4 動画投稿者の悩み
マリアス女学院での文化交流を終え、マレード宰相は明日開催される大統領を招いての記念式典準備のためにジーマ大使館を訪れていた。
我が国は金も無ければ権力も無く、それでいて見栄っ張りであった。予算の許す限りは表見を整え、飾る事を国民も望んでいたのだ。
そして、大使館は我が国の玄関口である。これをみすぼらしくする事は国民の望まぬ事であり、我が国は総力を挙げてこれを絢爛豪華にしてきた。その結果、大陸各国に国力と反比例した大使館庁舎が建ち、それに合わせたレセプションを定期的に開催する為、我が国は火の車だ。
「まーちゃん頑張ったねぇ↑ ヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシ!!」
ジーマ帝国在スータマ大使館特別駐在員が俺の頭を犬猫の様に撫でまわし。周りにいるスタッフは尊いものの様にそれを恍惚とした表情で見ていた。
「やめて下さいよ母さん。……いやガランド特別駐在員」
そう、このKYな女性はジーマ大使館特別駐在員であり、俺の母親、マレーナ・フォン・ガランドである。
特別駐在員の任務は、大使に国の意志や方針を伝え、助言する事であるが、マレーナ・フォン・ガランドは大使を服従させ、この大使館の最高権力者になっていた。だが、悲しい事に彼女にその自覚はない。
「でも、まーちゃん頑張ったじゃない。学園長さんも良かったって言ってたわよ」
(学芸会の児童か俺は!)
彼女の前では俺はジーマの政治を統括する宰相閣下ではなく、まだまだ手のかかる子供になってしまう。
「エバーさん。貴方の提案、最高にナイスだったわ!! 褒めてつかわします」
やっと俺を解放し、母はスタッフの一人に声をかけてサムズアップした。この女性が学園での交流の発案者であったのだ。
「ありがとうございますガラントさん! ……それで、一つお願いがあるのですが……」
「何かな何かな?」
「はい。私の娘が宰相閣下のファンでして。その、サインを頂きたいのです!」
「おっけーでーす! まーちゃんよろしくぅ↑」
大使そっちのけで母は話を進め、褒賞まで勝手に決めた。だが、大使館に務める者は皆笑顔でその傍若無人ぶりを見ていた。
洗脳……ではなく、単に彼女が間違いを犯していないからだ。皆が彼女の能力を信頼し、「付いていけば間違いない」と信じているのである。カリスマというやつだ。
「あ、あの。娘の名前カナっていいます!」
「分かりました。“カナ・エバーさんに”っと……」
俺は誰かが書いた俺の解説本『マレード宰相のすべて! あれもこれも、あんなことも教えます!』の見返し部分に自らの名前と、大使館現地スタッフの娘の名前をエリートらしい達筆で記した。
「あ、あの、私の名前もお願いします!」
返した本をまた渡され、今度は逆の見返しに彼女の名前を書いた。この得体の知れない本に名前を書くのは、まるで俺がこれにお墨付きを与えたみたいで不快な気分だった。しかも、それを二度もやらせるこの女性のサディストぶりに身が震えた。
「えらいねまーちゃん! よくできました!」
(あぁ、早くここから離れたい……)
25歳成人男性の切実な願いである。
因みに、17になる妹にも彼女は平等に接している。俺と違い彼女は母のこういった所に順応しているようで、実にほほえましい。
「あ、汗臭い! この状態でここにいるわけには参りませぬ。それでは皆様また後程」
芝居かかったセリフをつらつらと並べ、俺は逃げるようにレセプションスペースから二階にある用意された部屋に向かった。
「親子の時間を楽しめましたか? ぷっ! ふふふふふはははははは!!」
荷物を搬入し、部屋で待機していたアンナ君がダウナーな表情そのままに不快な笑い声を立てた。どうやら二階階段近くの手すりから覗き込んでいた様で、そこで吐きだせなかったものを今吐きだしているようだった。
「……それで、俺の鞄はどこ?」
「い、いひひひひひひっ…… デ、デスクの横に、ひひっ、かけてありますよ」
そう言ってアンナは書状を作るための机を指差し、プスプス笑い、マレードから顔をそむけた。
「もう君帰っていいよ」
目下の所この女は害にしかならないと判断し、俺は彼女に家に帰るように進言した。その言葉が耳に入ると、彼女は嬉しそうに飛び跳ね、軍人の怒りを買いそうなかるーい敬礼ポーズを取った後、スキップで部屋を後にした。
「はぁ…… やっぱりホテルに戻ろうかな……」
俺がここに泊ることになったのは母の強い要望であったが、悲しい事に当人がゲストである俺の肩身を狭くさせていた。
だが、俺も誇り高きジーマ男児であり、見た目には拘る。故にここで帰るわけにはいかない。逃げるようで格好が悪いからだ。
「ふぅ、とりあえず、資料の作成をしておくか」
溜息で嫌なものを吹き飛ばし、俺はノートMCを広げた。そして、部屋に備え付けられたマジカルウェブケーブルを接続し、先の己の言を裏切ってネットサーフィンに興じた。
「ん?」
その罰が当たったのだろう。俺は電脳世界で邪悪な蜘蛛の巣が張られていたのを目にする事となった。邪悪なる主の名は『Nyamu game』。スータマ仕様のニュースサイトの至る所にこの名が踊っていたのだ。
「これ、ナナミさんだよね? 一体何が……」
俺はいくつかあるナナミさんに関する記事の一つにカーソルを合わせ、クリックした。
『人気MチューバーNyamu
ジーマの貴公子ガランド宰相と国を繋ぐコラボレーション!!
何でもできる君様も唸った至極の動画を見よ!!』
「うぅぅぅ……」
俺とニャムのツーショット写真の脇に記載されたこの不愉快な煽り文句に俺は唸った。吐き気を催す唸りだ。
まるで全身の血液が逆流しているかのような不快な感覚が走り、部屋の鍵をかけた後、スーツケースを開け、闇の眷属の証たる黒い仮面を取り出し、そのスイッチを入れた。
「うぉぉぉぉおおおおおお!!」
獣の様な叫びをあげ、顔を洗うかの如く仮面を被る! そして、暗闇、『WELCOME』、「まずい、もう一杯」と手順を踏んで闇のネットワークに至った。やる事は一つだ! 俺は指を素早くスライドし、青白く光る半透明のメニューを召喚する。選ぶのは勿論、『魔界サポートセンター』…… ではなく『ナナミ・ヴァサーゴ』だ!
(俺は彼女に言うべき事がある。言わなきゃ俺がどうにかなっちまう)
後は彼女を待つのみ。学校は既に終わり、寮に帰宅しているはずである。待つ間においても彼女に対する負の感情が湧き水の如く、粘着質な泡を立てて溢れ出る。
(全くしてやられた。彼女は思っていた以上にしたたかな人だったようだ)
起きてしまった事は仕方なく、これからどうするべきかを思案する。天才は常に建設的なのである。
人形少女を待つ事約30分。ついに諸悪の根源がラフな部屋着を纏い、慌てた様子で現れた。
「こんばんは宰相様!」
能天気。あまりに能天気、彼女は笑顔で頭を下げ、挨拶し、こちらの反応を窺った。
「ナナミさん…… いや、人気MチューバーNyamu!!」
「あ、見てくれたんですか!! 宰相様のおかげで私の動画がすごい事になってます!! こんな事ってあるんですね…… 一枚の写真にこんな力があるなんて…… うっ……うぅ……!」
感極まって彼女は嗚咽を漏らした。だが、泣きたいのはこちらである。もちろん、感極まったからではなく、明らかな不利益を被るからである。
俺がこの異世界から来たようなヘンテコ動画を好意的に評価したと捉えられれば、明らかに特殊な趣味を持つ変人として知られるであろう。さらに怖いのは祖国にいるあの女性だ。姫騎士フィーナ―――俺の天敵。彼女が乗らないはずがない。きっと俺をNyamuの動画を用いて拷問にかける事になるだろう。
「それでさぁ…… ナナミさん。その写真なんだけどさ……」
「あの写真ホント凄いんです!! 少し動画で紹介しただけで来訪者の数が十倍、百倍に膨れ上がって!! ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
俺が一言言うと、彼女は百倍の圧をもって返してきた。そして、彼女が魔王さえ動かすほどの凄みがあったのを思い出した。
電脳上に浮かぶ直方体の部屋はナナミの圧に支配され、マレードは言葉を発するのすら困難になっていた。
「次の動画なんですけど!! もっと凄い事が出来るかなって…… 私、自信がついたんです! あんな二つ名を与えられたけど、きっと何とかなるって!! それで、この……」
俺は興奮気味に身体を揺らす人形少女の肩をやっとの思いでつかみ、彼女を制止させた。
「宰相様? どうかしました?」
「ナナミさん。名刺を出してくれるかい?」
「あ、はい…… いいですよ」
ナナミさんは俺の指示に従い、スカートのポケットから名刺ケースを取り出すと、その中から紙を一枚引き出して俺の元に差し出した。
「……やっぱり」
俺はそこに記された文字を見てそう呟くと、彼女にも見せた。
「う、うぅぅぅ……」
それを見たナナミさんは苦虫を咬んだような顔をして、急に大人しくなった。
『クソザコMチューバー』ナナミ・コンチネンタル
スータマ共和国 動画投稿者Lv20 性別:女
TEL 374374―3710―46A
多くの人間の目に晒されたにも拘らず、彼女を評価する二つ名は変わっていなかったのだ。
「……でも、明日には」
「いや、きっと明日も変わらないよ。それどころか、一生このままかもしれない。二つ名の変遷は激しい。もし、新しく来た人たちが君の動画を好意的に評価したのなら、既に二つ名に変化があるはずだ。それこそ、ニュースに出ていたような『有名Mチューバー』みたいな感じにね」
現実から目を背ける人形少女に、厳しく俺は言った。
「ムムムムム…… 大丈夫です! きっと明日には変わっています! こんだけ有名になれたんだもの!」
感情的にそう言い放ち、少女の姿は光の柱となって消えていった。一人残された俺は頭を掻いて、少しながら彼女を心配した。二つ名の苦悩は俺も身をもって知っているから、どうしても他人事とは思えなかったのだ。
「今の人気は本物じゃないよ」
言葉の先に伝えたかった相手はいない。俺は虚空に呟いた。




