3 乙女の牙城
「それでは、ジーマ帝国宰相マレード・フォン・ガランドさんよりお言葉を頂きます!!」
「「きゃー!!」」
「マレードさま!!」
(何これ? アイドルのコンサートか何かかな?)
私達は今、異国間交流式典、改め、隣国アイドル宰相トークショーの会場にいた。熱気は凄く、皆は彼の顔や名がプリントされたグッズを振り回し、その信仰の高さを競っていた。
それに対し、私は必至で顔を隠し、宰相様に発見されぬよう努めていた。
「親愛なるスータマ共和国の皆さんこんにちは。ジーマ帝国宰相マレード・フォン・ガランドと申します。二つの国の友好が始まってより100年を数えるこの年に、ジーマを代表として皆様の前でお話しできる事を光栄に思います」
「「キャー!!」」
宰相様の言葉の段落ごとに、一々拍手と歓声が飛び交う。お年を召した女性教員さえも乙女に戻り、十代の少女たちが奏でる歓声の一音になっていた。
この様な状況に、私は宰相様の人気っぷりを認めざるを得ず、自分の情弱さを多少恥じた。
確かにルックスはいい。トークも上手く、実際今も多くの女性たちを魅了している。もてはやされる要素は過分にある。ただ、手を弄られた記憶によって、私はこの流れに乗る事が出来ないのだ。
「伝統と誇りも深きマリアス女学院の皆様。ありがとうございます。ジーマ、スータマの友好は永遠です!!」
「「きゃー!! マレード様!!」
何の問題も無く、乙女の艶声の中、アイドル宰相のトークショーは終了した。だが、集まった乙女たちの昂ぶりは満足せず。熱気の渦は公会堂一杯にうねっていた。
「アンコール! アンコール!」
ある一人の少女が放ったこの言葉が、乙女たちの熱情の行く先を示した。
「「アンコール! アンコール! アンコール! アンコール!」」
徐々に言葉は重なっていき、アンサンブルを奏で始める。約1200人の学生と、100人の教職員の心が一つになった瞬間だ。 ……私を除いて。
(いや、アンコールって何するんだろう? 歌うの?)
学園の乙女たちの声に応えるように、舞台袖に下がった宰相様は、また姿を現し、皆に手を振ってマイクを構えた。
「皆さんありがとう!! ……私、マレード・フォン・ガランドは皆様の声援に応え、マリアス女学院校歌『百合の城は不落なり』を歌わせて頂きたいと思います!」
「「キャー!!」」
(いや、本当に歌うんだ…… あと、百合の城は今陥落しました)
「あぁ♪ 乙女の聖域の♪ 穢れなき純白が♪ 築いた我らが百合の牙城♪ ……」
宰相様はマジに歌い始めた。そして、テノールボイスに、心を合わせるように乙女たちもソプラノボイスを重ねていく。ある者は泣いていた。その涙は伝統ある百合の城が崩れた屈辱、心痛によるものでは無く、アイドルと心がつながった感激によるものであった。要するに感涙である。
「栄光あるマリアスの城は不落なり~♪」
マリアス校歌を一番から三番までアイドル宰相は歌い上げ、百合の城を完膚なきまでに破壊尽くした。
そして、今までに聞いたことのない歓声と拍手が約1300マイナス1の学生と教職員から巻き起こり、アイドルトークショーは歓喜のパトスに包まれて終わった。
「ナナミちゃん! 私…… 私……」
講演会が終わり、解散となると親友のカナちゃんが私の元に涙を浮かべ、抱き着いた。
(あの男…… よくも私の親友を泣かせたな)
勿論その涙は嘆きのそれではなく、何かを成した時に出る歓喜の証であった。
「良かったね。カナちゃん…… えっと、いや、ほんと良かったね」
この時私はどんな顔をしていたんだろう。親友の喜びに応えられない申し訳の無さ半分、『意味☆不明』の感情半分。きっと複雑怪奇な顔をしていたのだろうな。
場所を変え、教室に戻ってもトークショーの余韻が消える事は無かった。みな心ここにあらずといった、初恋の相手を思う乙女の様な顔をしていたのだ。授業は頭に入らず、転がり落ちた鉛筆は主に見捨てられる。新しいタイプの学級崩壊だ。
(もはや、真人間は私だけ。人形の如く流されない氷の精神……)
このような状況で冷静を保っている自分にナナミは酔っていた。
だが、この後突然、彼女の平穏は潰される事になる。
“二年バラ組、ナナミ・コンチネンタルさん。至急学園長室に来てください”
(えっ? 私? なんで? 私何も悪い事してないよぉ……)
初めて校内放送で名を挙げられた事による焦りが汗となって額を濡らす。そして、その言葉に従い、気の抜けた教室を一人出ていった。
「あ、コンチネンタルさん!」
学園長室の前で待っていたのは、今年還暦を迎え、本日の為に精いっぱい粧し込んだ学園長であった。
学園長が学園長室の中ではなく外で待っているという、あまりに異質な状況に私は混乱を隠せない。
「ご、ごめんなさい学園長。私状況が分からなくて…… 一体、何の話でしょうか?」
「コンチネンタルさん? 貴方はジーマ帝国宰相とどういう御関係なんですか?
……実は宰相閣下が個人的に話をしたいと貴方を指名されたのです……」
(あのアイドル宰相ぅぅぅうう!!)
私はこの扉の奥にいるであろう客人に、のどかな平穏をぶち壊した事への怒りを、扉を貫通するよう思念に乗せてぶつけた。
この事はきっと一瞬で学園中に広まる。そうなれば、私は今まで通りの生活は送れない。人形は遊ばれ過ぎるとすぐに駄目になるのだ。
「それでは、コンチネンタルさん。粗相のないように、いいですね?」
(私はあの男の従者じゃないのに……)
学園の陥落という現実を感じながら、私は侵略者の待つ扉の先に足を踏み出した。
「やぁ、ナナミさん。一週間ぶりだね」
扉が閉まったのを合図に、宰相閣下は言葉を放った。学園長室の黒革椅子に足を組んで座るその姿はまさに征服者そのものであった。
「もう、余計な事をしないで下さいよ!」
私は勇敢な騎士の様に征服者にものを申した。だが、それに対し、征服者は「何か問題でも?」と顔で言っているようだった。
「閣下。やはり強引が過ぎたのでは?」
「うーん。そんなものか……
あぁ、そうだ。紹介しよう。この人はサラ・アンナ君。俺の秘書をやってもらっている」
「……サラ・アンナです。どうぞよろしく」
宰相の隣に立つスーツ姿の女性が自己紹介し、軽く会釈する。
その顔には覇気が無く、「今起きました」と言わんばかりの面持ちだ。
「あ、ナナミ・コンチネンタルです。よろしくお願いします。
……それより宰相様! 私に何の用なんですか!? もしかしてここに来たのも……」
「あぁ、君の憶測はちょっと違う。俺がここに来たのはジーマ大使館に務めるスータマ人スタッフの提案によってだ。ここに来るまでは、君がここの学生だという事を知らなかったよ。
いやー。講演の最中、学生諸君が盛り上がっている中、一人だけ盛り下がっているのがいたと思ったら、まさかナナミさんだったとは。
まるで、リンゴの中のミカン。イワシの群れの中の熱帯魚。緑色の中の三倍速い赤いやつみたいだったよ」
「しまった」 私は心の中でそう叫んだ。目立たないようにするつもりが、逆に目立ってしまっていた事に酷く後悔し、アイドル宰相の狩猟部族の如き目の良さを恨んだ。
「ま、まさか。みんなが熱狂していたのって、そういう魔法を使っていたのでは……」
加えて、ふてぶてしい異国の宰相の姿を見て、私は思わずそう口にした。
「まさかも何も、そのような事は不可能だよ。君も知っているんじゃないか? 一部の部屋を除いて、この学園には『魔法封じの結界』が張られている事を」
「でも、宰相様ならそれすらも何とかしそうで……」
「結界を破るのは造作もない事だが、魔封じの結界は中からは絶対に破壊できない。なにせ、結界を破る些細な魔法も使えないのだから。あと、外から壊す事は出来るが、その様な事をすれば警報が鳴って大騒ぎだろうし。それと、俺のタレントは君も知っているだろう? 結界を壊すには役に立たないよ」
私はまたまた「しまった」と後悔した。彼の言った事は正論であり、周知の事実だ。私の発言は失礼で不躾であった。
「ごめんなさい。失礼な事を言ってしまいました」
「気にする事はないさ。そんな事より、ナナミさんには魔界から何かしらの指令が届いているのかい?」
マレードの発言にナナミは驚いて辺りを見回した後、彼の横に立つやる気を全く感じられないスーツの女性を見つめた。
「あぁ、大丈夫大丈夫。アンナ君は俺たちの事情を知っているから問題ないよ。それと、半径10メートル以内には魔力耐性が高い二人以外に人はいない」
マレードのタレントの有効範囲は半径10メートル。そして、今彼には心の声は聞こえない。この事から彼は周囲に人はいないと判断していた。勿論、二人以外に魔力耐性が高い人間がいるのかもしれないが、面倒に思ったマレードはあえて気にしなかった。
「はぁ…… 私には来ていません。この一週間余りはそれ以前と何も変わらずですよ」
私は念のため、声を細めて宰相様の問いに答えた。
「そうか…… いや、困ったね。これでは私たちのレベルが上がらない。どうしたものか」
魔界幹部としての活動をこなさなければ職のレベルは上がらない。二人ともペーパージョブになる事は嫌だった。
「仮面の先の、えっと……闇のネットワーク?でしたっけ。あそこのサポートセンターに問い合わせてみるのがいいと思います」
(やれることはそれくらいしかない。私も早く何かしたい)
ナナミは答えながら、提案した事を自らも実行する事を決めた。
「そうするか……
さてと、では、本題に入ろう」
面倒臭そうな顔をキリっと切り替え、マレードはナナミに力強く声をかけた。その鋭い声にナナミは思わず背筋を伸ばし、身体を立たせた。
「ナナミ・コンチネンタルさん。貴方に一つ問いを出します。これは簡単であり、そして難しい質問です。いいですか?」
「は、はい!」
「いい返事です。では、お聞きします。“あなたはこの国、スータマ共和国をどう思いますか”」
宰相様の口から出たのは本当に単純な質問であった。だが、彼の顔つきは鷹のようで、委細私の言葉を取り逃すまいとする強い意志が感じられた。
「スータマ共和国ですか……」
私はしっかりと考え、答えを出さねばならないと思い。時間をおいて、頭の中身をかき回しながら自分の思いを形にしようと努めた。
「嫌な事がたくさんありましたし、嫌な人もいっぱい見てきました。
……けど、それと同時に、たくさん助けられ、素晴らしい人もたくさん見てきました。未だ年若き私です。これからたくさんこの国の暗い部分と明るい部分を見ていくことになると思います。でも、私はその全てを知ることを望んでいます。他の国ではない、この国の事を知って、より良い国になって欲しいと願っているんです。
だから、その…… 私は清濁合わせてこの国が好きなんだと思います」
どこかめちゃくちゃだと思いつつ、私は思った事を言葉にして繋げた。
「ありがとうナナミさん。そういう率直的な言葉が欲しかったんだ。
実の所、俺が興味があったのはこの国の近況なんだよ。隣国である以上、我が国にも少なからず影響があるからね。そのためにより純粋な国民感情を知る必要があった。
君の言からは、この国の危険性は感じられなかった。勿論先程のは君個人の意見であるし、全てではない。ただ、それを知るための一助にはなるはずだ」
鋭い顔を和らげ、笑顔で宰相様は答えた。
「あぁ、それと最初の君の質問の答えだが、別に知り合いだから君を選んだのではなく、他の学生はきっと本心を言ってくれないであろうと思ったからだ。タレントも無暗に使いたくないしね」
宰相様は言い終えると体を震わせた。タレントを使った事で失敗でもしたのだろう。
「ふふふ、私ほんと馬鹿みたい。別に何も特別な事は無かった」
「じゃあ、笑顔になったところで写真を撮りましょうかね」
「はい! 隣国の宰相様」
そして、征服者は乙女たちの声援と慟哭の中、学園を解放し、去っていった。
後で知った事だが、一年前、大陸魅力のある国ランキングの発表の際、宰相様がテレビに映り、その姿がスータマ淑女の心を骨抜きにしたということだ。今でも、巷では彼の解説本や名言集、グッズなどが溢れ、ブームは冷める事無く続いている。信じたくないし、認めたくないがおかしかったのは私だったようだ。
あと、彼が来た事でもう一つ大きな変化がある。それは私にやたらと突っかかってきた彼女の事だ。あの日以来、彼女は私を馬鹿にはしなくなった。当然の様に彼女も宰相様のファンであり、宰相様と関係を持った私に媚を売った方が良いと方向転換したようである。一応、風船の様な頭の中に、思考できる程度の脳は詰まっていたらしい。
だが、それと引き換えに、私は全学生だけでなく、不用意に撮った宰相様とのツーショット写真がテレビで公開されたことにより、スータマ全土で知られる事となった。もはやこの体では些細な人形ライフは送れまい。




