1 待ち人来たりて宰相舞う
グランディア大陸の中部に位置する小国《ジーマ帝国》。資源もなく、軍事力もなく、グランディア大陸魅力のある国ランキングにおいてワースト二位という屈辱的評価を受けたこの国に、ある日天才が生まれた。
天才の名はマレード・フォン・ガランド。帝国建設にも関わった名家ガランド家の嫡男にして文武両道、国民は彼に尊敬の念を込めてこう呼んだ『何でもできる君』と。
汚れた権謀術数を駆使し、21歳の若さで帝国宰相の地位に就いた『何でもできる君』ことマレードは己が野望の為、更なる策謀を巡らせる……
「わー!! 何でもできる君様だぁ」
「キャー 何でもできる君様こっち向いて!!」
隣国と係争関係にあったレアル銀山を獲得し、それを祝うパレードの最中、桃色の歓声がこだました。そして、手を振りながら応える『何でもできる君』様。いよいよ歓声は頂点に達し、「何でもできる君様」コールが帝都に響き渡った。
…………
「なーにが『何でもできる君』だぁ。もっとまともな名前つけられないのかよ!」
パレードが終わり、執務室の長椅子で横になると。俺は毒づいた。
そして、イラつきながら胸ポケットに収まった銀の名刺ケースを取り出し、一枚引っこ抜く。そして、空気に触れた瞬間、真っ白な紙に文字と帝国の紋章が浮かび上がった。
『なんでもできる君』マレード・フォン・ガラント
ジーマ帝国 宰相 Lv30 性別:男
TEL 00980―2121-56A
なんてことはない。自分の名前と職業、及びそのレベル、電話番号が書かれたただの紙切れだ。世界を包む魔力素によってこのように個人のデータが嘘偽りなく印字される。
だが、よーく見て欲しい。俺の名前の前に、実に不愉快な二つ名が金枠付きで最も目立つように印字されているのを……
まるで、すごく偉大な感じで自己主張しているのが、腹立たしさを倍増させる。
二つ名は、個人に定着すると、その人間の持つイメージが変わらない限り、呪いの様に付きまとう。俺は若くしてこのクソみたいな呪いに苦しんでいるのだ。
因みに、レベルの上限は30であり、私はこの歳にして宰相としての能力を完全に修めている事になる。ホント、この二つ名が無ければ完璧だったというのに……
俺が名刺を見つめながら悶々としていると、ノックも無く執務室のドアが突然放たれた。
だが、俺は動じない。もう慣れているから。
「何でもできる君さm…… 失礼、宰相閣下、例の所より封筒が届いております」
俺の秘書である女性、サラ・アンナが茶封筒を持って、ノックもなしに部屋に入ってきた。
彼女はノックをすることを知らない。というより、無駄な事はしたくない性格なのだ。全く、俺が採用しなかったら、こいつどうなっていたんだ……
「お? やっと来たか、これのために俺はここまで頑張ってきたんだ。……それとさぁ、アンナ君、その二つ名やめてくんない? もっとあるでしょ? 例えば『全能の貴公子』とかさぁ」
「『全能の貴公子』? それってつまり『何でもできる君』ですよね? だったら『何でもできる君』でいいのではないでしょうか?」
話してもキリがないと判断し、マレードは茶封筒を強引に奪い取ると、角が付いた悪趣味なペーパーカッターで封筒をこじ開けた。そして、封入されていた一枚の紙を手に取り、目前の秘書に上機嫌で見せつけた。
そこにはこう書かれていた。
“マレード・フォン・ガランド様
貴殿の名声はこの地の底においても轟いております。
私共としても貴殿の様な非凡なる人材を求めておりました。
そして、貴殿を漆黒の領域にお迎え出来る事を光栄に思います。
つきましては、桜月の三番目の日、午の時より、ハデス・ゲート内部にて歓迎の催しを行いますので
参上して頂きたく存じます。
魔界人的資源局 グリード・アスタロト“
魔界への内定通知である。
マレードは高揚してその紙に熱いヴェーゼをした後、同封されていた催しの招待券と共に、強く抱きしめ大人気なく小躍りした。少年の心を忘れない25歳成人の姿である。
「はぁ……
良かったですね。ところで宰相の地位はどうなさるんですか?
閣下がお辞めになったら私も路頭に迷うので、非常に困るんですけど」
アンナ君が俺を、獲物を狙う野獣の様な目でそう言ってきた。怖い……
「もちろん、双方を兼任する。
今時の魔界幹部は人の世に紛れて活動するものだ。そう、暗躍だ!」
俺の言葉にアンナ君は、いつもの人を蔑むような目に戻ると、許可を得ることなく、俺の寝転がっている長椅子の端に座った。
「それは安心しました。
それと、もうお分かりかと思いますが、どう皇帝陛下を説得するのですか?
先ほどの書状によるとハデス・ゲートで催しを行うそうですが、休暇取れるんですか?
飛空艇を使っても日帰りできない距離ですよ?」
そう、目下最大の問題はソレだ。この国の皇帝ジャール一世はつくづく人使いが荒い。そもそも、俺がこの歳で宰相やっているのも、元をただせば、こいつが政治を放り投げて自分の趣味に没頭したからだ。命令だけして責任は他者に押し付ける。クソ上司の鏡の様な男だ。
「まぁ、何とかするさ。
ところでアンナ君? 秘書の能力は上がった?
君を採用した手前、ちょっと心配なんだよ……」
アンナ君は、不快そうに5秒に渡る溜息をした後、俺に一枚の紙を差し出した。そして、その紙の上に瞬時に文字が浮かび、彼女の情報が開示された。
『ぐうたら秘書』サラ・アンナ
ジーマ帝国 宰相秘書Lv2 性別:女
TEL 37564-18782-54A
「あぁ……
君ここに来た時からLv2だったよね?」
「ええ、そうですね。実に不思議摩訶不思議」
(いやぁ、笑えねぇよ……
もう秘書レベルが2なのは目を瞑ろう。何なんだよこの『ぐうたら秘書』ってのは……
いや、間違ってないんだけどさ、この人確か、採用する前は『ぐうたら学生』だった気が…… 彼女は俺以上に苦しみを背負ってるのかもしれん。ご愁傷様)
「まぁ、その内、経験積んで上がるよ。ははは」
「ははは、そうですよね。果報は寝て待て。時が全てを解決してくれる」
(いや、そういうとこだぞっ。今日は機嫌が良いから何も言わんが、この人、自覚あるんですかね?)
「では、要件も済みましたし、私はこれで。
何かありましたら、連絡ください。多分一時間以内に来れると思います」
取って付けたように、一礼すると、アンナは開けっ放しの扉を閉める事無く、去っていった。
一人残されたマレードは頭を掻きながら、扉を閉め、嫌な上司に面会する為に受話器を握った。だが、その不快感も今日受けた魔界採用の報告の前ではどうでも良く、マレードの心の高揚は収まる気配が無かった。