2 人形の少女 Ⅱ
「顔合わせは済んだようだな」
突然響いた低い声に私の肩が跳ねた。そして、新人二人を除いた三人が膝を折ったのを見て、それが偉い人の声だとすぐに分かった。
「よくぞ我がもとに参集した。褒めて遣わそう」
「はっ、ありがたきお言葉」
(これから面接とか始まるのかなぁ…… 学園の入学試験以来だから緊張するよぅ……)
流れに任せ、膝を折ると、私は自分を落ち着かせるために、息を飲んで心の掌に人という字を書いた。
「そして、ようこそ。新たなる闇の眷属よ。我は貴様たちを歓迎しよう」
「ありがとうございます!!」
緊張の糸を休ませる暇も無く、面接官の声が自分たちに降りかかり、私は思わずいつも以上の声で返事をした。緊張すると声は高くなるというやつである。
「では、まず、貴様たち二人に、この魔界での名と二つ名を与えるとしよう」
(あれ? あれれ? おかしいぞ……)
面接官の言葉に私は混乱した。面接が始まると思いきや、命名が始まったからだ。そこで、「きっと混乱しているのは自分だけではないはずである」と思い、同期の宰相様に目線を向け、様子を見る事にした。だが、彼は目を輝かせ、混乱の様子もない。これでは私がおかしいみたいじゃないか。
混乱を鎮める為にマレードを一瞥したが、却って混乱を酷くする結果を生み、ナナミは目をぐるぐるとさせながら状況把握に努めた。
しかし、残酷な事にそうこうしている間にマレードの命名は終了し、ナナミは体を固くさせ、半ば放心状態であった。
「ナナミ・コンチネンタルよ」
「は、はい!」
悲しい事に、この時、私は思い出した。自分が何をすべきであったかを……
しかし、もう後には引けない。何か質問できる雰囲気ではないのだ……
ならいっそう、それなら……
「そして、二つ名であるが……
よし、電子の」
「『パペット・マスター』!! 私の二つ名は『パペット・マスター』が良いです!」
(私は人形の自分を手に入れるっ! これは譲れない! それくらい許してよ! この名前だってずっと心の底にしまってきたんだから!)
ナナミは吹っ切れた。逃げ道がないなら好都合。欲しいものを何が何でも手に入れてやるという信念が彼女を支配した。
「『パペット・マスター』『パペット・マスター』『パペット・マスター』『パペット・マスター』!!!」
ナナミは壊れたラジオの様に、同じ言葉を繰り返し、叫んだ。その一言一言には魂がこもり、絶対に拒否はさせないという威圧のような気迫があった。そう、凄みである。
「え、えぇ…… それじゃあ、その『パペット・マスター』で……」
“ゴゴゴゴゴ”という効果音がありそうな雰囲気が辺りを包み込んだ。それはナナミの執念が作り出したものであり、魔王をも動かした。
「ありがたき幸せ!!」
今になって『ドールズ・マスター』の方が可愛かったかもとか思ったりしたが、それ以上に人形としての自分を手に入れたという充足感が私を満足させ、心を満たした。
器の準備は整った。あとはその器に魂を込めるだけ。
私はもう一人の自分に思いを馳せる。人形としての自分に……
あの日から何日たっただろう……
いや、そんなに経っていない。一週間と少しくらいだ。だけど、この一週間はえらく長く感じる一週間であった。
魔界幹部にはなったものの、特に活動は無く、今まで通り学生生活を送りながら指令を待っていた。
「はぁ―――」
「おはようナナミちゃん! どうしたの? 溜息なんてついちゃって。悩みがあるなら相談に乗るよ」
中等部からの親友であるカナちゃんが、机に項垂れる私を心配する。だけど相談は出来ない。
「おはようカナちゃん。大丈夫大丈夫、大したことじゃないから」
友人を心配させまいと、私は笑顔で答え、わざとらしく授業に使う教材を準備する。
「あぁ、そうだ。ナナミちゃん知ってる? パパから聞いたんだけど、昨日からジーマの使節が来ているじゃない? 確かうちとの友好100周年セレモニーで」
勿論ナナミは知らなかった。彼女は興味のない事にはとことん無関心な女なのである。
「へーそうなんだ。それで、それがどうかしたの?」
「多国間交流?ってやつがどうとかで、うちの学校が選ばれたしいんだよ。
もしかしたらあの方に会えるかも…… わーどうしよう」
恋する乙女の様にカナちゃんが頬に手を当てて、くねくねと体をねじらせる。
「嬉しそうだけど、あの方って誰なの?」
「決まっているじゃない。ジーマの貴公子。『何でもできる君』ことガランド宰相様よ~
うちの学校にも来てくれるかしら」
その名を聞いて、私は思わず咳き込んで手にした教科書とノートを落とした。正直こんなところで会いたくはない。何だか気まずいのだ。
「そ、そうだね。来てくれたらいいね~ あ、授業が始まるよ。席に戻った戻った!」
授業開始前の鐘が鳴り響き、それを理由に私はカナちゃんを追っ払った。彼女は口を膨らませた後、空気を吐き、手を振って自らの席に戻っていった。きっと話足りなかったのであろう。
カナちゃんの話を聞いて悪寒が走ったが、同時にきっと宰相様は来ないだろうという確信があった。なぜなら、ここは花も恥じらう伝統深き乙女の園『マリアス女学院』だからだ。完全全寮制で、学生は勿論全員女性、教職員も全員女性という徹底ぶりで、まさに男性に対する免疫を付けさせない箱入り娘製造機であるこの学園に易々と男性を入れるなどあり得ないのだ。
「皆様ごきげんよう」
「ターキッシュ先生。ごきげんよう」
このクラスの担任で、国語教師のイザベラ・ターキッシュが現れると、学生が立ち上がり、挨拶と共に礼をする。そして、いかにも厳しい教師然とした眼鏡を光らせながら出席を取る。
「全員出席ですね。
……さて、皆さんに素晴らしいお話があります。なんとスータマ、ジーマ間の民間交流の場として我がマリアス女学院が選ばれました」
ターキッシュ先生が上機嫌に学生の前で発表すると、教室がざわつく。ざわつきの内容は主として喜びや、誇らしいといったものであり、この事をみな肯定的に受け入れているようであった。その中で、カナちゃんがどや顔で私を私の方を向き、「ほら、言ったでしょう」と言いたそうに腰に手を当てて見せた。
「この事は先日ジーマ大使館で決定し、突然の事で皆驚きだと思いますが、わが校の誇りを胸に客人をお迎えいたしましょう」
突然の来客に授業の半分が説明の時間となった。先生の話と即席で作られた資料によると、ジーマの客人は午の刻に到着し、学園公会堂で講演するという事であった。
その所為で、午前中はその話で持ち切りだった。教師も授業の話始めにその話題を出して学生の興味を引いていた。
私はと言うと、宰相様は来ないであろうし、正直どうでも良かった。誇らしい事だとは思うが、それ以上でも以下でもなく、ただ、そういうイベントだと扱っていた。
対照的に私の親友は興奮しており、時間があれば私の元に来てジーマ宰相の話をしていった。「ほんと熱烈なファンがいるのですね」と一部の熱心なファンを持つ動画投稿者である自分の事を棚に置いて、彼女の話を聞いていた。
……そして落ち着かない雰囲気の中、時は流れ、昼休みの時間になると、何かが破裂したように騒がしくなった。
「ジーマの使者がいらしましたわ!」
きっかけは一人の学生の声。その一声で光に集まる虫の様に、黒い制服を纏った麗しき少女たちが窓に群がった。その四階の窓から学園の正門が望め、そこに今日、歓迎の為に集まった教職員と理事長、警察、マスコミなどが配置されている中にジーマとスータマの国旗をなびかせた黒い車が数台入ってきたのだ。
「扉が開きましたわ!」
ひと際大きく、頑丈そうな車の扉がSPによって開けられ、ざわめきの中から声が上がると、それを合図に皆は誕生日プレゼントを前にした子供の様に静かになった。きっと心の中で「わくわく♪」とか言っているんだろう。
(まったくみんな子供なんだから。淑女は常に冷静で、何事にも余裕をもって)
「キャー! 何でもできる君様よ!」
「宰相様だわー!」
桃色の歓声が沸き上がり、冷静を気取っていた人形少女は人の壁をかき分け、窓の外に身を乗り出す。そして、隣国の宰相が手を振っているのを目にして顔を歪ませた。
「……な、なんで?!」
手を振るあの男は、つい一週間前に会ったあの男で間違いない。私の身体をじろじろ見て来たあの宰相様だ。
そして、もう一つ、私を狼狽させるものがあった。それは、まるでこのクラス全員が彼のファンじゃないかという程のジーマ宰相の人気っぷりだ。ジーマは隣国でありながら知名度が低く、話題に出る事は殆どなかったにも関わらず、この声援である。我が国の大統領が来てもここまでではないだろう。
「やっぱり来てくれたぁ!! ナナミちゃん! 来てくれたよ宰相様!」
我が親友は宰相様の写真がプリントされた団扇を振りながら、獲物を抱える狩人の様に私の首を腕でロックし、涙声で喜びを伝えた。
そして、鉄壁たる乙女の園は無血開城し、宰相様は声援を浴びながら学園の領土に堂々と侵入を果たしたのであった。
私は朋友に首を抑えられ、その侵略の様子をただ見つめる他出来なかった。




