1 踊る舞台
「ハァ~~~」
トキオ合衆国――大陸最大の経済大国にして、強大な影響力を持つ超大国。そして、俺はこの国の臨海都市アリークにある国際展示場の巨大ホールにその身を入れていた。
無論、ここにいるのは『グランディア大陸魅力のある国ランキング発表式典』にジーマ帝国代表として参加する為であるが、今はドキドキとした感情にモヤモヤした感情が勝っている。
俺をモヤモヤさせている物の一つ目はヌンティウスという女の事。結局あいつは目的も素性も話さず去っていってしまった。全く、こういう時こそ「のじゃのじゃ」言う神様にご登場願いたい。二つ目は先日スータマにあるジーマ大使館に戻った時、我が母に「朝帰りなんて不良よ! お母さん許しません!」から始まるクッソ下らない説教を長時間受けた事で構築された蟠りだ。そして、三つ目は魔界幹部になったもののそれらしい事は全然やってない事だ。ヌンティウスの方がそれっぽい事してる。
「あっはっは。いえいえ、こちらもそのように」
遠くの席で代表同士が下らない話をしているのが聞こえる。まぁ、彼らが何を話しても我が国にはあまり影響はないだろう。というのは、開会式まであと一時間を切っているが、ここに集っているのは自分も含め、さほど大陸に影響を与えない小国の代表だけ。大国の者達はホストであるトキオ合衆国大統領も含め、未だ姿を見せていない。重役出勤である。
「ふぅ~~~」
だからこのようにため息をついて、心に溜まったモヤモヤを吐きだす事しか出来ないのだ。
そして待つ事三十分。ついに重役共が姿を現し始めた。
最初に来たのは大陸でもっとも力を持つ男、トキオ合衆国大統領ガルド・キャセイ。そして、それに続いたのはラージロープ商国代表。どうやらこの二人これまで会談をしていたようだ。
「ん? あれは……」
皆の注目を集めたのは露出の多い巫女服を纏ったエルフ族の少女だ。彼女はキト法国を統べる三人いる巫女の一人だ。キト法国は女権国家であり、そして魔法を信仰の対象とする宗教の大本山である。故に、熾烈な魔力を基とした実力社会であり、代表はエルフ、ヒト、獣人それぞれの最も魔力の優れた者が就任する。つまり、目の前にいるエルフの少女は強大な魔力を持つ生きる信仰対象というわけだ。まぁ、エルフは見た目と年齢が乖離している事が多いから少女と言っていいかは疑問が残るがな。
「あ、ガランド宰相閣下。お久しぶりでございます」
「いえ、こちらこそ。閣下はいつでも若々しくあらせられる」
小国の宰相にわざわざ声を掛けてくれたのはチーパ公国皇太子アレン・ヴァリグ。我が国の第一皇女フィリア様が嫁がれた方であり、美しい風貌と、それに見合う気品さを持ち合わせていた。
「ありがとう閣下。閣下も若々しく聡明でおられる。フィリアも閣下の事を良く話して下さいますよ」
「そんな。勿体ない」
フィリア皇女殿下は私の学生時代の先輩であり、そして、初恋の人だった。だが、今はそれを深く語る時ではない。
「もう始まるね。では、失礼します閣下」
国章の刻まれた懐中時計で時間を確認すると、アレンはマレードに挨拶をして自分に用意された席へと向かった。
そして、予定の時間に至り、大国の代表――主に、王子や王女、大臣、そして俺みたいな宰相等が集まり、ここに47の国の顔が出そろった。
「47の伝統ある国々を代表する方々をこの地に歓迎できる事は私、そしてトキオ合衆国の誉れでございます。先ずは、お集いいただいた皆様に感謝を――」
各国メディアが放つ光の点滅に当てられながら、ホストであるキャセイ大統領が開会の音頭を始める。
「皆様を歓迎するにあたり、トキオ合衆国から細やかなおもてなしをさせて頂きます」
そして、大統領がその言葉を述べ、指を弾いて音を響かせると、突然会場が暗くなり、後方に用意されたステージがせりあがってくると、スポットライトの光がその舞台に集中した。
「紹介しましょう。我が国を代表するアイドルグループ! 『ワンワールド』です!」
四十人越えの人々から放たれる拍手と、光のシャワーに晒され姿を現わしたのは派手な衣装を着た三人の美男子だった。そう、彼らは大陸を跨いでツアー活動をする超人気アイドルユニット『ワンワールド』なのだ。まぁ、うちの国には来てくれたことないけどな。
「各国代表のみなさーん!! トキオ合衆国にようこそー」
ワンワールドの出現によって、会場に歓声と熱気のアトモスフィアが形成される。彼らによってここはコンサート会場と化したのだ。
因みに、このようなもてなしは異常な事ではなく、慣例的にホスト国がその国の文化的なパフォーマンスをすることになっているのだ。さて、我が国に回ってきた時はどうしようか…… 墨を付けた大根で墨を撒き散らすイベントでもするか。
「僕はワンワールドリーダー、SHYUです!」
マイクを持ったセンターの男が自己紹介し、衣装のひらひらを揺らしながら手を振ると、拍手が破裂音の如く会場を反響した。
「そしてこちらはドラムのMEN!」
シュウによって紹介されたドラマーがそのテクニックを披露せんと、スティックを自在に操り短いリズムを刻んだ。
「最後にベース! CHA!」
紹介された長髪の男は首から下げた紺碧のギターをストレートヘアーを振り回し、細い指で音を奏でた。
ベースのチャー。リーダーでボーカルのシュウ。そして、ドラムのメン。何だか明日天気になりそうな三人組が、大陸に名をとどろかすアイドルグループ『ワンワールド』なのである。
「それでは、聴いてください!! 僕たちの魂の曲を! 『大陸に一つだけの花』」
そして大陸クオリティーの歌声が大陸を凝縮したこの国際展示場ホールに轟き渡る。その歌声は、アイドルに微塵も興味がない俺のような人間の心にも響き、先刻疑いの目を向けていた『言霊』とやらを信じたくなるほどであった。
まさしく以心伝心。この言葉がこれほど合致する瞬間を俺は知らない。シュウの歌声は感情を運ぶ舟となり、そのポートとなった代表たちにシンパシーを強制させた。
「ありがとう!! ありがとう!!」
曲が終わると47の代表たちは皆立ち上がりスタンディングオベーションが会場に巻き起こった。
(流石トキオだ。初っ端からお腹いっぱいだぜ)
俺も正直ここまで興奮させられるとは思わなかった。そして、シュウが去り際に俺に向かってウィンクをした時、心臓が彼が放つ引力に持っていかれるかと思った。
「ワンワールドのみなさんありがとうございました。
続きまして、トキオ大統領ガルド・キャセイより開会の挨拶がございます」
熱狂の時間はここで一旦終了。ここからは学校の朝礼の様な、ながーく、だるーい話が繋がれた鎖の様に続いていく。次の盛り上がりはランキング発表までお預けだ。
「我らが結束し、勇者と力を合わせて魔界の封印を成してから早くも……」
大陸の47の国々の結束は魔界という共通の敵を持つことで結びついた。だが、今や魔界は極限まで弱体化し、かつての様に表世界に影響を与える事は無くなった事で、どうしても結束に綻びが出てくる。例えば……
(――――)
俺は黙って代表籍の一角に視線を向けた。そこにはフォーゲルヤクト王国とインゼルプルゼェル王国の代表が並んで座り、険悪なムードで互いを睨んでいる姿があった。
(相変わらずだな……)
隣り合う歴史深き両国は、もともと一つの王国だった。それが500年以上前に後継者争いが起こり、王位後継者兄弟で国を二つに分けた結果が今の地図で示されている。
そして、魔界の影響が無視できないものとなると、トキオ、キト、ラージロープ、汎ホクト等が中心となって大陸は対魔界同盟を結成し、フォーゲルヤクト、インゼルプルゼェル両国は手を繋ぎ、魔界封印に貢献した。だが、両国共通の敵が滅ぶと、それまであった両国間の問題が再度浮き彫りになり、それが険悪なムードを作り出していた。
(一本マッチ棒を落とせば大惨事の武器庫か……)
両国はその一例であり、大陸には様々なリスクが見え隠れしている。グランディア大陸魅力のある国ランキングはその蟠りを解放する事も目的の一つとしている。
「それではお待たせしました!!
これよりグランディア大陸魅力のある国ランキングを発表します!!!」
司会の若い男が大きな声でランキング発表の時が来た事を宣言し、会場が沸き立った。ある代表は余裕を持って堂々と、ある代表は、何かに祈るように心臓に手を当てていた。俺は勿論後者の心持だ。
因みに、これで一位になったからといって、大陸の統治権が得られるとか、大金が得られるとか、領土を得るとかは一切無く、基本的に自己満足の範囲なのである。なのに何故このランキングが注目されるかと言うと、観光業に露骨に影響するからで、大陸をひしめく国々の重要なアピールポイントなのである。
「まずは、47位から発表させて頂きます!!」
発表毎に先ずオーケストラによる盛大な音楽が奏でられ、会場上部に設置されたスポットライトの光が代表たちを品定めするように会場を巡る。
47位。つまり最下位という事だ。誰もがそのスポットライトに選ばれる事を望まず、代表たちは苦々しい表情で光の行く末を見守っていた。
「……ヴァラーキ共和国です!!!」
残念そうな表情の男に光が止まると、47位の国の名が宣言された。そして、会場モニターに国旗が大きく表示され、オーケストラによる国歌が奏でられた。
(やっぱりか……)
ヴァラーキ共和国は去年も47位であり、代表は慣れたように会場前面に用意された舞台へと上がっていく。その姿は絞首台に登る気が抜けた男の様だった。
47ある十人十色の国々は持った魅力がそれぞれ異なり、価値観が変わらない限り、ランキングに大きな変動は生じない。だからこそ、我が国も五年に渡り46位の苦汁を舐めさせられてきたのだ。
それ故に47位がヴァラーキだった事は他人事ではなく、我が国も例年通り、その一つ上の順位に接着されている事を予感させるのだ。
「ヴァラーキ共和国に盛大な拍手を!!!」
俺は無慈悲な死体蹴りを受けるヴァラーキ代表を、明日のわが身ならぬ、次のわが身の気持ちでただ見ていた。
「続きまして46位を発表します!!!」
47位と書かれた屈辱の証を手に舞台を降りるヴァラーキ代表を横目で見た後、司会は次の獲物に照準をつけた。気のせいか、46という数字が響いた時からすごい視線を感じる。
今更だが、このランキングは投票や実行委員の判断で決められるものでは無く、まさに、天からの評価によって決せられるものだ。つまり、二つ名や職レベルが決められ、名刺に印字されるのと同様、魔力素を通じ、天によって順位が決められるのである。
(フフフ…… あの「のじゃろり神」が決めていたりしてな)
周る光の筒を見ながら俺は神の顔を思い出して笑った。
「46位は……」
(ゴクリ……)
「……ヴァーチュランド共和国です!!!」
「はいはいジーマジーマ…………えっ?!」
光の柱はジーマを代表する俺ではなく、この世の終わりの様な顔で唖然とするヴァーチュランド代表に向けられていた。
そして、何かの間違いではないかと、彼は俺に指先を向けるが、奏でれらた音楽は間違いなく彼の国を賛美するものであり、映像に出された旗は彼の国の歴史を表していた。
「え……うそ……」
唖然としていたのは彼だけではない。俺も状況を読めず、開いた口がふさがらなかった。
「では壇上にどうぞ」
司会に急かされる様にヴァーチュランド代表がフラフラと光の柱を受けながら壇上へと向かう姿を見て、俺は初めてジーマが46という呪いの鎖から解放された事を知った。
(うーーーーーーーーーヒャッホーウ!!! ウェーイ!!)
心の中に自分を作り、俺は自分の代わりに狂喜乱舞させ、今の気持ちを表現させた。
「ヴァーチュランドに盛大な拍手を!!!」
見慣れた46の証を手にしたヴァーチュランド代表が見せしめの様に舞台に立たされているのを見ると不思議な気持ちだ。例年では彼の代わりに自分があの場所に立ち、会場に自分を寄こしたクソ皇帝を恨んだものだ。
「続きまして45位の発表です!!!」
一部の人間にとってドラマの様な46位の発表が終わり、司会によって次の段階に進んだことが発表されると、感情を昂らせる音楽が奏でられ、光の柱が踊り始める。
「…………」
番狂わせの結果を見て、先ほどまで余裕ぶった表情だった者の中には、その表情を崩し、戸惑いと怯えを見せる者もいた。対して俺は、クッソ低いハードルを越え、既に安い勝利に酔っていた。
「45位は……サンガ王国です!!」
(信じられない…… 俺は夢を見ているのか……)
この動きの少ないランキングで二つ以上も順位を上げた事にマレードは驚愕し、自らの頬を抓ったが、痛みですぐに指を離した。
ここまでくればホスト国であるトキオ合衆国とジーマ帝国の癒着を疑わう人間も出てくるが、最終的に魔力を帯びた天からの報告書――天啓書が公にされるため、その様な癒着や買収は意味をなさない。
「サンガ王国に盛大な拍手を!!」
壇上にいるのはサンガ王国の代表であるが、各国代表やメディアが注目していたのは、未だ名が呼ばれないジーマの代表であるマレードだった。
「それでは、44位の発表です!!」
ジーマ帝国快進撃が続くか、それとも去年43位だった隣国――トチノキ共和国がそれを阻止するのか……
「44位は……」
両国の代表が目線を送り、結果を焦らす司会の言葉を待つ。
「……ジーマ帝国です!!!」
ジーマ帝国による三国ごぼう抜きは実現しなかった。トチノキ共和国の代表は前年と変わらない順位だったにもかかわらず、右手で拳を作り、誰にもわかる形で喜んでいた。
「それでは、壇上にお越しください」
44位という順位は、決して高い順位ではなかったが、前年から二位躍進は大金星であり、俺は胸を張って44位と書かれた証を手にすると、壇上でその姿を誇示した。
「ジーマ帝国に盛大な拍手を」
会場の代表たちもその躍進を祝福し、万雷の拍手が鳴り響いた。俺が夢見た光景がここにあったのだ。
(ああ、最高だ。見ているかクソ中年。俺はここに至ったぞ)
今まで滅多に見せなかった満足と誇りに満ちた表情で俺は手を振ると、そこから感じる光と音を心の石碑に刻み付けて壇上から降りた。
「続きまして第43位の発表です」
それからの順位はほぼ例年通りとなった。43位にトチノキ共和国の名前が呼ばれ、42位にスータマの名前が呼ばれた。トップファイブも例年と変わりなく、5位カナーン公国、4位オキュナ海洋国連合、3位トキオ合衆国、2位キト法国、1位汎ホクト国、と並び47ヵ国の順位発表はその全てを終えた。
因みにトチノキ共和国は我が国に係争地であるレアル銀山の領有が決まった関係で多少の蟠りがあった。だが、このような形となって少しは溜飲が下がっただろうし、ジーマが44位に留まったのは最も良い結果だったと言える。
まぁ、何にせよ。この年はジーマにとって特別な年となった。俺もお通夜の様な雰囲気で国に帰らずに済む事になって本当に良かったと思っている。さっさと帰って酒盛りしたい気分だ。
「では、閉会の挨拶を……」
年に一度の一大イベントは終了に向かう。
喜び昂った者。
悲しみ、悔しさでハンカチを濡らした者。
例年と変わらなかった者。
全てを包括して、一日の集いの宴は終わる。
だが、宴に隠されていた亀裂は、少しずつその溝を広げている……
今にも地が割れそうなほどに……




