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若き魔界幹部の悩み  作者: 耕眞智裕
清き人形少女の悩み
17/69

7 第一回魔界幹部議会

「さて、我々が行動を開始するに際し、最も必要なものは何かな?」


 どこかの司令官の様に組んだ腕に顔の下半分を隠し、アスタロトは話を切り出した。


「結論から申し上げますと、財源です。長い経済封鎖のせいで金が尽きている上に、それを生み出す仕組みも表の世界に大きく差を付けられている」


「ソウダ! マレードサン ノ イウトオリダ ワレワレニ ハ カネ ガ ヒツヨウダ!」


「そうだな。皆はどう思う?」


 マレードの言葉にうんうんと首を縦に振り、アスタロトは他の仲間の意見も仰いだ。


「マレード氏の言っている事はパーフェクトその通りなのでござるし、前から拙者たちもそのような結論に達したのでござるが、いかんせん魔界にはなーんも無いのでござるよ」


「ナーンモナイ ドウスルノ!? ドウスルノ!?」


「あぁ、分かっている。だが、これは越えなくてはならないハードルだ。何か考える必要はある」


 魔界の文明は勇者の活躍により10年遅れていた。10年と言えばそこまでの期間に見えないが、昨今時代の変化は激しく、例えばこの10年で表の世界の大衆交通手段が馬車から自動車に代わり、乗り心地や、操作性を競っている中、魔界では馬車馬の血統を競っていたのである。

 魔界はこの絶望的な差を埋める必要があったが、投資する十分な資産は無く、立場上、金融機関や国際的な支援機関に頼るわけにもいかず、皆を悩ませていた。ただ、ギリギリのところで魔界市民の生活は維持されており、それはある男の不断の努力の成果であった。


「そう。みんな最後はそこに行きつくのよね。それで結局何も出来ずにお開き。果報は寝て待て、いつかチャンスが訪れるのを待つことになるのかしらね」


「アーコマッタ アーコマッタ ギギギギギ」



((((…………………………………………………………………………………………………………超ウゼェ!!!!))))



 口にはしなかったが、異口同音に人形娘以外の四人の心が叫びをあげた。


「…………」


 いちいち話の途中でカタコトの反応を挟んでいた少女を皆はスルーしてきたが、そのザラザラした圧に耐えられず、とうとう話は途切れ、歪な静寂が場を包んだ。


「……どうしたのナナミちゃん? 拾い食いでもしたの?」


 己の公序良俗に喧嘩を売っている様な格好を棚に上げ、痴女が静寂を壊した。


「えっ? 私そんな事しませんよ! じゃなくて、ナニ ヲ イッテイルノ デスカ? ワタシ ハ セイジョウ セイジョウ」


「もしかして…… ナナミさん。今になってキャラ作っています?」


 ナナミの異常な態度に対するマレードの言葉が彼女の耳に届いた瞬間、ナナミは体を数センチ跳ねさせた。これは図星を突かれた合図だ。


「ナナナ! ナンノコトカナー?」


「今更キャラ作りしても遅いですよ。それと、普通に喋ってください。正直不気味です」


 俺は直球言語をナナミさんの心のミットに叩きつけた。それを受け、ナナミさんの頭上に“ガーン”という文字がでかでかと現れ、今にも涙を流しそうな悲痛の表情を浮かべた。


「表面を作っても中身が変わらなかったら違和感しかありませんよ。例えて言うなら、東大陸出身者が西大陸の漫才に嵌って、無理やり西大陸訛りを使っている感じです。あれほど気持ちの悪いものはないでしょ?

 でも、心配しないで下さい。いろんな意味でナナミさんはしっかりキャラ立ちしていますよ」


(ガツーンと言った後のフォローも忘れない。これこそが人の上に立つ者の器だ)


「ムムムムム……」


 腑に落ちないとでも言いそうな表情であるが、一応ナナミは悲痛の表情を緩め、心の安定を保ったように思えた。


「それじゃあ話の続きを。一つ思ったのですが、あの遊園地の廃墟を何かに使えませんかね。あのままにしておくのも勿体ないですし」


 ハデス・ゲートと魔界入口の間にある空間に存在する夢と希望の成れの果て。見る場所が門の守護者の愛らしい姿くらいしかないその空間を俺は利用したいと考えていた。

 だが、先輩方の反応は芳しくなく、申し訳なさそうに俺を見つめた。


「マレードさん。あの廃墟はもう駄目だよ。前にも話した通り、あの場所に作った事自体が失敗だったんだ」


「ですが、アレをあのまま放置するわけにもいかないですし……」


「それじゃあ聞くけど、ハデス・ゲート出口にあるテルカ村の人口は現在何人だい? あそこはスータマの国境に近いけど、テルカ村には入国審査を受けてまで客人が来るほどの魅力はあるだろうか? 悪いけど私にはそんなもの微塵も感じない」


 アスタロトの指摘は新入りを黙らせた。マレードには返す言葉も無く、彼の指摘が的を得ている事は自身が最も分かっていた。


「ただし、きっかけがあれば…… 偶然にせよ必然にせよ、あの場所が盛り上がるきっかけがあれば、再生の道も開けるかもしれない」


 この言葉の中には、俺に権力を使わせようという意図が包含されていた。奇しくも今年はジーマ・スータマ国交100周年にあたり、国境沿いのあの地にそれを記念した開発を行えるいい機会ではあったし、自分自身を客寄せパンダにする覚悟もあった。

 だが、今の段階ではきっとそれは出来ない。俺は政治の上では、他の大臣に優位して政策を決定できる権利を有するが、実行するには漫画家皇帝の了承を得なければならない。俺の上司がまた面倒な条件を加える事は火を見るより明らかだ。


「ふわ~」


 マレードが今後について頭を悩ませているのを嗤う様に、キャラ付けを諦めた人形少女が特大の欠伸をとどろかせた。時刻は既に日を跨いでおり、彼女の行動は無理からぬ事であったが、そのゆったりしたボイスは皆に催眠効果をもたらした。


「話も進まないしここでお開きにしましょうかね~」


「拙者こう見えても現実リアルは忙しいのでござる」


 ナナミの欠伸を合図にメンバーたちは席を立ち、指を振ってアイコンを出現させ、帰還の準備を始める。それに対し、マレードは席を立たずに悶々と考え事をしていた。


(もうこんな時間か…… 母さん来ているだろうか…… てか、なんでこんな時間にここにいるんだっけ? ……そうだ! ナナミさんの動画が炎上して、それで……)


「あっ!!!」


 ラッパの様なマレードの声がこだまし、幹部諸君はパネルを操作する指を止め、音源の男に視線を集中させた。


「どうしたのよもうっ? マレードったらそんな声出して。私と離れるのが寂しくなったの?」


「ナナミさん!」


 マレードは痴女の戯言を馬耳東風に帰し、人形少女の名前を呼びながら彼女に迫った。ナナミは不審者に突然声をかけられた少女の様に怯え、ただ、小さく「はい」と呟くしかできなかった。


「君のタレント! 他者の能力を数値化するあのタレントを君自身にかける事は出来るのかい?」


「え? あ、はい。自分自身の能力だと魔力耐性も働かないみたいで……」


 ナナミの回答にマレードは大人げも無くガッツポーズし、「ヒャッホーウ」と叫びながら昇竜拳を空振りした。


「では問おう! 汝の耐久ステータスはいくらか!?」


「えっと、確か『D』です……」


(『D』…… 俺は確か『E』…… この小娘、俺より丈夫だというのか…… まぁ、これは好都合。きっと彼女は試練に耐えられるだろう)


 マレードは理想的な回答を得た事に高揚し、マッドサイエンティスティックな笑いを数秒に渡りとどろかせた。だが、彼の行動は他から見れば、『眠くて頭のおかしくなった人』にしか見えず、彼らの顔には憐憫の相が浮かんでいた。


「大丈夫でござるか? 二の腕揉む?」


「揉みませんよ! 何が悲しくて男の二の腕を触らなきゃいかんのか! 俺は正常です。高揚感ですこーし舞い上がっただけ。

 ふっふふ。聞いて驚け! 遊園地再生のアイディアが閃いたんです!!」

 

 腰に手を当て、胸を張って仁王立ち。褒めて下さいと言わんばかりの出で立ちでマレードは「フン」と鼻を鳴らした。


「そ、それは凄いですね! でも宰相様?それと私の耐久力に何の関係があるんですか?」


 パンと一度手を叩いた後、ナナミは不思議そうに尋ねた。


「ナナミさんには貴方自身の目的の為、そして、魔界の資金調達のために体を使っていただきます」


 舌なめずりしながら少女の身体を見つめる男の発言に皆は一歩下がり、侮蔑と失望の目で彼を見つめた。


「ひっ! なななななな、何言っているんですか!? ほんと信じられません!」


 ナナミは体を男の視線を手で遮ると、顔を真っ赤にして叫んだ。この瞬間、彼女の中に若干あった宰相に対する尊敬の念は四散し、代わりに『変態男』と命名されたマレードの銅像が立てられた。


「何を怒っているんだいナナミさん? 何かを手に入れようとする時、人は痛みを覚悟しなくちゃいけないんだよ。ノーペイン、ノーゲインだね」


「くっ……」


(もしかして、宰相様、あの笑顔は見せかけですごく怒っているのかな…… 確かに私凄く迷惑かけちゃったし)


 動画の件で生まれたマレードに対する申し訳なさと、罪悪感が沸き上がり、ナナミはマレードの変態行動の真意を自分に対する罰だと理解した。


「……わかり……ました…… 嫌ですけど、手ぐらいなら、ううん、ハグくらいなら我慢します…… だからそれで……」


 少女は瞼に力を入れ、身体を守っていた手をどけると、作り笑いを浮かべて体を彼に任せる事を覚悟した。


「ん? 何言っているんだい? そんなんじゃ済まないよ。痛さと恥ずかしさで泣いてしまうかもしれないけど我慢してもらうから。大丈夫、痛みはすぐ無くなる」


「ひっ!!!!」


 宰相様の答えは残忍であった。彼の私に対する憎しみは生半可なものでは無いらしい。それはそうだ。尊敬深き宰相様の評判を私は自分の評価の為に墜としたのだから……


(でも、これはあんまりだ!)


「ちょっとマレード。あんた何言ってるか分かってるの? それならわた…… ナナミちゃんに謝りなさい!」


「然り、然り、マレード氏ぃ…… ガッカリなんだな。これはあんまりだと思うんよ。マレード氏じゃなかったら通報してたお」


 カーチェとジレットがナナミの陣営に加わり、マレードを咎めるが、当の宰相はなぜ自分が非難されているか理解していない様子で頭を傾げていた。


「確かにナナミさんには悪いと思うけど、痛みは一瞬だし、彼女にしか出来ない事なんだ……」


「マレードあんた……」


 マレードの回答にカーチェは失望を露にした。そして、彼の元に近づき、右手を大きく振り上げた。



「女王様! 待つでござる!」



 マレードの綺麗な頬を救ったのはジレットの声であった。彼はマレードに掌を向け何かを察したように頷き、安堵の笑顔を見せた。


「マレード氏は皆が考えている様な事をしようとはしていないでござるよ。彼の発言の奥にあるものが拙者にそう告げているでござる」


「そう…… それは良かったわ。

 それで結局、マレードは何を考えていたわけ?」


「全部は分からないでござる。マレード氏はナナミ殿を遊園地政策に利用しようとしているみたいなところまでしか…… 

 ただ、ナナミ氏を傷つけるような邪悪なものは感じなかった」


「アンタが言うのであれば間違いはないわね」


 マレードをわきに追いやり、カーチェとジレットはマレードの言葉なしに納得し、安堵した。

 全く意味が分からない。俺の前で一体何が起きているのか…… 勝手に話が盛り上がり、勝手に話が収束するのを俺は怪訝な顔で見ているしかなかったのだ。


「マレード氏。改めて君の考えを説明してくれるかい?」


 今回のジレットの言葉には怒りの棘はついておらず、親友に話しかけるかのように柔らかであった。


「申し訳ないが、我が国の事情が絡んでくるから全てを話す事は出来ない。それだけは勘弁して欲しい。

 俺は国を挙げてあの遊園地を再生させ、魔界の従業員を暗に雇用し、売り上げの一部を魔界人土地所有者に出す事で魔界の収入源とする。これは微々たるものかもしれないが、魔界復活の確実な一歩となるはずだ!!

 だが、一つ解決しなくてはいけない壁がある。それは、あの村だ。あそこがあのままでは宿泊所も飲食店も足りないし、そこまでを国でやるわけにもいかない…… さて、どうしたものか……」


「ん? 今の話私に詳しく聞かせてくれないか?」


 先ほどまで学級崩壊を見守る教師の様に、話に入ってこなかったアスタロトが目を輝かせてマレードの元にやってきた。


「あ、いや。今は良いか。後日正式に宰相としての君を訪ねる事にするよ。さて、善は急げ」


「え?でも!」


 アスタロトはマレードの返す言葉を無視し、早急にパネルを出現させると、光の柱となって消えていった。

 彼は話を聞かずに消えたが、その直前の彼の笑顔に商売人の気質をマレードは感じていた。


「良かったでござるなナナミ殿。マレード氏はそこまで鬼畜変態では無かったでござる」


「ところで皆俺が何すると思っていたの? すごく怒っていたみたいだけど……」


 瓶底メガネの男が半泣きの少女を慰めているのを見て、マレードが首を傾げながら問い質した。


「それはね。マレードがナナミちゃんを×××に〇〇〇して、さらに、△△△して、□□□しようとしているのかと思ったのよ。ごめんね」


 痴女の包み隠さないストレートな言葉に皆は赤面した。


「そそそそそそそんな事するわけないじゃないですか!! 

 あーでも、そういう風に解釈できる言い方をしたかもしれん……

 ナナミさん申し訳ない。きみを酷く誤解させたみたいだ」


 羞恥心で頭が沸騰したマレードは声を裏返して叫んだ。


「い、いえ。私も勝手に勘違いしてごめんなさい。宰相様がそんな人じゃないのは分かっていたのに」


 二人の会話はそこで止まった。ここで言葉を返せば謝罪のループが始まってしまう事を両者が理解していたからだ。


「ところで、ジレットさん。先ほど俺の心を読んでいるみたいな事をしていましたけど、あれはいったい……」


 俺の疑いが晴れたきっかけはジレットさんのまるで俺の心を読んだような発言だった。そう、俺のタレントの様な。


「マレード氏の発言の裏を見ただけでござるよ。前に拙者のタレントについて説明したはずでござるが……」


「『情報開示』…… 出された情報の裏にある全てを明らかにするというものですね。まさか、心を読むほどとは恐れ入りました。私のタレントの上位互換ですね……ははは」


「そういう訳ではないでござる。拙者が出来るのは、“目に見えるものや発言として耳に届いたもの”の裏と善意、悪意を見るだけ。無言の相手の心を読んだりは出来ぬのでござる。それと、出された情報の裏にある全てという言い方は語弊があったと思うナリ。正確には情報の裏にある最初の全てを知るに過ぎないと言うべきでござった。


「それは一体どういう意味で?」


 ジレットさんのタレント『情報開示』は俺が思っていた以上に複雑なようで、明確な説明なしには理解が及ばない。きっと自分のタレントを使い彼の心を読めばその完全な理解も叶うかもしれないが、それはまさに人の道を外すようで、俺は彼の口による説明を待った。


「情報、特に人の心なんてものはそう単純じゃないという事でござるよ。マレード氏は数百ページの本の最初の一ページ目を見てその本の全てを理解で来るでござるか? 拙者のやっている事はそれと同じ。その一ページ目の全てを見る事は出来るが、更にその奥は触れる事すら出来ないのでござるよ」


「そうですか…… あ、あと、ありがとうございますジレットさん。貴方のタレントのお陰で変態にならずに済みました」


 ジレットさんの説明は俺を納得に至らせた。そして、彼に対する感謝の言葉を忘れず付け足した。


「礼には及ばぬでござる。それに最低でもマレード氏が人の心に土足で入り込むような変態ではない事は分かっていたのである。タレントを使わなかったのじゃろ? 使えばもっと楽が出来たのに」


「え、ええ。人の道を踏み外すような気がするし、見たくもないものが見える事もあるので、このタレントは極力使わないようにしているんです。俺は天才だからこんなものに頼る必要も無いしね。

 でも、どうしてそれを? まさか!」


 俺はタレントを使わないと言っていないし、タレントは魔力感知器にも反応しない。一般的に言う魔法とは別系統のものだ。それの有無が分かるとすればそれは一つしか考えられない。


「もう試す必要もないじゃろ? 女王様?」


 ジレットの言葉を受け、ナナミとマレードの視線が痴女に向かう。


「そうね。もう十分よね。

 ナナミちゃん、マレード、ごめんなさいね。私たちちょっと二人の事試させてもらっていたの。特にマレード。あなたのタレントは特に危険だったから尚更にね」


(どうやら二人は会う前から新幹部のタレントの情報は得ていたようだ。そして、それをどうやって知ったかと考えると……)


「貴方には見えるのですね。俺達、いや、人のタレントが」


「ご明察! 私のタレントは『タレント感知』。人のタレントの性質と発動の有無が分かるの。まぁ、知覚範囲はそんなになくて対象も二人までなんだけどね。

 あんたがむやみやたらに私たちの心を読もうとするのであれば、注意しようと思っていたのだけど、その必要はなくなったわね。

 それと、ナナミちゃんに関しては魔力耐性強すぎて何にも分からなかったわ」


 マレードの指摘は当たっていた。カーチェには他者のタレントを読み取る『対タレントタレント』と言うべき能力があったのだ。

 マレードのタレントはそれが人に知られるものであるならば、相互間の信用に関わるものであるのは確かだ。カーチェは試すと言っていたが、これは信用に値するかを試していたのであろう。


「合格は貰えたようですね」


「えぇ、あらためてよろしく頼むわ。マレード、ナナミちゃん。共に頑張りましょう」


「ああ、よろしくお願いします」


 四人は握手の代わりに手を重ね、互いに信頼の紐を心に結びあった。そして、この日より魔界幹部たちは栄光を取り戻すため、表の者たちが知らぬ所で行動を開始した。


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