16 壊れた人形 Ⅲ
“デッデ デデ デッデ デデ♪ テレーレ↑ レーレーレ↓ レーレーレーレー♪”
シャレオツなBGMのかかった黒い空間。そこに不自然に一つ置かれた白い椅子に一人の男が足を組んで座っている。
「えー皆さん、皆さんは嫉妬とかしたことありますかぁ? 天才の私には分からない感情ですが、時にその感情は他の感情を塗りつぶす程の憎しみに変わるそうですぅ。
えー、まぁ、それは置いておいて、この事件。両手の自由がない少女の元に届いた殺人予告。果たして犯人の目的は……
マレード・フォン・ガランドでした」
男は右手人差し指を眉間に置きながらそう話すと立ち上がり、闇の中に消えていった。
以上まではマレードの語りの為の空想空間。つまり妄想である。彼は妄想でモチベーションを上げこの事件を解決に導こうというのである。宰相の名に懸けて。
「ところでナナミさん?」
「はい? 何でしょう?」
俺はデーニッツに対する怒りに似た感情が収まるのを待つと、俺は一つ彼女に問いを投げかけた。
「君にこの手紙を見せたのは誰ですか?」
ナナミさんは両手の上げ下げも出来ない状況。しかも俺が先日彼女の名刺ケースを探す際にこれを見つけられなかったという事は、そもそもその相手が持ってきたか、腕を以ってどかさないとならない物の下に埋まっていたと考えられる。
「えっと、あれは今朝、看護師さんが見つけてくれて。確かお名前は――」
「そうか、ありがとう」
俺はナナミさんから情報を得ると、すぐに病室内に掛けられている受話器を手に取った。勿論その看護師から状況を聞くためだ。
ナナミさんが真剣な表情で見つめる中。俺はは受話器越しの看護師からその時の状況を聞き出した。その内容はを簡潔にまとめると、見舞品の果物を切り分けて皿に盛ろうと、果物の入った籠を持ち上げたらこれが見つかったとの事だ。つまり、彼女の言が正しければこの手紙は他の見舞品と同時か、その前に置かれたものだと思われる。
「学園のみんなが持ってきてくれたんです……」
受話器を戻し、顎に手を当てて、見舞台の品々を見つめていたマレードにナナミは悲しそうにそう言った。彼女はデーニッツを疑いながらも、あの手紙をここに持ってきたのが学園の人間である可能性が高い事を理解していたのである。
「……そう言えば、この件、誰かに伝えました? 警察とか、お母様とか?」
ナナミさんの悲しそうな表情を見て、俺は話題を変えた。
「いいえ。誰にも伝えていないですし、病院の方にも内密にお願いしています。あの手紙に警察に頼るなと書いてありましたし、それにあの男が犯人だとしたらお母さんにも伝えるべきじゃないと思ったので…… あ、うちの住所と鍵を」
状況が分からない以上彼女の判断は正しいのかもしれない。俺達には情報が足りなすぎるのだ。俺はナナミさんが口にする住所をメモし、引き出し入った鍵を取り出しながらそれを痛感していた。
「そう言えば、何で23の時なんだろう? ナナミさん心当たりある?」
「23…… 確か、寮の解放初日ですね。私も私物を置いているので行かないといけないのに……」
海の月は学生のパラダイス、夏休みの月であり、知恵の果実を齧ったわけでもないのに彼らは月見の月の最初の日に楽園から追放される。全寮制の学校ではそれに先駆け、遠方から通うものの為に事前に寮が解放され地上の新生活に備えるのである。
「はぁ~」
「宰相様? どうかしました?」
突然発せられた宰相のクソデカ溜息にナナミは驚いて心配そうに声をかけた。
「いやね。本当なら夏休みは妹と楽しく過ごすはずだったのにと思って」
この夏休み妹は帰ってこなかった。忌まわしい『高校魔法士競技大会』の所為で。
俺の妹は俺に似て優秀だ。訂正、魔法に限って優秀だ。その溢れる才能故、学園の歴史ある魔法サークルから声がかかるとメキメキと才能を開花させ、気が付いたら代表選手として全国大会決勝まで進んでいた。決勝は29の日。それまでは合宿で調整と練習の毎日であり、家に帰るのは全てを終えた30の日、兄妹の時間はたった二日間しかないのだ。
「妹さんがいらしたんですね」
その他愛のない少女の言葉がマレードの兄心に火をつけた。
「そうなんですよぉ~ ほんとクレヴァーで可愛い妹で。目に入れても痛くないっていうか、食べられちゃってもいいって感じでぇ~ それであの子ったら“将来はお兄ちゃんの騎士になる”って~ それがすっごく可愛くてさぁ」
えびす顔でのろけ話をたらたら続けるマレードに対するナナミの心情は次の四つの言葉に収束する。即ち、『ウザイ』『キモイ』『面倒臭い』、そして、『羨ましい』だ。
兄弟姉妹のいないナナミにとって、「ここまで妹というのは愛されるものなのか」という驚きと、「兄姉が欲しかった」という羨望が同時に心をかき乱し、マレードの言葉は二割、三割ほどしか耳に入っていなかった。
「ホント、代表選手になっちゃってぇ~ お兄ちゃんの影響を受けているのかなって、思っちゃうんですよねウェヒヒヒ。でも、俺としては兄妹で食事とかぁ、ショッピングとかぁ。行きたかったなぁ……」
マレードののろけ話は溜息で幕を閉じた。
「妹さんの決勝戦29なんですよね? 宰相様は観にいかないのですか? きっと喜ばれますよ」
溜息の後、無言で項垂れるマレードを不憫に思い、元気づける意味でナナミはそう声をかけた。
「んー、でも、25のグランディア大陸魅力のある国ランキング式典に参加して、その後には溜まった仕事が……」
「え? 宰相様、魅力のある国ランキングに出るんですか!?」
少女は両腕の代わりに身体を揺らし、目を輝かせて興奮している事を表現した。
「“出ているんですか!?”って君…… 俺去年のランキングにも参加してたよ。うちの姫殿下たちは諸所のリスク持だし、それで、俺がジーマ代表として参加しているんだよぉ」
ウザイ呆れ顔と態度でマレードはナナミに目線を合わせるとそう言った。その様子はイヤミな教師が生徒を煽るのにどこか似ていた。
「私テレビとか見てませんもん! 結果だけ分かればいいんですぅー」
頭に血が上ったナナミは、テンプレ通り顔を真っ赤にして声を張り上げた。
「…………ふふふ、ナナミさんが元気になって良かった。
母君の事は俺たちに任せて、君は安静にしてください」
マレードのその一言で混乱が雲散霧消していた事に気付き、ナナミはハッとした。そして、一呼吸を挟み、彼に近づくと背伸びして目線を合わせた。
「お渡しできるものはありませんが、私にできる事でしたら何でもします。だから…… お願いします。母を護ってください」
顔と顔の距離は数センチ。ナナミの胸の中央にあるポンプが何かを感知し、血液の流動を加速させる。そして、その鼓動を抑える為に一歩後ろに下がると、膝を落とし、頭を床へと近づける。だが、その行為はマレードによって阻止された。
「ナナミさん。やめて下さい。
俺たちは魔界の仲間で、貴方とは同期。むしろ、ピンチの時はこちらから頭を下げて助けたいほどですよ!」
「でも…… 私ずっと宰相様に迷惑かけっぱなしで…… こんな私のお願いなんて……」
マレードの言葉にナナミの目尻に大きな水玉が溢れ出て、それが病室の白い床を濡らした。
「俺だって君に迷惑をかけている。きっとこれからも迷惑をかける事になるだろう。迷惑どうのこうので事で頭を下げられたら、俺が困った時に気安く助けを求められないじゃないですか。
確かに迷惑をかけるのが当然だと思うのは問題ですけど、君はそう思う人じゃないのは俺が知っている。帝国宰相の人の見る目を舐めないで下さいよ」
マレードはそう言うと、地を見つめるナナミに親指を立てた右拳を見せ、何も言わずにクールに病室を去った。
そして、残されたナナミは頭を上げず、ただただ「ありがとうございます」と呟き続けていた。
「俺は魔界幹部が一人。闇の貴公子マレード・バアル」
人気のない路地裏でクソデカサングラスを外し、黒い魔界仮面で顔を覆うと、マレードは小さくそう呟いた。そして、彼はジーマ帝国宰相から魔界幹部へと変わる。
複職の人間はその立場を強く意識する事で、職を切り替える事が出来る。「口調を変える」「職に準じた作業をする」「心に自分の姿を投影する」等、立場を意識する方法は数多あるが、最も簡単かつ、確実な応報は職に添えて自分の名を口にする事である。
今の俺の職レベルは1。この名を賜ってから魔界幹部としての実績が無いから当然だ。だが、俺の変装では見破られる可能性があるし、よくわからんサングラスをかけた有名人と間違えられて騒ぎになるリスクがある。どっちもどっちだが、宰相として行動するよりこちらの方が目立たないだろう。
闇に紛れ、人の少ない場所を持ち前の運動神経で移動しながら、ナナミに伝えられた場所へマレードは駆ける。
「ここか」
コンチネンタル家は病院のすぐ近くで、走って6分程の場所に存在していた。スータマの典型的な集合住宅。その二階にある一室に『コンチネンタル』と記された可愛らしい表札がかけられており、ここがナナミの家である事に間違いないという事を証明していた。
「セキュリティもガバガバか。致し方ないな」
仮面を被った不審な男は住宅の一室を前にそう呟いた。魔力素を用いた防犯装置は、エネルギーをやたら食う上、高価であり、トキオ合衆国やラージロープ商国といった国以外では国の施設など一部にしか配備されていない。
(さて、ここからどうするか。鍵を預かってはいるが、勝手に入るわけにはいかないし、安易に接触するべきでは無いであろう。だからまずは……)
俺は邪魔な仮面を外し、辺りを確認した後、耳をコンチネンタル家の金属の扉に当てた。すると、ひんやりとした冷たい心地よさと共に、鉄の板を挟んだすぐ近くから靴先を地面に突く音と共に男女の声が聞こえてくる。
俺は慌てて仮面を被ると、近くにあった壁の出っ張りに身を隠した。
「それでYO! この近所にNA! 美味いレストランがあるんだZE!」
「ははは、デーニッツさんったら」
お昼時なので昼食のために外に出たのであろう。ナナミさんに似た清楚な美人と、なんだろう…… モテファッションのパッチワークを身に纏った痛い男の二人がコンチネンタル家から飛び出した。
「でも、私達だけで外にお食事だなんて、ナナミちゃんに申し訳ないわ」
「HAHAHA! NANAMIちゃんにはOMIYYAGEを買っていこうZE!」
(どうやらナナミさんの母君ナナホ・コンチネンタルと件の男デーニッツ・エアカナで間違いないようだ)
二人の姿が遠くなると、俺は深いため息をついた。デーニッツの強烈なキャラクターに圧倒されたのだ。
(怪しい。実に怪しい。ナナミさんが疑う訳か……)
俺は頭を抱えながらナナホさんが施錠した鍵を解錠し、堂々と不法侵入を犯した。
「えーと…… うーんと……」
見てくれより広い3LDKを俺はナナミさんの元に届いた殺人予告状が無いか探して回った。
(やはり無いか)
俺は盗人ではないし、念入りに探したわけではない。だが、殺人予告状がここには無いという確信はあった。俺はただ、それを確認しに来ただけなのだ。
(ここから出ていくナナホさんに怯えや恐怖の様子は無かった。そもそも、日付が明示されているとはいえ、アレを受け取っていたら悠長に外出なんてしないだろう)
人の家の椅子に勝手に座ると、マレードは足を組み、指先を顎に添えた。所謂考える人のポーズの亜種だ。
(ターゲットはナナミさんの母親であるが、予告が来たのはナナミさんの元だけ。やはり、犯人の怒りなり恨みの矛先はナナミさんか。
あ、それと不思議と言ったら、何故彼女が入院する事態になったのだろう?
答えは脳筋皇女のアームロックにより骨を砕かれたからであるが、俺は今まで幾度か皇女殿下の“じゃれつき”をこの身に受けてきたが、不思議と病院送りにされた事はない。そして、ナナミさんのタレントが出した診断が正しければ、ナナミさんの耐久力は俺に勝っていたはずだ)
俺は頭を振って考える事を止めた。どうせ答なんか出ないし、答えを出す意味も無いと感じたからだ。
そして立ち上がると侵入の痕跡をスマートに消去し、鍵をしっかりかけてこの地を後にした。
「……という事なんです」
俺は闇のネットワーク内にて、同胞たちにナナミさんを巡る事件について説明した。彼女に一言も言わずに勝手にやっていいのか悩んだが、事件解決のために知恵を借りたいと思いここに来たのだ。
「なるほどね。ジレットさんならスピード解決出来たんだけどね」
話にいち早く反応したのは魔界幹部最年長のアスタロトだった。そして、話を振られたジレットは申し訳なさそうに両掌を合わせ見せた。
「すまぬでござる~ 拙者スータマの方には行けぬ身でして…… いとすまぬ」
もし彼の力を借りる事が出来るのであれば、予告状を通して送り主の正体も思惑も分かっただろう。チートもいい所である。
「申し訳ないんだけど、現実で縛られててわたしも協力できないわね」
女王様ことカーチェさんは掌を上に向け、残念そうにそう言った。
「ごめんねマレードさん。私も今ラージロープから離れられなくて……
でも、何かあったらいつでも言って下さい。身体は貸せないけど知恵は貸せるかもしれないからね」
アスタロトがその言葉と共に姿を消すと、続く様にカーチェさんの姿も闇に溶けていった。二人とも多忙なのは嘘偽りはなく、彼らは彼らのリアルで奮闘していたのは間違いない事実であった。
そして最後に残ったチェック柄シャツの男は彼らに続いて消えず、マレードの元にゆっくりと歩み寄ってきた。
「マレード氏…… 例の、ペシェの裏にいる者の名前が分かったでござる」
「本当ですか! ありがとうございますジレットさん。お礼は何でもしますので無理せず言ってください!」
この件はマレードと自分二人の問題であると思い、ジレットは二人きりになるタイミングを待っていたのだ。
「お礼などいりませぬ…… この件は拙者にとっても…… あぁ、それより、こやつですが、ヌンティウス・デイという女でござる」
(ヌンティウス・デイ……)
聞いたことも見た事もない名前をマレードは心の中で呟いた。
「……拙者にはこれしか分からなかったでござる。それと……」
「いや。名前と性別が分かっただけでもすごい前進です。ほんとにありがとうございました!」
マレードは姫を危険に晒した相手の名を知る事が出来て舞い上がっていた。ジレットはそれに水を差したくないと考え、喉元まで来た言葉を引っ込め、一言「拙者はこれで」と残すと、両腕を上げるマレードを残して暗闇に消えていった。
(今である必要はない。すぐに僕たちは協力する事になる。だからその時はよろしくお願いしますね)
ジレットは近い未来、本来の姿でマレードと会う事になると分かっていた。そして、その時はしっかり巻き込んでやろうと企んでいたのである。
“ピピッ”
一人になった闇の空間に電信音が一度、この場所じゃなかったら聞き取れなかったであろう小さな音で鳴り響いた。
(ん? 何だろう?)
そう思った矢先、突然目の前に『メールを受信しました』という吹き出し状のアイコンが出現した。
「メール?」
おもむろに吹き出しを指先で突くと便箋状の表示が現れ、そこに文字が刻まれていく。
『いやーいけないいけない。すっかり忘れていたよ。
君の元に配属される優秀な人材を送りましたので、使ってあげて下さい。
場所はオーミ駅。時間は今日の未の時。多分すぐ分かると思いますよ。
グリード・アスタロト』
それはアスタロトさんからの餞別だった。魔王幹部たるもの部下は必要である。
「アスタロトさん結構抜けてるなぁ…… 未の時だから、遅めの昼食の後にいけば間に合うか」
そこまで時間に余裕があるわけではない事から、アスタロトさんはこの事が頭から完全に抜けていたのだろう。
そして、俺はリアルに帰ると、仮面を外しサングラスをかけ、スータマシティの街に繰り出した。
「えっとぉ…… オーミ駅も広いからなぁ…… アスタロトさんによると直ぐに分かるらしいんだけど……」
腹を満たした俺は、部下とやらをピックアップする為に多くの人が行きかうオーミ駅前広場で辺りを見回していた。
「おい! 見せもんじゃねーぞ!」
「おうおうおう! やるっすか!」
駅の柱の辺りからなんとも暴力的な言葉が聞こえてくる。
俺は何だろうと思い、声の主の元に向かうと彼らを視界にいれた。
(うわっ……)
俺は思わず声を漏らしそうになった。声の主である長身の男と、グラマラスな女、そして太ましい身体の男の三人が『R』の部分が『M』になったロ○ット団のような服でヤンキー座りでたむろっていたのを目にしたからだ。
(やば、近寄らんとこ……)
恐らく通行人も皆そう思っているようで、彼らの周囲三メートルほどに何かの障壁があるかのように誰も近寄ろうとしなかった。
「おうっ! そこのにーちゃん! いまアタシ達にガンつけてなかったすか!?」
(最悪だ。どうやら俺は彼らのレーダーに引っかかったらしい。どうやって切り抜けるか……)
ヤンキー三人衆の一人である赤髪の女が立ち上がると、風を肩で切るようなヤクザウォークでマレードの元に歩いてきた。他の二人はその様子を見ながらぺろぺろキャンディーを下品に舐め、笑っていた。
「おめぇさぁ…… アタシ等が誰か分かってそんな態度とってんすか?」
「言ってやれミア!」
勿論俺はこいつらの事など知らない。知りたくもない。だが、何故だろう? すごく嫌な予感がする。そこで、俺は予感を信じ、彼らから離れる為に「彼女を待たせているので」と適当な嘘をついてこの場を逃げだそうと試みた。
だが、女が放った言葉は俺に衝撃を与えた。
「おうおう! 知らぬなら! 聞かせてやるが世の情け…… アタシ等は泣く子も黙る魔界の戦士! しかも幹部サマの直属部隊だ!!」
「…………」
「ふっふっふ、恐怖で言葉も出ないっすか…… ならもう一度言ってやる!! アタシ等は泣く子もダマ! ムゴゴゴゴゴゴ! 何だよ! 最後までいわ! モゴゴゴゴ!」
俺は鍛え抜かれた特務部隊退院の様に素早く女の口を塞ぎ、手を掴んだ。
(最悪だ…… ほんとに最悪だ……)
「ミア! おうおうおっさん! 何してくれてるんすか! ああ!」
傍観者の男二人が立ち上がり、こちらに近づくと、女を二人に向けて飛ばし、三人に一言告げた。
「一緒にお茶でもしよーや坊やたち…… 魔界幹部サマがみっちり教育して差し上げよう」
「ンヒ!」
三人は素っ頓狂な声を出して目が点になった。そして、借りてきた猫の様に大人しくなった三人を近くのレストランまで連れて行き、6人座れるテーブル席に三人並べて座らせた。
「ご注文は何にいたしましょう♪」
殺伐とした雰囲気に店員の弾む声という組み合わせは何とも不思議な気分にさせる。俺は怯える側ではないから何とも思わないが、三人にはさぞ心地が悪いだろう。
「俺はアイスコーヒーを……
君たち。早く注文したまえ。店員さんが困っているだろう?」
俺が言葉を発する度に三人は肩を弾ませる。そして頭をへコヘコと上下させた後に各々の注文を口にしていった。
「ヒッ! す、すみませんっす…… アタシはチョコレートパフェを……」
「お、おれはこの季節の彩ケーキ……」
「僕は……桃とマンゴーのジェラートを」
そしてまた沈黙が始まる。「祭日に酒をへべれけになるまで飲んで、その勢いで人に絡んだら、そいつが会社の上司だった」みたいな感じで三人の心にはこの上ない恐怖が宿っていたのである。
「俺はマレード・バアル。魔界の新幹部だ。……それで、君。名前は?」
腕を組み椅子に体重をかけると、俺は目の前に座る三人に鋭い口調で言った。
「ああ…… アタシ……じゃなくて、わたくしは、ミア・ゴブリと申すものでありますです。ふ、不束者ですが、どうぞ、よろしくおねがいしまする!」
ミアはびくびく震えながら新しい上司に挨拶した。もはや恐怖で何を言っているのかも彼女には分かっていない。
「それで…… 隣の君は? そう、君だよ」
ミアの隣に座る長身の男は俺の言葉に、授業中に突然問題を振られた学生の様な挙動を見せた。
「え、えっとオレ……じゃなくて、わし? いや、僕は、クラン・コボルと申す者なりです…… えっと、僕たちが従う幹部サマがこんな若くてイケメンなクールガイだったなんて。嬉しくて涙が出てきますっ!」
涙が出ているのは本当だ。ただ、それは明らかに喜びの涙ではない。それと、こいつがさっき俺の事を“おっさん”と言った事を一生忘れない。
「んで、次。君は?」
最後に茫然自失の二人の様子にビクビクしている太ましい男にターゲットを付け、俺は問うた。
「ひっ…… ぼ、僕はノックス…… ノックス・オルクっす…… 趣味は機械いじり…… えっと、後は…… あ、そうだ。飴なめます?」
(いらねぇよ)
「お待たせいたしました↑」
最後の一人、ノックスの自己紹介が終わったところで、注文したものが一斉に運ばれてきた。
クリームとアイス、シリアルの層が美しく、上に乗せられたコーンとチョコレットホイップ、そしてカットされた果実が食欲をそそるチョコレートパフェ。
肌色のスポンジの間にクリームと柑橘類が螺旋状に挟まれた土台に、ジューシーなミカンが乗った季節の彩ケーキ。
暑い日に是非食べたいと思わせるひんやりした見た目の桃色と黄色の二つの塊に、カットした果実が添えられ、更に舞い降りたかのようにその上にのった一葉のミント。それはまさにこの世に顕現した楽園のようなジェラード。
そして、味気ない黒一色の液体に無駄に多い不揃いな氷。それが一つの細長い器に入ったアイスコーヒーWITH無造作に転がったフレッシュ&シロップ……
驕られる怯えた子羊どもの前に前者三つが並び、俺の元には一番安いコーヒー一杯。
(こいつら怯えている割に高いやつ選んでる…… そのふてぶてしさを褒めるべきか。まぁ、本当に調教のし甲斐があるやつらだよ)
「まぁ食べてくれ。どうやら俺にはやらなきゃいけない事が沢山ありそうだ」
俺の言葉の最初の一文で彼らは獣の様に目前の皿に盛られた作品を貪り、そこから後ろは全く耳に入っていないようだ。
(いやまして調教のし甲斐があるよ)
「ふわーっ…… 幸せっすぅ」
作品の隅から隅までしゃぶりつくした三人は、先までのギラギラしたものが嘘の様に、キラキラとした至福の表情を浮かべていた。
「落ち着いたか? 君たちに言っておきたい事があります。ちゃんと聞いてくださいね」
「「「はーいっす」」」
グレた説得する教師の気分だ。
「まず第一に、堅気の人たちを脅さない、煽らない、暴力を振らないように」
「えっとぉ、バアルさま! カタギってなんすか?」
「そこからかぁ……」
結局、マレードの魔界戦士教室INレストランは二時間に及び、マレードは従業員の白眼視を受けながら会計を済ませると、徒弟……じゃなくて、部下三人を連れて日の落ちた景色に溶け込んだ。
「そう言えば、君たちは何が出来るの?」
アスタロトさんのメールには“優秀”の二文字があったが、今の所それを証明する要素が見つからない。なら、彼らにすごい所を見せてもらうのが良いだろう。
「えっと、そっすね。見てもらえるのが一番早いんすけど……
バアルさま。なんかアタシたちにやって欲しい事ないっすか?」
願ったり叶ったりの反応にマレードは直ぐ三人を連れ、コンチネンタル宅のある集合住宅に向かった。
「なんすかここ?」
「なんか雰囲気あるとこっすね」
昼間来た時はそう思わなかったが、件の住宅は日が落ちた暗闇で見ると中々に雰囲気があった。
「コホン。君たちにはこの家の201号室に住むナナホ・コンチネンタルという人を守護してもらいたい」
「守護っすか? ところでそのナナホさんってのは誰なんすか?」
「魔界幹部の関係者だよ。くれぐれも本人に接触しないように」
魔界幹部の関係者という言葉に三人は息を飲んだ。
「よーしやるっすよ! アタシたちの力とくとご覧あれ!」
緊張を払拭するようにミアが両手を上げてそう言うと、他の二人も両手を上げた。そして、ミアが両手で手を叩くと、周囲から“ドドドド”と地を駆ける音が聞こえ、気が付くと我々の立っていた住宅傍の空き地は猫の集会所になっていた。
“みゃー みゃ みゃーみゃー”
「にゃー にゃにゃ にゃにゃ」
ミアは集まった猫の中で最も偉そうな一匹の元に行きリアルな猫の鳴き声でそいつと言葉のようなものを交わした。
「ここの猫たちが見張ってくれるそうっす。ただ、おやつも欲しいなって言ってたっす」
「なるほど猫の統率か」
「見ての通りっす。アタシのタレントは『猫統率』っす。猫としか言葉を交わせないけど、人間の近くにいる生き物の代表みたいなところもありますし」
犬派が怒りそうなことをサラっと言うと、ミアは誇らしげに腰に手を当てると豊満な胸を突き出した。
「ああ、驚いた。大したものだよ」
「へへへ……」
少し褒めるとミアは恥ずかしそうに頭を掻きながら笑う。可愛い所もあるじゃないか。
「次は僕の出番っすね」
次に業の披露を宣言したのは、キャンディーをわいろにしようとした男ノックス。
彼が手を天に伸ばすと、地上三メートルの所に次元の裂け目のようなものが現れ、そこから機械部品のようなものがジャラジャラと零れ落ちて来た。
そして、ノックスはそれらを起用に繋ぎ合わせ、組み立てると、その作品を抱えて俺に見せた。
見た目はプロペラがついた機械の塊。それをノックスは天高く放り投げると、突然プロペラが回転し空中をホバリングし始めた。
「僕のタレントはこの『超工作』っす。部品を生み出し、瞬時に作りたいものを作る。と言えば聞こえはいいっすけど、様々な制約で縛られて何でも作れるわけじゃないっす。ははは……」
ノックスは謙遜気味にそう言ったが、これは頼りになるタレントだ。
「へぇ、やるじゃない」
「ほんとっすか!? わぁ、嬉しいっす」
俺の言葉にノックスは頬を赤くして微笑んだ。こいつも可愛いところあるな。
「最後はおれっすよね♪」
最後にドヤドヤと前に出てきたのは、俺を“おっさん”と呼んだ唾棄すべき長身の男クランだ。
「おいっす。おいっす」
肩の上げ下げをした後、屈伸し、そして身体を回す一連のウォーミングアップ、ストレッチの後、クランは空き地を囲う塀の前に仁王立ちした。
「そいやっす!」
つまらない掛け声と共にクランが塀に向かって跳び込む!! すると、なんとなんと、両手足が壁にへばりつき、重力を無視しているかの如く壁を這いまわる! そして、クランは大事を成し遂げた様なドヤ顔で俺に顔を向けた。
「これぞおれっちのタレント! その名も『超吸着』っす!」
「わーすごいすごい」
(これってさ。糸の出せないス○イダーマンだよね。男の見た目はスレンダーマン。だが、壁を這う姿はまさにゴ○ブリ)
「えーなんかおれだけ反応薄くないっすか?」
(さて、これで全員の力は分かったわけだ。猫だけDrド○トルに超工作BOY、そして劣化スパイ○ーマン。中々に優秀じゃないか!)
披露された三人の能力に満足したマレードは彼らを集めて円になり、改めてナナホ防衛の任務を彼らに与えた。加えて、注意すべき人物として、ちょいイタ親父デーニッツ・エアカナの事も告げておいた。
そして俺達三人はナナホさんを密かに見守り、情報収集を開始した。ミア、クラン、ノックスは交代でナナホさんをストーキング……守護し。俺は周辺で情報を集め、犯人像を探っていた。
だが、特にこれといった成果が得られることなく、ただ時間が過ぎ、俺の財布の中身が部下のおやつ代と猫缶に消えていった。
そして、22の日…… 予告一日前に俺だけが焦りの中にいた……
「あの二人今日も出かけてるっすよ。飽きないっすねぇ」
(あちらから見れば俺たちも「良く飽きないな」と思われるだろうな。まぁ、見つかってはいないと思うが)
この数日間は最初の一日をコピーして他の日にペーストしている感じであった。ナナホさんは朝起きて、食事の後に仕事先のデパートに、そして、それが終わるとちょいイタ親父と合流して食事に行き、帰りにナナミさんのいる病院に行くというローテーションだ。
因みにその過程で分かった事が一つあった。あのちょいイタ親父デーニッツ・エアカナは彼女が働くデパートの新オーナーだという事だ。という事はもしかして、奴は卑劣にも立場を利用して彼女に接近しているんじゃないか? 権力の乱用だ!許せないっ!
「もうこうなったら実力行使だ!」
俺は代わり映えの無い日々に嫌気をさし、ついに自ら動くことを決断した。
つまり、エアカナへの直接接触である。奴の真意が分かれば予告された日の行動も変わってくるはずだ。
そして、22の日の午後。ナナホさんと接触したデーニッツを魔界のズッコケ三人組と共に俺はストーキングした。
だが、奴は中々ナナホさんから離れようとしない。
「ねぇクラン君?」
「おっす。なんすか? バアルさま」
「俺は今までこんな悪魔的で残酷な命令を下した事がない。それを君に頼むんだ。光栄だろ?」
クランはマレードの言葉に背筋が凍る思いがした。だが、自分はこの人の忠実な部下であると言い聞かせ、頭を縦に振った。
「よろしい。これをデーニッツが食べているスープの中放り込んでくれ。君のタレントで壁にへばりつきながらやったら容易だろう?」
「え? えと、所でそれ何なんすか?」
マレードの手に握られた怪しげな錠剤を三人が顔を近づけ凝視する。
「これか? これはね…… “下剤”だよ。水に秒で溶ける強力なやつだ」
その言葉に三人の顔に恐怖の相が浮かんだ。あまりにも悪魔的発想だったのである。
「おれには出来ませんっす…… そんな残酷な事……」
(ついこの間までオラついていた人間が何を言っているんだ……)
だが、これくらいの手を使わなくてはトイレにすらなかなか行かないデーニッツを一人に出来ない。これは苦情の選択なのだ。
「クラン君…… 世の中には決断しなくてはいけない時があるんだ。ナナホさんを守るためなんだ。これは仕方のない事なんだよ?
……だから、やるんだ」
俺はブラック企業の上司の様にクランに残酷な命令を再度押し付けた。
「……ました」
「ん?」
「……わかりました。おれやるっす。それで彼女を守るっす!」
涙を浮かべながらも、強気の表情でクランは決断した。その様子を見て、他の二人も瞳を潤ませ、戦いに赴く友の後姿を見ていた。
「はぁはぁ…… あと少し、あと少しっす」
天井にへばりつき、音を出さないようにゆっくりと目標の直上を目指す。彼にはステルス能力何て便利なものは無い。もし気配を感じられたらそこでアウトだ。
“カチャン”
警戒していたが、吊り下げられた電灯や飾りなどを完全に躱す事は困難であり、クランの右足が金属を揺らす音を響かせてしまった。
「ん? さっき何か聞こえなかった?」
レストランの客の一人が異変に気付き、プレーリードッグの様に頭を左右に振り始めた。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!)
下剤投入部隊に電流が走る。
「おっかしいわねぇ…… あ、猫ちゃん! こっちおいでぇ」
間一髪。プレーリードッグの興味は突然現れたキュートなにゃんこに集中した。この猫は言うまでも無くミアの差し金である。彼女はクランのアクシデントから急ピッチで猫を呼んだのであり、その労苦が彼女の荒い息と流れる汗に表れていた。
「うわぁー怖かったっすぅー」
「よしよしよく頑張ったねぇ」
下剤を的確なタイミングで天井から落とし、スープに混入させる事に成功すると、クランは慌てず、そしてゆっくりと凱旋した。そして、俺達の元に駆け寄ると涙を流して皆に抱き着いた。
(良くも悪くもこの経験が彼を成長させるだろう)
そんな適当な事を脳内で言いつつ、俺は彼にもっといいものを食わせてあげようと決意した。彼はそれだけの事をやったのだ。
「よし、後は彼がトイレに駆け込むのを待つだけだな!」
「「「うっす!」」」
かくして俺たちの活動は個人の守護から、個人がトイレにさっさと行く事を願いながら監視するという汚いものに内容を変え、二人の動向に影から目を尖らせた。




