6 炎上
「得るものの多い一日であった」
俺はスータマの実力者たちと言葉を交わしたこの日に満足し、大使館にて、同郷の友たちを招いての立食の場に身を置いていた。
客人という事で、昨晩、今朝の様な食事ではなく、見栄を背景にした贅と沢がテーブルに並べられていた。
だが、俺にはそれを手にする暇がない。スータマ在住の同胞たちが角砂糖に群がるアリの如く俺の元に群がって、握手や助言、サインを求めてきたのだ。加えて酷いやつは俺の身体をねっとり触り、何も言わずに拝んで去っていった。
(拝むのなら、お前の手に持った皿の上のものを俺に供えるくらいしろや)
吐きたい言葉を飲み込み、俺は笑顔を保った。様々な感情を抑えながら人と接するのも、人の上に立つ者に必要な事なのである。
正直言うと、俺はこの者達にあまりいい印象を持っていない。彼らは十数年前、経済状況の悪化した祖国を捨てて隣国に不法入国した者たちであり、その際、多数の公共財が持ち去られていた事を知っていたからだ。そのような者たちが何食わぬ顔でこの場に参集しているのが気に食わないのである。そして、この催し自体彼らが提案したというのだから反吐が出る。
(少しでもスータマ、ジーマに寄与してくれれば言う事は無いのだが、全く度し難い連中だな)
実の所、会談した大統領から彼らの話をされていた。曰く、彼ら税金逃れをしているので何とかして欲しいとの事だった。
俺は、この言を受け、この会食冒頭にスータマに住む者の義務について口にしたが、彼らは眉一つ動かさなかった。厚顔無恥の極みであり、ジーマの人間として恥ずかしい限りだ。
会食を彩る豪華な主役たちの味を見る事も無く、会食は終了し、疲れと不快感だけが残った。大使や母ものほほんとした顔をしているが、心の中では黒い炎に薪をくべているのかもしれない。
大使館スタッフたちの心労を危惧しながらも、マレードは無責任だと思われるのを覚悟して、弁当一つ片手に先に部屋に戻らせてもらった。ここにいるとスタッフに愚痴を言いそうだと思ったからである。
「はぁー…… つっかれた……」
「お帰りなさい宰相閣下。この本面白いですね」
部屋に戻ると、ベッドで横になったアンナ君が捨てたはずの魔書を片手にそう言った。傍にはその悍ましい束が二つ聳えている。
「アンナ君…… それ持って帰っていいよ」
俺は脱力し、項垂れてその場にへたり込んだ。
「ありがとうございます。それと、相当お疲れの様ですね閣下」
「そうなんだよアンナ君…… 実はかくかくしかじか……」
アンナ君は秘書としてはアレであるが、話は聞いてくれるし、なんだかんだで俺達は上手くやっている。秘書の部分も、俺は能力で彼女を採用したわけではない為、俺に責任が無いわけではないのが彼女を責められない部分なのだ。
(意外と長くやれているな。俺達……)
俺が彼女に会ったのは三年前。俺は不必要と言ってきたが、皇帝や大臣にどうしてもと言われ、秘書を付けようと面接を行った日だ。
秘書の国家資格を持ち、筆記試験を突破した優秀な者たちが俺の前に並び、質問に答える。一度に5人、合計10回、50人の若者たちと言葉を交わしたが、一人明らかに場違いな学生がいた。それが、当時二流大学の学生であったニナ・アンナだった。
無理やり行きたくもない塾に来させられた児童の様な顔をして、全く覇気がない。他の者たちは意識が高く、情熱が眩しいほど現れていたが、彼女は太陽の黒点の様に暗さが逆目立ちしていたのだ。
俺は彼女が気になって仕方が無くなり、数回言葉をかけたが、返答は実につまらないもので、面接テンプレ文章をダウナーに話している感じであった。そこで、俺はタレントを使い、彼女の心を読むことにした。好奇心が乙女の心を読む背徳感に勝ったのである。
しかし、聞こえてくるのは周りにいる4人の声ばかり。どう集中しても彼女の心の言葉は耳に届かなかった。彼女は数パーセントだけ存在する高魔力耐性持ちだったのである。
この事はいや増して彼女に対する興味を高める結果となり、俺は観察目的で彼女を近くに置く事を決めたのだ。一番驚いたのは当人だろう。
彼女を採用し、ともに仕事をする中で段々と彼女の事が分かってきた。まず第一に彼女には友達がいないという事だ。俺は探偵を雇って彼女の身辺調査を試みたが、面白いほどに誰も彼女について知らなかったそうだ。クラスメイト、教師、ゼミ仲間、誰もが彼女を体の無い影法師程度にしか思っていなかったのである。
第二に両親との関係も良好とはいえない事である。マーバスで菓子店を経営する親には年に二、三回しか会わないようで、正月前にはこの世の終わりの様な顔で実家に帰り、仕事始めには世界の再誕を見た様な清々しい顔で戻って来る。傍から見ていると非常に面白い。
だが、俺には彼女は何か隠しごとをしている気がしてならない。これは、エリート政治家としての勘である。それと同時に、取るに足らない秘密であるだろうという確信もあった。これは彼女の雇い主としての勘だ。
「それは大変でしたね。まぁ、私には分からないですけど」
雇い主の愚痴に飽きたのか、アンナは途中からクソマンガのページを捲りながら、三流ホステスの様な適当な返事と相槌を繰り返すだけになっていた。
「まぁ、いいか。声に出してすっきりしたよ。もういい時間だし、君はホテルに戻ってくれ。あと、俺の言った事は他言しないようにね」
「やったー。もちろんもちろん分かってますよ」
「それと、それは持ち帰るなり、どこかに捨てるなりするように」
マレードは聳え立つ塔を指して念を押した。これだけは残させるわけにはいかないのだ。
「重いなぁ……」
「タクシー代出すから持って帰って」
マレードは無理やり魔本と共にアンナを部屋から閉め出し、鍵をかけた。この鍵は彼女が戻ってくる事を想定してではなく、この大使館に巣食う脅威から身を護るためである。
「母上、昨日鍵かけても入って来ていたからなぁ……」
母が強権を振るってマスターキーを使っていると判断し、マレードはノブとハンガーラックをひもで結び、開かないように細工をした。
「これでよし。内開きならもっと楽に出来たんだけどな」
自分の拙い工作に満足し、誘われるようにベッドに入る。
「明日には帰国…… 仕事溜まっているだろうなぁ……」
お疲れ宰相は目前に迫った書類の大山を想像して心底げんなりし、来襲者が来る前に疲れを癒し、明日に備えるため部屋の明かりを消した。
「うーん? ……何だあれ?」
闇に沈んだ室内にボウっとオレンジ色の点滅する光がマレードの目に入った。その光の淵源はマレードの持ち込んだ鞄。その隙間からだった。
「何だろう?」
俺にはこの光に心当たりはない。初めて見る光だ。それ故に無視するわけにはいかず、もう一度光を部屋に呼び戻した。
「え? 怖っ!」
光は魔界仮面の目から放たれていて、中二病真っ盛りのマレードすら畏怖の念を抱かざるにはいられなかった。
俺はしばし考える。つまり、被るべきか、被らずに寝るべきかだ。マルチエンディングのゲームなら後者を選ぶとそのままバッドエンドに行きそうだが果たして……
「えい! ままよ!!」
マレードは覚悟を決め、怪しく光る仮面を顔面に当てる。そして、光と広告が流れ、彼の精神は電脳空間に浮かぶ直方体に至った。
構成された闇の部屋の状況が明瞭さを得てくると、そこに先客がいる事が分かった。そして、その者はマレードの存在に気付くと走りこんできて抱き着いた。
「宰相様…… 私の動画が…… 私の動画がぁ…… うわーん!!」
先客の正体はクソザコMチューバーナナミであった。
仮想の空間。仮想の肉体であるはずだが、彼女の顔が触れた胸板は温かく湿っていた。
「落ち着いてナナミさん。何があったの?」
薄々俺には彼女の心情が分かっていた。こうなるであろうと予期していた。そして、それが杞憂であればと思っていた。
「私の動画が…… うう…… 炎上しましたぁ!!」
(やはりか……)
再生数の少ないころの視聴者は、いわば彼女の動画に魅せられた特殊で先鋭化されたファン。それに大量の新参が現れ、非難を行えばこうなる事は避けられない。
「それで、状況はどうなっています? 再生数は? 反応は?」
異国の宰相は少女の悩みの詳細について、彼女の肩を掴み、真剣な眼差しで問い質した。
これはマレードにとっても他人事ではない。騒動の渦の中心近くにあのツーショット写真があるのは確実だからだ。
「今日投稿した動画の再生数は大体4万くらい…… 視聴者の方が喧嘩していて罵詈雑言が飛び交っている感じです。私が何かコメントした方がいいでしょうか?」
「それはやめておいた方が良い。火に油を注ぐことになりかねない」
「それじゃあどうすれば……」
目を潤ませ、愛玩動物の様に俺を見上げる彼女の姿に心を揺さぶられ、俺は助けたいと思わざるを得なかった。乙女の涙には男を惑わす魔力が秘められているのである。
「今は様子を見ましょう。炎上の原因はニャム動画の良し悪しなんですよね?」
「あ、はい…… ゴミ動画だっていう人と神動画だっていう人で口論が起きてて…… すみません。私こんなこと言える立場じゃないのに。宰相様しか相談できなかったんです……」
ナナミの中にマレード写真を使った事への後悔が広がっていた。そして、一番迷惑をかけたのは異国の宰相である事も理解しており、彼女はこの場を作ったのである。
「宰相様にご迷惑が掛からないように、必ず何とかします!
それと、ごめんなさい!」
ナナミは一番マレードに伝えたかった言葉を、頭を下げて告げた。その姿に、いやましてマレードは彼女を助けたいという気持ちが大きくなり、自他共に認める頭脳を駆使し、救済方法を考える。
(事の内容が個人攻撃になる前に対処したいし、放置しておけばファンの精神も擦り切れて離れていくだろう。だが、彼女は知らない。すでにその手に最強のジョーカーがある事を)
「『ほわほわ』さんはどうしていますか?」
「『ほわほわ』さんは一生懸命仲裁に入っています。『ほわほわ』さんがどうかしたのですか?」
「いや、気にしないでくれ」
動画の炎上を何とかする方法。いや、そもそもの炎上の原因の一つはナナミさんの知名度と魅力の無さだ。もしそれが具備されていれば、あんなんであるが、動画投稿者Lv20の作品であるわけで、趣味は合わないが『そういうもの』と評価されていたかもしれない。
魅力は後からでもなんとかできる。そして、その為には言葉を語らないツーショット写真ではなく、彼女を評価する生の声、それもある程度権威のあるものがあればより強固なものが得られる。
(だが、きっかけが足りない。ナナミさんと権威を組み合わせるにはふさわしい場が必要だ。それさえあれば……)
「あれあれぇ? 痴話げんかですか?」
突然放たれた第三者の声に二人はビクッと体を震わせ、揃って声の主に目を向けた。そこに立っていたのは背広を着た長身の男、一週間と数日ぶりに見る魔界幹部グリード・アスタロトであった。
「アスタロトさん。こんばんは。えっと、今新人幹部として、魔界の未来について話し合っていた所です。ね? ナナミさん?」
「え? あ、はい! そうです。未来未来……」
いらぬ誤解を招かぬように、二人は話を作り、ぎこちない笑顔で先輩に答えた。
「くーん! 感心感心。魔界人でもない君たちが魔界の事を想ってくれているなんて。おじさん嬉しくて涙が出そうだよ。
よし、決めた。今から他の二人も呼んで始めようか。今期第一回 魔界幹部議会を」
アスタロトは感動に動かされ、話を進めると、二人が口を出す暇も与えず、指を振ってパネルを出し、残りの二人に呼び出しサインを送った。
「え? ちょっと待ってくださいよ! 突然過ぎませんか!?」
俺は焦った。人を呼び出すには些か失礼な時刻になっているのと同時に、俺にとってはそれよりも現在の部屋の状況が心配で早く戻りたかったのだ。先日襲来した侵入者が再度寝床に進駐しているかもしれないと不安なのだ。
「機会は逃さない! 思い立ったらすぐ行動! これはビジネスの基本だよ。キ・ホ・ン!」
マレードの心配をよそに、アスタロトは変なスイッチがONになってビジネスの持論を声高に宣言した。
「いや、でも俺はちょっと帰r」
「呼ばれて飛び出て女王様の登場よぉ~」
マレードの帰還宣言の言葉を遮って、壺から出てくる魔人の様なセリフと共に、左手を腰に、右手を天に掲げたバブリーなポーズの痴女が光の中から現れた。
「二人ともお・ひ・さ・し・ぶ・り♡」
「……カーチェさん。こんばんは」
「……こんばんは」
蠱惑的なポーズでウィンクし、桃色のハートを飛ばすカーチェに対し、二人の反応は冷ややかであった。
「んもう! ノリが悪いんだから。少しは付き合ってくれてもいいでしょ!」
俺たちの態度に不満なカティアさんは口を膨らませ、プイっと金のロール髪を揺らしながらそっぽを向いたが、突然現れた痴女に反応しろというのが無理な話である。
「……それじゃあ俺はこの辺で帰r」
「すまぬすまぬ~ 俺参上! いやはや、拙者が最期でござるか~ お待たせしたかな諸君」
マレードの帰宅宣言は続いてチェック柄のシャツの男に邪魔された。
「これで全員ですね。それではこれより1021年度魔界幹部議会を開催する!! ヒューヒュー! パフーパフー!」
アスタロトの宣言が放たれると、仮想空間に円卓と五脚の椅子が現れた。マレードとナナミにとって最初の『魔界幹部』としての仕事が始まったのである。




