第29話 聖女、休んでいる間に……。
私がマネ泉で幼女と戯れていたまさにその時、魔王城のとある一室にて、とある魔族が部下の業務報告を聞いていた――――
「で……首尾はどうなっている?」
「報告します部長。あの馬鹿勇者共、人間共の冒険者へ獣人族の村を襲わせ、罪を押しつけていた真実に何故か辿り着いたようでやんす!」
妖しい彫刻と血で染め上げたかのようなソファー。常闇を吸い上げた壁に絵画が飾られた部屋にて、スーツ姿の男が誰かに傅き、報告をする。
「して、あの獣共は未だ討伐されてはおらんのか?」
「はい。致命傷を負ったかに見えた獣共は生活供給部の治療により回復。その後は獣人族の村へ陣形を張り、交代制で村を警備している模様でやんす」
漆黒の衣を纏った男は、ワイングラスに注がれた血に染まる赤い液体を口へ含み、傅く男へ左手を翳す。
「クフフフフ……係長。そんな報告を聞くために呼んだ訳ではないぞ!」
「ぐはっ!?」
男の左手より可視出来ない波動が放たれ、係長と呼ばれた部下は部屋の壁へと激突してしまう。
「クフフフフ……頸を落とされなかっただけ有難く思え。……分かっているだろうな?」
「へ、へへへい! 次の手は打ってありやす。あの侯爵が既に冒険者を雇ってやす。このラウム。獣達の頸を必ずや持ち帰って見せましょう!」
スーツ姿の男は立ち上がると、そのまま鴉の羽根に包まれその場から姿を消す。
「クフフフフ……どうやら首領が気づいてしまったようじゃの。まぁよい。面白くなって来たの。ラヴィ居るか?」
「はい、此処に」
誰も居ない部屋の隅へ、赤いケープを羽織り、双丘を強調させたセクシーなメイド服の女性が顕現する。
「侯爵をマークしておけ。思わぬところから蛇が出るかもしれんからの」
「御意」
菫色の髪と青磁色の肌。深紅色の瞳を妖しく光らせ、女は漆黒の渦中へと消えていく。グラスに残った赤い液体を呑み干し、一人残った男はただただ愉悦に浸るのであった。
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月灯りが照らす荒野を往く数名の人影。叢に紛れ辿り着くは民家の灯りが消えた獣人族の村の一つ。
「けっけっけっ。始めようぜ。村を燃やして目ぼしい女子供は奴隷市場送りだ」
「ねぇー、この任務。夜勤手当て出るのぉ?」
「警備が居たなら私が斬り落として進ぜよう」
「では、あっしが責任持って燃やしましょう、先ずは手始めにこの民家から……。中級火属性魔法――豪火球!」
闇に溶け込む青漆色の頭巾。魔導師風の男が手に持つ杖より、巨大な豪火の球が放たれる!
しかし何故か紅蓮の豪火は民家へ届く事なく、突如地面より間欠泉のように噴き出した水柱により進路を阻まれてしまう。
「なっ、あっしの炎が!?」
「あ~~ら~~? 坊やのほ・の・お。食べちゃったわん♡ そんな小さなタマじゃあ、相手を満足させる事は出来ないわよぉ?」
民家の茅葺き屋根に誰かの影が映り、高く飛び上がった何かが地面へ着地する。頭巾の男へ突き出された槍先は、隣に居た男の剣によって払われる。
「蜥蜴人。そうか警備の者か。私が相手になろう」
「あ~~ら~~いい男ねぇ~~♡ 少しはあたしを楽しませてくれるのかしらん?」
蜥蜴人のおねぇ、リザちゃんのウインクに嫌悪感を覚える騎士風の男。
「クラッシュ。その気持ち悪い蜥蜴、任せたぞ」
「カトーま、待て!」
リーダーの名を呼ぶが、時既に遅し。魔導師風の男と町娘風の女、軽鎧を身につけたリーダーは颯爽と蜥蜴人を避けるように村中央へと駆け抜ける。
黒い妖気を背中に宿したリザちゃんは妖しく男へ嗤いかける。
「お前……気持ち悪いって思ってるのか?」
「私は一切そんな事は言っていない」
刹那ドスの利いた声に男が青褪める。リザちゃんの槍先へ集まる水流。男、クラッシュの剣が巻き起こる水流に弾かれる。返しに鋭い突きを放つも高く飛び上がったリザちゃんが男の剣を叩き落とした。
「ま、待て。私は気持ち悪いなんて……思っていない!」
「あら~~ん♡ それはよかったわぁーん♡ それじゃあ、気持ちいい体験、させてあげるわ。あたしを楽しませて頂戴ね」
「ま、待て。話せば分かる。マテマテマテ!」
男の上にのし掛かったリザちゃん自慢の長い舌が、男の口腔を蹂躙する!
――アァァァァァァァア゛アアアアアア!
獣人族の村に被害者の悲鳴が木霊した。
「ちっ、あいつ! 悲鳴あげたら気づかれるだろうが!」
リーダーの男、カトーが思わず舌打ちする。
「女子供が全く居ないわぁー。ターゲットの兎人族の家も蛻の殻よ」
「とりあえず蜥蜴人が来る前に燃やしちまいまっせ。中級火属性魔法――豪火球!」
空の民家へ放たれる豪火球。しかし、今度は同程度の炎とぶつかり合い、爆発により魔導師は吹き飛ばされてしまう。
「グルルルルル……バゥ!」
「――魔法結界!」
続け様に放たれる炎を町娘風の女が両手を前に翳し、銀色の腕輪を光らせたまま結界を展開して防ぐ。彼等の前には数十体の魔物が民家を守るようにして陣形を取っていた。
「あれは……Cランク魔物、エビルジャッカルか!」
「獣人族の村を襲った不届き者はお前達か? 小生が責任持って成敗する、わん!」
夜勤によって村の警備をしていたBランク魔物デスジャッカル――タロウが率いるエビルジャッカル部隊が、いよいよ闇に潜む冒険者達と対峙するのであった。




