2 宰相の休日 Ⅰ
「わー!! 何でもできる君様だぁ」
「キャー 何でもできる君様こっち向いて!!」
グランディア大陸魅力のある国ランキング順位46位から44位への上昇、それを祝うパレードの最中、桃色の歓声がこだました。そして、手を振りながら応える『何でもできる君』様。いよいよ歓声は頂点に達し、「何でもできる君様」コールが帝都に響き渡った。
…………
「なーにが『何でもできる君』だぁ。もっとまともな名前つけられないのかよ!
…………って、前にもこんなことなかったか?」
イタリアのガンマンマフィアが発狂しそうなほど《4》という数字が溢れる街を執務室から見下ろして何でもできる君はそう口にした。
だが、そう言いながらも、彼の口元は綻んでおり、満足と歓喜に震えていた。
「今日くらいは……いや、今年くらいは何でもできる君でいいかな」
彼のこの心境の故は件のランキングもあるが、それと共に皇帝より月見の月上旬までの休暇を賜った事が大きい。
「それでは何でもできる君閣下。私も何でもできる君閣下に合わせて有給休暇を取りたいと存じます。よろしいですよね? 何でもできる君閣下。頼みますよ何でもできる君閣下」
口は災いの元。余計な事は言うものでは無い。雇い主に二つ名の使用許可をうけた特別秘書アンナは、彼の二つ名を惜しげもなく四回並べた。
「本当に容赦ないなぁ君は…… そんな言い方されたら休暇あげたくなくなっちゃうじゃないか……」
やはり不快なものは不快と言う事には変わらない。感激や高揚とは存外すぐに消えるものであるが、不快とは得てして継続し、精神を蝕むものだ。実際未だにこの二つ名は俺の精神にスリップダメージを与え続けている。
「別にいいんですよ。休暇を頂けないのでしたら、何でもできる君閣下のスケジュール通りに、何でもできる君閣下のお傍についていってもいいんですよ。何でもできる君閣下の妹さんの…… ふふふ、いいんですかぁ? 何でもできる君閣下?」
「グヌヌ…… 君には出来ればここで仕事をして欲しかったのだが……」
アンナ君の指摘は俺を畏怖させるに足りた。たぶん彼女は単純に兄妹の間に水を差す意図でこのような事を言ったのだろうが、問題はそこではない。彼女は知らないのだ。我が愛する妹マリナが異様なレベルのフィーナ姫信奉者だという事を。もし、俺が女性を連れているのを見たら何を言われるか…… まぁ、そこが可愛いんだけどね。
「私にできる事なんてたかが知れていますよ。それは何でもできる君閣下が一番ご存知でしょう?」
「ん? いやでも、最近君すごく有能だったよ。その調子でやれば楽勝でしょ。秘書レベルもだいぶ上がったんじゃない?」
俺は彼女の能力を信頼していた。そう、彼女がしっかりとやっている時の能力を……
「うーん。申し訳ないですけど、私の秘書レベルまだ2なんです……」
アンナはそう言いながら、全く申し訳なさそうなそぶりを見せず、堂々と、名刺を右手人差し指と薬指に挟んでこちらに差し出した。
『ぐうたら秘書』サラ・アンナ
ジーマ帝国 宰相秘書Lv2 性別:女
TEL 37564-18782-54A
アンナ君は成長していない。この紙に記された絶対の数字はそれを示していた。だが、彼女の本気の時の能力はこの数字と明らかに乖離しており、また、一つ不可思議な点がある。
通常、学業修了時に得た学業レベルは最初に手にした職に引き継がれる。そして、学業を修了するには一定のレベルに達していないといけない訳であるが、アンナ君が持つ秘書レベルはその基準に達していない。つまり、彼女は秘書になる前に一瞬でも他の職に就いていた事になる。
だが、彼女のプロフィールにはその様な経歴は無く、彼女を採用するに際して雇った探偵の報告書にも一切それについては記されていなかった。
「……という事で、私はお暇を頂きたいと存じます」
「分かった。休暇を与えよう……」
俺は彼女の要求をのむことにした。どの道、国外にバカンスに行くわけでもなく、何かあれば俺は直ぐに仕事をする事が出来るし、ペシェにジレットさんを会わせた時の様に彼女に全てを任せる必要はないと判断したのだ。
「ありがたき幸せ」
アンナは拳を振り上げて喜びを示した。マレードはその様子を見て溜息をつくと、彼女がいる間に今月最後の仕事に取り掛かかった。
(アンナ君は何かを隠している。だが、それは、その事が害となったり、彼女が話すべきと判断した時に知ればいい。――俺も意外と甘いな。いや、不用心と言うべきか)
29の日。マーバス国立国際スタジアム。
この日、この地で『高校魔法士競技大会』および、『中学魔法士競技大会』決勝戦女子の部が執り行われる。
魔法士競技は世界的に行われている伝統的かつ人気の競技で、この大会で優秀な成績を修めた選手達や学校には大きな名誉が与えられる。
(まぁ、かくいう俺も母校を優勝に導いていてね)
スタジアムの観客席に設けられたガラス張りのVIP専用ルーム。俺は一人その部屋にてガラス越しに競技フィールドを見つめていた。
本来であれば、文化省大臣などと一緒に通常席で妹の活躍を観たかったのだが、『44』の事もあり、歓喜に極まった観客の群れが押し寄せてくる可能性があるとかどうとかで、王族、及び国賓用のこの場所に俺の身体は移されたわけだ。『44』に関しては俺だけの功績では無いと思うが、授賞式にあの場所に立ったというのは、それだけで人々の感情の矛先になるという事なのだ。
因みにどうしてこのようなVIPルームがあるかと言うと、このスタジアムでは競技を執り行う為、魔法封じの結界が一時的に解除される。競技フィールドでは勿論魔法が飛び交うのだが、観客席にもその魔法が直撃しないように、魔術師によって魔法障壁が張られており観客席においても魔法が使用できる。つまり、ここは観客席からの対魔法テロ用の部屋なのであるが、実際の所、このようなガラスでは魔法は防げない。
それと、オーティマ宮で第二皇女の武技に使われた空間魔法・黄昏の地を使えばいいと思うかもしれないが、あれは結界外部から中を見る事が出来ず、高価範囲も狭いためこのような大規模な競技には向かない。
(魔法か……)
魔法について考えながら、俺は懐に入れてきた人型の紙を取り出し、それをまじまじと見つめた。
(天に浮かぶ神の城。そこにあった一枚の不思議な紙切れ)
それは俺が神と名乗る少女と出会った事を証明するたった一つの物的証。俺は何かに導かれる様にこの紙を懐に入れていた。
俺にはこの紙がただの紙とは思えない。人の姿を模したそれに何か恐ろしいモノを感じるのだ。
“本日はマーバス国立国際スタジアムにおいで頂き誠にありがとうございます”
開会が迫る合図を聞いたマレードはその紙を誰もいない傍らの革椅子に乗せ、コーヒーを飲みながらスタジアムの巨大モニターに目線を移した。
“開会に際して注意事項を申し上げます。関係者以外の魔法の使用は刑法で禁止されております。また、危険物の持ち込みや――”
注意事項のアナウンスと同時に、モニターに本日の対戦カードが表示される。今日の試合は高校魔法士競技大会と中学魔法士競技大会の二本立てだ。前半に中学魔法競技、後半に高校魔法競技の決勝が行われ、その間に30分の休憩時間が設けられている。また、男子は先日決勝戦が行われ、今日は女子の部が行われる。
無論俺のメインディッシュは後半の高校魔法士競技大会の方だ。お兄ちゃんが見ているからね。
中学魔法士競技大会
私立キーユ魔法科大学付属中学校 × 聖キトリア女学校中等部
【先鋒】リアラ・ブエリング(14) × ブリナ・インドゴ(15)
【中堅】マルタ・ライアンエ(15) × ルリア・シュンジュー(15)
【大将】レベッカ・エアシャトル(15) × ミリア・ジンエア(15)
対戦カードが表示されたモニターから分かるように、競技大会は学校対学校で、それぞれ三人の選手が一対一でぶつかる。そして、最初に2ポイント以上取った学校が勝利するという流れだ。
“私立キーユ魔法科大学付属中学校、聖キトリア女学校中等部の選手が入場されます!!”
会場に設置されたスピーカーからアナウンスが流れると、会場中央に存在する楕円形の競技フィールドに一校につき五人の制服を着た女子中学生と顧問、及びコーチの姿が現れ、モニターにも彼女たちの凛々しい顔がアップで映った。
女子中学生の内三人は先にモニターで表示されていた選手で、残りの二人は有事の為の補欠選手である。
そして、フィールドの中央で両校が並ぶと、フェアで気持ちのいい競技になるようにとの願いを込めて両校選手が握手を交わした。
“試合開始は午の時になります。それまではどうぞ各校のプロフィール映像をご覧になりながらお待ちください”
試合開始十五分前。アナウンスでは述べていなかったが、ここで魔法封じの結界が解除される。それと同時に観客席最前部に配置された数十人の結界魔術師が魔法障壁を詠唱しフィールドを囲う様にそれを展開し始めた。
プロの生み出した魔法障壁は人の目に映らない程透過性が高く、俺の目をもってしてもそこに障壁があるとは分からない。流石である。
「君も一緒に観戦しようね」
疲れていたのだろうか、それとも広いVIPルームに一人しかいない孤独に耐えかねたのか、俺は、傍の椅子に置いた紙人形に声をかけ、座らせるように縦にした。
そして、俺はこの15分をこの何とも言えないカオスな状況で、紙人形と共に試合が始まるのを待った。
“中学魔法士競技大会女子の部、決勝戦!!
私立キーユ魔法科大学付属中学校【先鋒】リアラ・ブエリング 対 聖キトリア女学校中等部【先鋒】ブリナ・インドゴの試合を始めます!!“
15分の準備時間を終え、ついに最初の試合が開始されるアナウンスがスタジアム内を駆け巡ると、声援と拍手の雨の中、競技用衣装に身を纏った二人の少女がフィールドに現れた。
競技用衣装は大まかに軽量高速戦用の【タイプF】と重火力戦用の【タイプN】の二種類が存在し、魔法士は自分のスタイルに合わせてどちらかを選択し、身に纏う。
今回の試合では両者とも【タイプF】を選択し、独特の競泳水着の様なレオタードに跳躍用ブーツ、金属の触媒杖を装備している。因みに妹には【タイプF】は露出が多いから【タイプN】を選択するように俺は言い聞かせている。
“両者セッティング…… ドッペルゲンガー召喚”
競技のルールを説明しよう。
まず、準備として、選手はフィールドの両端にあるセッティングスペースでドッペルゲンガーと呼ばれる分身を召喚する。この分身はオリジナルと全く同じではなく、灰いろにくすんでおり、一目で偽物だと分かる。
この準備を経て試合に入るわけだが、選手は魔法を相手選手に当ててはならず、必ずドッペルゲンガーに当てなければならない。そして、選手は攻撃と同時にドッペルゲンガーを守る防衛魔法を張らなくてはいけなくなり、この攻守の配分ややり方が戦術となってこの競技を深いものにしているのだ。
そして、一方のドッペルゲンガーの耐久力が限界にきて消えるか、制限時間である30分が経過するまで魔法の応酬や攻防は続き、前者ならドッペルゲンガーを撃破した者、後者ならドッペルゲンガーのダメージ蓄積値が低かったものが勝者となる。
それ以外に禁止魔法の使用や、わざと相手魔法に当たりに行く【バッドブロッキング】、魔法を撃たず、回避ばかりする遅延行為【フローティング】などの反則行為などで勝負が決する事もある。
“レディー…… テイクオフ!!”
“テイクオフ”というアナウンスと同時に二人の選手とそのドッペルゲンガーが勢いよく宙に飛び立ち、お互い接敵される前にドッペルゲンガーに防御魔法を展開し始めた。
「支援魔法・女神の盾!! 支援魔法・属性障壁!!」
私立キーユ魔法科大学付属中学校の唯一の14歳選手リアラがドッペルゲンガーと並走しながら自らのドッペルゲンガーに更なる防御魔法をかける。
「タイプFを選択した割にえらく慎重だな!!」
だが、彼女が魔法をかけている最中に聖キトリア女学校中等部のブリナが彼女のドッペルゲンガーに接近戦を開始した。
「ドッペル行って!!」
リアラがドッペルゲンガーにブリナから離れるように指示を出し、全身を灰色に染めた無表情の少女の形をした分身は頷くと、身体を捻らせて高速でブリナから離れた。
「くっ、速い……」
だが、リアラが防御魔法をドッペルゲンガーに付与していた間にブリナは自らに速度上昇魔法を付与しており、素早く動くリアラのドッペルゲンガーに執拗に、そして着実に接近していく。
「もうそろそろいいか。 攻撃魔法・閃光!!」
ドッペルゲンガーを捕らえたブリナは攻撃魔法を詠唱すると、無数の光弾が彼女の杖先からドッペルゲンガーに向けて射出される。
そして放たれた光弾がドッペルゲンガーに接触し、豪快な破裂音と共に爆発する。
「ちっ、仕留め損ねたか」
だが、ドッペルゲンガーに付与された防御魔法は厚く、高速で動いていた事で全弾直撃を免れていた事も手伝って、さほどのダメージは受けていなかった。
そして時を同じくして、リアラもブリナのドッペルゲンガーに接敵していた。
「攻撃魔法・炎弾!! いっけえー」
小柄な少女が放った炎の玉はドッペルゲンガーを照準に捉えていたが、すんでのところで回避され、目標を見失って彷徨った火球はフラフラと蛇行した後爆発した。
「くっ、早く何とかしないと! このままだと私のドッペルがもたない……」
15分程が経過しても、勝負は決せず、両者が相手のドッペルゲンガーを追う展開は続いていた。
――――
「…………地味だな」
涼しいVIPルームで評論家様と化したマレードが顎に手を当てながら呟いた。
リアラの戦略は自分のドッペルゲンガーを強化しつつ持ち前の速度強化いらずの素早さで相手ドッペルゲンガーに接近し、強襲をかける事だったが、相手ドッペルゲンガーの基本性能を過小評価し、有効打につなげられず。対してブリナも火力の高い魔法を駆使するが、相手ドッペルゲンガーの防御魔法と速度でその威力が減殺され、ダメージの蓄積はあるが、削りきるに至っていない。
「ねー、君もそう思うよね?」
程度の低い評論家様の意見を聞く者などVIPルームにはおらず、彼は横に座らせた紙の人形の頭を撫でながら言葉をかけた。
“ぱわわわわっ”
すると、何という事でしょう。紙の人形はまるでマレードの愛情を感じ取ったかのように突然光を放ち、宙に浮くではありませんか。
「いったいこれは……」
そして、紙は椅子の直上で独楽のようにくるくると回転すると、それが人の姿となってこの世界に顕現した。
それはまるで天使や女神が舞い降りた様な。あるいは、大切にしていた動物が恩返しのために人の姿を取った様な、ミラクルで何かが始まりそうな現象だった。
――――――――
――――
――
だが、そこに現れたのは、女神でも天使でも、はたまた、恩返しに来た獣人少女でもなく、全裸でメタボ気味の中年おっさんだった……
「へ、へ…… 変態だーー!!」
その光景にマレードは最も適した言葉を発し、思わず立ち上がった。
「…………酷いですな。ガランドさん。もとはと言えば貴方がこの結果を招いたんですよ? こっちはみぐるみを剥がされて、身体を拘束された上、監禁されていたようなものなんですから」
全裸の男は椅子に座りそう言った後、溜息をついて頭を抱えた。そして、マレードは冷静になると、この男の顔と声がかつて自分を神の居城に誘った運転手の男だという事を思い出した。
「ん? あなたあの時の運転手さん?
ってか、監禁拘束って! 俺にそんな趣味ありませんよ!!!」
酷い話だ。俺には彼の言っている事に全く覚えが無く、勿論言葉にした通り、俺にそんな趣味は無い。これはカーチェさんの領分だ。
「……ふぅ。マレードさん。貴方あの城から式神を持ち帰りませんでしたか?」
「シキガミ? 何ですかそれ?」
シキガミという言葉は天才の俺も知らない。床に敷く紙の事だろうか? いや、そんなん敷いたら破れちゃうか。
「そうでしたね。下界にはこの魔術体系は存在していませんでしたね。
えっとですね。このくらいの大きさの紙で、こんな人の様な形をしている物です。この椅子の上に置いたのでしょう?」
正直、決して引き締まっているとは言えない全裸の男の躰を見るのは気分が良いものでは無いが、彼が指先でシキガミの形を表現しているので、仕方なく薄い目でそれを見つめた。何が悲しくて少女達が戦う凛々しい姿ではなく、中年男の裸体を見なければならないのか。
「…………あ」
「どうやら覚えがあったようですね。そうです。それが式神です」
覚えも何も今さっきまで可愛がっていた人の形をした紙切れだ。あれから全裸のおっさんが出現した事を信じたくないという気持ちが、その存在を忘却させていたのだ。
「という事は、あの、その…… 紙に宿った妖精さんですか? それとも天使ですか? うっ」
「その表現はあながち間違いではないですね」
妖精と言って連想するのはオーラロードが開かれた先にいる羽根の映えた小さな少女や飛行能力を付与する黄金の粉を撒き散らしながら飛ぶ嫉妬深い少女などだ。このような男ではない。という事は、天使…… 天使と言えば、不幸な少年と犬を無情にも天に連れ去ったアレだが、どうやら、天使の世界は少子高齢化が進行しているらしい。
「ですが、私たちは魔法体系上では使い魔と呼ばれています」
「ツカイマ?」
まただ。この全裸男は俺の知らない言葉を口にする。
「はぁ~。いいですよ。教えて差し上げましょう」
(この天才たる俺が教えを受けるだと……)
俺は悔しさに震えた。だが、知的好奇心がそれを上回り、男の話を隣の席で静かに聞くことにした。
「使い魔とは術者によって形成された仮想人格の事です。そして、それを維持させるための器が貴方が不用意に持ち帰った式神なのです」
彼が口にしているのは俺が全く知らない魔法。彼が先に言った「下界には存在しない」というのは事実なのだろう。
「使い魔は魔力素の供給が無ければ姿を保つ事ができませんし力も発揮できない。ただ、式神の中で魔力素が供給されるのを待つしかないのです」
なるほど。彼が言っていた「みぐるみを剥がされて、身体を拘束された上、監禁されていたようなもの」というのはシキガミの姿で動けずにいたという事を意味していたようだ。
「この場所は魔法封じの結界が無いので、濃い魔力素を存分に得る事が出来ました。お陰でこの様に人の形を回復できたわけですね」
街中では魔法封じの結界が張られ、魔法を行使できない事が彼をシキガミのままにしていた。つまり、シキガミに魔力素を供給する行為も魔法である為、ツカイマは定期的に魔法封じの結界の外に行く必要があったという事で、俺はその機会を奪っていたという事になる。
「なんかすみませんね。えっと……」
「扉前で眠ってしまった私に責任が無いわけではありませんので、気にする事はありませんよ。それと使い魔には名前はありません。どうぞお好きにお呼びください」
いきなりそう言われると中々に悩む。名前というのは相手の運命を縛る呪いであり、その命を加護する祝福でもある。これに近い事を第二皇女も仰っておられたな。
「よし、決めました。貴方の名前は、その出で立ち姿を表し、誰もがその名が貴方である事を認めるであろうその名はズバリ……“ゼンラマン”!! この名を凌ぐ名は他に無し!」
圧倒的想像力に裏打ちされたその名にゼンラマンさんは一時言葉も出なかった。そして数秒の沈黙の後、やっとゼンラマンさんは言葉を漏らした。
「…………古代の帝国で『国土の守護者』を意味する言葉“サトラップ”。サトラップとお呼びください」
「ゼンラマンさん……」
「サトラップです。以後よろしくお願いします。何でもできる君宰相閣下」
俺が心を込めて名付けた名はゼンラマン――サトラップの強烈な圧によって否定された。きっとこの名で呼んでも彼は答えてくれないだろう。
「うぅ…… そうですよね。ゼンラマンさんって言いにくいですもんね」
残念がりながらマレードがそう呟くと、ガラスの向こうから大きな歓声と拍手の爆音がガラスを揺らした。
「あーあ。終わっちゃったかー。後半全然見てないよー」
外を見ると、既に勝負はついており、聖キトリア女学校のブリナが両手を上げていた。どうやら判定によって彼女が勝利したらしい。
「判定か。あのまま追いかけっこしていたのかな」
少し残念だが仕方ない。さっきまで俺は予期せぬ出来事に遭遇していたのだから。
「そう言えば、サトラップさん。さっき術者によって形成された仮想人格って仰っていましたけど、それってのじゃロリの事ですか?」
サトラップさんの話が正しいのなら彼は作られたものという事になる。このような事を可能とする魔法体系は驚異的だ。どれほどの魔力素を消費し、どれほど複雑な術構成を読み解かなくてはいけないのか。
「のじゃ? あぁ、マレーシャ様の事ですか。そうです。このような事が出来るのはあのお方位でしょうしね」
本来聞くまでもない事だ。彼が俺をあの城に導いたのだから、あの神様と無関係なはずがない。
「それじゃあ。貴方に頼んだら彼女に会えるのですか?」
恥ずかしい限りだが、俺はヌンティウス・デイの事についてあの神様の助けが喉から手が出るほど欲しい。会えるのならすぐにでも会いたい位だ。
「うーむ…… 掛け合ってはみますが、マレーシャ様はお忙しい方なのであまり期待しないで下さいね」
「……そうですか。 わかりました。伝えてくれるだけでもありがたいです」
急な願いだ。すぐに対応してくれるなんて思うのは我儘だろう。それに、妹の試合が控えている今呼ばれるのも辛いしな。
俺は一息つき、ゆっくりと席につくと、ガラスの先に見える少女たちに視線を向けた。
そこには既に二試合目の選手が配置につき、ドッペルゲンガーを召喚している最中で、今まさに試合の幕が上がる所であった。
「今度はタイプN同士の戦いか」
第二試合は第一試合とうって変わり、両者が重火力のタイプNの衣装を選択していた。THE魔法少女と言わんばかりのフワッとした重層スカートが魔力を増幅させ、砲身の如き触媒杖から強力な魔法を放つ。だが、空気抵抗の大きいひらひらした衣装は敏捷性、機動性を極端に低下させ、宙を舞うのにも大きな魔力を消費する。それがタイプNだ。
「攻撃魔法・火炎旋風!」
キーユ大付属中学の学校カラーである淡いグリーンの衣装をたなびかせ、当校の二番手であるマルタが先手を取って魔法による長距離攻撃を開始した。
攻撃魔法・火炎旋風は魔法大学などの専門機関で習熟する高等魔法で、中学生の少女から放たれた地面と平行に直進する炎の渦巻きは観客の感嘆と拍手を呼んだ。
「あのJCなかなかやりますね。大したものだ」
そう評したのは俺の隣で戦いを見守る全裸の男サトラップさんだ。正直その姿でJCとか発言されると他意が無いと分かっていても引いてしまう。
「……あ、はい。そうですね。将来が楽しみですね」
何か言葉を返さないと可哀想な感じがしたから、俺は彼の姿を直視しないようにしながら適当に返した。
フィールドの方は炎の旋風が直撃した場所に巨大な黒煙と火の柱が発生し、マルタは腕を組んでそれらが消え去るのを待っていた。そこに相手ドッペルゲンガーが宇宙の生態兵器の自爆攻撃で戦闘不能になった無茶な男の様な状態になっていれば、彼女の勝利は最初の一撃で決した事になる。
――しかし、彼女の勝利は決しなかった。
無傷とは言わないまでも、聖キトリアのルリアのドッペルゲンガーは二つの足で焦げた大地の上に立っていた。
「流石『キトリアの赤き盾』ですね。彼女は攻撃魔法・火炎旋風が直撃する前に複数の防御魔法をかけていたようです」
隣席のやけに詳しい中年男性が試合の状況に対し、的確な説明を加えた。
「キーユのマルタ・ライアンエは先鋒が敗北している事で焦ったのでしょう。だからこそ、ルリア・シュンジューの防衛能力を知っていながら何の対策もせず魔法を発射したのでしょう。いや、防御魔法が張られる前に撃滅できる自信があったというの方が正しいか」
俺に対してなのか、それとも、目前の空気に対してなのか分からないが、サトラップさんは饒舌になって試合の内容を解説し始めた。そして、それは尚続く……
「だけど、ルリア・シュンジューにとってこれは厳しい展開ですね。撃破までは至らなかったが、彼女のドッペルゲンガーのダメージは深刻です。いくら防御魔法を張っても、ジリ貧でしょう。彼女もそれを分かっているはずなので、きっと攻撃に打って出るはず。
はぁ、全く。これほどの選手がいたとは。マルタ・ライアンエの名は覚えておかなくてはいけませんね。もし、誰かさんが式神を持ち去っていなければ予選で彼女の事が分かっていたのに。はぁ~ 残念でなりませんね」
「グググ……」
どうやら彼は空気に対してではなく、俺に話しかけていたようだ。
「ところでサトラップさん。いつまでこちらにおられるおつもりでしょうか? 神様も心配していると思いますよ?」
気まずい空気が構成され、俺はやんわりと彼にご帰宅願った。
「私にこの格好で外に出ろと言うおつもりですか? 天空城に戻るには特定のスポットに行かなくてはいけないのですよ。
衣類の構築にはまだ時間が掛かります。具体的には一時間から二時間ほどですね。それまではここにいさせて頂きましょう」
よく見るとサトラップさんの足元には先ほどまでなかった白い靴下と革靴が形成されている。徐々に衣類が作られていく仕組みの様だ。せめて胴体部分の衣類から形成されて欲しかった。
「自分でお蒔きになられた種です。甘んじて受けて下さい。それに、お一人なのは寂しかったのでしょう?」
「ぐぬぬ……」
そう言われると返す言葉もない。俺の負けだ。彼の服が構築されるまでの間、俺は彼と空間を共にするほかないし、ここでは彼の解説を楽しむことにしよう。
試合の方はサトラップさんの予測した通り、聖キトリアのルリアは崩壊した防御魔法を張りなおすことなく、相手が攻撃魔法・火炎旋風の二射目を撃たせぬよう攻撃を開始した。
「攻撃魔法・閃光雨!!」
ルリアが魔法を詠唱すると身体から杖先に光が集中し、そして、天高くレーザーの如き光の線が放たれた。その光の線はフィールド中間を超えたあたりで曲線的に下降した後、分裂し、数多の光の雨になってマルタのドッペルゲンガーに襲い掛かった。
「はっ!……」
渾身の高等攻撃魔法を受けてなお、立ち続ける相手ドッペルゲンガーの姿に唖然としていたマルタは、天から降り注ぐ光の矢に思わず目を瞑った。
「くっ……支援魔法・女神の盾」
地に降り注ぐ閃光によって生じた轟音と土煙、そして衝撃波に五感を奪われながらも、マルタは自分のドッペルゲンガーの位置を予測し、簡易で詠唱の短い防御魔法を唱えた。
「行けドッペル! 雷雨を潜り、日の当たる大地に!」
防御魔法が機能した事を確認すると、マルタは姿の見えぬドッペルゲンガーに叫びに近い指示を送り、それに呼応するように煙から彼女の似姿が飛び出した。
「これは勝負が決しましたね。ドッペルゲンガーがマルタ・ライアンエを離れると、ルール上目晦ましで魔法妨害は難しくなり、攻撃魔法・火炎旋風の魔力供給と詠唱を許してしまう。しかも、彼女のドッペルゲンガーには付け焼刃ですが防御魔法が張られている」
全裸の男の口からまたも的確な解説が放たれた。ただ、俺は「なるほど」と思うしかなく、彼が口を開くたびに知識の差を感じざるを得なかった。ここに来て評論家風をふかしていた自分が恥ずかしい。
俺もかつては選手としてこの地で汗を流した。だが、あの時と違って、今の魔法士競技は技術的にも戦術的にもより高度なものに進化している。魔法をただ撃ち合い、その強弱が勝負を決した時代はもう過去の様だ。俺も勉強不足だな。
「サトラップさん。魔法についてお詳しいのですね」
俺は自分の魔法士競技に関する知識の部屋が空室な事を少し恥じ、豪華な部屋を持つサトラップさんに俺はそう口にした。だが、その言葉は彼の横顔を俯かせた。
「使い魔というのは原初にして虚無なのですよ。人工人格と言ってもそれは空の器。人間でもなければ動物でもなく、ただ命令に従い、実行するだけの機械なのです。
ですが、我々にも人と同じように知識を欲し、探求する指向性があります。たしかそれをあなた方は好奇心と呼ぶのですよね。私が最初に興味を持ったのは魔法で、マレーシャ様に知識を与えて下さるよう懇願すると、彼女は私にこう告げました。
“使い魔は魔法を行使できないのじゃ”
こう言われた時、初めてショックを受けました。絶望というやつですね。飛ぶことを夢見ていた地上鳥の雛が、その生では夢が叶わないと告げられたようなものです。
ですが、マレーシャ様は私のその心境を案じ、天空城から地上のあらゆる場所の魔法を観る事が出来る道具を下さったのです。
他に好きな事もない私はそれにのめり込みました。地上の殆どの人間は魔法の使えない都市に住み、見えるものの多くは発掘や建設の為の同じ魔法ばかり。でも、そうしている内に見つけたのです。魔法を競技として楽しむ者達を。それからはもうお分かりですよね?」
「はい……」
つまり、彼にとってこれだけが楽しみだという事だ。だが、それを知っていると、彼がこの話で饒舌になる姿はとても尊いものに見えてくるのだ。




