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若き魔界幹部の悩み  作者: 耕眞智裕
清き人形少女の悩み
23/69

13 嵐の間

「閣下が直接会わなくてもよろしいのでは?」


「いや、奴とは俺が直々に話す必要がある」


 16番目の日。記者会見を終えた俺は帝都郊外の拘置所にいた。目的は穴掘り男ノワール・ペシェの尋問だ。

 憲兵隊から受け取った資料によると、俺がヴィーナス計画を発動した事を「姫の簒奪」と解釈し、宰相府に穴を掘って潜り込んだ。だが、計画の核心に迫る情報は得られず、手に入ったのは関係者に資料を郵送したという情報のみ。そこで、郵送先のテルカ村の郵政局に先回りし、資料が関係者に届いたところで持ち去ったという事だそうだ。

 そして、オーティマ宮に穴を通したのは第二皇女を悪しき宰相から守るためという事だが、蓋を開ければなんと下らない。


「全く、面倒臭い男ですよ。まともな話をしないわ、独房に入れると穴を掘って逃げ出そうとするわ……

 ただ、一連の犯行については白状しました。いや、白状したというより武勇伝の様に語り始めたっていう感じです」


「それで、奴は何と言っている?」


「“俺は悪くない。宰相が姫を奪おうとしている。だから俺は姫をお救いしようとした”だそうです」


 先日と何も変わってはいないようだ。まぁ、すぐに真相は分かる。尋問? そんなのは不必要。俺にはそんな手を使わなくても相手の思う所を知る方法があるのだ。


「こちらです」


 留置所の職員に連れられて来たのは重厚な扉によって封じられた面会室。この先にペシェが待っている。


「あぁ、済まないが俺とペシェだけにしてもらえないか?」


「ですが……」


「憲兵総監からも聞いているであろう?」


「……分かりました。私はここで待機しております」


 “ガチャン”と重い金属が動く音と共に解錠されると、重い扉は軋んだ音と共に俺に道を空けた。


「やぁ、気分はいかがかな? ノワール・ペシェ」


 扉の奥の部屋の中央には鉄格子。そして、その奥にギラギラとした目つきでマレードを睨むペシェが発信機付きの首輪を掻きむしるように弄っていた。


「マレード! 貴様よく俺の前に姿を見せれるな! この簒奪者が!」


 話が理解できない。ここは先ずどのようにしてその様な考えに至ったかを聞き出すべきであろう。


「なぜそう思うのだ? 俺は皇帝によってこの任を賜ったのだ。簒奪者と呼ばれる筋合いはないが」


「俺は全て知っているんだぞ! お前が姫を我が物とし、この国の乗っ取りを画策している事を」


(これでは平行線か)


「まぁ、落ち着きたまえ。どうだ? 蒟蒻丼でも食うか?」


「なんでそんな栄養の無いものを食わなきゃいけないんだよ! 肉を出せ! 肉!

……あと、水着のお姉さんとか出してくれると嬉しいな☆ ポロリとかあるとなお良し! あ、変なの呼んだらチェンジだからな! チェンジ!!」


 当然俺はこの男の身勝手な要求を受け入れない。


「でさ? どうして俺がそんな事をすると思っているの? 誰かからそう聞いた?」


「え? いきなり話題を戻すなよ…… お姉さんを呼ぶ流れだろクソが…… 

 ああ、そうさ。俺はあの方から真実を聞いた。お前がこの国の乗っ取りを謀り、姫を連れ去ってムフフな事をしようとしているってな!!」


(やはりか……)


 先日ペシェは「俺はあの方と協力してここまでやった」と言っていた。この変態を裏で操っている者がいるのであろう。迷惑なもの好きもいたものだ。


「あの方ねぇ…… で? 誰だいそれは? 名前を教えてくれたら呼べちゃうかもよ? お・ね・え・さ・ん」


 なんて単純な男だ。たった五文字の言葉でギラギラさせていた熊のような瞳は、愛くるしい愛玩猫のような優しい目に変わった。


「あ。お姉さん…… う、ううううう…… 畜生…… お姉さんが目の前にいるってのによぉ…… 分からねぇんだ!! わからねぇんだよぉあの方の名前がよぉ!!」


(目の前にはおらんやろ…… ていうか何この人? 名前も知らない人を信じてホイホイこんな事をしでかしたの?)


「うぅぅ…… 畜生…… くっ……」


 ペシェは悲しみに言葉を失っていた。恐らく、彼の言葉には嘘偽りはないのであろう。だが、確かめる必要がある。もしかしたらこの男が稀代の役者かもしれないのだから。


「再度聞く。本当に知らないのだな?」


「……あぁ、知ってるなら、お姉さん呼んでる……」


 ペシェが回答したそのタイミングで俺はタレント『読心』を発動する。


(あぁ、お姉さん…… お姉さんが欲しい…… もう適当に名前言っちゃおうかなぁ。知らねぇものは知らねぇしなぁ…… ポロリを前にしてお預け辛い。ポロリポロリポロリ)


 どうやら度し難いほどに下半身でしか物を考えていないようだ。結局この男は名も知らぬ者に言い様に利用された道化に過ぎない。核心的な所は分からずじまいか。


「ポロリ……」


「は?」


「え? ……あぁ! あの方の名前だよ! 今思い出した! よしお姉さんカモーン!!」


 勝ち誇ったように両手を上げる変態が少し不憫になった。だが、ここでの用事は済んだ。時間は有限なのである。もはやこの男から得られる情報はない。


「この変態を独房に放り込んでくれ! 少々不思議な鳴き声で喚くが、錯乱の一種だ。気にするな」


 マレードは非情に扉の前で待機していた職員に伝えると、「おねえさん!! おねえさん!!」という獣の慟哭をBGMにしてそそくさと鉄の臭いが香るこの地を後にし、秘書が居眠りする車に乗り込んだ。







(あぁ、疲れた…… あの方か…… 名を言ってはいけない魔法使いか何かか?)


 ペシェの不気味な操縦者はしたたかで、尻尾を掴ませない。こいつを放っておけば、ペシェが言ったように大陸が混沌に包まれるのか? 何か手を打つ必要があるであろう。

 だが、俺のスケジュールには予定が山積み故、そんな事を言ってはいられない。海の月は俺にとって最大のイベントが控えているのだ。そう、25番目の日『グランディア大陸魅力のある国ランキング発表』である。

 発表の地は大陸47の国々で持ち回りであり、今年はスータマの南にある経済大国《トキオ合衆国》で行われる事となっていた。

 そして、この事は俺にとって非常に都合がいい。何故なら俺にはトキオへの中継地であるスータマに重要な用事がるからだ。


(ナナミさん大丈夫だろうか……)


 『グランディア大陸魅力のある国ランキング』と並び、俺にとってヴィーナス計画の功労者であるナナミ・コンチネンタルを見舞う事は重要であった。

 彼女は皇女殿下による愛のアームロックで両腕が砕けた後、帝都の病院で応急処置を受け、現在はスータマ首都スータマシティの国営病院で治療を受けている。


「では閣下御達者で。ふわわわぁ~」


「あぁ、行って来る。何かあった時はよろしく頼むぞアンナ君。君だけが頼りだ」


 そんなこんなで、頼りがいのある秘書に後を任せ、俺は今空港にいる。目的地は言うまでも無くスータマだ。それと、スータマでの活動は公務ではなく、個人の活動という事になっている。つまり……


「じゃじゃーん! 完璧変装セットぉ~!!」


 そう、これが必要であろう。正直あの国で身バレしたらえらい事になる未来しかない。ピラニアの群生地に身を投げるようなものだ。

 あぁ、それとこれは私的なものと言ったが、一部では公の要素も含んでいる。それが俺の胸ポケットに収められた第二皇女の親書だ。ナナミ・コンチネンタルの骨折は彼女によるものであるが、国際関係に影響があるため、一般にはその事実は公開されていない。だから、こっそりと『ほわほわ』名義で謝罪したいという事なのだそうだ。


「行くぜスータマ!」


 “行くぜ”などと威勢よく言ったが、俺の中には心配と不安で溢れていた。というのは、俺はナナミさんの炎上を鎮火させる事を条件に彼女を利用した。彼女はきっとその認識は無いであろうが、これは俺のけじめなのである。そして、俺の計画は成功と言っていい結果に至ったが、彼女が満足する者を得られたかどうかは分からない。もし、彼女がそれを得るに至らなかったとなれば、俺は彼女にどう謝罪すればいいのであろう?

 それ故に、恥ずかしい事だが、今頭を巡らせているのは“いかに彼女を納得させるか”であった。つまり言い訳だ。

 だけど、人間というのは同じ事ばかり考えていると疲れるもので、飛空艇内の最も暇な時間を俺は夢の中で過ごしてしまった。神は言っている…… 言い繕うことなく、正直に謝るしかない運命さだめであると。



 若干の眠気を残し、スータマの地に足を踏み出すと、暗い夜空に満月が浮かんでいた。


(いい夜だ。ケルベロスさんはこういうのを見ると遠吠えするのかな)


 等と意味のない事を考えながら空港ロータリーで他の力者に交じってタクシーを待つ。目的地はちょっと前にお世話になったジーマ大使館。そこで大使と母に挨拶をした後、大使館にまた厄介になる予定だ。極力スータマ国民に顔を合わせたくないし、今回は公費で活動できないから出来る限り出費を抑えたいのだ。


「お客さんどちらまで?」


「スータマシティ、オーミ駅までお願いします」


 俺は敢えて大使館に直接行かず、その最寄り駅に向かう事にした。俺の変装は完璧だが、不用意に正体を探るヒントを与えるべきではないと思ったからだ。


「分かりました。 ……お客さんどこかで見た事あるような?」


 まただ。どうやらこの大陸には人の正体を見破る観察眼の持ち主が腐るほど生息しているらしい。普通じゃないな。赤い彗星と呼ばれた軍人は戦後サングラスだけで正体を隠し通したというのに(※隠し通せていません)。


「気のせいです。俺は通りすがりの旅行者です。あまり時間がないので速くお願いしますね」


「はい! うーん……どっかで見た様な…… セクシーな顎のラインに、整った顔立ち」


(お? 嬉しいこと言うじゃない)


「そして、いやらしい事を言いそうな口元に全くあっていないクソダササングラス……」


「早く行ってください」


(クソダササングラス? こいつ他の男と勘違いしているな)


 なんとも居心地の悪い。運転手は黙り余計な詮索を止めて運転に集中しているが、自信があったファッションをコケにされるとは思ってもみなかった。


「着きましたよ~」


 そして数十分の時間を要し、窮屈な空間から解放され、クソダササングラスはスータマシティ有数のターミナル駅オーミに到着した。

 そこには老若男女がそれぞれの目的を持って行きかい、車のヘッドライトの軌跡が幾重にも交差する姿は、まるで無数の糸が一つの場所で結び目を作っているようだった。


「いつみてもやっぱりすごいな」


 大陸全土から見ればスータマシティはそれほどの大都市ではない。しかし、我が国の隣国にここまでの光景が見られる場所があるという事が俺を感嘆させ、ジーマ発展のモチベーションを高めるのだ。

 田舎者の様に街の情景を眺めながら歩く事10分。スーツケースを引きずる宰相閣下の足は国力にそぐわない好立地かつ豪華なジーマ大使館の前で止まった。

 

(時刻的に母さんは帰っているだろうか?)


 俺はそう思ったが、居なければそのまま母の家に向かえばいいと考え、明かりのついた大使館の戸を叩いた。


「ジーマ・ガランドです。ガランド特別駐在員はいらっしゃいますでしょうか?」


 扉の中から話声が聞こえる。こんな時間にも関わらず結構人が残っているようだ。


「まーちゃんいらっしゃーい!! どうぞどうぞ入ってぇ」


 マレードを出迎えてくれたのは母親であるマレーナであった。彼女は笑顔で息子の頭を撫でると、まるで自分の家であるかのように軽く大使館に招き入れた。


「こんばんは大使殿。

 それと、ガランド特別駐在員…… 貴方もまだここにいらしたのですね。てっきりお帰りになったのかと思いました」


 べったりとくっつく甘い香りの女性にマレードは鬱陶しそうな顔でそう言った。


「ガランド特別駐在員は最近ずっと本館にお泊りですよ。あれらが逃げないようにしっかり監視しなきゃいけませんしね」


 大使が言ったその言葉にマレードは苦い顔を見せる。


「え? また変な生き物でも飼い始めたんですか?」


 マレーナ・フォン・ガランドは自由を愛する女だった。天真爛漫にして天衣無縫。普通は考えない事をやってしまう彼女は時にトラブルを招いた。良く思い出すのは俺が12の頃、中等部進学を迎えた時だった。

 その日は外務省での仕事が忙しく、帰ってきたのは夜遅くであった。恐らく、次のステップに進む息子に何らかの贈り物をしたかったのであろう。彼女が持って帰ってきたのは魔犬の子供であった。首に魔力供給用の首輪をしたその子は、最初は手のかからない子犬であったが、成長するにつれ魔法生物モンスターとしての側面が見えるようになっていったのだ。

 バロンと母に名付けられた魔犬はついに炎を吐くことを覚え、部屋一つを灰に変えた。俺と幼い妹、そして父はそれに恐怖を覚えたが、何故か母はその様子を喜び、庭でのバーベキューにバロンを利用し始めた。そしてそのうちに俺たちのバロンに対する恐怖は目の前で爛れるチーズの様に溶解し、食材を焼く紅蓮の炎を家族皆で楽しんでいた。

 今思えば異常であった。だが、当時は不思議な事に家族の誰もがこの異常性を感知する事が出来ず、母とバロンの息の合った調理に感動していた。そして母とバロンも家族の反応に気を良くし、週一のバーベキューパーティーは家族の楽しみとなっていた。


しかし、それは突然終わりを迎えた……  


 当然のことだ。ご近所さんが毎週吹き上がる不気味な炎に恐怖を感じ、憲兵隊に通報したのだ。

 あぁ、はっきり言って100%俺たちに火……じゃなくて非がある。愉しみに酔って外が見えなくなっていたのだ。

 家族は反省し、二度とこのような事をしないという決意と迷惑をかけてしまったという謝罪を、手土産を片手にご近所さんに伝えて周った。

 だが、それでは終わらない。ご近所さんにとっては近くに炎を吐く魔法生物モンスターがいるという事が恐怖なのである。結局バロンは父の友人である魔犬トレーナーの元に預けられ、ガランド家の威信は何とか保たれた。

 母は自分がバロンを連れて来た事に責任を感じ、己に動物は飼わないという鉄の掟を課した。だが、それから幾度とバロンに会いに行ったり、飼育可能な魔法生物モンスターの本を買っては俺と妹に読み聞かせ、未練を隠す事は無かった。

 因みに今バロンは父と共にアカーヤ湖で元気よく走り回り、炎を吐いている。




「私だって大人だもん! 無暗に動物は飼いません!」


 抱き着いたままマレードの身体を揺らし、マレーナはムッとして声をあげた。


「だって母さ…… ガランド特別駐在員には前科がありますし」


「あれっきり飼ってないもん! 私だって反省したんだから! それにまーちゃんもまりちゃんもパパも楽しんでたじゃない!」


「あぁ、そうだね。あれは俺たちにも責任がある。それで、動物じゃないなら何を監視しているのですか?」


「うーん。どうしよっかなぁ~」


 二人は俺の問いに中々答えたがらない。きっとやましい何かがあるのであろう。


「そうですか。くれぐれも迷惑をかけないようにお願いしますね」


 “俺は面倒が嫌いなんだ”こんな時に悩みの種を増やされては敵わない。


「いや…… でもこれまーちゃんにも関係がある事だし……」


 母が俺から目を逸らして放ったこの言葉によって俺の脳内で高らかに警鐘が鳴らされた。“これは危険!! 看過するべからず!!”と。どうやら、悩みの種は既に芽を出していた様だ。


「今すぐ見せて下さい!!」


「そうねぇ~。それじゃ見てもらおうかしら」


(まったくこの人はソレを見せたいのか、見せたくないのかどっちなんだろう……)


 ガランド特別駐在員がマレードから離れると、彼女は前に朝食を取った食堂の扉の前までスキップで移動した。そして、笑顔で「ここよ!」とこの先にソレがある事を宣言した。


“ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ”


 近づいたら俺でも圧倒的なプレッシャーを感じる事が出来る。まるでこの扉の先に宇宙から来た異形の神でもいるかのようだ。はぁ、悩みの種は健やかに生長し、この中で面倒な事になっているんだろうな。


「それじゃあ開けますよ。まーちゃんも大使さんも中のものを逃がさないようにね」


“ガチャリ”


 解錠の音と共にゆっくりと扉が開き、俺は息を飲んで構えた。中のものが何ものであろうと退かない心構えだ。


「うっ……」


 扉が開くにつれ、先の空間から瘴気のようなものが漏れ出し、俺は毒霧を受けた様な不快さを感じた。憎悪、後悔、絶望、あらゆる負の感情が溶かされた大釜がこの中でぐつぐつと煮られているのだ。


「……これは一体!!」


 目の前に広がっている光景はある意味想像を超えていた。その縦長の部屋には魔法生物モンスターや禁忌植物の類は無く、おそろいのヘッドホンを付けた十数人の男女が黙々と死んだ目でMCのキーボードを叩く異様な光景が広がっていた。


「何ですかこれは? ネット喫茶でも始めたんですか?」


 そうであればと、その程度のものであればとの想いが言葉として外界に漏れた。だが、俺にも分かる。この禍々しい異常な雰囲気は深淵の闇そのもので、決してネット喫茶ではないという事ぐらいは……


「ひぃ!! ガ、ガランド宰相? た、助けて下さい! もう嫌ですこんな事!!」


 家畜の様に並べられた内の一人がマレードの姿を目にし、ヘッドホンを投げ捨てると叫びながら駆け寄ろうとした。だが、彼の足は鎖でテーブルと繋がれており、すぐにバランスを崩して倒れ、その音と振動によって、他の者たちもタイピングを止めると、亡者の様に救済を求める言葉を叫び始めた。


「もう皆さんまだ仕事は終わってないですよぉ。ちゃんと約束は守ってくださいね」


 マレーナがマレードに続いて部屋に入り、ゆったりとした口調でそう言うと、亡者たちは急に言葉を失い、恐怖と絶望を宿した怯えた目つきで石化したかのように固まった。


「か、母さん…… いったいこれは」


 俺はこの者達を知っている。伸びきった髭と髪が顔を隠していたから分からなかったが、ここに繋がれているのは、あの厚顔無恥なスータマ在住の同胞たちだ。


「彼らにはお仕事をしてもらっているの」


「ええ、動画を見てコメントするだけの簡単なお仕事よ」


(動画? …………まさか!!)


 俺は以前ニャムの動画が炎上した事、それを救いたいという事を彼女に話した。そして彼女は答えた。「私も協力してあげる。特別駐在員としてじゃなくて母としてね」と……

 案の定、並べられたMCのディスプレイには馴染み深い人形少女が良く分からない商品を紹介しているのが映っているのが見えた。


(大丈夫って言ったのに……)


 そう思ったが、彼女の行動に助けられたのも事実で、ニャムの動画を崩壊から救った影の立役者とも言えた。そう、あの時ニャムの動画に寄せられた温かくも、IQが溶けた様なコメントは彼らによって生み出されていたのである。


「皆さんには脱税で生じた借金を肩代わりする代わりにここで働いてもらっているんですよ。一人20アカウント使ってニャムちゃん応援プロジェクト!! 素晴らしいでしょ」


「――――――――」


 声も出ない。確かに彼らにも非があるし、罰を受ける必要があるだろう。だが、これは余りにも残酷すぎる。


「あ、あなた手が止まってますよ!!  そっちのあなたは画面から目を背けないで下さい!!」


「あっ…… あっ……」


 俺に助命の乞うた者も、母の前では大人しく、心無い亡者の様になっていた。母は彼らの精神も肉体も完全に支配していた。


「母さん。もうそろそろ許してあげたら? この人たちもう限界だよ。これじゃあまるで債務者たちが強制労働する地下施設みたいじゃないか……」


 あの動画の恐ろしさを知っている故に、俺はこの人たちを好かないが、今の境遇を同情した。


「うーん。確かにまーちゃんの言う事は尤もだけどいいの? ニャムちゃんは大丈夫?」


「あぁ、もう大丈夫。きっと大丈夫…… だから、ありがとう」


「ニャムちゃん応援プロジェクトはこれにて完結ね。

 それじゃあ皆さんお疲れ様でした!!」


 マレーナの宣言によって囚人たちは歓喜の叫びをあげた。中には泣く者もいる。数年分の労苦がこの数か月に凝縮されていたのである。


「で~も~ また脱税なんてしたら……わ・か・る・わ・よ・ね?」


 歓喜の時間は一瞬だった。マレーナが放った言葉の追撃に、彼らは獅子の咆哮を前にした子羊の様に静かになると、今度は怯えと恐怖の涙を流していた。


「でも母さん。どうやって彼らの債務を工面したの? まさか国のお金を勝手に使ったんじゃ……」


 いくら自由人の母でもそんな事はしないと思いながらも、俺は金の出どころが気になり彼女に声を小さくして耳に声をかけた。


「そんなことしないわよ。もう……  近くの私の家あるじゃない? あそこにある家財道具全部売ったの」


 母の答えに俺は驚愕した。あそこには祖母から受け継いだ思い出のものが沢山あったから……


「え? でもあそこにはおばあちゃんの……  良かったの? 今からでもなんとかして取り戻さなきゃ」


「いいのよ。これは私が決めた事だから。それにパパも許してくれると思うし、天国のお母さんお父さんもきっとそうしろって言うわ」


「だけど……」


(あんな人たちの為に、俺の我儘なんかの為に……こんなの納得なんかできない)


「いい? まーちゃん。私にとって一番大切なのは過去の思い出じゃないの。もちろんそれも大切だけど、それを捨ててもあなたとまりちゃんが大切なの。 だって、まーちゃんが友達の話をするのってカタル君以来じゃない? だからどうしても協力したかったのよ」


 気が付いたら俺は母の腕の中にいた。この人は本当に自由人だ。怖いくらいに。


「そ・れ・に。フィーナ姫様と結ばれれば、これぐらい一瞬で回収できるわ。だから期待しているわよ。まーちゃん」


 そう言って彼女はクスクスと笑った。それにつられ、俺も思わず笑いの声を零した。だが、俺は彼女の言葉に答えるわけにはいかない。まだ死にたくないからな。




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