第17話 聖女、お酒で気分が高揚する
あの後、族長に薦められ、私達はお酒を飲んでいた。ポチとタロウは村の畑で採れる大麦を素に作られた麦酒、私は近くの森で採れたホワイトベリーの果実酒。『最初は仕事で来て居ますからーー』と断っていた私も、果実酒の甘い香りに負けていただいてしまう。気づけば部屋に居た族長達もお酒を飲み始め、宴会が始まっていた。
「もう飲めないずらーーーー」
「ポチ殿、まだ全然飲んでないではござらんか」
狼男のポチが気持ち悪そうに横になろうとしているところにデスジャッカルのタロウが絡んでいる。
「はぁー、この蒸留酒も美味しいわぁー。ありがとうジジジ」
甘い果実酒から普段なかなかお目にかかれない高級な蒸留酒もいただき、とてもいい気持ちだ。身体が火照って来たため、レオタードの胸を覆った部分を片手で握って空気を入れていると、周辺の獣人族がなぜかモジモジしていた。あれ? 私何かしたかしらん……?
「ぐはぁ。こんなサキュバ……否、上級魔族のルーシア様に気に入って貰えて儂は幸せですじゃ……それに艶めかしいその御姿、ルーシア様はやはり聖女ではなく最強の魔族ですじゃあ」
「あらー族長さん、私の魔族としての魅力にようやく気づいて貰えたのかしら?」
魔族を演じていたため、そう言われて悪い気がしない私はつい族長の腕に私の両腕を絡めていた。私の果実がむにゅるんっと族長の腕へと沈む。なぜか族長は天を仰ぎ、昇天しそうな顔になっている。
「あ、ごめんなさいね。気分でも悪いのかしら?」
「むしろその逆……いや、大丈夫ですじゃ……(もうルーシア様がサキュバスにしか見えない)」
昇天しそうな様子の族長を見てハっと我に返った私。お酒で気分が高揚したからだろうか? 自分から身体を押しつけるような行為、今までした事がなかったのに……今更恥ずかしくなって両手で頬を押さえる私。でもここでは上級魔族な私……平静を装わなければ……そう考えていると、宴会をしていた〝もてなしの間〟入口の扉が勢いよく開いた。
「ジジジ様ーー、ジジジ様ーー大変ですーー! 宴会中すいません」
「こ、こらダダダ、客人の前じゃぞ!」
犬の顔した背の低い可愛らしい白きモフモフが慌てた様子でもてなしの間へと入室して来た。どうやらコボルト族らしい。いい気分になっていた獣人達が一斉にダダダと呼ばれたコボルトへ注目した。
「失礼しました。実は隣の集落へ勇者イザナを名乗る一行が訪ねて来まして、族長を出せ! と!?」
「ゆ、ゆうしゃだとっ!?」
突然出て来た勇者という言葉に思わずジジジと他の獣人族達がざわめき出す。ポチとタロウは……仲良く眠っていた。
「ゲホッゲホッ……」
「ル、ルーシア様大丈夫ですか……あ、そうでした、勇者は魔族にとって天敵ですものね」
勇者という単語に思わず咳き込む私を見て、族長が違う解釈をしてくれた。勇者を名乗る一行には勇者を語り金品を巻き上げるような偽物も存在する。所謂〝オレ勇者詐欺〟という奴だ。でも私は知っている。イザナと名乗ったのであれは恐らくその勇者は本物だ。
「……いえ、大丈夫です。ヴァプラ様や魔王様にとって勇者なんて取るに足らない存在ですから……」
「おお、頼もしいですぞルーシア様。でもなぜこんな辺鄙な村へ勇者一行が?」
なるべく勇者の存在なんて気にも留めていない態度を装う私。族長が突然訪れた勇者の存在へ疑問を持つと、代わりにコボルトのダダダが応える。
「なんでも依頼を受け、最近魔物の動きが活発となっていたウエスティア地方の調査をしていたらしく、先日滅ぼされた我々の集落を見つけたそうで。現状の調査をするため、隣の集落までやって来たそうです」
「参ったな。勇者様は恐らくその活発な魔物が我々の集落を襲ったと考えているのだろうな……」
族長は魔物が襲ったと考えていないようだ。それもその筈、この村は魔物によって護られているのだから。もちろん人間の国へ魔族の国と獣人族の村が繋がっていると知られたなら、忽ち村は反逆罪として滅ぼされてしまうだろう。ジジジは厄介事に巻き込まれたくないと言わんばかりに溜息をついている。
「ともかく、隣の集落で族長へ話を聞きたいと申しております……それと……」
「それと?」
族長ジジジが困り果てた様子をしたダダダの言葉を反芻する。
「そのイザナという勇者が、『魔物に襲われたのなら、この勇者イザナ様が魔物を討伐してやろう! その代わりに今日の食事と村の宝を寄越せ』と申しております」
「なっ、なんじゃとっ!? ヴァプラ様が申すのならまだしも、それが世界を救う旅をしている勇者の発言か!?」
嗚呼……私にとっての元勇者様は今も救世の旅を行っているのですね、わかります。勇者にこの村が魔族と繋がっている事を悟られてはいけない。でもまさか、こんなに早く勇者イザナと近くで遭遇する機会が訪れるなんて、想像もしなかった。私は眼前に置いてあったグラスへ注がれた蒸留酒を一気に飲み干し、気分を煽る。
「フフフ……フフフ……アハハハハハハ!」
「ル、ルーシア様?」
突然嗤い出した私に、獣人族達もざわつく。先程まで舞を舞っていた兎人族達も同様だ。
「この私が居るところに勇者として訪れるなんていい度胸しているわね。獣人族よ、耳を貸しなさい。あんなゲス勇者、この私が追い払ってあげるわよ?」
「おぉーールーシア様、なんと頼もしい」
(あれ~? なんだか気分が高揚して、いつもの私とキャラが違う気がするんだけど……まぁいいかお酒の席だしね)
私が立ち上がった勢いで二つの果実も激しく上下運動をする。なんだか気持ちがいい。心なしかお腹に刻まれた魔印も熱いような気がする。そんな私の様子に感嘆の声をあげる獣人族達。兎人族達もいつの間にかうっとりした表情で身体をくねらせていた。
「ルーシア様ぁーーもう食べられないずらーー」
「タロウ殿モフモフ枕……かたじけないわん」
うちのモフモフコンビだけは、その場で気持ち良さそうに寝息を立てているのであった。




