3 宰相の休日 Ⅱ
私立キーユ魔法科大学付属中学校 対 聖キトリア女学校中等部中堅戦二度目の炎柱が上がると、勝敗は決した。聖キトリアのルリアがドッペルゲンガーを追撃している間にキーユのマルタは攻撃魔法・火炎旋風第二射を詠唱する時間を確保し、『キトリアの赤き盾』の牙城を爆音と共に跡形もなく吹き飛ばした。
「わーっ!!!」
勝利の狼煙は観客たちを熱狂させ、両選手が固く握手を交わすと、歓声と拍手が破竹の勢いでスタジアムに広がった。
それに対し、俺の隣に座るほぼ全裸の男は喜怒哀楽のいずれも示すことなく、ただ冷静だった。だが、その心内には熱狂の炎が赤々と燃えていたのだろう。
「もし、ルリア・シュンジューがタイプFを選択していたら、決して攻撃魔法・火炎旋風の回避は困難なものでは無く、こういう試合運びにはならなかったでしょうね。マルタ・ライアンエは勝負の神に愛されていたとも言える」
対戦相手が誰になるかは試合当日まで分からず、相手がタイプF、タイプNのどちらの衣装を選択するかに至っては、相手選手とフィールドで対面するまでは分からない。
勿論、選手の好みや傾向などで使う衣装や、ポジションは推測できるが、こういった不確定要素は試合を面白くするエッセンスとなっている。
「さて、これで試合は一対一。大将戦の一騎打ちという事になりますが、私の知る限り、聖キトリアのミリア・ジンエアは決して勝率の高い選手ではありません。対してキーユのレベッカ・エアシャトルは今年のニューイヤー個人選手権R-15で優勝。どちらが勝つかと聞かれたら迷うことなく後者を選びますね。ですが、聖キトリアもただでは転ばないでしょう」
彼の言葉を聞くと、妹の雄姿の前菜程度に考えていた中等部決勝もより面白いものに見えてくる。
(物事の本質を最大限に楽しむにはそれに対する知識を具備する必要があるわけか。これは魔法士競技だけに当てはまる事ではないな)
そんな事を頭の中で綴ると、「ふふっ」っと笑い、俺はガラスの向こうで対峙する二人の若い女魔法士に真剣な眼差しを送った。
聖キトリアのミリア・ジンエアは赤いレオタード衣装が眩しいタイプF。彼女の目には決して強敵を前にした怯えや恐れはない。キーユのレベッカ・エアシャトルは胸に大きな白リボンのある緑のタイプN衣装。白銀の長髪を煌めかせる彼女が見せるのは強者の微笑みだ。
“レディー……テイクオフ!!”
中堅戦とは違い、両者ともがドッペルゲンガーが近くにいる内に防御魔法を詠唱し始める。だが、詠唱時間や消費魔力は魔法士の才能、能力、練度、そしてコンデシションに依存し、最初の段階でその差が露見する。
「行きなさいドッペル! 蝶のように舞う事は出来なくとも、獣のように駆けるのです!」
最初に動き始めたのはサトラップさんが勝つだろうと予測したキーユのレベッカだ。ドッペルゲンガーは術者の衣装タイプと同期し、その様態を模倣する。つまり、タイプFを纏った術者のドッペルゲンガーよりもタイプNの纏ったドッペルゲンガーの方が鈍足で消費魔力が高くなる一方、防御性能が高くなる。その為、レベッカの放ったドッペルゲンガーは蝶のようには華麗に空を舞う事は出来ず、彼女が指示したように地上を勢いよく走り回る。
「攻撃魔法・冷弾即射」
そして、最初の攻撃魔法もレベッカから放たれる。
彼女が放った絶対零度の氷の塊は弾丸のように回転しながら標的のドッペルゲンガーに直進する。
「もういい! 逃げてっ! ドッペル!」
ミリアは詠唱を中断し、ドッペルゲンガーに回避行動の指示を出した。その結果、彼女のドッペルゲンガーは氷弾の直撃を回避し、温かい空へと浮上した。
「頼んだわよ……」
周囲の気温が急激に低下する中、肌の多くを露出した少女はそう呟くと飛翔する分身に願いを込めた。
「レベッカ・エアシャトル『氷の令嬢』か……」
彼女が放った氷系統の魔法がその二つ名を想起させた。
「そうです。『氷の令嬢』レベッカ・エアシャトル。父は世界大手魔法器量販店『マウントフィールド』社長にして、ジーマ有数の名家スカンディナビア家当主、レオモンド・フォン・スカンディナビア。そして、母は」
「え? スカンディナビア!?」
俺は思わずサトラップさんの話に横槍をぶっ刺した。スカンディナビア家次期当主と俺は学園時代の級友にして、生徒会の仲間だったからだ。そして、あいつは親友である俺に一度たりとも妹の話をしなかった。
「ええ、そうです。彼女は紛う事なくスカンディナビア家の人間です。まぁ、とは言っても隠し子ですけどね」
「はぁ……」
全く予想もしなかった所からスカンディナビア家のドロドロした内部事情が垣間見えた気がした。
「そう言った事情で彼女は母方の姓であるエアシャトルを名乗っているそうですよ。まぁ、貴族のスキャンダルなんてよくある事なのでしょ」
なぜ俺を見てそれを言う。ガランド家は健全だ。そんなドロドロした関係など無いぞ。
「まぁ、とりあえず、宰相閣下は意外と世間の事を知らないという事は分かりました」
(仕方ないでしょ。この立場になるまではずっと城に籠って公務の勉強させられていたんだから)
等と思ったが、口にしても言い訳がましい人間だと思われるだけであると察し、俺は甘んじて彼の責めを受けた。
そして、そんな事を言っている間にも試合は動き、フィールドはさながら“ありのままの氷の女王の城”のように氷結されていた。
「寒い……」
常夏のプールにいそうな格好のミリアは急激な気温低下に震えだし、思う様に詠唱を行う事が出来ないでいた。これこそが氷の令嬢の強さであり、恐ろしさでもあった。
ドッペルゲンガーは回避運動をしなければ相手魔法を回避する事が出来ず、だからと言って回避運動を続けていればフィールド中に凍結を撒き散らす事になる。
この様な戦法は誰にでも出来るわけではなく、自身の寒冷耐性と魔法を連射出来るほどの魔力や才能が必要となる。レベッカ・エアシャトルは稀有にもそれらの全てを具備していた。
「もうそろそろ終いですわ」
フィールドの八割強が氷に覆われ、ミリアのドッペルゲンガーは動きを鈍化させていた。それを抵抗する力を失った獲物と捉え、氷の令嬢は必殺の魔法の詠唱を開始する。
「攻撃魔法・氷結寒波」
空気中の水分が氷結して発生した白い霧がレベッカの周囲に立ち込め、彼女は巨大な杖先を目標に向ける。
「氷漬けにおなりなさい」
レベッカが冷たい笑みと共にそう口にすると、霧を包み込んだ巨大な冷気の球体が大砲のように撃ちだされた。
そしてそれは加速度的に速さを増し、ドッペルゲンガーに直撃すると、その半径数メートルに氷柱を生み出し冷たい衝撃波を放った。
「よし! 上手くいった!! 私はこの時を待っていた!!」
強烈な魔法をその分け身に受けたはずのミリアが状況に反し、寒さを吹き飛ばす勝利を確信した表情でそう叫んだ。
そして、氷の柱に囲まれた場所に立っていたレベッカのドッペルゲンガーを中心に、ミリアのそれが受けたのと同様の氷柱と衝撃波が起きた。
「まさか……」
その光景に氷が解けたように氷の令嬢は表情を崩した。
「転移魔法ですかね」
氷の令嬢が表情を崩しても、俺の隣にいる上半身裸の男はその冷静な表情を崩すことなく、ミリアが使用したと思しき魔法の正体を口にした。
「転移魔法をあのタイミングで起動したというのですか」
転移魔法とは文字通り事物を転移させる魔法であるが、様々な制約や制限があり、猫型ロボットが内蔵するあらゆる場所に移動できるドアのように便利なものでは無い。
基本的に生物は移動させる事が出来ず、また、長い詠唱時間と大きな魔力消費が必然的に付きまとう。更に、体系が複雑であり、基本的なものでも転移系と反射系、性質系に分別される。
転移系は転移魔法の中でもオーソドックスなものであり、物を別の場所に移動させるものだ。それは、身近にある一つのものを特定の場所に関連付け、そこに移動させるもので、一方通行であり、逆の事は出来ない。例えば、アスタロトさんのタレント『空間転移』のように物を出し入れする芸当はいくらその道を極めても不可能である。
また、先に「基本的に生物は移動できない」と記したが、転移系には転送魔法陣という先のものの例外が存在する。これは俺が数か月前に遊園地の廃墟から魔界へ行くために使用したものであるが、これは魔法陣を設置する必要があり、大陸の地下で空間が歪曲している魔界でのみ作用するものだ。
反射系とは読んで字の通り、どこかの学園ナンバーワンの超能力者が行使するように事物の方向性を変換し、返す魔法体系だ。今回の試合で使われたものがこの体系であり、ミリアは最初の防御魔法の後は常にレベッカのドッペルゲンガーに方向性集中の詠唱を行っていたのだ。
蛇足と思われるかもしれないが、一応性質系についても述べておくと、これは物がもつ性質を他の物に与えるものである。その起源は最北の雪国汎ホクト国にあるとされ、古代ホクトのシャーマンは火がもつ熱の性質の一部を他の物に転移させ、安全に寒さを凌いだと言われている。
「さて、面白い展開になってきましたね」
そう。本大会最強と目されたレベッカ・エアシャトルは窮地に陥り、今まさにジャイアントキリングが実現しようとしていた。
「はぁ……はぁ……」
二つの白い霧のドームが勝敗を覆い隠す中、ミリアは転移魔法発動による魔力消耗と寒さによって息を切らし、彼女の口先に白い靄を作っていた。
もはや彼女に試合を続行する力は無く、レベッカのドッペルゲンガーが健在だった場合、残り時間があっても勝利の糸筋は無かった。
“…………”
この時だけは観客席も静まりかえり、それぞれの学校の朋友たちで構成された赤い集団と緑の集団は祈るように霧がはれるのを待っていた。
そして、最初にミリアのドッペルゲンガーを覆っていた霧がはれ、その姿が徐々に姿を見せていく。
“…………ワァー!!”
ドッペルゲンガーは大地にその姿を残し、観客席の赤い集団から歓声が上がる。
「あぁ…… 良かった……」
ミリアも自分の半身が健在である事を確認すると、胸に手を当てて息をつき、安心して膝を地についた。
だが、まだ勝負は分からない。勝敗を決するもう一つの要件である白いベールが未だ剥がされていないのだ。そして今徐々にそれがゆっくりと剥がされていく。
「もう分かっているのでしょう?」
「何がです?」
「勝敗の行方ですよ」
実の所、俺達には勝負の結果が分かっていた。状況から判断してどういう結果になるかという明確なヴィジョンがあったのだ。
「勿論分かっていますよ。凍結の効果時間から判断して、レベッカ・エアシャトルのドッペルゲンガーに転移出来た魔法効果は約半分でしょう。そこから使用している衣装タイプ、付与された防御魔法等の要素を合わせれば自ずと結果は出ます。
いやぁ、惜しかったですね。もう少しタイミングが良ければ勝ち得ていたかもしれないのに」
このサトラップさんの説明が俺の思っていた事を代弁している。つまり、霧がはれた後、俺達はレベッカのドッペルゲンガーが立っている姿を見る事になる。しかも、ミリアのドッペルゲンガーが受けたダメージよりはるかに少ないダメージしか受けていない姿で。
「フフフフ……」
霧がはれ、腕を組み、堂々と立つ自らの半身の姿を見てレベッカは笑う。それに対し、先程まで湧き上がっていた赤い陣営は言葉を失い、ミリアは敗北を確信し腕を突いた。
「一時とはいえ、私に焦りと敗北を予感させるなんて素晴らしいです。素晴らしいですわ。
そんな貴方を強敵と見做し、作法として私の全力をお見せいたします。
空間魔法・絶対零度……」
重い杖を地に立て、レベッカは手負い相手に勝負を決する魔法の詠唱を開始する。そして、詠唱が進行するにつれ、周囲の気温が急激に低下し白い霧を発生させると、季節外れの雪が降り始める。
「空間魔法・絶対零度ですか。氷の令嬢の奥の手ですね」
空間魔法・絶対零度――空間魔法だが、術者の周囲を氷結し、氷河期をもたらす攻撃性の高い魔法。これは空間魔法の中では、決して複雑な方ではないが、制御が極めて難しく、それを誤れば自分だけが氷河の世界に閉じ込められるか、或いは、意図せぬ範囲まで氷に閉ざすことになる。
「もし術者に魔法による危害を加えたら反則。この魔法にはそのリスクが付いてまわります。手負い相手にこの魔法を使用するのはコントロールする自信があり、相手をそれに見合う強者と認めたという事なのでしょう」
なるほど、サトラップさんの説明が正しいのであれば、高潔なのか冷徹なのか分からないが、レベッカ・エアシャトルは圧倒的力を示して勝利を得ようとしているようだ。
「ミリア・ジンエア。その名前は憶えておきましょう」
そして勝負は一瞬で決した。ミリアのドッペルゲンガーは氷像のように凍結し、そして、それに雪が触れると粉雪のように散り、空気と同化した。
「少しも寒くないわ」
その台詞の後、レベッカは勝者として、両手を地に付いて伏せるミリアの元に向かうと彼女に手を差し伸べた。
その瞬間大きな歓声がスタジアムに轟き、中学魔法士競技大会決勝。私立キーユ魔法科大学付属中学校と聖キトリア女学校中等部の試合は私立キーユ魔法科大学付属中学校の勝利でその全てを終えた。
“中学魔法士競技大会決勝大将戦。勝者。私立キーユ魔法科大学付属中学校レベッカ・エアシャトル”
想像の数十倍白熱した試合に俺は立ち上がり、ここに集った魔法士諸君に賛美の拍手を送った。朝食をとりにレストランに行き、軽食のつもりでシェフのおすすめでって注文したらボリューミーなステーキと濃厚なワインが出てきた感じだ。
それに加え、俺の隣にサトラップさんがいた事も俺にそうさせた大きな要因だったのは言うまでもない。
「さて、衣類も回復しましたし、私はこれで失礼します。マレーシャ様にも閣下の事をお伝えしておきますので」
どうやら試合中に衣類が生成されたようで、サトラップさんは椅子から腰を上げると、俺にそう告げた。
…
「…サトラップさん。まだ、時間はありますか?」
立ち去ろうとするサトラップさんの後姿に俺は声をかけ、その声が届くと、彼はその足を止めて振り向いた。
「ええ。マレーシャ様から命令が無い限り私は暇ですよ」
表情は相変わらずだが、声は少し上向いている。きっと何かを期待しているのだろう。無論、俺はその期待に応えるつもりだ。
「もしよろしかったら高校魔法士競技大会の方も見ていきませんか?」
「いいのですか? 先ほど私を帰そうとしたのに」
「ええ。一人は寂しいですしね」
これが本音だ。別に彼の心情や、迷惑をかけた償いだ等とはこれっぽちも思っていない。ただ、彼と一緒に試合が見るのが楽しいだけ。これは俺の我儘だ。
「…………変わった人ですね」
それだけを口にすると、サトラップさんはUターンして自分が温めた椅子に腰を下ろすと、ガラスの先に見える表彰式の様子を映したモニターに、作られたものとは思えない生き生きした瞳を向けた。そして、俺は微かに彼の口角が上がったのを目にし、自分の口周りも思わず緩んだ。
「ああ、そうだ。夕食はいりますか? ツカイマに食事が必要か分からないので……」
「使い魔も食べ物を口にします。ただ、それは生存の為では無くて、ストレスの解消や気分転換を目的にしたものです」
「そうですか。それなら決まりですね。
いや、でもどうしよう。二人分頼む事に関しては空腹でとか言えばいいけど、ここに持ってきてもらうのはサトラップさんがいるからなぁ…… 彼魔法を使えないと言っていたし、自分で行くか」
俺は部屋に備え付けられた受話器を手にし、少し悩んだ後、食事を自分で取りに行く事を決めた。
「マレードさん。この部屋に運んで頂いて構いませんよ。私には秘策がありますので」
しかし、その決定はサトラップさんの言葉によって止められた。俺は彼の言う“秘策”を信頼し、受話器の先にいるコンシェルジュに食事の依頼をした。勿論二人分。飲み物も二つ同時に楽しみたいと嘯きグラスを二つお願いした。
そして優勝校である私立キーユ魔法科大学付属中学校の校歌が終わると、その熱気の余韻を残したまま、30分のインターバルに突入した。
「高校生大会ですか。私は予選を見ていないので分からないですが、どこが決勝まで進んだのでしょう」
サトラップさんがボソッとそう呟いたので、俺は予め受け取っていたプログラムを彼に手渡した。
「マーバス学園と西イセサですか。伝統校と新興校の戦いですね……」
プログラムには高校の名前しか書いておらず、どの選手がどの順番で出場するかは書かれていない。これは試合の直前に初めてモニターによって公示されるのだ。
「マーバスという事は……いえ、何でもないです」
「別に俺に配慮する必要はないですよ。知識の浅い俺でも分かっているのですから」
サトラップさんが言葉を濁している理由は俺にも分かる。十中八九愛する妹の事だろう。
「……マレードさんの妹君、マリナ・フォン・ガランドは極めて才能に富んだ選手ですが、戦闘スタイルが、その、なんというか」
「暴力的で無鉄砲。しかも試合を冒涜しているかのようにガサツで適当。人呼んで『火のついた火薬庫』……妹の異名くらいは知っていますよ」
「……ええ。その異名は正しく彼女を形容しています。ただ、それが彼女の人気に繋がってもいるのですよね」
火のついた火薬庫。その戦闘スタイルは防御も何も考えずに頭に浮かんだ魔法を爆発的に放つだけ。それが我が妹マリナだ。だが、彼女が適当なのには理由がある。我が妹はサトラップさんと真逆に、豊かな才能を持っている癖に魔法に対する興味が一切なく、この試合にもいやいや出させられているのだ。というか、そもそも魔法サークルにも騙されて入部させられたと本人が愚痴を言っていたし。
“コン コン コン”
「ガランド宰相閣下。お食事をお持ちしました」
妹話を終えた所で待ちに待った食事が運ばれてきた。
「はい」
俺は返事をすると、横目でサトラップさんを視界に入れた。すると彼は左手の親指と人差し指で輪を作り「大丈夫だ。問題ない」のサインを送った。
「そんな状態で大丈夫か」と思ったが、俺は彼を信じ、スタッフに部屋に入るよう要請した。
「失礼します」
スーツを着た女性が食事の乗ったワゴンを運び込み、こちらに向かって一礼した。
「ありがとう」
おれは彼女にそう言葉をかけると、再度横目でサトラップさんの方に視線を向けた。
(あれ?)
だが、彼の姿は見えない。それなりに大きな男だ。ろくに家具の無いこのVIPルームの中、そう簡単に姿を隠せるものでは無い。
「御夕食はウィカホ羊のラム肉のソテー。ジーマキャベツとコーンのサラダ。帝都ホテルの白パン。そして蒟蒻ゼリーとなっております。そして……」
スタッフの女性が料理の説明をしてくれているが俺の耳には殆ど入っていない。聴力より視力に意識を集中させ、不審に思われぬよう席を立たずに視線を動かしながらサトラップさんを探しているのだ。
「では、ごゆっくり下さい」
「あ、ありがとう」
サトラップさんを探している間に女性はワゴンの料理二人分を部屋中央にあるテーブルに乗せ換える作業を終えていた。そしてそのまま一礼と共に彼女は部屋を後にした。
「サトラップさーん? どこにいますかー?」
彼女が部屋から出て数秒の後、俺は立ち上がると部屋を回って姿を消したサトラップさんを探した。
「マレードさんここですよ」
その声にふと振り返ると、彼は消えた事が嘘のように悠然と特等席に座っていた。
「ふぇ? 一体どうやって?」
まるで手品を見せられた気分だ。これが彼の言っていた秘策というやつなのか。
「鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔ですね。
いいでしょう。タネをお見せします。どうぞこちらへ」
秘策がいかなるものか見せてくれるそうなので、俺は喜んでその誘いに乗る事にする。もしもの時自分も使えるかもしれないし、あわよくばその手品を会得させてもらおう。
俺は椅子に座る彼の元に近寄ると、タネのありかを見逃さぬように瞬きを堪えて凝視した。
「いいですか。見ていて下さいよ」
「ゴクリ……」
掌を胸に置く不可解な動作をするサトラップさんの様子に、俺は喉を鳴らし、目を見開いた。
そして、次の瞬間。サトラップさんは突然“フッ”と姿を消し俺の視界から消えた。
「っ!」
(俺の目をしても見えなかった。彼には魔法が使えないんじゃなかったのか? これはまるで自分の身体を透過させる魔法じゃないか)
等と思ったが、椅子の上に目を向けると、あっさりとタネの正体が目に入った。
「シキガミ……」
小さな人型の紙きれ。それが椅子の上にちょこんと置いてあるのが目に入ると、彼の秘策の正体が何なのか誰でも分かる。
「そう。その通りですマレードさん。使い魔はこの様に式神にその体を収納する事が出来るのです」
種明かしの後、人の形を取り戻すとサトラップさんはそう告げた。
「式神の状態だと余計な魔力を消費しないで済むので、私は休む時にはあのようにするのです。まぁ、私はあの状態で誘拐されて酷い目に合ったのですけどね」
心に鋭い何かが刺さった気がするが、もはや何ともない。しかし、残念だ。これはツカイマだけが使える特殊な能力で俺には使えない。タネを教えてもらったところで役には立たない。
「では、その話はここまでにして食事にしましょう。私には分からない感覚ですが、空腹というやつなのでしょう?」
「そうですね。冷めてしまっては料理に申し訳が無い。頂くとしましょう」
俺たちは料理の香るテーブル席に移動すると、ナプキンを取って席についた。そして、ジーマの恵みに感謝し、目の前のごちそうにナイフをつけた。




