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若き魔界幹部の悩み  作者: 耕眞智裕
清き人形少女の悩み
20/69

10 救国のヴィーナス Ⅲ

「……以上が、この不審穴に関する調査結果です」


「ふむ、ごくろう」


 我が国の優秀な憲兵隊が一晩でやってくれました! と、言いたいところだが、あの先が迷路になっていたり、モンスターの巣窟に繋がっていたりという事は無く、ただ、シンプルに地下水道と直結しているだけであった為、思った以上に調査に時間が掛からなかったようだ。

 判明したのは次の点。


 1、穴は左右に曲がることなく、スロープ状の通路は一階部分を突き抜け、地底にある上水道に達している。

 2、表面の形状から、道具を用いず、採掘魔法で掘られている。

 3、内部状況から考えて穴は新しい。


「採掘魔法技師である可能性が高いな」


 採掘魔法技師とは魔法建設士の職業カテゴリーの一つで、文字通り魔法を以って地面を掘る技能を持った者達の事だ。彼らは採掘魔法の専門学校で学び、高度な採掘魔法――特殊魔法・地底の獣スペシャルマジック・グレートモールを会得する。


「ですが閣下。採掘魔法技師でなくとも魔法の取得は可能です」


「確かにそうだ。だが、あの穴の芸術的な出来栄え…… あれを作るには専門的な教育機関からの指導と教練が必要だ。採掘魔法技師lv25以上はあるだろう」


 特殊魔法は普通教育では学ばないカテゴリーであり、その習熟は困難である。また、持って生まれた才能やセンスが重要であり、努力だけで得られるスキルではない。故に、採掘魔法技師の人数は少なく、本件は容易に解決されるとマレードは考えていた。


「まぁ、それはそれとして。地下水道の水質の確認と他に穴があけられた施設が無いか調べてくれ」


「了解しました閣下!」


 状況説明の為に俺の元にやってきた憲兵は自分の仕事を終えると急ぎ足で部屋を後にした。事は単純に見えるが、生活用水の近くに人が侵入したという事は、国民の生命に関わる重大事であり、俺に言われずとも、調査は全力で進められていた。こういう場合に嬉々として現れそうなジーノがここにいないというのも、彼らが必至である事の証左かもしれない。


「……だがおかしいな」


 本件に関し、俺には腑に落ちない事があった。穴自体は完璧なのに、その処理が杜撰だったことが不可解だったのだ。

 通常、採掘魔法技師は専門学校で特殊魔法・地底の獣スペシャルマジック・グレートモールと共に特殊魔法・立つ土竜後をを濁さず(スペシャルマジック・モールズエチケット)を習熟する。これは、地底の獣グレートモールと対になる魔法で、開けた穴を塞ぐ魔法である。

 安全の為にも、穴を隠す為にも、この魔法の有無は重要であるはずなのだが、穴をあけた犯人はその処理をしておらず、箪笥棚を動かして隠していた。もし、その処理が施されていればこの穴は見つからなかっただろう。


「まぁ、杞憂かもしれん。たまたま詠唱する余裕が無かったとも考えられるからな」


 マレードは頭に出来た“突っかかり”を振って取り払うと、偉大なる目標の準備の為、種々の書類群の征伐に取り掛かった。残り四ヵ月、猶予はない。






 ――二か月後――


 “カンカンカン”


「あぁ、大地の大いなる竜よ。我にその力の一端を与えたまえ! 特殊魔法・地底の獣スペシャルマジック・グレートモール!」


 何という事でしょう あの寂れた遊園地はかつての姿を取り戻し、匠たちの手で新たな輝きが与えられたではありませんか。

 人っ子一人来ない退廃の象徴だったゲートトンネルは、匠の業によって自然の光を取り入れる心休まる空間へと変わり、住人の獣人ちゃんもこれには満足して尻尾を揺らしています。

 


「ガランド様ぁ。なんかすごい事になってますぅ」


 視察に来た俺の姿を見つけると、圧倒的愛らしさ、モフモフせずにはいられない獣人少女ケルベロスがとことこと寄って来て体を動かしながら驚きを表現した。


「あ! もしかして、バアル様とお呼びした方がいいですか?」


「いや、今はジーマ宰相マレード・フォン・ガランドとしてここにいるから、ガランドと呼んでください。 ……あ、いや、面倒だからマレードと呼んでくれた方がいいかも」


「はぁーい。マレード様ぁ」


(なんなんこれ? 可愛すぎない? 抱きしめても犯罪にならない?)


「あ、ところで、凄い驚いているみたいだけど、通知を読んでないの? 確か村の住民全員に送ったはずなんだけど……」


 力が暴発しそうな右腕を収めるように、少女の身体に触れようとする右腕を左手で止めながら、マレードは話題を変えた。


「え? 来てませんよ。私やることないから毎日郵便桶確認してますし、間違いないです」


「うーん。おかしいなぁ。配達ミスかなぁ…… エルフラン……アスタロトさんから話は聞いていない?」


「アスタロト様ずっと行方不明だったもので……」


「あ、そう……」


 この後、俺は放浪幹部に代わり、この地の守護者である少女に全ての事情を説明した。目前で起きている事の理由を知ったケルベロスさんは耳と尻尾をしきりに動かしながら喜び、期待に目を輝かせていた。

 因みに、事情を知らなかった彼女は、調査職員や業者を敵対勢力だと思い込み、警戒しながら隠れていたらしい。そうしているうちに彼らに見つかり、ご飯を介して仲良くなったとか。いや、実に微笑ましい。


「おーい! ケルベロスちゃーん!  あっ! 何でもできる君閣下! こ、このような所によくぞおいで下さいました!」


 作業員の一人が少女の近くに黄色いヘルメットを被ったマレードの姿があった事に驚き、興奮気味に頭を下げて硬直した。


「頭を上げて。それで、どうしたの?」


「は、はい閣下! 実はこのパークのランドマークになる予定の物が完成したという事で、ケルベロスちゃんさんに報告に参った次第であります!」


「ランドマーク? 何だっけ?」


「こ、こちらにどうぞ!」


 そう言うと作業員は緊張から振る手と足を完全にシンクロさせて歩き始めた。そして、その先には黄色と白の縞模様が描かれた巨大な囲いが見える。


「ここからお入りください」


 その囲いの一部がパカッと空き、作業員に続いてその中に入ると、目に入ったのは巨大なスタチューだった。


「素晴らしいでしょう。姫様とケルベロスちゃんさんの彫像です」


 女神像の様な白亜のフィーナ像の足もとに小さな獣人少女の像が並んでいる。作業員が言うには、当初は姫の像だけを作る予定であったが、ケルベロスさんの可愛さに彫刻家が心酔し、このような形になったという。彫刻家の気持ちも分かるが、ダメだろこれは……


「えっとぉ…… このケルベロスさんの彫刻何ですけど、やっぱりちょっと……」


「え? ダメなんですか? 壊しちゃうんですか?」


 マレードの言葉に作業員は目を潤ませて彼の目を直視した。他の作業員も手を止め、この世の終わりに直面したような表情を彼に向ける。


「え? だって計画に無いですし……」


「……くっ、分かりました。涙を呑んで、破壊作業をいたします……」


 作業員がそう言うと、周囲から嗚咽の声が響き始める。そして、歯を食い縛りながら、ノミのような道具を取り出した。


「バイバイ…… 僕たちのエンジェル……」


「……わっかりました! おっけーおっけー! 全て認可します。もう、そのままでいいですよ!」


 マレードの敗北宣言に似た言葉が囲いの中で響くと、作業員たちはヘルメットを空高く放り上げ、抱き合いながら勝利を喜んだ。

 俺は自分が悪者の様になっているヘドロのような雰囲気に屈したわけではない。ただ、俺を見つめるデンジャラスキューティーな獣人少女の悲しそうな表情に耐える事が出来なかったのである。俺はあの彫刻家と同じになった。

 それとひとつ言っておくが、俺は断じてロリコンではない。これだけははっきり真実を伝えたかった。


「マレード様。よかったのですか?」


「あぁ、大丈夫だよ。

うーん…… 計画書に書き加えなきゃな。姫殿下は何も言わないと思うが、皇帝陛下が苦情を言ったらどうしようか……」


 机上の空論とはよく言ったものだ。現実と計画はしばしば乖離する。計画は会議室で起きているんじゃなく、現場で起きているのだ。


“モンスター警報!! モンスター警報!! 南西よりC級モンスターが接近しています! 戦闘員は至急準備し、村を防衛してください!”


 マレードが頭を抱えながら囲いを出ると同時に、工事現場各所に設置された拡声器からモンスター出現のアナウンスが流れた。


「早速来たか」


 町や村といった人間の居住空間には、至る所、具体的には約500メートル間隔に魔法封じの結界を発生させる装置が配置されている。これは魔法を封じる他に魔法生物モンスターを排除する効果もあり、それによって人間たちは安心して暮らしているのである。

 だが、どうしても魔法を使う事になる施設や事情が多々存在している。場所で言うと、魔法を学習、研究する為の学校などの学術機関や修練場を備えた施設などだ。そう言う施設にはこの結界が張られていない場所が存在し、有事の場合の為に、結界を張る事が出来る空間魔法のエキスパートが常駐している。そして、事情で言えば今のこの場所だ。建設開発事業に魔法は不可欠であり、ここのような遠隔地であればモンスターが侵入する間隙も作ってしまう。だからといって結界を張ると、途中段階の魔法が誤作動を起こす可能性があるし、張った結界を解除するのは中々骨が折れる為、モンスターに対して結界を張るのは無駄が多い。そこで、彼ら対魔法生物戦闘員の出番という訳だ。軍人や警官、たまに研究者等、魔法に自信ニキな猛者たちで編成された彼らは普段無暗に使えない魔法をモンスター相手に悠々として使えるのである。


「C級か。すぐに終わりそうだな」


 C級といえばコボルトなどの小型モンスターだ。群れで来たとしても、夏の火に入る夏の虫。敵に飢えた魔法使いの格好の標的だ。手加減なしの彼らに一瞬で殲滅されるであろう。

 だが、同時に彼らの中には不慣れな者も多い、時として意図せぬ状況に直面する事もある。例えば……


“モンスター警報!! モンスター警報!! 南よりB級モンスターが接近しています! 戦闘員は至急準備し、村を防衛してください!”


「やれやれ……」


 つまりこういう事だ。奴らに知性や、連携なんてものはない。だが、それ故にこのような偶然の連係プレーは意図せず起こってくる。


「南部は俺が何とかしよう」


「宰相閣下自らですか!? 危険です!」


 なんともありきたりな会話だ。ならこう答えなくてはならないだろう。


「俺を誰だと思っている! 天才マレード・フォン・ガランドだぞ!」


 天才はクールに作業場を去り、迫りくるモンスターの群れを前にその身を晒した。先ほどの言葉は決して死亡フラグではない。危険な相手なら俺でも作業場と村の人々を連れて逃げている。

 相手はB級。決して侮っているわけではないが、俺一人でA級を相手に勝利した実績もある。それに、ここは俺自らが相手をするのが最も効率邸だ。


「グァ!! ガガガガァ!!」


 まるで喋るように迫る戦獣ワービーストたちは一人立つ男を見て唸り声をあげる。


「やっぱり戦闘員たちはあちらの餌に首ったけか。給与を払っている以上、あとでしっかり厳しく言っておかなくてはな」


「ギャガ! ガガガガ!」


「そんな声で鳴くなよ。お前たちも必死かもしれないが、俺もここを通すわけにはいかない」


 少しの間の後、マレードは小さく呪文を口にし、炎を操る錬金術師の様に指を高らかに鳴らした。その直後、モンスターの群れの戦闘に巨大な火の壁が出現し、獣の断末魔と共に灰となって消滅した。  

辺り一帯は高熱で草が煙となり剥き出しになった土から焦げ臭いにおいが発せられていた。その様子に残された戦獣たちはたじろぎ、進むでもなく、退くでもなく、マレードから視線を離さぬようにじっと様子を見ている。


「リーダーがいなくなったか。さて、退くか? それともこの地で無残に消え去るのが望みか? まぁ、モンスターに言っても意味が無いか」


 威勢を保ってはいるが、所々で怯えがあるのをマレードは見逃さなかった。


「キュー…… グァ! グァ!」


 最も威勢が良かった先頭の戦獣が弱弱しく、そして高音で吠えると、周囲の獣たちと共にマレードの姿を視界にとらえたまま少しずつ後ろに下がり、一定の距離が空くと、一目散に逃げて行った。


「引き時は理解しているか。少しは頭を使っているようだな……」


 そう思ったが、俺は彼らを過小評価していた。奴らが去った後、巨大な影がこちらに向かっていた事に気付き、そう理解を改めた。


「別の種か! 奴らそれで…… ちっ! 詠唱が間に合わない!!」


 迫りくる巨大な影は猪の突進の如く速く、既にマレードの肉体に狙いを定めていた。


「クソッ! こんな所で!!」


「グガァァァ!! …………グギャァァァァアアアアア!!!」


 マレードが詠唱を切り替え、単純な魔法で迎撃を行おうとした刹那、巨大な戦獣の肉体は横へと弾かれるように飛ばされていた。それは、強大な力がもう片方からぶつけられたという事を意味していた。


「ふぅ…… 大丈夫ですか? マレード様!」


「ケ、ケルベロスさん?……」


「はい! 我こそは泣く子も黙る冥府の魔獣!! その名はアリーザ・ケルベロス!!」


 マレードの九死に一生の立役者は高らかに名を叫ぶと、どや顔で仁王立ちした。


「流石は冥府の魔獣。だけど……」


 マレードは獣人少女に微笑むと指を鳴らし、油断に満ちた彼女のすぐ傍で牙を立てる獣を火だるまにした。


「油断は大敵だよ。お嬢さん」


「マレード様こそ油断していたからこうなったんじゃないですかぁ!」


 自分の事を棚に上げてモノを言うキザな男にケルベロスは手をバタバタさせながら抗議した。だが、その愛らしい姿は彼を困らせるどころか、癒しを与え、その表情は幸福に満ちていた。


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