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第二話:アンナの頼み

 俺としたことが、酔ってたので娘の気配に気がつかなかった。

 相手が人間の冒険者ならやられてたかもしれん。

 ゴグはそう思いながら娘を見る。


 みすぼらしい恰好だ。

 多分、たいしたもんは持っていないだろう。

 奪うものは無さそうだし、今は酒に酔っていい気分だ。

 ゴグはその場で立ったまま、娘が逃げ出すのを待った。


 しかし、娘はなぜかゴグのほうに近づいてくる。

 おいおい、殺されたいのか、お嬢さん。

 ゴグは娘の姿に違和感を覚えた。


 ゴグがあきれていると、娘はおずおずとゴグに話しかけてきた。

「あの、ゴブリンのゴグさんですか?」

 俺もけっこう有名になったもんだな、こんな人間のガキが俺の名前を知ってるなんて。

 そろそろ、仕事の場所を変えないといかんだろう。

 さもないと、人間が討伐隊を送り込んでくるかもしれないからな。


「ゴグは俺だ。なんでわかったんだ」

「顔の大きな傷と、両腕に錆びた防具を付けているからです」

 俺は顔面に大きな傷と錆びた防具を付けたゴブリンとして知られているのかと、両腕にはめている手甲を見ながらゴグは思った。


「で、お前は何者だ。俺と勝負をしたいのか、それとも自殺志願者かい」と酔っているゴグは軽口をたたく。

 しかし、娘は真面目な顔でゴグを見て、

「ゴグさんに頼みたいことがあるんです」と言った。

 人間がゴブリンに頼みたいって、このガキ、何を言い出すんだ。


「俺に何をしてほしいんだ。殺されたいのか」とゴグは怖い表情をして娘に顔を近づける。

「ええと、負けてほしいんですが……」とちょっと震えながらも、ゴグの顔をまっすぐ見て娘は言った。

「はあ?」頭が足りないんじゃないのか、この娘は。


「あ、いいえ、負けたふりをしてほしいんです」

「何のことだかさっぱりわからねーぞ、お嬢さん」とゴグはまだ酔っぱらっている。

 娘は、依頼ごとを説明した。

 自分には恋人がいるが、その人に手柄を取らせてやるためにわざと負けたふりをしてほしい。

 有名なゴグを倒したとなると評判も上がると思うと。


「馬鹿馬鹿しい、そんなことにつきあえるかって」とゴグは娘を置いてその場から立ち去ろうとする。

「あ! 待ってください」

「こんなとこにいたら、人間が言う『モンスター』に喰われちまうぞ、今すぐ帰んな!」

 ゴグは娘をおいて、さっさと歩きだす。

 娘はゴグの後をついてくる。


「ついてくるな!」と娘を怒鳴りつける。

「お願いします」と歩きながら、頭をさげる娘。

「おい、いい加減にしろよ、本当に殺されたいのか」

 ゴグが威嚇しても、娘はついてくる。


「お願いします。お礼はしますので」

「礼って、いくらだ。銅貨一枚か」

 娘はスカートのポケットから金貨一枚を出して、ゴグに見せる。

 ゴグは足をとめて、金貨を手に取る。

 本物だ。


 このまま金貨だけ奪って、そのままさよならするか。

 しかし、そろそろ仕事の場所変えもしたいし、死んだことにすれば人間も追っては来ないだろう。

 そう考えると都合がいいかもしれん。

 ゴグにとっては名誉なんてものは関係無い。

 娘はじっとゴグの顔を見ている。


「こんな金貨、どうやって用意したんだ」

「髪の毛を売りました。他にもいろいろと……」と娘は言った。

 最初に違和感を感じたのは、この人間の娘の髪が短かったからだ。

 ほとんどの人間の女は、髪の毛は腰ぐらいまであるのに、この娘は肩までしかない。


「わかったよ、根負けだ。引き受けてやる」

「本当ですか、ありがとうございます」と娘は初めてにこやかな顔をした。

「小さい滝の近くに巨大な岩がある場所を知っていますか」

「ああ」

 確か、さっき初心者冒険者の三人組を括り付けたとこだな。

 あいつらはもう逃げ出しただろう。

「明日の朝、そこに来てください、あと、まだ名前を名乗っていませんでしたね。アンナと言います」と娘は丁寧に頭を下げて、去って行った。


 ゴグは住みかの洞窟に着いた。

 住みかと言っても、何か置いてあるわけではない。

 用心して、寝る場所は毎日変えている。

 固い岩の上に横たわった。


 さっきの人間の娘について考える。

 昔の俺なら、さっさと金貨を奪って、終わりにしていただろう。

 酔っていたので下らん仕事を引き受けてしまった。

 酔っていたせいか、それとも少し寂しかったからか、自分でもわからない。

 ゴグは眠りに落ちた。


 翌朝、約束の場所に近づくとアンナが岩の前に立っている。

 隣にはひょろりとした人間の男がいる。

 あれが恋人か。

 冴えない男だな。


 ゴグは用心して、他に誰かいないか周りを警戒しながら近づく。

「おはようございます。ゴグさん」とアンナが笑顔で声をかけてきた。

「……お、おはようございます」と男はおどおどしている。

 ゴグは剣を抜いて、男の目の前に突き付ける。

「で、どうしたいんだ。俺の首でもほしいのか」


 男は怯えながら、

「そんな、めっそうもありません。ただ、あなたのその錆びた手甲をいただければ」

「そんなんでいいのか」

「はい、あと、乱闘した証拠にわたしの腕にキズをつけてくれればいいんです。あなたの爪で。それが証拠になるので」

 なんだか、本当に下らない事を引き受けてしまったなとゴグは思った。


 ゴグが剣を持ち換えて、男の腕に右手を伸ばす。

 その時、巨大な銛がゴグの胴体に目がけて飛んできた。

 ゴグは避けようとしたが間に合わなかった。

「ウギャア!」

 ゴグの右腕に銛が刺さり、肘から下は切断され地面に落ちた。

 右腕から血がドクドクと噴き出る。


「キャー!」

 アンナが悲鳴を上げた。

 恋人の男は腰を抜かしている。

「だましやがったな!」とアンナをにらみつけるゴグ。

「ゴグさん! 違います!」とアンナが叫ぶ。


 遠くの方から、大勢の人間たちが走ってくる。

 ゴグは逃げようとして、森の急な斜面を転がり落ちた。

「逃がすな!」と指揮官と思われる片目の男が叫ぶ。

 人間たちがゴグの追跡を開始した。

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