第12話 聖女、四天王と出会う
「メロンが……メロンが浮いているずらーーーー!」
温泉に入ったポチが湯船に浮かぶ二つの果実を興奮気味に凝視している。
「もう……そんなに見つめちゃ恥ずかしいですよ、ポチ」
狼男とは言え、ポチは子供っぽい容姿だったためあまり気にした事はなかったが、彼も男の子なんだなぁと再認識する。尚、エビルジャッカル達は各々湯船に浸かって寛いでいた。
「どうなっているずらか? 魔法ずら? 魔法ずらか?」
「種も仕掛けもないわよ、ポチ?」
「メロンなのに種がないずらか!?」
そんな他愛ないやり取りをしつつ、ゆったりした時間は過ぎていく……。
そして……。
「駄目よ、脱衣所がびしょびしょになっちゃうから!」
全身を震わせ雫を飛ばすエビルジャッカルのモフモフ軍団。お陰で脱衣所がびしょ濡れだ。これは後でグロリアへ報告しないとだ。脱衣所に用意されたタオルでジャッカルの身体を一匹一匹拭いてあげる私。脱衣所は完治した事で尻尾をフリフリしつつ元気に駆け回るモフモフ達で大変な事になっている。
「ルーシア殿、かたじけない……わん」
他のエビルジャッカルより一回り大きなタロウの身体を拭き取ってあげるのは一苦労だ。
「タロウはエビルジャッカル部隊の隊長ずらよ! タロウはデスジャッカルずら!」
ポチがタロウを紹介してくれた。エビルジャッカルがCランク、デスジャッカルならBランクという事になる。道理でタロウだけ言葉が喋れる訳だ。
「それにしても、あの怪我。何があったの?」
私がタロウ達の怪我について問うと、タロウは無念そうな表情で語り始めた。
「我が居ながら仲間を守れなかった事は無念であった。先程まで我々は営業活動でウエスティア地方へ出向いていた。目的は……同胞の仇を討つ事」
「え? それはどういう事?」
私が住んでいたセントラリア国より西方に位置するウエスティア地方は人間やエルフ、様々な種族が住む幾つかの街や国が点在している。タロウによると、先日獣人族の村が何者かに襲われたらしく、第二営業部に所属しているタロウ達ジャッカル部隊が調査に向かっていたらしい。そんな中、ダークブリーズの森入口付近にて、人間の冒険者と交戦し、負傷して戻って来たそうだ。
「恐らく獣人族の村を襲った奴等が雇った冒険者に違いない。特にリーダーらしき人物は、我等の豪火球を受けてもほぼ無傷であった。油断したところを魔法使いの氷魔法に不意をつかれた……無念……わん」
歯痒そうな表情をするタロウの顔をそっと撫でてあげるルーシア。
「それは辛かったわね。でも仲間が皆無事でよかったじゃない。もう大丈夫よ。でも無理して仕事しちゃあ駄目だからね」
「ルーシア殿……貴女が女神か……わん」
周囲に居たエビルジャッカルが『わおーーん』と遠吠えを始める。ありがとうと喜びを表現しているらしい。全員の身体を拭き終えたところで脱衣所を出るモフモフ部隊。しかし、何かに気づいたのか、モフモフ舞台の脚が止まる。
「おいおい、営業活動中に温泉へ入っていいなんて、俺様はひと言も許可してないぜ!」
「ヴァ……ヴァプラ部長!」
今確かに部長と聞こえた。タロウを先頭に、ジャッカル達が整列していた。獅子の頭に鋭い鈎爪。鍛え抜かれた体躯、そして背中には大きな翼も生えている。部長……という事は、彼等の上司に当たる魔族だろうか?
「部長、申し訳ございません。全ては営業活動中仲間を傷つけてしまった我の不徳の致すところ。傷を癒すために温泉へ入っていた次第……わん」
「仕事中回復のために温泉だぁ? おいおいどういう性分してんだてめぇは!」
刹那ヴァプラと呼ばれた男の全身から、目に見えない妖気のようなものが発せられ、タロウ達の体躯が飛ばされそうになる。ジャッカル達は部長の威圧によって、そのままその場へひれ伏してしまう。
「待って下さい! タロウ達は悪くないんです! 彼等を完治させるために此処へ連れて来たのは私です! 彼等を許してあげて下さい」
私はタロウの前へ立ち、両手を広げる。訝し気な表情で私を見るヴァプラ。ジャッカル達は伏した状態で上目で私を見ている。ポチも同様にブルブル全身を震わせた状態で最後尾から私を心配そうに見つめている。
「……てめぇ……誰だ?」
至近距離での威圧。さすがに睨まれただけで足が竦みそうになる。間違いなく上位悪魔だろう。私は意を決して名を名乗る。もちろん、グロリアとの契約で付けられた名だ。
「わ、私はルーシア・サタナキア・プロミネンス。魔王グロリア様の下、生活供給部にて従業員の健康管理を任されています。傷ついた従業員を目の前にして、働かせる事は、どんな役職の方であれ、私が許しません」
震えを押さえ大声で言い放つ私。獅子の顔を近づけ、睨みつけるヴァプラ。私は目をそらさないように必死で彼を見つめる。すると……。
「ガハハハハハハハハハ! 嬢ちゃん、いい度胸してるじゃねーか! そうか、あんたがグロリアが拾ったっていうルーシアか。気に入ったぜ!」
突然笑い出したヴァプラにキョトンとする私。威圧を解いたらしく、ひれ伏していたジャッカル達もゆっくり起き上がる。
「だいたい普通の女なら、俺の威圧に耐える事なんか出来ねーで下半身から失禁しちまうぜ。あんた、魔力壁張ってただろ?」
「……え、はい、まぁ」
咄嗟に魔力壁を張っていて正解だったらしい。こんなところで失禁なんて恥ずかしいところを見せたくはない。
「そうか、少しはやるみてーだな。俺様はな、営業第ニ部の部長をやってるサタナキア四天王が一人――獣人王ヴァプラってんだ。よろしくな!」
「あ、はい。よろしくお願いしま……え? 四天王?」
ヴァプラと握手を交わす私は目を見開く。今、確かに彼はこう言った……サタナキア四天王と。




