第8話 聖女、遂に温泉へ入る!
あれから数日が経った。
此処、魔族の国はサタナフィールドという名前らしい。広大な土地は、馬を走らせても一週間かけても回り切れない広さだ。昨日は、魔王城近くにある毒のない湖で数日振りの汗を流した。
私は、救護室のような部屋を用意され、過労で倒れたゴブリンやスケルトン、魔物達のお世話をやっている。回復魔法やスキルで回復してあげるのだが、それがなぜか気持ちいいと評判だった。
「ほへーー、スケルトンは過労には強いほへーー。なぜなら、既に一度死んでいるからほへーー」
まさにブラックジョークだ。ブラックは『過労死出来ない骨も、肉体労働は堪えるほへーー』と私に訴えかける。
救護室にてやって来る患者を待つ私。
思えば教会に勤めていた頃、懺悔しに来る者達の悩み相談をする事がよくあった。昔を懐かしみつつ、私は今日も患者の治療をする。
「うご、うごごごごご、うごごご」
狼男だろうか? 初めて見る顔だ。何を言っているのかよく分からない。あ、こういう時、意思伝達を使えばいいのね? 私は念じるまま優しく語りかける。
(どうしたのかしら? 何かお悩み事でも?)
(さすが上級魔族のサキュバス様! 言葉が通じるずらね! ワオーーン、おいら、昨日疲れて温泉に入ったずら! そしたらその直後から声が出なくなってしまったずら)
私はサキュバスではないのだが、この格好で誤解されるのは仕方がない。それにしても声が出なくなった狼男。これはあれだ。恐らく温泉の効能か何かだろう。きっと沈黙の追加効果でもあったのではないだろうか?
(それならすぐ治るわよ? 安心しなさい)
(ワオーーン! 本当ずらか?)
そのまま私は自身の果実で優しく包み込んであげる。モフモフした彼の頭が気持ちよくてそっと撫でてあげる。
「……さぁ、私の中でお眠りなさい」
「……わ……ワオーーーーン!? こ、声が出たずらーーーー!」
狼男が喜びを全身で表現し、咆哮する。思わずその様子を見て笑みが零れる私。
「私、悪魔でも、サキュバスじゃないのよ? 回復スキルが得意なね」
「サキュバス様でも上級悪魔様でも何でもいいずらーー! おいらシルバーウルフのポチずらーー!」
「私はルーシアよ。よろしくね、ポチさん」
「よろしくずらーーーー。ルーシア様ーー、ありがとうずらーー。ワオーーン!」
モフモフした尻尾をフリフリさせ、シルバーウルフのポチは満足そうに部屋を出て行った。
「それにしてもあの温泉……間違いなく従業員の体調を悪化させているわね……」
あの温泉で満足出来ているのは、闇の眷属の上級魔族位のものだ。毒、麻痺、沈黙、欲望増幅……どれだけ治療して来たか。何度か襲われそうになったし……。このままでは身が持たない。
「よし、ひとつグロリアに掛け合ってみますか」
私は一大決心をしてグロリアの下へと向かう。
******
「ハローー、ルーシア。首尾はどう? もう仕事には慣れたかしら?」
大魔王エクストリーム社二階、生活供給部にある部長室へ乗り込む私。フカフカの椅子へ腰掛けたグロリアが、椅子を回転させつつ私を出迎える。手摺に乗っている灰色のモフモフで美しい毛並みをした仔猫がゴロゴロしている。
「どうもこうもないですよ! グロリア、今すぐ私を〝マネ泉〟へ案内して下さい!」
〝闇堕ち温泉〟を何倍も希釈して創った〝悪い子は真似してはいけません温泉〟……通称〝マネ泉〟。此処の温泉は疲労回復に利くからと、魔王様に薦められた被害者が毎日毎日私のところへ訪れるのだ。従業員の健康管理を任された以上、黙っておく訳にはいかない。
「あらー、遂に〝マネ泉〟へ入る気になってくれたのね! いいわ、案内するわよ? なんなら一緒に入ってもいいわよ? 女同士だしね」
何かグロリアが勘違いしているような気がするが、私達はマネ泉へと移動する。〝マネ泉〟はちゃんと、男湯、女湯、骨湯と暖簾が三つに分かれていた。通常なら『骨湯ってなんだよっ』という突っ込みを入れるところであったのだが、時間が惜しいので中へ入る事にした。
「さぁ、ルーシア。一緒に温泉へ入りましょう」
脱衣場で服を脱ごうとするグロリアをそっと制止する私。
「グロリア、一緒に入るのはまた今度で。私は此処へ従業員の健康管理を担った者として、仕事をしに来たんです」
一瞬なぜか切なそうな表情をしたグロリアが目を細めて私を見つめる。
「それって、どういう事?」
「私が救護室へ来てから今迄、毎日この温泉へ入って体調を崩したという者が続出しています。健康を管理する者として、聖女としては黙っておけません」
私がそう告げるとグロリアが否定する。
「いやいや、そんなハズないわよ! 闇堕ち温泉を百倍以上希釈しているのよ? 身体に悪い訳がないわ。そうよ、きっと薄くなりすぎて、闇成分が足りなかったんだわ! もう少し温泉を濃くして……」
「グロリアは黙って見ていて下さい!」
私はガバっとサキュバスのレオタードを脱ぎ捨てる。露になった果実がぶるっんっ! ドンッ! と主張するものだから、グロリアがその迫力に気圧される。
「(なっ、なんて迫力のあるメロン……!?)わ、分かったわ。(そのメロンを)黙って見ていたらいいのね、ルーシア」
「分かってくれたならいいんです」
そういうと、裸一貫となった私は颯爽と誰もいない温泉へと突撃したのであった――――
あれ? まだ温泉入ってない!?
次回遂に温泉回……になるのか?
お楽しみにです!