげっ!!」
だが、マリナはスカートについていた長いリボンに足を取られ、その場で盛大に転倒した。
「あっ!!」
妹の痛ましい姿に兄は二人を分かつガラスに手をついて彼女の身を案じた。だが、彼にとってこれは特に珍しい光景ではなく、見慣れたものだった。
マリナ・フォン・ガランドは超弩級の運動音痴である。ここでいう超弩級の『弩』はドレットノート級の『ド』ではなく、鈍くさいの『ど』だ。彼女は鈍くさいを超えて運動音痴なのだ。
「ふぎゅー」
ぶつけた個所をさすりながらマリナが立ち上がると、俺は一安心し、一息ついた。
だが、この一転びによって彼女は窮地に陥る事になる。
「チャンスとーらいっすぅ~」
傍に侍らせていたドッペルゲンガーを守っていた攻防一体の弾幕はマリナの転倒によって雨が止むように収まり、ミアはその隙を逃さない。
「攻撃魔法・火炎飛沫」
妖精のように宙を自由に飛び回りながら、ミアは炎の粉を敵に当てる。その一つ一つは大したものでは無いが、コンスタントに浴び続ければタイプFの防御力をもってしても馬鹿にならないダメージとなる。
「妹君には厳しい展開ですね。彼女としたら大型魔法で反撃に出ようにも、ここまで接近させたら手も足も出ない。だからと言ってドッペルゲンガーを自分から離そうにもこの様に間断なく攻撃をされては難しい。そして、自分が動くと」
「またこける。ですよね……」
「ええ。端的に言うとそうなる可能性が高いですね」
我が妹は良くこける。それこそ何もない所でも。更に悪い事にこういう重要な場面で猶更こけるのだ。逆に言えば、日常生活に支障が出る程彼女の運動神経は絶望的という訳ではないとも言える。だが、その事が自らの運動神経について無自覚にさせていた側面もあった。
「うびゃぁぁぁぁああ!!」
窮地の中、超弩級の運動音痴は混乱し奇声を上げていた。そして、目を回しながら適当に魔法を連射し始める。
「あぁ、火薬庫がとうとう爆発しましたね」
サトラップさんの物言いだと、このような事態はさほど珍しい事ではないらしい。確かに俺は今まで妹の試合を見た事が無いが、なんというかコメントしづらい。とにかく、マリナが家族に「観に来てねー♡」などと言わなかった理由が分かった気がする。
「これで終わりっすよ。騒音娘!」
ミアは敵のドッペルゲンガーから距離を取り、暴走するマリナの魔法の流れ弾を躱しながら再度急接近する。
そして、ミアとドッペルゲンガーが交差した瞬間、マリナを模ったドッペルゲンガーはジャンクの人形のように上半身と下半身が分かたれた。
「秘儀。黒剣一閃…… 決まったっす」
敵を切断した漆黒の刃を触媒杖の先に浮かべ、ミアは不敵な笑みを浮かべた。そして、己のドッペルゲンガーを失ったマリナは重い触媒杖に振り回される様にバタンと倒れ込んだ。その瞬間勝負は決した。
「ワーっ!!!」
手を上げ勝者としての威厳を見せる赤髪の少女に惜しげない歓声と拍手が送られる。熱狂に沸く西イセサの応援団の様子がモニターにアップで映ると、見覚えのある男たちの姿が俺の目に映った。どうやら我が部下のズッコケ三人組はこの校の生徒らしい。
「残念でしたね。でも、今回の彼女の戦いっぷりはなかなか良かったですよ。何ていうか、こう……逞しいというか、デンジャラスというか」
サトラップさんは俺が残念がっていると思い、無理やりな妹への賛辞を添付して声をかけ、慰めた。
「いえ。確かに妹には勝って欲しかったですけど、頑張る姿が見られて俺は満足です。それに混乱して叫んでいる姿も可愛かったですしね」
シスコン宰相は香しい花を見るような純粋無垢の瞳で妹を眺めながらそう言い、サトラップをドン引かせた。
第一試合はマーバス学園の大敗に終わり、我が母校は負けが許されぬ状況となった。だが正直言うと、俺にとって母校の勝ち負けなどどうでもいい。ただ、妹の姿を見に来ただけだ。だが、隣にいる男のお陰で試合自体には興味がある。
「さて、次の試合はどんな感じでしょう? サトラップさん?」
「え? 次ですか? そうですね……」
第一試合が終わり、大会を観戦する理由が無くなったと思っていたサトラップにとってこのマレードの言葉は意外だった。式神の状態であっても外部の音は伝わっており、彼はマレードの目的が妹を見る事だと知っていたのである。だが、自分の影響でマレードの試合に対する意識が変化していったという事は彼の存ぜぬ事であった。
「クラノ・ソラシド。U20女子ジーマ代表に選抜されるほどの秀才にして、炎系統魔法に関してはこの国で彼女を凌ぐ者はいないと言われています。
対してマルセ・スピリットは今年突如として頭角を現した選手です。まぁ、西イセサ自体が今年のダークホースで誰もがこの校の決勝進出を予期できませんでした。正直妹君と対したミア・ジェットスターも含めて西イセサの能力は未知数で、私にも正確な評価が出来ません。一応春の大会では順当に強化魔法と攻撃魔法を重ねたオーソドックスな戦いをしていましたが、私にはそれだけの選手とは思えないのです」
顎に手を当ててサトラップは対戦表に映る名前を鋭い目で凝視する。
「そして最も分からないのは大将であるシェリル・ジェットブルー。西イセサは大体の試合を先鋒、中堅の二勝で終わらせていて、途中で一敗した場合はペナルティー覚悟で大将戦はベンチから別の選手を出しています。
つまり、彼女は一度も試合に出ていないのです。戦力の温存の為なのか、特異な隠し玉なのか、それとも校内の力関係で仕方なく彼女をチームリーダーたる大将に置いているのか。彼女が試合に出ない限り分からないですね」
サトラップさんの話を聞く限り、西イセサという高校は謎と不思議の詰まった宝箱なようだ。だが、宝箱の底にある最も不可思議なものは簡単には姿を見せない。その姿を見るためには前提として今始まろうとしている中堅戦でマーバス学園が勝利する必要がある。
「私は今まで特定のチームや選手を応援した事は無いのですが、今回の中堅戦はマーバス学園が勝利する事をこの上なく願っています。もし、シェリル・ジェットブルーが西イセサの隠し玉なら決勝戦である大将戦に出ないはずがない」
饒舌は興奮と熱狂の表出だ。特に感情が表情に現れないこの男に対しては、その心を知る重要なバロメーターとなる。
そして、二人の少女が歓声と共にフィールドに姿を現した。
マーバス学園の中堅で、ジーマに10%ほどいるエルフ族であるクラノ・ソラシド。彼女も先の試合で敗退したマリナと同じ漆黒のタイプN衣装に身を包む。
対する西イセサのマルセ・スピリットもミアと同様の赤いタイプF衣装で王手のかかったこの試合に挑む。
“レディー テイクオフ!”
両者は試合が始まると自分のドッペルゲンガーに防御魔法を詠唱し、戦闘の下準備を開始した。
「まずは定石通りの行動ですね。このまま行けば次は魔法の撃ち合いが始まるのですが、そうなればマルセ・スピリットはクラノ・ソラシドには勝てないでしょう」
クラノ・ソラシドの名声は、ジーマ国内はおろか、他国にも知れ渡っている。彼女には大陸の猛者たちと戦った実績があるのだ。対してマルセ・スピリットは堅実な戦い方は評価されていても秀でて優秀な面は無く、一般的な総合評価は同校のミア・ジェットスターに劣っていた。
「攻撃魔法・熱線一射」
緑の長髪を風になびかせ、エルフの少女は触媒杖の先から灼熱の熱線を放ち、それが敵ドッペルゲンガーの肩傍を通り過ぎると後方で大きな爆発を起こした。
その様子に冷静を形にした様な青髪の少女――マルセも汗を隠せない。そこには高い熱量と同時に確かな恐怖があった。
「これは挨拶。喜んでいただけたかしら」
残酷な笑みでクラノはマルセを挑発する。エルフの森が焼かれるのはファンタジーの定石的展開と言われるが、皮肉にも彼女のその姿は敵を焼き尽くす炎の破壊者の様であった。
「攻撃魔法・熱線一射ですか。マレードさん。こんな噂をご存知ですか? クラノ・ソラシドは実は30歳以上で他の選手の二倍以上魔法習得に時間を使っているというやつです」
「いえ、でもまぁ、そんな事はあり得ませんよ。大会主催者側には人体の経過時間を計測する専門の魔術師もいたはずですし」
そうは言ったが、彼女が疑われる理由も分かる。攻撃魔法・熱線一射は習熟に時間を必要とする魔法であるし、何よりエルフが人間に比べ若く見える事が原因だろう。
「所詮噂は噂ですからね」
話題を振ったサトラップさんから返ってきた言葉は意外と簡素だった。そして彼は寂しさを宿した目つきで黙ると、自信満々のエルフを見つめていた。
「このままいけばマーバス学園が勝ちそうですね」
沈黙に耐え兼ね、俺は彼にそう問うた。
「え? あぁ、そうですね。ですが、先も申し上げたようにクラノ・ソラシドの力はジーマ中に知れ渡っています。そして、マーバス学園戦に彼女が選手として出る事は西イセサ側も承知の筈ですので対策はしているはず」
対策か。相手の能力が分かっている以上、それを対策するというのは簡単であるように聞こえるが、実際の所、対策してもその圧倒的な差を埋められないケースは数多存在する。俺にはこの一戦もその一つに思えてならない。相手が炎魔法を得意とするから耐火防御魔法を張るとなっても、あのレベルの魔法に対しては焼け石に水だ。彼女に平等に対するなら彼女に比肩する力を持っていないと難しい。
「ふふふ。怖気づいた様ね。じゃあすぐに終わらせてあげるわ。
焼き尽くせ攻撃魔法・傷痍砲」
クラノが放った炎弾は弧を描きマルセのドッペルゲンガーへと向かう。
「直進せよドッペル」
マルセの指示に従い、彼女のドッペルゲンガーはマグマの塊のような弾の下を潜る進路で直進した。
「あはははは!!無駄無駄ァ。私の炎からは逃れられない」
向かってくる色の無い少女をあざ笑うと、クラノは杖を少し下に動かして弾の軌道を下げた。そしてそれは少女の分身の一歩手前に着弾すると周囲に炎を撒き散らした。
「レベッカ・エアシャトルといいクラノ・ソラシドといい結界魔術師泣かせな選手が多いですね。見ごたえはありますが」
サトラップさんの言葉に俺は思わず頷いた。俺が学生だった頃の魔法士競技はこんなに派手ではなく、もっと地味であった。当時は魔法を競うと言っても、その練度を競うものであって主体は初歩の基礎魔法だったのだ。世の中の流れはあまりに早く、この世界では俺はもうジジイのようだ。
「直進を継続、接敵次第行動開始」
試合の方に話を戻すと、クラノの言葉とは裏腹にマルセのドッペルゲンガーは炎の波を逃れ、なおも接近を続けていた。
「くっ、仕留め損ねたか」
クラノはヒステリックに吐き捨てると、杖を払う様に振って次の魔法の準備を始めた。
「攻撃魔法・火払い」
彼女が放った次なる魔法は周囲に火の粉を撒く単純な魔法だ。地味で火力のある魔法ではないが、相手の動きを鈍らせるのには十分な効果がある。
だが攻撃魔法・火払いをものともせず、マルセのドッペルゲンガーは直進を継続し、ついに撃破対象であるクラノのドッペルゲンガーに接近するとその綺麗な顔に拳をぶつけた。
「なっ?」
その予想外の行動にスタジアム内にざわめきが起こった。その中で最も呆気にとられたのは言うまでも無くクラノであり、一方的に殴られた自分の分身を目の前に思考停止していた。
「戦闘開始。次はこちらの番」
そして、防戦一方だったマルセの攻撃が今始まる――




