第2話 聖女、スケルトンを聖なる果実で包む
私の中で魔王のイメージは、『ぐははははは! 絶望こそ我が喜び、さぁ我が腕の中で眠るがよい』と言うなり街と人間を一瞬にして灰燼と化し、大地を一瞬で炎熱地獄へと変える、絶大な力を持つ存在……。
「……と、そんなイメージだったんですが? 失礼ですが、グロリアさ……グロリア様って、本当に魔王ですか?」
魔王に〝さん〟付けは失礼だろうと〝様〟と敬称を変える私。私の脳内で浮かべた魔王イメージをそのまま眼前の小悪魔ルックへ尋ねると、彼女は肩を竦めてこう答える。
「嗚呼、それは百二十六代魔王をやってたパパのイメージね。パパは魔王を引退して、今は私達が務める大魔王エクストリーム社の社長をやっているわ」
パパ……という事はこの子は娘という事になる。しかし、何と言いますか、魔王としての威厳というか風格が感じられないのだ。失礼ながらどうしても魔王に見えない旨を伝えると、溜息をついて彼女は続ける。
「そうなの。昔お忍びで人間の街へ行った事があるんだけど、私が恐れ慄きなさいと言っても、誰も魔王って信じてくれないのよね。子供達なんか、私の尻尾が可愛いーーって弄り始めるし。だいたいパパやご先祖様のイメージが強すぎるのよ!」
先端がハートっぽく見える尻尾をフリフリさせる様子は確かに可愛く見える。
「えっと、グロリア様ご愁傷様です。きっとグロリア様が可愛いから、魔王様に見えなかったのでしょう」
「か、可愛いーーーー? そ、そうよねーー。私の可愛さに皆嫉妬するがいいわ!」
そう言いつつも、照れているのかグロリアは頬を真っ赤に染め上げている。
「それにしてもグロリア様」
「さっきから魔王って分かった途端に今更〝様〟付けなくていいわよ?」
「あ、すいません。ではグロリアさん、さっきエクストリームなんとかって言ってましたが、魔王城に会社があるんですか?」
「ええ、そうよ? パパが人間の国を訪れた際、人間社会の会社というしすてむ? に感銘を覚えたらしくて、魔王城に会社を立ち上げたのがきっかけね」
世界征服を目論み、街を破壊していた魔王からは到底想像もつかないな。
「じゃあグロリアさんも、そこで眠っているスケルトンのブラックさんも、その会社に勤めているのですか?」
「まぁ、そういう事になるわね。元々魔物にも支配階級があるから、そこに沿って役職なんかも決められているわ」
なるほど人間で定めている魔物のランクと支配階級は酷似しているのかもしれない。そんな事を思っていると、隣で眠っていたスケルトンのブラックが呻き声を上げ、突然苦しみ出した。
「うぐぐぐぐ……熱い……身体が熱い……骨がぁーー溶ける……」
「しまった! 豪火球によるダメージがまだ残っていたんだわ! ちょっとしっかりしなさいよ!」
魔王がブラックの両肩を揺らす。ブラックの表情は変わらないが、苦しそうな様子は伝わって来た。
「グロリアさん、私に任せて下さい!」
「え? あんた何する気?」
そういうと、グロリアと交代し、聖衣の上からブラックを包み込んであげる。両手を肩甲骨あたりに回し、抱擁する形を取る。ブラックの表情が一瞬緩んだように感じ取れた。
「熱かったね。もう大丈夫よ? 痛いの痛いの、飛んでいけーーーー♡」
「ほ、ほへぇーー? ほへほへほへぇーー♡」
そのままブラックの顔がちょうど私の胸の位置に来るようにする。顔を優しく包み込むと、ブラックは声にならない声をあげていた。
「なっ、あんた! 何やってるのよ! それに……その破壊力抜群の果実……メロン? メロンなの?」
グロリアが狼狽えた様子で震えている。
「メロン? あ、私の胸の事ですか?」
「くっ、一体どうやったらそんなに発育す……そんな事はどうでもいいの! どうしてブラックの顔を埋めている訳?」
この時、グロリアは私の果実と自身の果実を見比べていたらしいのだが、私は果実に埋めたブラックへ集中していたため、知る由もなかった。
「私、教会に居た頃から、子供達が怪我した時はこうして顔を埋めてあげていたんですよ。こう見えても聖女と呼ばれていたんですよ? 身体から回復力が溢れているらしくて、こうすると傷の治りが早いんです。特に私の胸は〝聖なる果実〟と言われておりまして……」
「いやいやいや、どんな治療方法だよと! それに聖なるって、どんなメロンだよ!」
グロリアが私に冷静な突っ込みを入れるのだが、私は治療に集中するためブラックを包む腕に力を籠める。
むにゅん――――
私の果実にブラックの顔がゆっくりと沈む。
「ほへぇーー癒されるぅうううーー骨に染みまするーー。女神様ぁーー小生、既に死んでますが……このまま昇天してもいいーー」
「あわわあわわわわ」
グロリアは私がブラックを包み込む様子を見て、なぜか口元に手を当ててあわあわしていた。ブラックの熱は消え、無事に回復したかに見えたのだが……。
「ほへぇーーなんだか身体に力が入らない……このままイッてしまいそうですーー」
「ま、待って! あんた、回復って……まさかそれ、聖属性の回復スキルじゃないの!」
グロリアが私へ向け叫んだため、ブラックの顔をそっと離し、慈愛に満ちた表情で彼女に顔を向けた私。
「え? そうですけど?」
「ちょっと! 普通の魔族ならまだいいけど、スケルトンは死地より蘇ったアンデットモンスターよ!? 聖属性のスキルは逆効果! 文字通り昇天してしまうわよ!」
ブラックは今にも魂が抜けてしまいそうな恍惚そうな表情をしていた。よく考えると今まで魔物を回復させた事がなかったのだ。スケルトンがアンデットモンスターであるとこの時の私は失念していたのである。
「聖女様……貴女のメロンに出逢えて、いい骨生でしたよ……」
「ままま待って! ブラック! 私そんなつもりじゃ!」
「スケルトンの癖にそのまま昇天って洒落になってないわよ! あんた、魔王城までブラックを運ぶわよ、ついて来なさい!」
「はい、分かりました!」
グロリアがブラックを背負い、私達は一路、魔王城へ向かうのであった。
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